魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―   作:虚空小白

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第9話 強者の在り方

 ふたりは近くの飲食店で食事をしていた。

 

 ソルは分厚い肉にフォークを突き刺し、口に運んで歯で噛み切った。

 マーニは口の中のものを飲み込んでから質問を投げかけた。

 

「さっきから何を怒っているの?」

 

「別に怒っていない」

 

 その声には怒気が含まれていた。

 マーニは静かに息を吐いた。

 

「ソルは昔から嘘が下手だよね。ヴァーゲが約束を守らなかったから。違う?」

 

 ソルは肉を頬張り、咀嚼しながら首を横に振った。

 

 ふたりの元にヴァーゲが近寄った。

 

「シュッツェの一言が気に食わなかった。違うか」

 

 ふたりが目を丸くしてヴァーゲを見る。

 ヴァーゲはハルバードを壁に立て掛け、イスに腰を下ろした。

 

 マーニが冷たい口調で言った。

 

「空いている席なら他にもありますよ」

 

 ヴァーゲはマーニを睨みつけた。

 マーニは怯まず、視線を逸らさなかった。

 

「アタシも嫌われたもんだね」

 

 ヴァーゲはイスの背にもたれ、ソルに視線を向けた。

 

「アタシと勝負しないか、ソル」

 

「勝負?」

 

「口入屋で森のヌシ討伐依頼を受けた。先にヌシを狩ったほうが勝ち。単純だろう?」

 

「やる」

 

「ヌシ討伐なんて危ないよ」

 

「確かにな。だが、森のヌシ程度で日和るようじゃ、エレメンティアに辿り着いても死ぬだけだ。そうだろう、マーニ」

 

 ヴァーゲが口の端を釣り上げた。

 

「決まりだな」

 

 店員に酒と料理を注文した。

 

 マーニが恐る恐る尋ねた。

 

「あの人はどうなったんですか?」

 

 ヴァーゲは表情を変えずに嘘をついた。

 

「尋問はシュッツェの担当だから、あのバカがどうなったかアタシは知らない」

 

「先ほど口入屋で依頼を受けたと仰いましたが、十二聖徒ですよね。いいんですか?」

 

「アタシ個人が依頼を受けた。十二聖徒は関係ない」

 

 店員が酒と料理を並べ、足早に立ち去った。

 

 ソルは肉に食らいつきながらヴァーゲに宣戦布告した。

 

「俺は強くなる。ヴァーゲ、あんたには負けない」

 

 ふっとヴァーゲは笑った。

 

「それが口だけじゃないことを願っているよ」

 

 三人は食事を済ませ、代金を支払って店を出た。

 

「案内してやる。ついてこい」

 

 ヴァーゲの背にふたりは続いた。

 

 街の外。目的地の森に到着した。

 森は不気味なほど静かだった。

 

 ヴァーゲが一歩前に出る。

 

「ヌシは巨大な獣だが、魔獣になっているかもな」

 

「魔獣?」

 

「いろんな肉を喰らった結果、堕ちた獣が魔獣と呼ばれている。魔物になる前に殺す必要がある」

 

 ヴァーゲがマーニを一瞥した。

 

「お前らはふたりで旅をしているんだったな。ハンデをやる」

 

 ソルは拳を握り締めた。

 マーニは優しく微笑んだ。

 

「ソルは一人でやりたいんだよね」

 

「マーニ……?」

 

「私は手を貸さないよ。でも、本当に危なくなったら手を出すから」

 

 ソルは笑った。

 

「ありがとな、マーニ」

 

 ヴァーゲはハルバードを持ち直し、腰を落とした。

 

「アタシを失望させるなよ、ソル」

 

 土埃を立てて走り出した。

 

「行こう、マーニ」

 

「うん」

 

 ヴァーゲが通った跡には、肉食獣の死骸が転がっていた。

 ソルはそれらを一瞥した。

 

「ご丁寧に道案内かよ」

 

「それだけ、力に余裕があるってことだよ」

 

 ふたりは走り続けた。

 

 森の奥でヴァーゲは全長数メートルはあろう紅虎と戦っていた。

 

 紅虎は大きくても全長3メートル。赤と黒の縞模様だが、ヴァーゲと交戦している紅虎は体毛が黒く染まり、尾を三本揺らしていた。

 

 すでに魔獣と化していた。

 

 魔獣が咆哮した。

 

 すると、茂みから五頭の紅虎が現れ、静かな足取りでふたりを取り囲んだ。

 

 ソルは剣を抜き、盾を構えた。

 

「前言撤回だ。マーニ、俺が盾になる」

 

 マーニが詠唱を始める。

 

「氷晶よ、氷花となりて咲き乱れよ」

 

 紅虎たちの足元から煌めく氷槍が伸び、四頭の手足や腹を貫いた。

 氷の花が咲き、血で赤く染まる。

 

 ソルは後ろに飛び退いた一頭を追い詰め、剣を振り下ろした。

 だが、空を斬った。

 

 その隙を見逃さなかった紅虎が爪を立てて飛び掛かる。

 

「させるかよっ!」

 

 ソルは左手を振り払い、紅虎の頭を縦に殴打した。

 紅虎は大きくのけ反り、四肢をついて頭を振り払った。

 

「はあああああっ!」

 

 気迫の籠った一撃が、紅虎の顔を深く斬り付けた。

 

 次の瞬間、紅虎が大口を開け、ソルの右腕に噛み付いた。

 ソルは激痛で顔を歪ませ、紅虎の顔を盾で何度もぶん殴った。

 

 やがて、紅虎は力を失って倒れた。

 ソルは馬乗りになり、盾を捨てて剣に持ち替え、紅虎の喉元に刃を突き立てた。

 

 マーニが慌てて駆け寄った。

 

「ソル、腕を見せて」

 

 荷物から回復薬の小瓶を取り出す。

 

「飲んで」

 

 栓を抜き、ソルに飲ませる。

 傷口が跡形もなく塞がった。

 

「気分はどう? 立てる?」

 

 ソルは立ち上がり、右手を動かして確認した。

 

「問題ない。マーニ、助かったよ」

 

「うん」

 

 その時、ふたりの足元に魔獣の首が転がってきた。

 意志のない眼が、ふたりを見つめている。

 

 顔を上げると、ヴァーゲが不敵な笑みを浮かべていた。

 返り血を浴びても、その眼は揺れていなかった。

 

 ソルは紅虎から剣を引き抜き、盾を拾い上げた瞬間——

 

 ヴァーゲがハルバードを振り上げ、駆け出した。

 

「マーニ、離れろ!」

 

 ヴァーゲがハルバードを振り下ろす。

 ふたりが後ろへ飛び退くと、地面が割れた。

 

 衝撃で空気が振動した。

 

「どういうつもりだ、ヴァーゲ!」

 

「アタシに一撃でも入れることができれば教えてやるよ」

 

 ヴァーゲはハルバードを軽々と持ち上げ、口の端を釣り上げた。

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