水都アクアレインの中央には、ひと際大きな噴水が設置されている。
その龍を模した噴水は街の護り神——水龍として人々に信仰され崇められていた。
その一角に口入屋があり、ふたりは中に入った。
口入屋には数名の旅人がおり、受付の列に並んでいた。
ふたりは背後に人の気配を感じ、振り向いた。
腰まで伸びた金髪。緑の眼。
黒い外套を纏い、右手にハルバードを持った20前後の女が、ふたりを見ていた。
その瞬間、ソルは一歩後ろへ下がっていた。
女は口の端を釣り上げ、受付に告げた。
「例の依頼だが、こいつらを使う」
ふたりを一瞥し、壁際へ向かう。
「ついてこい」
ソルは乱れた呼吸を整えながら声を振り絞った。
「マーニ、言う通りにしよう」
マーニはソルの顔を覗き込んだ。
「ソル、どうしたの?」
「わからない。あの女と目が合った瞬間……呼吸できなくなった」
ソルの手が震えていたのをマーニは見逃さなかった。
「早くしろ」
女の声が飛んできた。
ふたりは女の元へ近寄った。
「アタシはヴァーゲ。十二聖徒の一人だ」
マーニが恐る恐る尋ねた。
「十二聖徒とは何ですか?」
「お前らの出身はどこだ?」
「孤島村です」
ヴァーゲは笑みを浮かべた。
「教会は知っているな」
「はい。浄光教の方々が祈りを捧げているので、世界から争いがなくなった、と聞いています」
「表向きはな。だが、いつの世も悪党はいる。そいつらを裁くのが、教会から派遣された十二聖徒の役目だ」
ため息をつき、続けた。
「この街には水龍に纏わる伝承が残っている。ただの水を聖水と偽って、旅人に売りつけているバカがいる。教会の名を出した以上、十二聖徒であるアタシが派遣されたってわけだ」
「それと私たちにどういう関係があるんですか?」
「お前らはバカな旅人のフリをして水を買うだけでいい。そいつから話を聞くのはアタシの役目だ」
マーニは半歩前に出た。
「これは正式な依頼ですよね?」
「報酬の話か。バカを捕まえることができれば金貨3ルミナ支払ってやる。悪くない話だろう」
ヴァーゲが不敵な笑みを浮かべた。
「先に言っておくが、お前らに拒否権はない」
「何でだよ!」
「お前、名は?」
「ソルだ」
「ソル、お前は鼻が効くな。一目でアタシを強者と見抜いた。だから、お前は今も震えている。お前は強くなる。だから、アタシの欲求不満を解消するのに使える」
「俺たちを痛めつけるつもりか。そんなこと許されない!」
ヴァーゲは面白おかしく笑った。
「それは、お前らが決めることじゃない。外野からすれば、十二聖徒がお前らという悪を裁いているように映る。お前らが何をしたか、そんなこと気にする奴はどこにもいない」
マーニがソルの肩に手を置き、首を横に振った。
「マーニ……?」
「ヴァーゲさん、依頼の件、お引き受けします」
「アタシのことはヴァーゲでいい。これは名前じゃないからな」
マーニは咳払いを一つした。
「ヴァーゲ、どこへ向かえばいいですか?」
「場所を変えているからわからない。バカはバカなりに頭を使っているようだな」
マーニは顎にそっと手を当てた。
「そっか。水入れだけ持ち運べば場所を変えることができる」
「なるほどな。この街は噴水が多い。バカの居所が特定できないのは、そういうことか。お前、名は?」
「マーニです」
「よしっ、ソル、マール。バカを探してこい」
マーニはため息をついた。
名前を訂正する気すら起きなかった。
「ヴァーゲは来ないんですか?」
「アタシは目立つから、ふたりを尾行する。バカも現行犯で捕まえれば言い逃れできないからな」
「わかりました。行こう、ソル」
「おう」
口入屋を出ると、潮風が頬を撫でた。
にぎわう街並みが広がっている。
どこにでもいる旅人のように見えるふたりの後ろを、あの女が尾行している。
ソルは小声でマーニに言った。
「マーニ、本当に大丈夫か?」
「大丈夫じゃないけど——やるしかないよ」