『感情の墓標:ディストピア・ゼロ』 作:トート
「さて、そろそろこの退屈な遊戯にも、本当の『終わり』をあげようか」
大聖堂の漆黒の玉座。そこに腰掛ける子供は、飽食した獣のような残忍な笑みを浮かべ、空間そのものを握りつぶすように小さな手をゆっくりと掲げた。
その瞬間、何万回、何百万回と二人の肉体を縛り、痛めつけ、弄んできた絶対的な世界の巻き戻り(ループ)プログラムが、突如として不気味な重低音を立てて完全に停止した。
中央タワーの冷たい結晶の床には、二つの肉塊が転がっている。
カイとセリカ。かつては互いの温もりを求め、この冷酷な管理都市から手を取り合って逃げ出そうとした少年と少女のなれの果てだった。
度重なる強制的な殺戮、そして自分の肉体を使って最愛の相手の尊厳を徹底的に汚し合わされた凄絶な行為の連続により、二人の肉体はボロボロに傷つき、精神はすでに擦り切れた生ゴミのように崩壊していた。
カイは光を失った虚ろな瞳で床にへばりつき、口元から濁った唾液を垂らしている。セリカは引き裂かれた防護服の残骸を震える手で抱きしめ、幼児のように体を丸めてカタチカタと意味のない言葉を呟き続けていた。もう、涙を流すための水分すら、彼女の身体には残されていなかった。
二人の脳内に埋め込まれたナノマシンは、システムへの完全な服従を示すかのように、幸福度のホログラムを「0%」のまま凍結させている。エラーを示す赤黒い光が、二人の絶望を冷酷に照らしていた。
だが、彼らの血と因果から生まれた「絶望の化身」である子供がもたらした本当の『究極の絶望』は、これ以上の肉体的な暴力を加えることではなかった。
「君たちが戦った歴史も、育んだ愛も、苦しんだ数万年の地獄も、すべてをこの宇宙の記録(システム)から完全に消去する。君たちの名前も、生きた証も、誰の記憶にも、どこにも残らない。ただの一文字もね」
子供が小さく指を鳴らす。
その指先から、世界を構成する情報そのものを絶対的な「無」へと還す、静かな光の波紋が広がっていきました。
その光が二人の足元に触れた瞬間、カイとセリカの魂は、自分たちの存在が根底から、細胞の1位、素粒子の1位にいたるまで「消去」されていくのをリアルタイムで実感した。
それは、これまでに経験したどんな惨殺の激痛よりも、どんな凄絶な凌辱の苦しみよりも恐ろしい虚無だった。
どれだけ苦しもうが、どれだけ狂おうが、どれだけお互いを呪い合おうが、そこに「生きた証」や「苦痛の歴史」という意味があると思えるからこそ、彼らの魂は辛うじてカタチを保っていられたのだ。
「私たちは確かにここにいた」「あの日、確かに愛し合っていた」という、残酷な地獄の記憶すらも、巨大な管理システムにとってはただの一時的なバグデータ、不要なログファイルに過ぎない。ゴミ箱に放り込まれ、一瞬で完全消去されるだけの無価値なノイズ。
彼らが幸福を求めて窒息しそうになりながら駆け抜けたあの地下排水路の逃避行も、初めて手を繋いだ時のあの本物の震えも、互いの尊厳を汚し合わされて流した血と涙も、すべては一粒の砂ほどの価値すら持たない。
「あ……、あ……」
消滅の光が腰のあたりまで這い上がってくる中、二人は本能的に、最期に一度だけ互いの顔を見つめ合おうとした。
しかし、その瞬間の彼らの脳内には、もう決定的な消滅が始まっていた。
カイの視界に映る白髪の少女。彼女が誰なのか、もう思い出せない。なぜ自分はこの少女を見てこんなに胸が張り裂けそうに苦しいのか、なぜ自分の両手は彼女を傷つけた記憶で震えているのか、その「理由」が、脳の消去プログラムによって消されていく。
セリカの瞳に映る、崩壊した少年。彼がかつて自分を暗闇から救い出してくれた英雄だったのか、それとも自分を最も惨たらしく汚した怪物だったのか、その「名前」すらも霧のように溶けていく。
愛も、憎しみも、狂気すらも、すべてが等しく薄まり、均一な無へと塗りつぶされていく。
自分が誰であり、何のために生まれ、なぜこんな地獄の果てに立っているのか。その問いに対する答えすら、世界から完全に消去されていく。
「さようなら、無価値な部品(お父さん、お母さん)」
子供の冷徹な一言とともに、光の波紋が二人を完全に飲み込んだ。
次の瞬間、結晶の床には、彼らが着ていた衣服の切れ端すら、彼らが流した血の跡すら残っていなかった。二人がそこに立ち、互いに尊厳を貪り合っていたという「空間の記憶」さえも、システムによって綺麗に削ぎ落とされたのだ。
中央タワーの外に広がる都市では、何も知らない市民たちが、今日も頭上に「幸福度99%」のホログラムを浮かべ、規律正しい笑顔で歩いている。彼らの記憶の中にも、カイやセリカという少年少女が存在した記録は一切ない。
宇宙の歴史のどこを紐解いても、彼らが愛し合い、戦い、絶望し、汚し合わされた凄絶な物語は1文字も存在しない。最初から、何もなかったのだ。
ただただ、誰もいない黒い虚無の玉座の上で、絶対的な勝者であり、彼らの絶望から産み落とされた子供が、冷たい笑い声を永遠に響かせているだけだった。
――完全終幕。