魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―   作:虚空小白

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第2話 踏み出した一歩

 村の出入口で、ふたりは並んで立っていた。

 

 ソルは腰に手を当て、胸を張った。

 

「今日から俺たちの伝説が始まる。俺は英雄」

 

 マーニは照れながら口にした。

 

「ふふっ、私は考古学に名を残す研究者……だったね」

 

 胸元に手を当てた。

 

「私、ドキドキしてる」

 

「俺もだ」

 

 互いに顔を見合わせ、頷いた。

 同時に足を前に出す。

 

「せーの!」

 

 一歩踏み出した。

 ソルが走り出し、マーニが慌てて後を追う。

 

「急がなくても船は逃げないよ!」

 

「落ち着かないんだよ」

 

 マーニが釣られて笑った。

 

 ソルの隣に並び、空を見上げると、二羽の白い鳥が翼を羽ばたかせて飛んでいた。

 

「あの鳥も私たちと同じなのかな」

 

 ソルは視線を上げ、鳥を見て、息を吐いた。

 

「そうかもな」

 

 足を止め、振り向き、遠目に村を見据えた。

 マーニが小首を傾げる。

 

「何をしているの?」

 

「目に焼き付けているんだ。もしかしたら——」

 

 ソルは首を横に振った。

 

「いや、何でもない」

 

 一陣の風が吹き、マーニは髪を手で押さえながら故郷をその目に焼き付けた。

 そして、頭を深々と下げた。

 

「エレナおばあちゃん、いつも美味しい野菜を分けてくれて、ありがとうございました」

 

「礼なら朝に伝えたんだろう?」

 

「うん。それでも、お世話になったから、改めてお礼を言いたくなったんだよ」

 

 ソルもマーニに倣って頭を下げた。

 顔を上げ、大きく息を吸い、声を吐き出した。

 

「ありがとうございました!」

 

 その瞬間——草むらの茂みが揺れた。

 

 三頭の狼が姿を現した。

 

「もう、大声を出すからだよっ」

 

「あはは……、つい、な」

 

 狼たちが警戒しながらふたりを取り囲む。

 間合いを測るように、じりじりと距離を詰めてくる。

 

 すぐさまマーニが詠唱した。

 

「——荒れ狂う風よ、刃となりて敵を切り裂け」

 

 不可視の刃が狼たちを切りつけた。

 ソルは剣を抜き、怯んだ一頭に追い打ちをかける。

 

 鮮血が飛び散った。

 

 残る二頭が牙を剥き出しにし、マーニに襲いかかる。

 だが、マーニはそれよりも早く、次の魔法を唱えていた。

 

「——迅雷よ、我が身を護りて散らせ」

 

 バチバチバチッ! と、彼女の周囲の空気が激しく鳴動した。

 青白い火花がマーニの身を包む。

 

 頭から突っ込んだ狼は、その身に触れた瞬間、強烈な電撃に全身を硬直させ、自らの勢いで弾き飛ばされるように横たわった。

 

 剣に付着した血を振り払い、鞘に収めながらソルが尋ねた。

 

「マーニ、怪我はないか?」

 

「私は大丈夫。早く行こう」

 

 ソルは狼を一瞥した。

 

「肉はいいのか?」

 

「血の臭いに釣られて獣の群れが現れたら、船に乗り遅れちゃうからね」

 

 ふたりは足早にその場を離れた。

 

 風に乗って潮の香りが漂ってくる。

 波音を聴きながら、船着き場へ入った。

 

 積み荷を運んでいる船員に、ソルが話しかける。

 

「おっちゃん、船に乗りたいんだけど」

 

「それなら船長に言いな」

 

「ありがとう、おっちゃん」

 

 ふたりは船員に指示を出している男に近寄った。

 マーニはいつの間にかソルの背後に回っていた。

 

「あんたが船長?」

 

「おう、坊主と嬢ちゃんは船に乗りたいのか?」

 

「うん」

 

「出航するのは積み荷を降ろしてからだな」

 

 船長が手を差し向けた。

 

「一人、銀貨1ルミナだ」

 

 ソルが目を丸くした。

 

「えっ、お金がいるのか?」

 

「人数が増えれば船足が落ちる。余計な燃料がかかる分、相応の金をもらわないと割に合わんからな」

 

 ソルがぽかんとしている隣で、マーニが静かに船長へ代金を支払った。

 

 船長は満足げに笑い、口の隙間から抜けた前歯が覗いた。

 

「乗りな」

 

 船長が目を細めて警告する。

 

「船の備品を壊したら弁償してもらうからな」

 

「わかった」

 

 ソルが笑顔を作る。

 

「行こう、マーニ」

 

 マーニはこくんと頷いた。

 

 木製の足場板を渡り、乗船し、適当な場所に荷物を置いて腰を下ろした。

 

 マーニが声を落として言った。

 

「怖かった」

 

「そうか?」

 

「だって、父さんよりも背も声も大きいんだよ」

 

 ソルは特に気にした様子もなく答えた。

 

「ああ、強そうだよな」

 

 マーニはため息をつき、硬貨を床に並べて数え始めた。

 

「金貨1枚、銀貨5枚、銅貨13枚だね」

 

「これだけで足りるのか……?」

 

「わからないよ。お金を使ったのも今のが初めてだったし」

 

 マーニは気を取り直して提案した。

 

「水都アクアレインに着いたら、お金の価値を調べましょう」

 

「ああ」

 

 ふっ、とソルが笑った。

 

「急に笑ってどうしたのよ」

 

「せっかくの機会だし、楽しまないと損だろう?」

 

「父さんはそういう意味で言ったんじゃないと思うけど——」

 

 マーニは硬貨をしまいながら、小さく笑った。

 

「そうかもしれないね」

 

 船長が乗り込み、ふたりを一瞥して通り過ぎた。

 船員が次々と持ち場につき、やがて船がゆっくりと動き出した。

 

 波が船体を叩く音。

 潮風がふたりの髪を揺らす。

 

 遠ざかっていく船着き場を眺めながら、マーニはぽつりと口を開いた。

 

「ねえ、ソル。なぜエレメンティアは滅んだのかな」

 

「さあな。魔法が暴発でもしたんじゃないか」

 

 船に揺られながら、ふたりはしばらく黙って波音を聴いていた。

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