ふたりが噴水付近を歩いていると、露天商の男に声をかけられた。
「君たちは、旅人かな?」
ソルが身構えた。
露天商は作り笑いを浮かべ、水の入った水入れを見せた。
「ワタシは聖水を売っているだけだよ」
「聖水……?」
露天商は頷き、慣れた口調で続けた。
「大昔、この街は日照りが続いた。雨も降らず、飲み水に困っていた。そんなある日、浄光教の聖女様が祈りを捧げると、大地が割れ、水が湧き出た——という伝説が残っている。街の皆は忘れているが、ワタシの先祖は覚えていてね。その湖から汲んできた、ありがたい水を売っているんだよ」
マーニが口を開いた。
「聖水と仰いましたが、飲み水と違うんですか?」
「この聖水を飲めば、どんな病も忽ち良くなるよ」
マーニは一拍置いた。
「すごいですね。いくらですか?」
露天商は満面の笑みを浮かべた。
「銀貨3ルミナ……と言いたいところだけどね、君たちはまだ子どもだから銀貨1ルミナでいいよ」
「お兄さん、ありがとう。二つください」
「まいどあり」
マーニは代金を支払い、水入れを受け取った。
その瞬間——ふたりの背後でハルバードが振り上げられた。
ソルは咄嗟に身を翻し、盾を構えた。
露天商は青ざめ、尻もちをついた。
ヴァーゲが目を細め、ソルに言い放つ。
「どけっ」
「話を聞くんじゃなかったのかよ!」
「聞く必要がなくなった」
「それでも、殺していい理由にはならない。俺からすれば、ヴァーゲ——あんたのほうが悪人だよ!」
沈黙。
ヴァーゲの眼が細くなった。
緊張が高まる中——銃声が一発、空に木霊した。
黒い外套を纏った20前後の優男が銃口を空へ向けていた。
彼は銃を下ろし、こちらへ近づいた。
「ヴァーゲ、姿が見当たらないので探しましたよ」
ヴァーゲはハルバードの柄尻を地面に叩きつけた。
その衝撃で、煉瓦に亀裂が走った。
「バカを見つけた。それでいいだろう」
「よくありませんよ」
優男はソルに声をかけた。
「少年、怪我はありませんか?」
ソルは首を縦に振った。
優男はソルの後ろで腰を抜かしてガタガタと震える露天商を一瞥した。
「少年が取った行動は勇敢です。ですが、勇気と蛮勇を履き違えてはなりません」
優男は銃をホルスターに入れ、露天商に近寄った。
「ワタシは十二聖徒のシュッツェです。あなたは水を聖水と偽り、人々を欺いた。違いますか?」
露天商は唇を震わせ、声を振り絞った。
「ほんの出来心だったんです」
ヴァーゲが足元の木箱を蹴ると、カツラやメガネ、さまざまな服が転がり出た。
「売り物にしては汚れているな」
露天商は口ごもった。
ヴァーゲが苛立ちを露わにし、足で木箱を踏み潰した。
「聞こえねえんだよ!」
シュッツェは姿勢を正し、ポケットから金貨4枚を取り出した。
マーニの手を取り、金貨を手渡した。
「今回の報酬に色をつけておきました」
シュッツェは騒ぎを聞きつけて集まった野次馬に告げた。
「この男は、浄光教の名に泥を塗り、水を高値で売りつけていました。我々、十二聖徒は、この者の悪事を暴きました」
露天商を肩に担いだ。
「ヴァーゲ、身柄を確保したので行きましょう」
シュッツェが歩き出した。
ヴァーゲはソルを一瞥し、何も言わずに立ち去った。
街の外。
「来るのが遅いんだよ。ガキの前で危うくこのバカを殺すところだったじゃないか」
「苛立っていましたが、あの少年と何かあったんですか」
ヴァーゲはため息をついた。
「脅しのつもりだったが、アタシのほうが『悪人』だとよ」
「正義や悪なんてものは、立場が違えば変わります。今さらではありませんか」
人気のない森に入り、奥で露天商を下ろした。
シュッツェは冷笑を浮かべた。
「これより、貴様の罪の重さを計ります。言うまでもありませんが、死罪は免れません」
やがて、森の奥から声にならない声が漏れ聞こえてきた。