翌朝。
いびきをかいて眠っていたソルは、ドアをノックする音で目を覚ました。
「起きてソル、朝だよ」
「マーニ、今起きた」
「うん……? 二度寝しないでよ」
ソルは両目を擦り、大きな欠伸を一つした。
「わかってるって」
頬をパンパンッと叩いて意識を覚醒させた。
「よしっ」
朝の支度を手早く済ませ、荷物を纏めてマーニと合流した。
ソルの寝癖を見て、マーニは笑みを浮かべた。
「ソル、おはよう」
「おはよう……って何笑ってんだよ」
マーニがソルの髪を指さす。
「寝癖ついてるよ」
「ほっとけば治んだろう」
「ダメだよ。私たちはもう子どもじゃないんだから」
ソルは手櫛で強引に髪を整えようとした。
「そんなんじゃダメだよ」
マーニは両手をパンッと叩き、まじないをかけた。
すると、ソルの髪型が元通りになった。
「これでよしっと。寝癖を直したよ」
「今、俺に何をしたんだよ?」
「メアリーさんが教えてくれたまじないだよ。食堂で朝ご飯を食べながら話すね」
ふたりは階段を下り、受付で鍵を返却して食堂へ行った。
メアリーが笑顔で出迎える。
「ソル、マーニ、よく眠れたかい」
ふたりは首を縦に振り、マーニが尋ねた。
「メアリーさん、朝ご飯を食べに来たので、あの『賢者の落書き』は、約束通り私がもらってもいいんですよね?」
「構わないよ。今じゃ銅貨1ルミナの価値すらないからね」
「やった!」
ふふっとメアリーが笑った。
「こちらの席へどうぞ」
ふたりは足元に荷物を置き、イスに腰を下ろした。
「魚介スープと丸パンでいいかい?」
ふたりは頷いた。
「少し待っててね」
メアリーは厨房へ向かった。
ソルはマーニに顔を向けた。
「『賢者の落書き』って何の話だよ?」
「昨日、メアリーさんと洗い場で出会ってね。もらったんだよ」
マーニが目を輝かせた。
「『賢者の落書き』は、400年前に賢者ヴェルナートが考えた魔法なんだよ。所有者でないと使えないんだけど——」
口調が熱を帯び、早口になっていく。
「今じゃ魔法とも呼べない代物で、『まじない』として扱われているんだよ。ソルに使った寝癖直しも、その一つ。櫛を使えば不要だから価値がないんだけど、当時はこのまじないが大発見だったんだよ」
「そいつはよかったな。話は変わるが、食べた後はどうする?」
マーニは座り直した。
「物価はメアリーさんに教えてもらったよ。食事は一食、銅貨数枚が目安。他の宿だと一泊、銀貨3枚が目安だって」
「じゃあ、すぐに出発するのか?」
マーニは手を合わせてお願いした。
「その前に口入屋へ行きたいの」
「お金が足りないのか?」
「口入屋は仕事を斡旋しているんだけど、依頼人と交渉して報酬を変えてもらうこともできるんだよ。だからね——」
上目遣いでソルを見る。
ソルは大きな息を吐いた。
「『賢者の落書き』を集めたい、か」
マーニはうんうんと頷いた。
「ソルもまじないに興味があるよね?」
「歴史のことになると、俺以上に熱くなるよな。別に構わないが、旅の目的を忘れるなよ」
マーニは満面の笑みを浮かべた。
「わかってるよ。ありがとう、ソル」
メアリーが料理を並べ、苦笑いを浮かべた。
「最近、小麦粉の質が落ちてね。丸パンは魚介スープに浸してから食べるといいよ」
すぐに注文を取りに行ってしまった。
「さっさと食べて、口入屋に行こうぜ」
「うん」
ソルは丸パンを一口食べて顔を顰めた。
マーニも同じだった。
「何かパサパサしてるな」
「スープと合うようにしているんだよ。でも、香りが良くない」
マーニは丸パンを一口サイズにちぎって、魚介スープに浸してから口に運んだ。
「魚介スープを濃厚にして、丸パンの香りを誤魔化しているね」
隣を通りがかったメアリーが頭に手を当てて笑った。
「やっぱりわかっちゃうか。雨が続いたから小麦がダメになる前に収穫したって話だよ。食べられるだけ、まだマシだけどね」
厨房から女将の視線を感じ、メアリーは慌てて仕事に戻った。
ソルはスープに浸した丸パンを口に運びながら、マーニに尋ねた。
「口入屋に寄る前に、鍛冶屋へ行かないか。剣を持ったまま歩くのも腕が疲れるしな」
「それもそうだね。装備の値段については、メアリーさんも知らないようだったし」
「よしっ、決まりだな」
ふたりは食事を済ませ、マーニが代金を支払った。
宿の店主に鍛冶屋と口入屋の場所を聞き、鍛冶屋へ足を運んだ。
鍛冶屋へ向かいながら、ソルは手に握った剣を何気なく眺めた。