『常闇を穿つ影の王(シャドウ・ブレイズ)』 作:トート
1. 太陽の輝きを奪われた世界
その世界に、朝が訪れることは二度となかった。
天空を統べる絶対的な支配者、聖天皇帝『ゼニス』。彼は人類が放つ「負の感情」を浄化するという大義名分のもと、地上のすべての光を吸い上げ、巨大な人工太陽『ゼニス・コア』へと幽閉してしまった。
以来、地上は冷たい闇がどこまでも続く、永遠の夜――「永夜(えいや)」のセカイと化していた。
人々が生きるために必要な光と熱は、皇帝直属の教会から配給される『聖光石(ルクス)』だけで賄われている。
教会が提示するルールは単純だ。
「従順なる者にのみ、光を与える。反逆の意志を持つ『不適合者』からは、光を奪い、凍土の闇へと追放する」
少年ハルト(17歳)は、光の配給が最も少ない最下層の街「シャドウ・スクエア」で生きていた。
彼は生まれつき、自分の『影』が人一倍濃く、時には自分の意志とは無関係に蠢くという奇妙な体質を持っていた。この世界において「影」が自己主張することは、聖天の光を拒絶する悪魔の証とされ、ハルトは常に周囲から忌み嫌われ、隠れるようにして生きてきた。
「ハルト、今日も配給が減らされたわ。このままだと、次の冬が来る前に、街のみんなが凍りついてしまう……」
幼馴染の少女が、消えかけの聖光石を抱きしめながら、青白い顔で呟く。
光の配給量は、街全体の「従順度」によって決められる。最下層のこの街は、すでに限界を迎えていた。逆らう力などない。ただ、冷酷なシステムの前に、命の灯火が消えるのを静かに待つだけ。そんな理不尽なシナリオが、この街には敷かれていた。
だが、ハルトが17歳を迎えたその夜。最悪の破滅が街を襲った。
「不適合者を検知した。これより、シャドウ・スクエアの全『聖光石』を強制回収し、街を永久凍結処分とする」
空から舞い降りたのは、純白の鎧に身を包んだ皇帝の直属軍『聖光騎士団』だった。彼らが掲げた巨大な魔導兵器が、街に僅かに残されていた光を容赦なく吸い上げていく。
たちまち、マイナス数十度の猛烈な冷気が街を包み込み、悲鳴を上げる人々が足元から次々と青い氷の彫刻へと変えられていった。
「待てよ……! 俺たちが何をしたっていうんだ! 静かに生きていただけだろ!」
ハルトは凍りつく地面に両手をつき、血を吐くような思いで叫んだ。
聖光騎士団の隊長は、冷徹な瞳でハルトを見下ろし、その胸元へ向けて純白の光の槍を突き出した。
「光を持たぬ者に、生きる価値はない。大人しく闇に消え失せろ」
死の槍がハルトの胸を貫く――その直前だった。
(ドクン、とハルトの心臓が、見たこともない激しさで跳ね上がった)
「――が、はっ……!!!?」
凄絶な衝撃がハルトの脳髄を直撃した。
それは痛みではなかった。ハルトの足元に広がっていた『影』が、まるで巨大な捕食者のように鎌首をもたげ、彼の肉体へと逆流してきたのだ。
脳裏に直接、世界の底から響くような地鳴りの声が轟く。
『数千年の間、聖天の光に怯え、踏みつぶされ、消去されていった「影(闇)」の真なる力が、今お前という器を得た。目覚めよ、常闇を統べる真の王よ』
「あああ……あああああああああッ!!」
ハルトは頭を抱え、絶叫した。普通の人間の肉体であれば、その闇の質量に耐えきれず、一瞬で細胞が黒く腐り落ちて即死するほどの極大のエネルギー量。
しかし、ハルトの魂の器は壊れなかった。
壊れなかったどころか、彼の肉体はその莫大な闇の力を完璧に手なずけ、聖天の光すらも焼き尽くす漆黒の炎――『影炎(シャドウ・ブレイズ)』へと完全に覚醒させたのだ。
ハルトの黒髪が、激しい黒い炎となって逆立ち、その右腕には、運命の光を力ずくで叩き切るための漆黒の大剣が握られていた。
「……光がなければ生きていけないだと? そんなクソみたいな理不尽、俺の炎で1文字残らず焼き尽くしてやる」
ゆっくりと立ち上がったハルトの瞳には、冷酷な世界のルールそのものを殴り殺すための、絶対的な「意志」の黒い炎が宿っていた。