『常闇を穿つ影の王(シャドウ・ブレイズ)』 作:トート
「……終わった、んだな」
ハルトは漆黒の大剣『シャドウ・ブレイズ』をゆっくりと引き抜き、大きく息を吐き出した。
刃に宿っていた紫黒の炎は静かに静まり返り、役目を終えた大剣はハルトの右腕の『影の歯車』へと吸い込まれるようにして消えていった。
彼の隣では、すべての魔力を出し切ったフィリアが、心地よい疲労感に肩を揺らしながらも、しっかりとハルトの左手を握りしめていた。繋いだ手のひらからは、ドクドクと互いの力強い心臓の鼓動が伝わってくる。
【エデン・コア、完全消滅を確認。幽閉されていた地上の全光子、大気圏への再配分を実行します】
機械的な管理音声が最期にそう告げると、神殿の中央で燻っていた人工太陽の残骸が、今度はパキィンと美しいガラスが割れるような音を立てて完全に弾け飛んだ。
しかし、そこから溢れ出たのは、人々を焼き尽くす消滅の光でも、心を奴隷にする洗脳の光でもなかった。
それは、数百年もの間、皇帝ゼニスによって不当に奪われ、蓄積され続けてきた、地上本来の「本物の光」の濁流だった。
何億、何兆もの光の粒子が、神殿の崩壊した天井から大空へと向けて、まるで巨大な逆さの流星群のように一斉に噴き上がっていく。その光の一条一条が、天空城を支えていた冷酷な魔導術式を美しく融かし、神の城そのものをただの光の塵へと還元していった。
「ハルトさん、見て……! 世界が、戻っていくわ……!」
フィリアが翡翠色の瞳を輝かせ、空を指差した。
ハルトとフィリアの身体は、崩壊していく天空城から、光の粒子に優しく包み込まれるようにして、ゆっくりと地上の世界へと降下していった。
二人の足が、最下層の街「シャドウ・スクエア」の、あの日凍りつきかけた広場へと静かに着地した。
街を見渡すと、そこにはすでに無数の住人たちが集まっていた。大門都市で洗脳から解放された人々も、最下層で凍えかけていた人々も、誰もが皆、驚きと感動の表情を浮かべて天を見上げていた。
空を覆っていたあの分厚い、永遠の夜を形成していた漆黒の雲が、上空から降り注ぐ本物の光の濁流によって、内側からサラサラと霧散していく。
そして――地平線の彼方から、橙色の、暖かく瑞々しい本物の「太陽の光」が、ゆっくりと、しかし圧倒的な力強ささをもって世界を照らし始めた。
「あ……、あぁ……」
「温かい……。これが、本物の『朝』なのか……」
老人たちは涙を流して崩れ落ち、若者たちは初めて見る本物の太陽の眩しさに目を細めながら、歓声を上げた。
光が届いた大地面からは、凍土が融け、数百年ぶりに青々とした若草が芽吹き、色鮮やかな花々が一斉にその蕾を開いていく。
光が世界を支配するのでもない。影が世界を飲み込むのでもない。
光があるからこそ影が生まれ、影があるからこそ光が美しく際立つ。世界は今、あるべき本当の「調和」の姿を取り戻したのだ。
「……綺麗ね、ハルトさん」
フィリアの横顔に、昇り始めたばかりの美しい朝日の光が差し込む。
色褪せかけていた彼女の金髪は、本物の光を浴びて黄金色にキラキラと輝き、その翡翠色の瞳は、世界のどんな宝石よりも美しく澄み渡っていた。彼女の表情には、もうあの暗い人工太陽の中で泣いていた聖女の面影はどこにもない。自分の未来を、最愛の少年と共に掴み取った、世界で一番幸せな一人の少女の笑顔がそこにあった。
「ああ。……お前の方が、ずっと綺麗だけどな」
「えっ……!? あ、あの、ハルトさん……?」
ハルトが不意に投げかけた言葉に、フィリアは頬を林檎のように真っ赤に染め、繋いだ手をモジモジと震わせた。そんな彼女の初々しい反応を見て、ハルトはいたずらっぽく、しかし心底愛おしそうにゲラゲラと笑った。
「ハルトーーーッ!!」
「フィリア様ーーーっ!!」
遠くから、街の仲間たちが二人を見つけて、大声を上げて駆け寄ってくるのが見えた。
理不尽な神のシナリオを力ずくで殴り殺し、自分たちの手で掴み取った、本物の大団円(ハッピーエンド)。
ハルトはフィリアの肩を引き寄せ、彼女の額に優しく、自身の誓いを刻むようにキスをした。
「フィリア。これからは、夜が来ても、必ず明日には朝が来る。俺が、お前の隣でずっと、その光も影も全部、守り続けてやるからな」
「はい……! どこまでも、ずっ緒にいきましょう、ハルトさん!」
フィリアは涙を完全に拭い去り、ハルトの胸に力強く飛び込んだ。
二人が紡ぐ新しい物語の1ページ目は、今、この輝かしい太陽の光と、彼らの足元に優しく寄り添う影の祝福の中で、美しく開かれた。
運命に抗い、世界を救った光と影の王たちの物語は、ここに堂々の【完全完結】を迎えるのだった。
――常闇を穿つ影の王、閉幕。