村の出入口で、ふたりは並んで立っていた。
ソルは腰に手を当て、胸を張った。
「今日から俺たちの伝説が始まる。俺は英雄」
マーニは照れながら口にした。
「ふふっ、私は考古学に名を残す研究者……だったね」
胸元に手を当てた。
「私、ドキドキしてる」
「俺もだ」
互いに顔を見合わせ、頷いた。
同時に足を前に出す。
「せーの!」
一歩踏み出した。
ソルが走り出し、マーニが慌てて後を追う。
「急がなくても船は逃げないよ!」
「落ち着かないんだよ」
マーニが釣られて笑った。
ソルの隣に並び、空を見上げると、二羽の白い鳥が翼を羽ばたかせて飛んでいた。
「あの鳥も私たちと同じなのかな」
ソルは視線を上げ、鳥を見て、息を吐いた。
「そうかもな」
足を止め、振り向き、遠目に村を見据えた。
マーニが小首を傾げる。
「何をしているの?」
「目に焼き付けているんだ。もしかしたら——」
ソルは首を横に振った。
「いや、何でもない」
一陣の風が吹き、マーニは髪を手で押さえながら故郷をその目に焼き付けた。
そして、頭を深々と下げた。
「エレナおばあちゃん、いつも美味しい野菜を分けてくれて、ありがとうございました」
「礼なら朝に伝えたんだろう?」
「うん。それでも、お世話になったから、改めてお礼を言いたくなったんだよ」
ソルもマーニに倣って頭を下げた。
顔を上げ、大きく息を吸い、声を吐き出した。
「ありがとうございました!」
その瞬間——草むらの茂みが揺れた。
三頭の狼が姿を現した。
「もう、大声を出すからだよっ」
「あはは……、つい、な」
狼たちが警戒しながらふたりを取り囲む。
間合いを測るように、じりじりと距離を詰めてくる。
すぐさまマーニが詠唱した。
「——荒れ狂う風よ、刃となりて敵を切り裂け」
不可視の刃が狼たちを切りつけた。
ソルは剣を抜き、怯んだ一頭に追い打ちをかける。
鮮血が飛び散った。
残る二頭が牙を剥き出しにし、マーニに襲いかかる。
だが、マーニはそれよりも早く、次の魔法を唱えていた。
「——迅雷よ、我が身を護りて散らせ」
バチバチバチッ! と、彼女の周囲の空気が激しく鳴動した。
青白い火花がマーニの身を包む。
頭から突っ込んだ狼は、その身に触れた瞬間、強烈な電撃に全身を硬直させ、自らの勢いで弾き飛ばされるように横たわった。
剣に付着した血を振り払い、鞘に収めながらソルが尋ねた。
「マーニ、怪我はないか?」
「私は大丈夫。早く行こう」
ソルは狼を一瞥した。
「肉はいいのか?」
「血の臭いに釣られて獣の群れが現れたら、船に乗り遅れちゃうからね」
ふたりは足早にその場を離れた。
風に乗って潮の香りが漂ってくる。
波音を聴きながら、船着き場へ入った。
積み荷を運んでいる船員に、ソルが話しかける。
「おっちゃん、船に乗りたいんだけど」
「それなら船長に言いな」
「ありがとう、おっちゃん」
ふたりは船員に指示を出している男に近寄った。
マーニはいつの間にかソルの背後に回っていた。
「あんたが船長?」
「おう、坊主と嬢ちゃんは船に乗りたいのか?」
「うん」
「出航するのは積み荷を降ろしてからだな」
船長が手を差し向けた。
「一人、銀貨1ルミナだ」
ソルが目を丸くした。
「えっ、お金がいるのか?」
「人数が増えれば船足が落ちる。余計な燃料がかかる分、相応の金をもらわないと割に合わんからな」
ソルがぽかんとしている隣で、マーニが静かに船長へ代金を支払った。
船長は満足げに笑い、口の隙間から抜けた前歯が覗いた。
「乗りな」
船長が目を細めて警告する。
「船の備品を壊したら弁償してもらうからな」
「わかった」
ソルが笑顔を作る。
「行こう、マーニ」
マーニはこくんと頷いた。
木製の足場板を渡り、乗船し、適当な場所に荷物を置いて腰を下ろした。
マーニが声を落として言った。
「怖かった」
「そうか?」
「だって、父さんよりも背も声も大きいんだよ」
ソルは特に気にした様子もなく答えた。
「ああ、強そうだよな」
マーニはため息をつき、硬貨を床に並べて数え始めた。
「金貨1枚、銀貨5枚、銅貨13枚だね」
「これだけで足りるのか……?」
「わからないよ。お金を使ったのも今のが初めてだったし」
マーニは気を取り直して提案した。
「水都アクアレインに着いたら、お金の価値を調べましょう」
「ああ」
ふっ、とソルが笑った。
「急に笑ってどうしたのよ」
「せっかくの機会だし、楽しまないと損だろう?」
「父さんはそういう意味で言ったんじゃないと思うけど——」
マーニは硬貨をしまいながら、小さく笑った。
「そうかもしれないね」
船長が乗り込み、ふたりを一瞥して通り過ぎた。
船員が次々と持ち場につき、やがて船がゆっくりと動き出した。
波が船体を叩く音。
潮風がふたりの髪を揺らす。
遠ざかっていく船着き場を眺めながら、マーニはぽつりと口を開いた。
「ねえ、ソル。なぜエレメンティアは滅んだのかな」
「さあな。魔法が暴発でもしたんじゃないか」
船に揺られながら、ふたりはしばらく黙って波音を聴いていた。