船体がひと際大きく揺れ、ふたりの体が軽くぶつかった。
立ち上がり外を向くと、水都アクアレインの港に到着していた。
夕闇の中、街灯の灯りがぽつぽつと灯っている。港にいるのは彼らだけだった。
船員がロープを投げ、足場板を設置する。
船長がスキットル片手に、ふたりの元へ近寄った。
酒臭い息を吐きながら告げた。
「着いたぜ、降りな」
「わかった」
ふたりは荷物を纏め、足場を確認しながら船を降りようとした。
「坊主、宿は『さざ波の宿』にしときな」
「え?」
船長が街の通りを指さす。
「あっちへ行けば、小さな噴水が見えてくる。ボロい看板が目印だ」
酒を一口飲んでから、大きく息を吐いた。
酒臭さにふたりは思わず顔を顰めた。
「世の中には、子どもを騙す悪い大人もいる」
船長はポケットに手を突っ込み、銀貨2枚をチラつかせた。
「この俺のようにな」
大声で笑い、その場を後にした。
「ソル、行こう。私、お腹空いちゃった」
「でもっ!」
マーニは笑顔を作り、首を横に振った。
「行こう。ね?」
「……わかった。マーニ、揺れるから足元に気をつけろよ」
「うん」
ふたりは船を降りた。
ソルが不満を口にした。
「こんな船、乗るんじゃなかった」
マーニが目線を落とした。
「あの人の言い分を信じた私が悪いの。ごめんね、ソル」
「いや、マーニは悪くない!」
マーニがソルの顔をまっすぐ見る。
「騙すほうも悪いけど、騙されるほうも悪いんだよ」
船を見上げて微笑んだ。
「それに、本当に悪い大人なら、最後まで言わなかったと思うよ」
ソルは深呼吸をし、気持ちを切り替えた。
「今回は俺も信じてしまったし、次からは気をつけるよ」
「うん、お腹空いたし、早く行こう」
「そうだな」
石造りの地面がこつんこつんと靴音を鳴らす。
白い塩壁の建物が建ち並び、窓の向こうに灯りと人の気配がある。
ふたりは首を左右に振りながら歩いた。
装備を身に着けた旅人とすれ違い、ソルは目で追った。
マーニが咳払いをした。
「ソル、そんなにジロジロ見たら失礼だよ」
「悪い……」
ソルは皮の胸当ての傷んだ箇所に触れ、静かに息を吐いた。
「高価な装備だと思って、つい見惚れてしまった」
「いつまでも剣を持ったままなのは不便だし、防具が胸当て一つじゃ不安だね。私のほうはまだいいけど、ソルのはボロボロだよ」
「野蜂の巣に石を投げつけた時だったな。村長に怒られたっけ」
「顔中腫れていたし、みんな心配したんだよ」
「あれが琥珀蜂じゃなくてよかったよ」
マーニが目を細める。
「あの時、私まで注意されたんだからね」
ソルは気まずそうに視線を逸らし、噴水を指さした。
「あの噴水かな。店の名前は何だっけ?」
「『さざ波の宿』だよ」
目当ての宿を見つけ、ふたりは足を止めた。
年季の入ったその建物に、ふたりは顔を見合わせた。
「マーニ、俺たち騙されてないよな?」
「そう……だと思うよ」
その時、ドアの隙間から料理のいい香りが漂ってきた。
ふたりのお腹の虫が、同時に鳴いた。
「このまま突っ立っていても何も始まらないな」
「うん」
ソルはドアに手を伸ばし、ふたりは中に入った。
受付の男が笑顔でふたりを出迎えた。
「いらっしゃい。初めて見る顔だね」
ソルは首を縦に振った。
「それなら簡単に説明するよ。うちは宿泊と食事を提供している。宿泊する場合は、サービスとして料理の値段を安くしているが、どうする?」
マーニが一歩前に出た。
「料金を教えてください」
「宿泊は一人、銀貨1ルミナ。食事の料金は食堂の者に尋ねてくれ」
ふたりは顔を見合わせて頷いた。
マーニが代金を支払うと、店主は鍵を二本手渡した。
鍵には部屋番号が彫られていた。
「部屋は三階にある。物が盗まれてもうちでは責任が取れないので必ず施錠してほしい。騒いで苦情が来たら追い出すのでそのつもりで」
「わかりました」
マーニはソルに鍵を手渡した。
「ソル、荷物を置いてから食堂へ行こう」
「どんな料理があるのか楽しみだな」
ふたりは部屋に荷物を置き、施錠してから食堂へ向かった。
ソルの足取りは、来る時よりも軽かった。