潮の香りと金属のにおいが混ざり合う。
鉄を打つ音が響き渡る。
街の一角にある鍛冶屋『跳水工房』の店内には、剣や槍、防具が並んでいた。
ふたりが店内を見渡していると、若い男が近寄った。
顎にそっと手を当てて、その手に持った剣を見て、目を細めた。
「いらっしゃい。ベルトが壊れたのかい?」
ソルは首を横に振った。
「この剣は父さんからもらったけど、ベルトがなかったんだ」
「剣を見せてくれるかな」
ソルは男に剣を手渡した。
男は剣を抜き、刀身を見て眉間にしわを寄せた。
「剣が泣いているよ」
「え?」
男はため息をつき、刀身をソルの目線の高さに横向きに掲げた。
「汚れを拭き取るだけでは意味がない。血や脂が目に見えなくなっただけで、錆びが生じる。今、この剣は泣いているんだよ」
ソルは少し俯き、拳を握り締めた。
「俺、何も知らなかった。せっかく父さんがくれたのに、ダメにしてしまった」
男は剣を鞘に収め、ソルの肩に手を置いた。
「研磨すれば、輝きを取り戻すよ。彼女の剣も研いでくるよ」
マーニは首を横に振った。
「私はまだ何も斬っていません」
「この剣は数年前に製造されている。どこか劣化しているのかもしれない。もしかしたら、生死の境を分けるかもしれない」
マーニはソルに視線を送った。
彼は頷いた。
マーニは男に剣を手渡した。
「お願いします」
「問題がなければ、すぐに終わるよ。親父はこの街一番の鍛冶師だからね」
男は工房へ向かった。
待つこと十数分。
ソルはずっと黙っていた。
マーニが横から声をかけた。
「ちょっとソル、いつまで落ち込んでいるのよ」
「悪い。ちょっと自分の世界に入ってた」
男がふたりの剣を持って戻ってきた。
「剣に問題はなかった。鞘にベルトの固定具がなかったので取り付けておいたよ。代金は銀貨1ルミナと銅貨8ルミナ」
マーニは代金を支払った。
「固定具は使っていると緩んでくることがある。鍛冶屋に言えば、すぐに直してくれるよ」
男はソルの古びた胸当てを一瞥した。
「装備に金を惜しまないことが長生きする秘訣だよ」
マーニはソルの胸当てに目をやった。
「ソルの防具を新調したいです」
「それなら皮製品をオススメするよ。軽い上に伸び縮みする。柔らかい材質だから衝撃を吸収する」
ソルは眉を八の字にした。
「金属製品はないのか?」
「あるにはあるが、オーダーメイドになる上、製造に時間がかかる。その分、料金もかかる。とてもじゃないが、君に支払う能力があるとは思えない。剣を見ればわかるからね」
「オーダーメイド?」
「君の体に合わせた一点ものって意味だよ」
ソルは肩を落とした。
「憧れる気持ちはわかるけど、身の丈にあったものを選んだほうがいいよ」
マーニが一歩前に出た。
「皮製品の防具一式の値段を教えてください」
「胸当て、股当て、肘当て、膝当て、靴で銅貨26ルミナだ」
男はソルを見た。
「彼女を守るのなら盾もあったほうがいいと思うが、どうする。慣れないうちは軽い木の盾がオススメだよ。銅貨8ルミナだ」
ソルは一拍置いて答えた。
「この先、盾が必要になるかもしれない。買うよ」
「まいど。すぐに用意するよ」
男が装備一式を持ってきて、ソルに手渡した。
「奥に試着室がある。身に着けて違和感があれば、すぐに交換するよ」
ソルは木の盾を見て呟いた。
「これがあれば……」
「ソル……?」
ソルは顔を上げて笑った。
「マーニ、盾があれば安心できるよな」
「えっ、まあそうだね」
「そっか。マーニがそう言うのなら、多分それが正解なんだろうな。俺の勘もそう言ってる」
マーニは思わず笑った。
「変なこと言ってないで、早く行きなよ」
ソルは試着室へ向かい、カーテンを閉めた。
古い胸当てを外し、胸当て、股当て、肘当て、膝当てを身に着ける。
腰に剣を下げ、左手に木の盾を持ち、体を動かして確認した。
問題なし。
カバンを背負って試着室を出た。
マーニの元へ行き、親指を立てた。
「身が引き締まったぜ!」
マーニは笑顔で頷いた。
代金を支払い、『跳水工房』を出る。
「よしっ、次は口入屋だな」
「うん。行こう」
マーニはソルの右手を掴み、口入屋へ向かって走り出した。
ソルは苦笑いを浮かべながら、歩幅を合わせた。