ふたりは近くの飲食店で食事をしていた。
ソルは分厚い肉にフォークを突き刺し、口に運んで歯で噛み切った。
マーニは口の中のものを飲み込んでから質問を投げかけた。
「さっきから何を怒っているの?」
「別に怒っていない」
その声には怒気が含まれていた。
マーニは静かに息を吐いた。
「ソルは昔から嘘が下手だよね。ヴァーゲが約束を守らなかったから。違う?」
ソルは肉を頬張り、咀嚼しながら首を横に振った。
ふたりの元にヴァーゲが近寄った。
「シュッツェの一言が気に食わなかった。違うか」
ふたりが目を丸くしてヴァーゲを見る。
ヴァーゲはハルバードを壁に立て掛け、イスに腰を下ろした。
マーニが冷たい口調で言った。
「空いている席なら他にもありますよ」
ヴァーゲはマーニを睨みつけた。
マーニは怯まず、視線を逸らさなかった。
「アタシも嫌われたもんだね」
ヴァーゲはイスの背にもたれ、ソルに視線を向けた。
「アタシと勝負しないか、ソル」
「勝負?」
「口入屋で森のヌシ討伐依頼を受けた。先にヌシを狩ったほうが勝ち。単純だろう?」
「やる」
「ヌシ討伐なんて危ないよ」
「確かにな。だが、森のヌシ程度で日和るようじゃ、エレメンティアに辿り着いても死ぬだけだ。そうだろう、マーニ」
ヴァーゲが口の端を釣り上げた。
「決まりだな」
店員に酒と料理を注文した。
マーニが恐る恐る尋ねた。
「あの人はどうなったんですか?」
ヴァーゲは表情を変えずに嘘をついた。
「尋問はシュッツェの担当だから、あのバカがどうなったかアタシは知らない」
「先ほど口入屋で依頼を受けたと仰いましたが、十二聖徒ですよね。いいんですか?」
「アタシ個人が依頼を受けた。十二聖徒は関係ない」
店員が酒と料理を並べ、足早に立ち去った。
ソルは肉に食らいつきながらヴァーゲに宣戦布告した。
「俺は強くなる。ヴァーゲ、あんたには負けない」
ふっとヴァーゲは笑った。
「それが口だけじゃないことを願っているよ」
三人は食事を済ませ、代金を支払って店を出た。
「案内してやる。ついてこい」
ヴァーゲの背にふたりは続いた。
街の外。目的地の森に到着した。
森は不気味なほど静かだった。
ヴァーゲが一歩前に出る。
「ヌシは巨大な獣だが、魔獣になっているかもな」
「魔獣?」
「いろんな肉を喰らった結果、堕ちた獣が魔獣と呼ばれている。魔物になる前に殺す必要がある」
ヴァーゲがマーニを一瞥した。
「お前らはふたりで旅をしているんだったな。ハンデをやる」
ソルは拳を握り締めた。
マーニは優しく微笑んだ。
「ソルは一人でやりたいんだよね」
「マーニ……?」
「私は手を貸さないよ。でも、本当に危なくなったら手を出すから」
ソルは笑った。
「ありがとな、マーニ」
ヴァーゲはハルバードを持ち直し、腰を落とした。
「アタシを失望させるなよ、ソル」
土埃を立てて走り出した。
「行こう、マーニ」
「うん」
ヴァーゲが通った跡には、肉食獣の死骸が転がっていた。
ソルはそれらを一瞥した。
「ご丁寧に道案内かよ」
「それだけ、力に余裕があるってことだよ」
ふたりは走り続けた。
森の奥でヴァーゲは全長数メートルはあろう紅虎と戦っていた。
紅虎は大きくても全長3メートル。赤と黒の縞模様だが、ヴァーゲと交戦している紅虎は体毛が黒く染まり、尾を三本揺らしていた。
すでに魔獣と化していた。
魔獣が咆哮した。
すると、茂みから五頭の紅虎が現れ、静かな足取りでふたりを取り囲んだ。
ソルは剣を抜き、盾を構えた。
「前言撤回だ。マーニ、俺が盾になる」
マーニが詠唱を始める。
「氷晶よ、氷花となりて咲き乱れよ」
紅虎たちの足元から煌めく氷槍が伸び、四頭の手足や腹を貫いた。
氷の花が咲き、血で赤く染まる。
ソルは後ろに飛び退いた一頭を追い詰め、剣を振り下ろした。
だが、空を斬った。
その隙を見逃さなかった紅虎が爪を立てて飛び掛かる。
「させるかよっ!」
ソルは左手を振り払い、紅虎の頭を縦に殴打した。
紅虎は大きくのけ反り、四肢をついて頭を振り払った。
「はあああああっ!」
気迫の籠った一撃が、紅虎の顔を深く斬り付けた。
次の瞬間、紅虎が大口を開け、ソルの右腕に噛み付いた。
ソルは激痛で顔を歪ませ、紅虎の顔を盾で何度もぶん殴った。
やがて、紅虎は力を失って倒れた。
ソルは馬乗りになり、盾を捨てて剣に持ち替え、紅虎の喉元に刃を突き立てた。
マーニが慌てて駆け寄った。
「ソル、腕を見せて」
荷物から回復薬の小瓶を取り出す。
「飲んで」
栓を抜き、ソルに飲ませる。
傷口が跡形もなく塞がった。
「気分はどう? 立てる?」
ソルは立ち上がり、右手を動かして確認した。
「問題ない。マーニ、助かったよ」
「うん」
その時、ふたりの足元に魔獣の首が転がってきた。
意志のない眼が、ふたりを見つめている。
顔を上げると、ヴァーゲが不敵な笑みを浮かべていた。
返り血を浴びても、その眼は揺れていなかった。
ソルは紅虎から剣を引き抜き、盾を拾い上げた瞬間——
ヴァーゲがハルバードを振り上げ、駆け出した。
「マーニ、離れろ!」
ヴァーゲがハルバードを振り下ろす。
ふたりが後ろへ飛び退くと、地面が割れた。
衝撃で空気が振動した。
「どういうつもりだ、ヴァーゲ!」
「アタシに一撃でも入れることができれば教えてやるよ」
ヴァーゲはハルバードを軽々と持ち上げ、口の端を釣り上げた。