ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate 作:青眼究極竜
今日も元気だ、空気がうまい。ナショナル・シティの遥か上空、雲の切れ間を縫うように飛翔するスーパーガール――カーラ・ダンバースの胸には、そんな清々しい言葉がぴったりと当てはまるほどの強い高揚感が満ちていた。頬を撫でる冷たい成層圏の風も、眼下に広がるミニチュアのような摩天楼の光景も、すべてが彼女の心を軽くしてくれる。日々の特異生物対策局(DEO)での過酷な任務や、キャットコー・メディアでのアシスタント業務の鬱憤を晴らすかのように、彼女はただ純粋に空中散歩を楽しんでいた。
ふと、隣に並ぶように飛ぶ銀色と赤の巨体――ウルトラマンへ視線を交わす。彼もまた、重力を無視したかのような滑らかなバレルロールを披露し、まるで空中サーカスでも楽しんでいるかのように、自由気ままに空の海を泳いでいる。
実際のところ、ウルトラマンの正体が十五歳の義弟・カイリであるということは、この地球上で義母のイライザ・ダンバースしか知らない絶対の秘密だった。カーラも、姉のアレックスも、隣を飛ぶ頼もしい銀色の巨人が、まさか自分たちの愛する最愛の義弟だとは夢にも思っていない。ただ偶然、スーパーガールの戦いに共鳴して現れるようになった、謎に包まれた頼もしい宇宙のヒーロー。それが現在の二人の認識だった。そんな風に種族も力も全く異なる二人だが、こうして大空を共に舞うひとときは、彼らにとって何よりも得難い、心安らぐ時間だった。
だが、そんな平和な時間は、恐ろしく不協和音を伴った地上のノイズによって無惨にも切り裂かれる。
スーパーガールの超聴覚が、遥か下方から響くけたたましいクラクションの音と、汚い言葉で互いを罵り合う二人の男の声を捉えたのだ。視線を落つと、市街地の大通りで、黒のSUVと赤いスポーツカーが異常なスピードで煽り合いをしながら暴走しているのが見えた。交通ルールなど完全に無視し、対向車線をはみ出しながらの危険なカーチェイス。その先にある横断歩道には、黄色い帽子を被った子供たちの集団が、まさに通りを渡り始めているところだった。
「ウルトラマン!」
短く叫ぶと同時、カーラは赤いマントを翻し、弾丸のような速度で地上へと急降下した。ウルトラマンも瞬時に事態を察知し、彼女の後に続く。
キキーッという凄まじいブレーキ音が響き渡るが、暴走した車は止まらない。子供たちの悲鳴が上がる中、スーパーガールは子供たちの盾となるように大地に降り立ち、両手を前に突き出した。
ドォォン!という鈍い衝撃音と共に、猛スピードで突っ込んできた二台の車のフロントが、スーパーガールの両手によって完全にひしゃげ、動きを止めた。遅れて降り立ったウルトラマンも、吹き飛びそうになった車の後部を力強く押さえ込み、周囲への二次被害を完璧に防ぎ切る。子供たちは恐怖で泣き叫んでいたが、幸いにも誰一人としてかすり傷すら負っていなかった。
安堵の息を吐いたカーラだったが、事態はこれで終わらなかった。
「おい! 何してくれてんだこの化け物女!」
ひしゃげたSUVのドアを蹴破り、興奮状態の男が降りてきた。彼は自分が子供たちを轢き殺しかけたことなど完全に棚に上げ、愛車が鉄屑になったことへの怒りで顔を真っ赤にしている。
「お前が急に前に出てくるからだろうが! 弁償しろ! 責任取れ!」
唾を飛ばしながらカーラに詰め寄る男。その身勝手極まりない理不尽な怒声は、気分転換を楽しんでいたカーラの心を、黒く重い感情で塗り潰していくのには十分すぎた。仕様がないこととはいえ、ただでさえ最近はストレスが溜まっていたのだ。正義のために、命を救うために行動したのに、なぜこんな男に罵られなければならないのか。
男がカーラの肩を乱暴に突き飛ばした瞬間、彼女の中で何かがプツリと切れた。
「いい加減にして!」
カーラは反射的に、男の右腕を掴み、力任せにねじり上げた。バキッという鈍い音が響き、男が悲鳴を上げる。さらに、抵抗しようとした男の顔面を無意識のうちに押し返し、その鼻骨をへし折ってしまった。男は顔を押さえて地面にうずくまり、苦痛に呻き声を上げる。
静まり返る周囲。泣き止んだ子供たちすらも、怯えたような目でスーパーガールを見つめていた。ハッとして自分の手を見たカーラは、自分が何をしてしまったのかを悟り、血の気が引いていくのを感じた。
数時間後。DEO本部のメインモニターには、先ほどの出来さを大々的に報じるニュース番組が繰り返し流されていた。
『スーパーガールが逆上! 子供たちを怖がらせる。銀色の彼との時間を邪魔されたか?』
キャスターの悪意に満ちた憶測と、血を流してうずくまる男、それを見下ろすウルトラマンとスーパーガールの姿が画面に映し出されている。市民を守るべきヒーローが、怒りに任せて一般人に重傷を負わせたという事実は、瞬く間にナショナル・シティ中に波紋を広げていた。
「言い訳は聞かないぞ、スーパーガール」
DEO長官であるハンク・ヘンショウの低く冷たい声が、作戦司令室に響き渡る。DEOの内部において、彼はカーラを決して本名では呼ばない。一人の強力なエージェントであり宇宙人である「スーパーガール」として厳格に接するのが彼の流儀だった。カーラは俯いたまま、何も言い返すことができない。
「君の力は、使い方を一歩間違えれば大惨劇を引き起こす。怒りを抑えられるように努力しろ。いいか、君のいとこを恐れる者も少なからずいる。それは彼のスーパーパワーそのもののせいじゃない。彼のような存在が、もし理性を失い、怒りに任せて力を振るったらどうなるか……人々はそれが不安だからだ。今日の君の行動は、その不安を現実のものにしてしまった」
ヘンショウの言葉は正論であり、だからこそカーラの胸を深く抉った。
指示に従い、ヘンショウの厳しい視線は、カーラの隣で腕を組んで佇む銀色の巨人――ウルトラマンへと向けられた。
「ウルトラマン、貴様がついていながら、なぜ昂ったスーパーガールを止めなかったッ!?」
向けられた激しい矛先に対し、ウルトラマンは変声機を通した重厚な声で、静かに、しかし冷徹な響きを帯びた口調で応答した。
「……私としても、あの一瞬の出来事を完璧に予測するのは困難だ。それに、あの男性の非道な態度は、誰であれ憤りを感じるものだ」
普段はカイリとしてぶっきらぼうな口調を崩さない彼だったが、この姿の時のシークレットコードとして、一人称は徹底して『私』と決め、口調もですます調を一切排した厳格な常体で統一している。しかし、そんなウルトラマンの落ち着いた弁明も、ヘンショウ長官の怒りの前には火に油を注ぐだけだった。
「ヒーローに『腹が立つから』という理由で暴力を許容する権利などない! 君も現場にいたのなら、彼女の感情をコントロールするサポートをするべきだったはずだ!」
ヘンショウの鋭い指摘とものすごい剣幕に、ウルトラマンはそれ以上反論せず、フッと視線を落として口を閉ざした。普段は圧倒的な無敵を誇る宇宙の巨人も、人間組織の長からの正論の説教には、あえてこれ以上の言葉を返さなかった。
さらに追い打ちをかけるように、モニターの画面が切り替わり、実業家であるマクスウェル・ロードの記者会見の様子が映し出された。
『今回の事件で、我々は彼ら宇宙人の危険性を再認識したはずだ。2人が病院送りで済んで良かったとすら思える。警察官でさえ、感情の昂りによる暴力行為が問題視されている時代だ。絶対的な力を持つ彼らこそ、常に監視されるべきだ。私は、スーパーガールとウルトラマンにボディカメラの装着を義務付けるべきだと提案する。特にウルトラマンは、見るからに高度なパワードスーツを着込んでいるようだし、カメラの一つや二つを取り付けるのは案外簡単なんじゃないかな? 笑』
皮肉たっぷりに笑うロードの顔に、カーラは怒りで拳を強く握りしめた。ウルトラマンのバイザーの奥の光も、不快そうに微かに歪む。何もかもが悪い方向へと転がっていく、最悪の気分のまま、二人はその日を終えることになった。
翌朝。カイリは普段の十五歳の高校生の姿に戻り、気分を少しでも晴らそうとするカーラに付き合って、行きつけのカフェで朝食をオーダーしていた。だが、そこでもまた、カーラの心を乱す出来事が待ち受けていた。
店の奥の席に、ルーシー・レインとジェームズ・オルセンが向かい合って座っているのを見つけてしまったのだ。ルーシーの父親であるサム・レイン将軍は、軍人として宇宙人を強烈に敵視し、脅威とみなしている人物だ。そのため、スーパーマンをはじめとする宇宙人の友人であるジェームズとは、当然ながら折り合いが悪い。
聞き耳を立てるつもりはなかったが、超聴覚を持つカーラの耳には、彼らの会話が嫌でも入ってきてしまう。
「パパがこの街に来るの。一緒に食事をしてほしいのよ、ジェームズ」
「君の父親と? ……ルーシー、彼が僕のことをどう思っているか知っているだろう?」
「お願い。あなたとの関係を認めてもらいたいの」
ルーシーの熱心な説得に、ジェームズは深くため息をつきながらも、最終的には渋々了承していた。愛する女性の頼みを断り切れない彼の優しさが、今はカーラの胸をチクチクと刺す。
朝食を終え、一足先に会社へ向こうとしたルーシーが、カーラとカイリの席の横を通り過ぎる際、ふと立ち止まって優雅に微笑んだ。
「おはよう、カーラ、カイリ。先日はご招待ありがとう。明日の夜、とっても楽しみにしてるわ」
「……ご招待?」
カーラが目を丸くして問い返す前に、ルーシーは「それじゃあ、また」と香水の甘い香りを残して店を出て行ってしまった。
カーラとカイリが顔を見合わせていると、気まずそうな顔をしたジェームズが歩み寄ってくる。
「ごめん、カーラ。実は……僕がルーシーを明日のゲーム大会に誘ったんだ」
「ジェームズが? でも、あれはダンバース家の内輪の集まりで……」
「わかってる。でも、彼女が最近寂しそうにしていたから、つい……。勝手に悪かった」
申し訳なさそうに謝るジェームズに、カーラは「ううん、気にしないで」と引きつった笑顔を返すしかなかった。内心では、彼との楽しい時間を邪魔されたような気がして、嫉妬と苛立ちが渦巻いていた。カイリはそんな義姉の様子を隣で静かに見つめながら、ジェームズに対して冷ややかな視線を送っていた。
キャットコー・メディアに出社すると、今度はエレベーターホールで姉のアレックスが待ち構えていた。
「カーラ、少し時間ある? パパのことで話があるの。実は昨日、古い資料を――」
「ごめんなさいアレックス、今は本当に忙しくて、それどころじゃないの。キャットからの呼び出しもあるし、記事の修正も山積みで……」
昨日の失態と今朝のモヤモヤで余裕のないカーラは、アレックスの言葉を遮って足早に立ち去ってしまった。アレックスはため息をつき、残された背中を見送るしかなかった。
一方、その日の午後。カイリが学校の授業を終えて帰宅しようとしていた時、彼のスマートフォンに一本の連絡が入る。それはDEOのヘンショウ長官からの直接の緊急呼び出しだった。
「何事だ?」と訝しみながら、カイリは人目を忍んでDEOの地下本部へと足を運んだ。もちろん、彼が「ウルトラマン」のシークレットコードとしてDEO側に登録しているのは、連絡先としてのダミーのスマートフォンだ。事情を知らないウィンに独自のプログラムで位置情報を常に偽装してあるため、アレックスたちに正体が露見するリスクはない。
カイリは基地内の死角を利用し、あらかじめウルトラマンへと変身を遂げてから、泰然とした態度でその場に姿を現した。いつの間にか、カーラもスーパーガールの姿で到着している。
しかし、そこで彼らを待ち受けていたのは、常軌を逸した物々しい光景だった。
広い格納庫のようなスペースには、ヘンショウ長官だけでなく、軍服に身を包んだ屈強な男たち――軍情報部所属のサム・レイン将軍とその部隊がずらりと並んでいた。さらに、大統領の署名が入った命令書を片手に誇らしげに立っているのは、将軍の娘であり、ジェームズの恋人であるルーシー・レインだった。
そして何よりも異彩を放っていたのは、格納庫の中央に屹立する、全身が赤く無骨な装甲で覆われた人型のアンドロイドだ。
「よく来てくれた、ウルトラマン。そしてスーパーガールも」
レイン将軍が傲慢な態度で言い放つ。
「紹介しよう。軍が極秘裏に開発した暴動鎮圧用の最新鋭兵器、『レッド・トルネード』だ。そしてこちらが、開発責任者のモロー博士だ」
神経質そうな顔をしたモロー博士が、誇らしげに一礼する。
「これだけの雁首を揃えて、私たちに何をさせたいのですか?」
ウルトラマンが腕を組みながら、変声機越しの低い声で問いかけると、レイン将軍はニヤリと笑った。
「簡単なことだ。大統領命令により、このレッド・トルネードの実戦テストを行う。お前たち二人には、そのテストの相手として戦ってもらう」
「冗談でしょう。私たちは兵器のテストのために存在しているわけじゃありません」
ヘンショウ長官とアレックスが即座に反対の姿勢を見せるが、レイン将軍は大統領命令の書類をちらつかせて一蹴する。
「これは決定事項だ、長官。宇宙人の危険性が叫ばれる昨今、我々人類も自衛の手段を持たねばならない。大統領もその必要性を認めておられる」
ルーシーが一歩前に出て、スーパーガールに向かって挑発的な笑みを浮かべた。
「どうしたの、スーパーガール? もしかして、最新の軍事技術が相手だと自信がないの?」
恋のライバルであるルーシーからの明らかな挑発。カーラの脳裏に、今朝のカフェでの光景や、日頃のフラストレーションが一気に蘇る。断るわけにはいかなかった。
「……やるわ!」
間髪入れず、即答するスーパーガール。その声には、抑えきれない怒りが混じっていた。ウルトラマンがその頑なな様子を察し、一歩前に出ようとした瞬間、スーパーガールはものすごい剣幕で彼を制した。
「下がってて! 私一人で十分よ!」
そのあまりの気迫に、ウルトラマンは厳しい声音で短く応じた。
「……わかった」
シークレットコード通りの厳格な一言を残し、彼は静かに引き下がった。
会社に戻ったカーラは、キャットコー・メディアの誰も使っていない空き部屋――通称『秘密部屋』で、ウィンとジェームズにレッド・トルネードと戦うことになった経緯を伝えた。
「そんなの、適当な理由をつけて断ればいいのに。軍の兵器のテストなんて、君が引き受ける義理はないだろう?」
ジェームズが心配そうに言うが、カーラは首を横に振った。
「ダメよ。将軍や……ルーシーに、私がただの危険な宇宙人じゃなく、信用できる存在なんだって証明しなきゃいけないの。それに……」
カーラは少し言い淀んだ後、本音を漏らした。
「いつも私を助けてくれるウルトラマンにも、もっと私を頼ってほしいの。正体を隠してまで私のために戦ってくれる彼に、私が一人でも十分にやれるってところを見せたいのよ」
その言葉に、ジェームズとウィンは顔を見合わせ、複雑な表情を浮かべるしかなかった。まさかそのウルトラマンが、今まさに裏のデスクで平然とおやつを食べている十五歳のカイリだとは、彼らは知る由もなかった。
その夜、カーラのアパートで予定通りゲーム大会が開かれた。
メンバーは、カーラ、カイリ、ウィン、ジェームズ、それとルーシーの五人。ピザを囲みながら、ボードゲームやカードゲームで珍事件を解決しつつ、序盤はそれなりに和やかな雰囲気で進行していた。しかし、会話の話題が昼間のスーパーガールのことに及んだ時、空気が変わり始めた。
「今日、初めて生でスーパーガールを見たんだけどさ」
ルーシーがピザをかじりながら、得意げな口調で語り出す。
「案外、普通だったわね。テレビで大騒ぎされてるほどのオーラは感じなかったというか。なんというか、映画スターを街角で見かけて『あれ? 案外この程度?』って思うこと、あるじゃない? あんな感じよ」
悪気はないのかもしれないが、見下したようなその態度に、カーラの笑顔がピクッと引き攣る。
それ以上に怒りを露わにしたのは、隣に座っていたカイリだった。彼はピザの耳を強く握りつぶし、冷ややかな声で反論した。
「……案外普通ってのが重要なんだよ。彼女は雲の上の存在じゃなく、『親愛なる隣人』として街を守ってるんだ。軍の兵器みたいに、威圧感だけで人を平伏させるような存在じゃない」
カイリの鋭い言葉に、ルーシーは少しムッとした表情になった。
ゲームは第二回戦、テレビ画面を使ったビデオ格闘ゲームへと移行した。ルーシーとジェームズが見せつけるような見事なコンビネーションでウィンを打ち負かし、カーラはさらにイライラを募らせていく。
便乗するように、カイリとルーシーの対戦カードが回ってきた。
「手加減しないわよ、カイリ君」
「どうぞお構いなく。少佐だっけ?」
試合開始の合図と共に、カイリの指がコントローラーの上で目にも留らぬ速さで躍動した。画面の中のカイリのキャラクターは、ルーシーのキャラクターに一切の反撃の隙を与えず、容赦のないハメ技と無限コンボを叩き込み続ける。
「えっ!? ちょっと、動けないんだけど! 何これ!」
「案外普通だね、少佐。まさか手加減してくれてる?」
分かりやすい煽り言葉に、ルーシーは顔を真っ赤にしてヒートアップする。最終的に、ルーシーのキャラクターは一度も攻撃を当てることなく、パーフェクト負けを喫した。
「敵討ちだ!」とばかりにジェームズが名乗りを上げるが、カイリは「ハンデをやるよ」と、自身のキャラクターのHPを残り「1」になるまでわざと攻撃を受け、そこから怒涛の連続コンボでジェームズをボコボコにして完全勝利を収めた。
「うわぁ……」
それなりにゲームを嗜むウィンは、カイリのえげつないフレーム消費と容赦のない格闘ゲームの技術を後ろで見ていて、完全に震え上がっていた。(絶対に、カイリの前でカーラの悪口だけは言うまい……)と心に固く誓った瞬間だった。
ゲーム大会がお開きとなり、ジェームズたちが帰った後。
キッチンで片付けをしていたカイリの背中に、カーラがそっと抱きついた。
「……ありがとう、カイリ」
最愛の義弟が、自分の代わりに本気で怒ってくれたこと。その不器用な優しさが、カーラのささくれ立った心を優しく包み込んでいた。
「べ、別に……。ただムカついたからボコボコにしただけだし」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに視線を逸らすカイリの姿を見て、カーラはふふっと笑い、少しだけストレスが和らぐのを感じていた。
翌日、ナショナル・シティ郊外の荒野。
軍のテスト場として指定されたその場所で、スーパーガールとレッド・トルネードの模擬戦闘が開始された。
「ほどほどにね、スーパーガール。あなたなら何をやっても勝てるんだから」
現場に同行しているアレックスが、ダミーのスマートフォンを通じて通信機越しにそう呼びかける。作戦行動中、アレックスは徹底して彼女を「スーパーガール」と呼んで公私を区別していた。だが、昨夜の鬱憤と、目の前で監視するレイン将軍の存在が、カーラのリミッターを外させていた。
レッド・トルネードが両手から小型ミサイルのような竜巻を放つ。スーパーガールはそれを真正面から受け止めると、そのまま地中へとドリルモグラのように潜り込み、レッド・トルネードの足元から勢いよく飛び出してアッパーカットを叩き込んだ。
空高く吹き飛ばされたレッド・トルネードは、なす術なく地面に激突し、機能不全に陥ったかのように沈黙した。
「やったわ!」
スーパーガールが誇らしげに振り返ったその時、レッド・トルネードの内部で緊急の自己防衛機能が作動した。装甲の色が周囲の景色と同化し、完全なステルスモードへと移行すると、そのまま煙のように姿を消してしまったのだ。
「なっ……消えた!?」
モニターを見ていたモロー博士がパニックに陥る。
「制御不能です! 信号が完全にロストしました!」
レイン将軍は顔を真っ赤にして、スーパーガールに怒鳴り散らした。
「君のせいだ! 兵器をやりすぎて壊した挙句、逃亡させるなど! これだから宇宙人は信用できないのだ!」
理不尽な延焼にカーラが再び怒りを爆発させそうになった時、隣で腕を組んで見ていたウルトラマンが、ふっと低く笑った。
「暴動鎮圧用と聞いていたが、まさか学生のデモでも鎮圧するためのオモチャだったとはな。私たちが普段、どのような怪物と命懸けで戦っているか、将軍殿はご存知ないらしい」
ウルトラマンとしての厳格な一人称『私』を使いつつ放たれたその痛烈な皮肉に、通信機越しにDEOの面々がクスクスと笑い声を漏らすのが聞こえた。
10億円という莫大な国家予算を投じ、11年もの歳月をかけて開発した結果が、簡単に壊れて逃げ出すガラクタ同然のシロモノだった。自信満々で披露した挙句、宇宙人に笑い者にされたレイン将軍のプライドはズタズタに引き裂かれた。
「ええい、黙れ! DEOに対し、直ちにあの欠陥品『レッド・トルネード』の破壊命令を下す! そしてモロー! 貴様は今日をもってクビだ! 軍から追放する!」
怒みに身を任せ、モロー博士を怒鳴りつける将軍。こうして、テストは最悪の形で幕を閉じた。
翌日、キャットコー・メディアにて。カーラはキャット・グラントのオフィスに呼び出されていた。最近のミスや気分の波の激しさを指摘され、ついに即刻解雇か、と覚悟を決めたカーラだったが、事態は思わぬ方向へ転がった。
「私についてきなさい」
キャットがカーラを連れて行ったのは、市内の超高級レストランだった。優雅にマティーニを傾けながら、キャットはカーラの目を見据えて言った。
「カーラ、あなたは今、怒りに支配されているわ。スーパーガールが起こしたあの事件も、あなたの仕事のミスも、すべて根源は同じよ」
「私は……怒ってなんかいません」
「嘘をおつき。女性が職場で感情を爆発させれば、ヒステリックだとレッテルを貼られる。だから私たちは, 怒りを心の奥底に押し込めて隠すの。でもね、それではいつか破綻するわ」
キャットはグラスを置き、真剣な表情になった。
「いいこと、怒りや感情をコントロールする方法を学びなさい。ボクシングでも、ヨガでも、大声を出すことでもいい。ストレスを発散するの。そして……『怒りの奥にある本当の怒り』を見つけなさい。あなたが本当に怒っている原因を突き止めるのよ」
キャットの言葉は、カーラの心の奥底に深く突き刺さった。
食事を終え、レストランの外へ出たキャットとカーラ。そこへ、高級車で乗り付けたマクスウェル・ロードが嫌味な挨拶をしてきた。三人が言葉を交わしている最中、突如として周囲のガラスが粉々に砕け散った。
竜巻を纏いながら姿を現したのは、ステルスモードを解除したレッド・トルネードだった。奴の標的は、開発者をクビにしたレイン将軍に関わる者……いや、自分を破壊しようとする人類そのものへと変わっていた。
カーラは即座にキャットとロードをかばい、物陰でスーパーガールへと変身して応戦する。ジェームズからの緊急事態発生の連絡がDEOへと飛んだ。
その晩。ナショナル・シティの夜景を見下ろすマクスウェル・ロードのペントハウスのバルコニーに、音もなく銀色の巨人が降り立った。
「……ウルトラマンか。わざわざ私の部屋に不法侵入とは、ボディカメラの件がよほどお気に召さなかったかな?」
ワイングラスを片手に、ロードは余裕の笑みを浮かべて振り返る。
ウルトラマンはゆっくりと歩み寄り、重厚な変声機を通した声で言った。
「……私は、あなたが私たちを信用していないのを知っている。だが、あなたも根は悪人ではないことも、私にはわかっているつもりだ」
「買い被りだな。私は合理主義者だ」
「問おう。あなたは人助けがしたいのか? それとも、ただ金儲けがしたいだけなのか?」
直球の質問に、ロードの表情から笑みが消えた。
「……人助けがしたいさ。だが、政府も、DEOも, 何も信用できない。力を持て余している君たちもだ。絶対的な力は、必ず腐敗する。私は人類を、人類自身の力で守りたいのだ」
その強い信念に触れ、ウルトラマンは静かに頷いた。
「だから、私はここへ来た。信用というものは、互いに歩み寄らなければ決して築けない。私はこうして、丸腰であなたに歩み寄った。次は、あなたの番だ」
ウルトラマンは夜空を見上げ、遥か昔、自分と同じ光の種族が、地球の人間たちに残したという大切な言葉を紡いだ。
「優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが何百回裏切られようと……」
その言葉の重みに、ロードは目を見開き、言葉を失った。
「……その言葉を忘れないでほしい」
ウルトラマンはそれだけを言い残し、漆黒の夜空へと飛び去っていった。ロードは一人残されたバルコニーで、しばらくの間、ウルトラマンが消えた空を見つめ続けていた。
その後、アレックスは捜査協力を得るためにロードの元を訪れた。以前は頑なに拒否していたロードだったが、ウルトラマンの言葉が響いたのか、今回はあっさりと情報を提供してくれた。
「あのロボットの動きを分析した結果、あれは自動制御ではないことがわかった。優れてはいるが、基本的には高度なGPSと遠隔操作機能を備えたただのドローンだ。怪物を捕まえるためには、手足ではなく、それを操る創造主を探すべきだ」
ロードのアドバイスにより、アレックスたちはレッド・トルネードが暴走しているのではなく、解雇を恨んだモロー博士自身が操っていることに気づき、本格的な捜索を開始した。
その頃、カーラはキャットのアドバイスに従い、ストレス発散と『本当の怒り』を見つけるために、郊外の閉鎖された廃工場跡地にやってきていた。目の前には、廃棄されたボロボロの車が積まれている。
「私の……何が不満なのよ!」
カーラは叫びながら、廃車に向かって思い切り拳を振り下ろした。鋼鉄の車体が紙屑のようにひしゃげ、部品が吹き飛ぶ。
「いつも真面目にやってる! 誰かのために、頑張ってるのに!」
殴るたびに、心が軽くなるどころか、奥底に澱んでいた黒い感情が溢れ出してくるのを感じる。
「ジェームズのことも……ルーシーのことも……!」
さらに強く殴りつける。車のフレームが原型を留めないほどに破壊されていく。
そして、カーラは気付いた。彼女が本当に怒っているのは、理不尽な市民や、生意気なルーシーや、厳しすぎるキャットに対してではない。
彼女の脳裏に、滅びゆく故郷、クリプトン星の光景がフラッシュバックする。燃え盛る大地。愛する両親との永遠の別れ。冷たい宇宙空間への旅立ち。
「あぁ……」
カーラはその場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。
ジェームズとルーシーのように幸せな恋愛をし、何の力も持たない普通の人間として、普通の人生を送りたい。そう望んでいた。しかし、クリプトン人である自分には、その『普通』は決して手に入らないのだ。地球に送られたあの日に、私の普通の生活は終わった。この神のような力を持つ限り、永遠に孤独なのだと。
決して変えることのできない、クリプトン星人としての自身の過酷な運命と境遇。それこそが、彼女の心の中に巣食う『本当の怒り』の正体だった。カーラは廃工場の真ん中で、一人声を上げて泣き崩れた。
その後、アレックスからの緊急連絡を受け、スーパーガールは涙を拭ってDEO本部へと向かった。作戦司令室では、モロー博士を捕獲するための作戦が練られていた。
「レッド・トルネードを操っているのがモロー博士だと確定したわ。作戦はこうよ。レイン将軍をオトリにしてレッド・トルネードをおびき出す。奴が現れたところで、操縦用の信号を逆探知し、モロー博士の居場所を突き止めて彼を捕らえる」
アレックスの的確な作戦に、全員が頷いた。
作戦は決行された。荒野の真ん中に、レイン将軍が一人で立っている。目論見通り、空から竜巻と共にレッド・トルネードが飛来し、レイン将軍に向かって一直線に突進してきた。凄まじい拳が将軍の顔面に叩き込まれる――かに見えたが、拳は将軍の身体をすり抜け、空を切った。
「なんだ!?」
モニター越しのモロー博士が驚愕する。荒野に立っていたのは、クリプトン星の高度な技術を利用して投影された、完璧な立体ホログラムだったのだ。ホログラムの将軍に戸惑いを見せるレッド・トルネードの背後から、スーパーガールが強烈なドロップキックを叩き込む。激しい空中戦が始まった。
一方、逆探知に成功したアレックスは、単身でモロー博士の隠れ家である廃倉庫へと突入していた。
「そこまでよ、モロー博士。おとなしく投降しなさい」
銃を突きつけるアレックスに対し、モロー博士は狂気に満ちた笑いを浮かべた。
「投降? 冗談ではない! 私の最高傑作を馬鹿にした奴らを、私は絶対に許さない!」
博士が手元のスイッチを押すと、倉庫の奥から轟音が響いた。現れたのは、ハンドメイドで急造された、装甲の無い無骨な骨組みだけの『レッド・トルネード2号機』だった。
「殺せ!」
博士の命令で、2号機がアレックスに襲い掛かる。軍の訓練を受けたアレックスでも、人間を遥かに超える怪力とスピードを持つアンドロイドの前では為す術がなく、壁に叩きつけられて銃を落としてしまった。
迫り来る2号機の鋼鉄の拳。死を覚悟したアレックスが目を閉じた瞬間。
倉庫の天井を突き破り、銀色の巨人が舞い降りた。カイリは学校からの帰路、ダミーのスマートフォンに届いたDEOの異変を人知れず察知し、自らの意志でウルトラマンとなって超スピードで現場へと駆けつけたのだ。
「ヘアッ!」
ウルトラマンは着地と同時に右腕を振り抜き、光の刃『ウルトラスラッシュ』を放つ。鋭い光の輪が空気を切り裂き、レッド・トルネード2号機の右腕を根元から綺麗に切断した。バランスを崩した2号機に対し、ウルトラマンは間髪入れずに強烈な回し蹴りを叩き込み、そのボディを完全に粉砕した。
「バカな……私の傑作が……!」
絶望するモロー博士に対し、体勢を立て直したアレックスが再び銃を構えて追い詰める。
「今度こそ終わりよ、博士!」
しかし、狂気に駆られたモロー博士は、隠し持っていた拳銃を抜き、アレックスに向けて発砲した。反射的にアレックスも引き金を引く。数発の銃声が響き渡った。モロー博士の放った弾は逸れたが、アレックスの放った弾は博士の胸を正確に撃ち抜いていた。
「……あぁ……」
モロー博士は血を吐きながらその場に崩れ落ち、絶命した。生きて捕らえるという目標は達成できず、アレックスは銃を下ろして重いため息をついた。
操縦者であるモロー博士が死亡したことで、荒野で戦っていたレッド・トルネードの動きも止まるかと思われた。しかし、AIが自律的な生存本能を暴走させたのか、レッド・トルネードは目を赤く発光させ、さらに凶暴性を増してスーパーガールに襲い掛かってきた。
「まだ動くの!?」
現場に急行していたアレックスが叫ぶ。
「スーパーガール、気を付けて!」
スーパーガールは両目から灼熱のヒートビームを放ち応戦する。しかし、レッド・トルネードの装甲はそれを弾き返し、じりじりと距離を詰めてくる。
力が押し負けそうになったその時、カーラの脳裏にキャットの言葉が蘇った。
『怒りの奥にある本当の怒りを見つけなさい』
失われた故郷。二度と会えない家族。絶対に手に入らない普通の人生。その深い絶望と悲しみが、カーラの心の中で純粋なエネルギーへと変換されていく。怒りに身を任せて暴走するのではない。その深い悲しみにも似た怒りを、自分の意志でコントロールし、力へと変えるのだ。
「うあぁぁぁぁぁぁっ!!」
スーパーガールの咆哮と共に、目から放たれるヒートビームの威力が爆発的に強化された。最大出力となった青白い光線が、レッド・トルネードの強固な装甲を融解させ、ついにその中心核を完全に貫いた。
大爆発を起こし、レッド・トルネードは跡形もなく消え去った。荒い息を吐きながら、スーパーガールはその場に膝をついた。本当の怒りの原因を知り、それを受け入れた彼女は、ヒーローとしてまた一つ、大きな成長を遂げたのだった。
翌日、事件の事後処理が落ち着いたDEOの秘密の部屋。ウィンに頼んでいた、DEOのメインフレームへのハッキングの結果が出たという知らせを受け、カーラ、アレックス、そしてカイリの三人が集まっていた。
薄暗い部屋の中で、ノートパソコンの画面を見つめるウィンは、ひどく思い詰めたような表情をしており、なかなか口を開こうとしなかった。
「ウィン、何が見つかったの? 焦らさないで教えて」
カーラが促すと、ウィンは重い口を開き、震える声でその内容を伝えた。
「……君たちのお父さん、ジェレマイア・ダンバースのことだ。彼が死んだとされる任務の、隠蔽されたファイルを見つけたんだ」
アレックスとカーラが息を呑む。カイリも眉をひそめてウィンの言葉に耳を傾けた。
「記録によると、お父さんはある同僚の捜査官と共に、南米のジャングルへ凶悪な宇宙人を捕獲しに行った。しかし任務は失敗し、二人は行方不明になった。お父さんはそこで死亡したと判断された」
「そこまでは知ってるわ。でも、何が隠蔽されていたの?」
ウィンはキーボードを叩き、一枚の古い写真を画面に表示させた。
「……一ヶ月後だ。行方不明になってから一ヶ月後、その同僚の男だけがジャングルから姿を現した。怪我一つなく、その一ヶ月間の記憶を完全に失った状態でね。そして、その男が復帰後、システムから意図的にこの任務のファイルを削除した痕跡があった」
「同僚って……まさか……」
アレックスの顔面から血の気が引いていく。ウィンは深く頷き、残酷な真実を告げた。
「ああ。その男の名前は……ハンク・ヘンショウ。今のDEO長官だ」
沈黙が部屋を支配した。カーラとアレックスは、あまりの衝撃に言葉を失い、動揺を隠しきれなかった。
なぜヘンショウ長官がファイルを削除したのか? 記憶喪失は本当なのか、それとも何か重大な事実を隠しているのか。あるいは……彼らとこの二年間一緒に働き、信頼を築いてきたあの男が、父を殺した犯人なのか。
「……いずれにせよ、親父さんを最後に見たのは、ヘンショウ長官で間違いないってことだね」
腕を組み、壁にもたれかかっていたカイリが、静かに、しかし冷酷な響きを帯びた声で呟いた。その言葉は、三人の心の中に芽生えたヘンショウ長官への疑念を、決して後戻りできないほどに強く、深く決定づけるものだった。
真実は、まだ闇の中にある。だが、ダンバース家の三人は、父の死の真相を突き止めるため、自分たちが所属する組織の長という最大の禁忌に踏み込む覚悟を、暗黙のうちに共有していた。空気が重く澱む中、彼らの新たな戦いの火蓋が静かに切って落とされたのだった。