『感情の墓標:ディストピア・ゼロ』   作:トート

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『感情の墓標:ディストピア・ゼロ』

 

第1話:幸福度99%の窒息

その都市では、誰もが笑顔で暮らしていた。

管理システム『エデン』。

それは、都市に生きる全人類の脳内にナノマシンを埋め込み、脳波、心拍数、ホルモン分泌を24時間監視する絶対的な統治者だ。

人々の頭上には、現在の精神状態を示すホログラムの数値――「幸福度(ハピネス・インデックス)」が常に浮遊している。

「幸福度90%以上」を維持することが、この街での生存条件。

もし悲しみ、怒り、絶望といった「有害な感情」が芽生え、数値が50%を下回れば、その人間は『欠陥品』として治安維持ドローンに即座に連行され、脳を強制洗浄(初期化)される。

少年カイ(17歳)は、その街で完璧な「優等生」として生きていた。

彼の頭上に浮かぶ数値は、常に「95%」。

システムが推奨する食事を摂り、推奨する娯楽を楽しみ、推奨される言葉だけを口にする。そうしていれば、脳内には常に快楽物質が分泌され、偽りの幸福の中で安全に生きていける。

だが、カイの右目の奥には、システムが検知できない「バグ」が存在していた。

時折、視界がバグる瞬間にだけ、街の本当の姿が見えるのだ。

笑顔で歩く人々の足元に転がる、感情を奪われて泥人形のようになった『初期化』済みの人間たちの姿が。

ある夜、カイはシステムが立ち入りを禁止している「廃棄エリア」の近くで、一人の少女と出会う。

彼女の頭上には、ホログラムの数値が存在しなかった。

「……あなた、システムに脳を繋がれていないの?」

カイが声をかけると、少女――セリカは、酷く怯えた、しかしこの街の誰も持っていない「本物の恐怖」に満ちた瞳でカイを見つめた。

「来ないで……! 私は『未登録(ノイズ)』。あなたたちに触れられたら、私の脳も、あの機械に食べられてしまう……!」

セリカは、システムから隠れて生き延びていた、感情を持つ最後の生き残りだった。

彼女が流す本物の涙、本物の震えを見た瞬間、カイの右目のバグが激しく明滅した。

【警告:有害感情の兆候を検知。幸福度が低下しています】

カイの頭上の数値が、95%から一気に70%へと急落する。

脳内に埋め込まれたナノマシンが、拒絶反応としてカイの全身に激しい電流のような激痛を走らせた。

(なんだ、この痛みは……。でも、どうしてだろう。胸が、こんなに苦しいのに……)

カイは直感した。この少女の手を握れば、自分は二度と「幸福な優等生」には戻れない。

幸福度という名の首輪を引きちぎり、底なしの絶望の世界へと転がり落ちていく。

だが、偽りの笑顔に窒息しかけていたカイの手は、気づけばセリカの細い手首を、強く掴んでいた。

その瞬間、都市の警報が鳴り響いた。

【警告:個体識別番号094・カイ。幸福度45%。『欠陥品』に指定。ただちに駆除を開始します】

暗闇の向こうから、赤い単眼を発光させた無数のドローンが、彼らを押しつぶすように迫ってくる。

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