剣聖に憧れたスライム、配信を始める 作:ミーティア
ある日、その女は鼻歌混じりにソレの住処へと訪れた。
「ふんふんふーん♪」
女は一本の剣を携えていた。
逆に言えば女の武器はそれだけだった。
剣を薙ぐ。
敵を斬る。
それだけの行為に誰も抵抗できなかった。
飛び掛かった同胞の一匹が、一閃によって木端微塵に弾け飛ぶ。
「ほんとダンジョン探索ってストレス発散するー。もうみんなー雑魚狩りとか言わないでよ。本番はもっと下だから安心して」
女が何を言っているのかソレには理解することができなかった。
スライムとしての直感で悟っていた。己の最高の力を出し、ありとあらゆる幸運が己に味方したとしても、この女に勝つことは不可能だと。
だから、ソレは床に伏し、身体を伸ばし、周りの死骸に紛れた。
そうして、ジッと、ただその女の所作を観察していた。
観察を続けていると、ソレの
どんどん、胸が熱く、高鳴っていく。
ソレが今まで見てきたどのような景色よりも、その剣戟は美しかった。
あらゆる無駄が省かれ、ただ敵を殺すことに特化した一閃が連続する。
それは剣の軌道だけに留まらず、足運びや重心運動、刹那的な精神性すらも剣士として最適化されているように見えた。
その女が【剣聖】と呼ばれる探索者であることは、今の時点では知る由もないことだが、それでもソレは――一匹のスライムは剣聖の剣戟に明確な憧れを抱いていた。
◆
結果として、そのスライムは生き残った。
同胞の亡骸が迷宮の魔力に還元されていくのを見ながら、想いに耽る。
あの美しい人間の女を剣で上回りたい。
そうすれば、あの女はどれほど甘美な絶望を見せてくれるのだろう。
その妄想は人間でいうところの自慰行為に等しかった。
同胞を殺されたことへの復讐心。強者に自分を認めさせたいという承認欲求。愛した存在を自分の手で汚したいという征服欲。
そんな気持ちの悪い感情から、その魔物の人生は始まったと言っても過言ではなかった。
まずは人の姿を模倣することから始めた。
ソレが憧れた剣術という術理は、人の形をするものに適した理であった。
二足二腕だけではなく、関節構造や体格からしてもスライムと人間ではまったく違った。
グネグネと自分の身体を弄り回す。
ありとあらゆる形状に変形させる。
最低限の睡眠。最低限の食事。それ以外の時間はすべて人間を模倣することに費やした。
幸いなことに観察するべき対象は頻繁にソレの住処へとやって来た。
あの女が現れることはなかったが、それ以外の多くの人間が姿を見せ、同胞を殺し、それ以外の迷宮の魔獣も殺し、迷宮の奥へと消えていった。
人間がやってくるたびに、ソレは人間を観察した。
立ち方。歩き方。腕の振り方。首の振り方。指先の精密性。関節の可動域。
一朝一夕にできることではなかったが、人間の暦で三年が経つころにソレはようやく人と呼べる姿を手に入れた。
まだまだ不格好ではあったが、剣術の動作の模倣に移るには十分な出来栄えだった。
顔もなく、爪もなく、毛もなく、剣術に不要である部分の模倣は後回しにし、剣を振れる形状を最短で手に入れた。
すでに、人間が落としていった剣を一本、ソレは回収しておいていた。
青い粘液で造られた腕で剣を握り、素振りを始める。
縦に斬ってみる。横に斬ってみる。斜め。足を狙ってみるのはどうだろう。関節を断てば相手の動きを大きく制限できる。そもそも人間という種族の弱点はどこだ。
思考を巡らせると同時に、今まで一時も忘れたことはないあの女の動きをイメージしながら、一刀一刀を全力で振り抜いていく。
その段階に至っても、ソレは人間の観察をやめることはなかった。
むしろ人間の構造を理解したことによって、ソレの観察眼はさらなる高みに至っていた。
とりわけ剣士の動きは一層集中して観察した。
何故その動きを選択するのか。その動作がもたらす意味、メリットを考えるようになった。
剣士の中には斬撃を飛ばしたり、剣に炎や雷を纏ったりする者もいたが、再現方法が想像もできないような力は無視した。
やはり、ソレにとってもっとも見本となったのはあの女の剣技だった。
ソレは四六時中剣のことだけを考え続けた。
そして、理解した。
――これ以上、人間を模倣する必要はない。
いくら人の形を模倣してもスライムの身体では、人間の骨のような硬度は再現できない。筋力にも限界がある。
だがそれは、剣術を修めることができないということを意味しない。
何故なら剣術とは、突き詰めれば『効率的に相手を殺す術理』であるからだ。
人間は主に眼球によって世界を見るが、スライムにはその器官は存在せず、代わりに周囲の魔力から外界の様子を知覚している。
スライムには人間の眼球と違って死角となる場所がない。
人間には骨格の可動域という限界がある。しかし、全身が粘液によって形成されるスライムにそれはない。代わりに膂力はスライムがかなり劣る。
人間には予備動作がある。それは身体構造上消すことのできない事前動作だ。だが、あらゆる身体形状を連続的に変化させることができるスライムに予備動作は存在しない。
人間のことを知ったソレは、己の肉体と人体を比較することによって自身のことを理解し始めた。
それに伴って剣術のレベルは飛躍的に向上していく。
「ジッセン……」
ソレは約五年の歳月をかけて、人間の声帯と言語の模倣すら体得していた。
◆
ソレが最初に標的にしたのは、やはり人間だった。
あの女に比べれば剣術は稚拙であり、剣術では己よりも随分と劣るものに見えた。
要するに、倒せると感じた。
だから、ソレは五年の歳月を経て人間の前に姿を晒す。
「なんだこいつ? 人型の……スライム……?」
問答無用。というよりも、まだ会話できるほどには言語を理解してはいなかった。
ソレは剣を正眼に構える。
「剣を使うスライムってのも初めて見たな。もしかしてレアモンスターか? もしかしてレアドロップとかあるんじゃね? コメントのみんな、情報求む」
人間の男はソレを見ると喜々として武器を、剣を構えた。
――彼の名前は『
強さとしては初心者の中では光る物ありといったところ。スタイルは基本的な物理アタッカーで主な武装は剣を扱う。
人気の由来は気さくな性格と……ショートでバズったデスポーン直前の絶叫声だが本人はその話題を嫌っている。
「悪いけど狩らせてもらうよ、レアモンスターさん?」
「……」
ソレはなにも答えなかった。そんな呑気なことを考えている余裕はまったくなかった。
ソレの心にあったのは純然たる恐怖だった。
人間という種族が幾万の同胞を斬り殺す瞬間を見てきた。油断すれば一手のミスで自分もそうなるということを……命は一つであるということを、ソレは理解していた。
「スキル〈身体強化〉」
人間から漏れる魔力の密度が一気に高まる。
数瞬前とはまるで違う。蝋燭の炎が火炎放射に変わったような、圧倒的な圧力を感じる。
探索者固有の異能。スキル。探索者はスキルセットを自由にカスタマイズすることが可能だ。
「えぇ、あぁ初見さんいらっしゃい。俺の身体強化スキルはレベル4だよ。初めて三年にしては中々でしょ?」
その人間がなにを言っているのか、ソレはまったく理解できなかった。
しかし、ソレは己が取るべき行動を明瞭に自覚している。
それは地を蹴り、一気に人間へ斬りかかる。
この五年で己が鍛えた技を試す? 否、これは殺し合いだ。
生存本能を宿したその斬撃には明確な殺意が込められていた。
「おっと」
だが、その一刀はいとも容易く敵の剣に受け止められた。
剣はビクともしない。相手の膂力が圧倒的に勝っているのだ。
そもそも、スライムにとっては筋肉も骨も疑似物でしかなく、人間のソレの性能には及ぶべくもない。
加えて、相手は魔力を纏って身体能力を強化している。
ソレは即座に力で戦うことを諦めた。
剣の理。人体の理。そして……スライムの身体能力。
三種の複合的な理解において、ソレはすでに人間を超越していた。
「お、連撃?」
己が磨いた剣術が人間にどれほど通用するか、試そう。
「パワーも速度もないね。動きは遅いからなんとでもなるけど読み難い感じするな。剣は普通の剣だね。ウルトラチャット、センクス!」
人間が虚空を見つめながら笑みを浮かべる。
その一瞬の隙に、スライムは前傾姿勢で懐に飛び込んだ。
突き。腹を抉って殺す。
しかし、その目算は人間の一息に阻まれる。
「お、スキル〈金剛体〉」
腹に剣が負けた。刃は通らず、どころか折れて、切っ先は明後日の方向に跳んでいく。
スキル〈金剛体〉。発動から0.2秒間自身の身体の一部位を鋼と同等の硬度にする。再使用時間は8秒。
驚きと共にソレは大きく距離を取るが、
「よし、スキル〈身体強化〉をかけ直してっと……リキャストが短くて効果時間が長いのが身体強化の良いところだよね」
「ス、キ、ル……」
ソレは修練の感覚を思い出していた。数多の敵を観察し、理解し、殺害の方法を模索する。
それは実戦においても同じだ。
相手を観察し、理解し、殺す。
スキル……その性質をソレは読解する。言葉をトリガーにして起動。発動から一定時間で効果は終わる。最初から使ってこなかったところを見ると、あの硬化の継続時間はそこまで長くはない。
そもそもあそこまで肉体を硬くすれば、人体動作に支障をきたす。
その観点から考えても、あの硬化はおそらく一瞬のみ。
「え、今もしかして喋――」
ソレの動き出しは早かった。
折れた剣などお構いなしに、敵に接近する。
ソレは理解していた。
技術以外のすべての能力が劣っていることを。
だから、一撃だけ賭けに出た。
「コイ」
挑発的な呟き。それを聞いた
「こいつおもろ」
今まで防戦だった
もうかなり見せられただろう。これ以上は蛇足。倒すと、そう決めた。
「スキル〈スラッシュ〉」
刃に莫大な魔力が宿っていく。
それを見て、ソレは勝利を確信した。
スライムの特性。核が壊れぬ限り死なない。
人間であれば首を刎ねられれば絶命するが、スライムにおいてそこに重要器官など一つもない。
一刀を掻い潜る。大振りなら間違いなく隙はできる。。
罠はすでに仕込んでいた。それを起動し、折れた刃を頸動脈に差し込んで殺す。
その光景が鮮明に思い浮かべられた。
だが、
「残念。スラッシュの威力を舐めちゃいけないよ」
首だけではなかった。
頭。胸。腹。人間を模して形成していたその部位が全部吹き飛んだ。
粘液は身体から剥がれ、べちゃりと周囲の床にこびりつく。
下半身だけでは剣は振るえない。
再生は……「これで終わりだね」……間に合わない……
死の恐怖が意識を染める……
嫌だ。嫌だ。まだ死にたくない。
あの光を、あの絶景を、あの美しさを……この剣で汚すまでは――
「タスケテ」
「……え?」
一瞬の困惑。その一瞬さえあればよかった。
「はっ!?」
それは、最初の剣が折られた時の攻防で仕込んでいた。
粘液をロープ状に伸ばし、
それを今、思い切り引っ張ったことで踏ん張りが崩れる。
同時に粘液を操り〈スラッシュ〉で吹き飛んだ剣を引き寄せる。
さらに触手のように変形させた粘液を
人体構造の理解に努めた五年間。
ソレは独学で寝技の論理を体得していた。
人体構造上絶対に起き上がることができないように、全身を縛り上げていく。
とはいえ、相手は剛力の人間。
スキルという異能を扱う。時間を掛けてはいられない。
急ぎ早に、折れた刃を首に宛がう。
「スキル〈金剛体〉!」
読んでいた。そう来ると思っていた。
だから、首に刺す直前で一度止めた。
予想通りだ。1秒と経たず、首に集まった魔力が霧散していく。
硬化が解除されていることを、触手で撫でて確認し……
もはやソレに人間的な形状は残っていなかった。
だが、それこそが正しいのだとソレは直感的に感じ取っていた。
スライムと剣術。双方の特性を合わせた流派。
後に【夢幻流】と名付けられる技の最初の被害者が、ここに生まれる。
「うわぁ! ママァ!」
まるで子供のような悲鳴を上げながら、
スキル〈緊急脱出〉。肉体の損傷が一定を超えると、爆発四散しても復活できる超高度な回復効果と肉体転移効果が自動的に発動する。
探索者が法律上必ずセットしなければならない保険だ。
とはいえ、そんなことはまったく知らないソレは
しかし、これ以上の危険がないことを確認するとソレは
人間との最初の戦闘。得られるものは多々あった。ソレは満足していた。
◆
切り抜きショート動画「ママァ!②」再生回数71万回。
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~動画コメント一部抜粋~
『うん、配信だと足になんか付いてるのは見えてたけどな』
『見事に誰も言わなかったよな』
『負けてる時の方がおもろい定期』
『「悪いけど狩らせてもらうよ、レアモンスターさん?(キリ)」からの「ママァ!!」のコンボすこ』
『命乞いをして、しかも人体を真似るスライムねぇ……』
配信ツールを拾うのはもう少し先です。