ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate 作:青眼究極竜
スーパーガールの原作沿いに進んで行く予定です。
ナショナル・シティの朝は、いつも眩しいほどのカリフォルニアの太陽と、絶え間ない車のクラクションの音で幕を開ける。海岸線から吹き付けるわずかに塩気を含んだ風が、ガラス張りの高層ビル群の隙間をすり抜け、ストリートを埋め尽くす人々の上着を揺らしていた。
中心街の一角にあるアパートメント。その最上階に近い一室は、一流メディア企業であるキャットコー・メディアの給与水準を反映して、若者が暮らすには十分に広く、洗練された内装で整えられていた。キッチンの大理石のカウンターには、焼き立てのアメリカン・ワッフルの甘い香りが漂っている。
「ちょっと、カイリ! 私のクランチ・シリアル、また全部食べたでしょう!」
大きめの丸メガネを指でクイと押し上げながら、クローゼットから飛び出してきたのはカーラ・ダンバースだった。彼女は片手にヒールを持ち、もう片方の手でジャケットの袖に腕を通そうと格闘している。大企業キャットコーの創業者、キャット・グラントの理不尽な要求に日々こき使われている彼女は、家では15歳になる弟・カイリの保護者としての役割も一身に背負っていた。
キッチンカウンターの椅子に浅く腰掛け、行儀悪く長い足を揺らしていたカイリは、口元にミルクの泡を少しだけ残したまま、ニヤリと生意気な笑みを浮かべた。
「人聞きの悪いこと言わないでよ、姉ちゃん。僕はただ、賞味期限が近そうだったから、親切心で片付けただけ。むしろ棚の整理に貢献したんだから、感謝してほしいくらいだな」
「あれは昨日、仕事帰りにわざわざ高級スーパーで買ったばかりのやつ! もう、カイリはいつもそうやって屁理屈ばかり言うんだから……。あ、そうだ。学校の宿題はちゃんとやったの?」
カーラは困ったように眉を八の字に曲げ、ふくれっ面をしながらカイリの額を軽く小突いた。カイリは「痛っ」と大袈裟に頭を抱えてみせたが、その切れ気味の瞳には反省の色など微塵もない。
「……あんな子供騙しの課題、サクッと終わらせたよ」
やんちゃでイタズラ好き。それがこの姉弟のいつもの距離感だった。しかし、15歳という年齢は、無邪気に姉の懐に飛び込める子供のままではいさせてくれない。カイリは額を押さえたまま、どこか小っ恥ずかしそうに視線を泳がせ、ぶつぶつと呟いた。
「……まぁ、ワッフル作ってくれたのは感謝してるけどさ。それと、今日の夜、もし暇ならリビングで新しいゲームの付き合いをしてくれてもいいよ。姉ちゃんがどうしてもって言うなら、だけど」
「ふふ、喜んで。……あ、でも今日の夜はダメなんだ。ちょっと外せない用事があって」
「用事? またあの女王様――キャット・グラントって人に残業でも押し付けられたの? いつも僕に『あの人、私の名前すら覚えてくれないのよ!』って愚痴ってるくせに、よくやるよ」
「キャットの仕事じゃないよ。……ううん、なんでもない! とにかく、遅刻しちゃうから私はもう行くね!」
カーラは顔を赤くしながら、慌ててバッグを掴んで玄関へと走った。
「じゃあ、学校サボっちゃダメだよ! 愛してる!」
バタン、と派手な音を立ててドアが閉まり、静寂がアパートに戻ってくる。
一人残されたカイリは、やれやれと首を振った。
「愛してる、だってさ……。子供じゃあるまいし」
口ではそう毒づきながらも、彼の口元には、カーラには決して見せない優しい笑みが浮かんでいた。
歳の離れた二人の姉、アレックスとカーラ。大人の女性二人に囲まれて育ったカイリは、同年代の少年たちに比べて、精神的な成熟度が明らかに高かった。社会の仕組みや大人の建前を自然と理解してしまっているため、学校という小さな箱庭では完全に浮いており、授業を達観してサボってはカーラが学校に呼び出されるのが日常茶飯事だった。長女のアレックスは「仕事の緊急呼び出し」を理由に絶対に学校には来ないため、いつもカーラが平謝りで迎えに来るのだ。
カイリにとって、カーラは無条件に甘えられる相手であり、世界の何よりも眩しい、守るべき憧れの存在だった。
その日の夕方。学校を終えたカイリがアパートのドアを開けると、リビングはとんでもない惨状になっていた。ベッドやクローゼットから引っ張り出されたドレスやシャツが、ソファや床の至る所に散乱している。その中央で、カーラが頭を抱えてパニックになっていた。
「どうしよう、どうしよう……! 何を着ていけばいいのか全然わからない!」
「……姉ちゃん、泥棒にでも入られたの?」
呆気にとられるカイリを無視して、カーラはスマートフォンをひったくるように掴むと、スピードダイヤルを押した。相手は、別居している長女のアレックスだ。
『はい、アレックスだけど。今、空港に向かってて忙しいの。何があったの?』
「アレックス! お願い、今すぐ家に来て! 緊急事態なの、死んじゃう!」
『緊急事態って何!? 落ち着いて、何が起きたの!?』
受話器の向こうで、アレックスが鋭く緊迫した声を上げる。仕事人間である彼女のトーンは常に真剣だが、カイリにとっては「また大袈裟な仕事病が始まった」としか思えなかった。
「今夜、マッチングアプリで知り合った人と初めてのデートなんだけど、着ていく服が1着も決まらないのよ! 早く来て!」
『……はあ!? デート!? 冗談じゃないわ、私はいまジュネーブ行きの飛行機に乗る直前なのよ!』
「お願い! あなたの妹が一生独り身でもいいの!? 10分で来て!」
カーラは一方的に電話を切ると、ソファに倒れ込んだ。
カイリはカバンを床に放り出すと、ソファの端に腰掛け、学校の課題用のタブレットを開いた。画面を淡々とスクロールしながら、半分も興味なさそうな、冷めたトーンで口を開く。
「ネットの男なんてプロフィール詐称の塊だよ。姉ちゃんは簡単に人を信じるから、どうせまた変な奴に捕まるだけなのに。わざわざ出かけるだけ時間の無駄だよ」
「もう,カイリは黙ってて。あなたには関係ないでしょ」
カーラがクッションに顔を埋めてうめく。カイリは画面から目を離さないまま、言葉を続けた。
「可愛い弟からの忠告。さっきも言ったけど、姉ちゃんこういう時肩に力入って自分の服とかのセンス壊滅的になるから、大人しく姉貴に選んでもらいな」
「うるさい、カイリ!」
カーラが顔を真っ赤にして叫んだ瞬間、玄関のドアが勢いよく開いた。私服姿だが、相変わらず鋭いオーラを全身から放っているアレックスが、信じられない早さで息を切らせて立っていた。
「カイリ、あなた? カーラに私に服選びさせようって助言したの!? あーもう、フライトまで2時間しかないのに!」
アレックスは呆れ果てながらも、カバンを放り出してカーラのクローゼットをひっくり返し、「これは地味、これは派手すぎ、これにしなさい」と的確に指示を出していく。現実主義の長女の判断は早かった。
「よし、決まり。私はこれでジュネーブ行きの便に遅れたら、あなたを一生恨むからね」
アレックスは時計を見ながら、急ぎ足で玄関へと向かう。
「気をつけて行ってきて、姉貴」
タブレットに目を落としたまま投げかけたカイリの声に、アレックスは振り返り、彼の頭を軽く小突いた。
「カイリ、留守番頼んだわよ」
アレックスが嵐のように去り、カーラもまた、完璧にドレスアップした姿でバッグを肩にかけた。
「じゃあ、行ってくるね! カイリ、今日の夕飯は冷蔵庫にあるもので適当に済ませておいてね。戸締まりしっかりね!」
弾むような足取りで、カーラはアパートを飛び出していった。
静まり返ったアパート。一人残されたカイリは、ソファに深く寝転び、タブレットの画面をぼんやりと見つめた。姉たちがそれぞれの場所へ向かう中、自分だけがこの退屈な日常に取り残されているような、妙な静けさだけが部屋に満ちていた。
夜。ナショナル・シティの夜景が窓の外に広がる中、リビングの大型テレビからは、突如として緊迫した「報道特番」の音声が流れ出した。カイリはタブレットを傍らに置き、視線を画面へと向けた。
『緊急ニュースです! 本日夜、ナショナル・シティ国際空港を発ち、ジュネーブへ向けて離陸したボーイング777便ですが、現在、深刻なエンジン IOError(トラブル)が発生した模様です……!』
画面に映し出されたのは、片方のエンジンから激しい炎と黒煙を吹き出し、高度を急激に下げていく巨大な旅客機の姿だった。
「……ジュネーブ便?」
カイリの身体が、一瞬で凍りついた。さっき、アレックスが「乗る」と言っていた、まさにその飛行機だった。
『機体は制御を失いつつあり、ナショナル・シティ上空を旋回しています! このままでは市街地、あるいは高層ビル群に激突する恐れがあります……!』
ヘリコプターからの生中継映像。画面の中で、巨大な鉄の塊が、死の軌道を描いて都市へと突き進んでいく。
「嘘だろ……。姉貴……!」
カイリはソファから飛び起き、テレビ画面にすがりついた。いつもは煙たがっている、仕事ばかりの怖い姉貴。だが、間違いなく自分を育ててくれた大切な家族だ。恐怖で息が詰まりそうになった、その時。
生中継の画面を、何かが横切った。
大気を切り裂く爆音とともに、赤い炎を上げる旅客機の真下へと、猛スピードで急上昇していく「一筋の青い光」。
『……お、お待ちください! 飛行機の真下に、何かが……人間のような影が見えます! 嘘でしょう、あの巨体を下から支えています!!』
テレビのキャスターが絶叫する。画面に大写しになったのは、激しい風圧に私服のシャツを切り裂かれながらも、決死の表情で数十トンの機体を両手で受け図めている、一人の女性の姿だった。大きめの丸メガネは吹き飛び、その素顔が夜空に露わになる。
カイリは息を呑んだ。その顔を、見間違うはずがなかった。
「姉ちゃん……? まじかよ……」
カーラが、空を飛んでいる。スーパーマンのような力で、アレックスの乗る飛行機を救おうとしている。信じられない現実が網膜を突き刺した。川へと奇跡的な不時着を成功させ、世界中が「新たな英雄」の誕生に沸き立つその歴史的瞬間を、カイリは呆然と見つめることしかできなかった。
それから、どれほどの時間が経っただろうか。
『救世主か、あるいは……。この謎の女性は、ナショナル・シティの女神か、それとも平穏を脅かす破壊神か……!?』
画面を見つめていたカーラが、ずぶ濡れの髪をバスタオルで拭きながら、目を輝かせて叫んだ。衣服は着替えたものの、興奮で頬を上気させている。
「見た!? カイリ、見た!? あたしのことよ! 『女神』だって!」
「はいはい、よかったね。……でもさ、その前に『破壊神』とも言われてるけど」
カイリはソファに座り直し、呆れたようにテレビを指差した。
「それに姉ちゃん、明日から会社どうすんの? これだけ派手にやったら……」
その時、玄関のドアが激しく開き、アレックスが転がり込んできた。
彼女の顔は、旅客機の恐怖と、妹への怒りで完全に「鬼」と化していた。
アレックスは無言でキッチンへ向かうと、カウンターにあった酒の瓶を掴み、グラスに注ぐ暇もなくそのまま一杯、喉に煽った。
「……ぷはぁっ!!」
強烈な酒を飲み干し、アレックスがカーラに向かって指を突きつける。説教のスタートだった。
「カーラ・ダンバース!! あなた、自分が何をしたか分かってるの!?」
「アレックス、でも……あなたがあの中に乗ってたのよ!?」
「私のことは関係ない! あなたは世界中に姿を晒したの! これからどんな危険が迫るか、考えもしなかったの!? せっかく普通の生活ができるのに! 自分で彼と同じことができると世界に示した!」
「わかってるわよ!」
「いいえ! わかってない、もうあなたがほっといてと言っても世界が放ってくれない」
「私は……やりたかったの、この自分の能力を出し切ることを!……でも……わかった……もう家に帰って……」
激しい姉妹の口論。カイリはそんな二人を横目に、最後の一枚のポテトチップスを口に放り込んだ。
「……姉貴の言う通りだよ。姉ちゃん、今回ばかりは、僕も姉貴に同意だわ」
カイリは気まずい空気を引きずることもなく、「宿題やるわ」とだけ告げてソファから立ち上がり、自室へと戻った。
パタン、と自室のドアを閉めると、リビングの怒鳴り合いの声が一気に遠ざかる。
カイリはふぅ、と深いため息をつき、ベッドに寝転ぼうとした。
その瞬間だった。
ドクン……!
心臓が跳ね上がるような衝撃とともに、カイリの脳裏に、突如として強烈な「映像」がフラッシュバックした。
それは、いつか夢で見たあの光景。
血のように赤い空。引き裂かれた大地。
全身に走る赤と黒のライン、解き放たれた凶悪な眼を持つ、悪魔のような巨躯――ウルトラマンベリアル。
外見の禍々しさとは裏腹に、なぜかその圧倒的な強さと存在感に、カイリの魂の深い部分が激しく共鳴し、強烈な引力を感じていた。
そして、その悪魔に立ち向かう、頭部に二本のスラッガーを持ち、青と赤の輝きを纏った若き戦士――ウルトラマンゼロ。
二つの巨大な影が、空間を軋ませながら激しくぶつかり合う、この世界の誰も知らない異世界の神話が、濁流のように脳内に流れ込んでくる。
「あ、が……っ!? 何だ、これ……っ!?」
突如として脳髄を割るような激痛が走り、カイリは自室の床へと崩れ落ちた。あまりの苦しみに視界が激しく明滅し、呼吸がうまくできない。何が起きているのか、自分に何が迫っているのか、15歳の頭脳では何一つとして理解できなかった。
彼の皮膚の表面に、幾何学的な黒いラインが一瞬だけ浮かび上がっては消える。指先から漏れ出た奇妙な電磁波のようなエネルギーが、机の上に置いてあったスマートフォンを青い火花とともにショートさせ、完全に沈黙させた。
その時、カイリの衣服の下、首元に隠されていたクリスタル状のペンダントが、彼の激しい心拍に呼応するように、鈍く、あるいは禍々しい漆黒の光を放って妖しく点滅していた。それは彼自身すら由来を知らない、ただの拾い物だと思っていた安物のアクセサリーだった。
カイリは荒い息を吐きながら、無意識に床を殴りつけた。その衝撃で、頑丈な床に、くっきりと蜘蛛の巣状のひび割れが入る。15歳の少年の腕力では、到底不可能な破壊だった。
胸のペンダントが、人間のものとは思えない冷徹な熱量を放ちながら脈打っている。
カイリは激しい苦痛と困惑の波に呑まれ、声も出せないまま、そのまま自室の床へと意識を失うように倒れ込んだ。
カーラがその大いなる翼を広げたこの夜、カイリの身体の中でも、世界の誰も知らない「何か」が、確実に目覚めの鼓動を速めていた。