ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate 作:青眼究極竜
夜の闇に包まれたナショナル・シティの超高層ビルの屋上は、凄まじい衝撃波によって跡形もなく破壊されていた。かつては都会の洗練された夜景を一望できたはずのその広大なコンクリートの平原は、今や見る影もなく無残に引き裂かれ、粉々に砕け散った瓦礫の山へと変貌を遂げている。きらびやかな街の明かりが遠くでまたたく中、この場所だけが世界から切り離されたかのような暴力的で冷徹な静寂に支配されようとしていた。
中央には、まるで隕石でも衝突したかのような巨大なクレーターが穿たれ、コンクリートの破片と白煙が激しく舞い散っている。微細な塵やガラスの破片が夜風に煽られて激しく渦巻き、月の光を浴びて不気味なきらめきを放っていた。その爆心地で、スーパーガールことカーラ・ダンバースは、最悪の窮地に立たされていた。彼女の前に立ちはだかるのは、実の肉親でありながら地球の敵となった叔母、アストラ。かつて幼いカーラをクリプトン星で誰よりも愛し、慈しんでくれたはずのその女性は、今や地球を冷酷に侵略しようとする過激派組織の絶対的な首領として、姪であるカーラを容赦のない冷たい瞳で見下ろしていた。そして、彼らを幾重にも取り囲むのは、アストラが率いるクリプトン人の過激派組織の兵士たちだった。彼らの胸に刻まれた家紋は夜の闇の中で不気味に浮かび上がり、その統率された立ち姿は圧倒的な絶望感を周囲に撒き散らしている。
カーラは必死に周囲を睨みつけ、逃亡の経路を探そうとした。超人的な知覚をフルに回転させ、わずかな風の通り道や兵士たちの立ち位置の隙間を計算し、一瞬でも空へ飛び立つ隙を見出そうと試みる。しかし、その細い両脇を、自分と全く同じ、あるいはそれ以上の膂力を持つクリプトン人の兵士たちによって完全に押さえつけられる。同じ黄色い太陽の恩恵を受け、地球上において無敵の力を誇る超人類の肉体が、物理的な質量と容赦のない力任せのホールドによって、彼女の自由を完全に奪い去っていた。どれほど力を込めても、その腕は油圧式の万力のようにビクともしない。
「離して……ッ!」
叫び声と共に自慢の怪力を爆発させようとするカーラだったが、多勢に無勢だった。一人に対し、同じ太陽光の恩恵を受けた超人類が数人がかりで襲いかかってくるのだ。地球の重力など初めから存在しないかのように振る舞う彼らの肉体が、容赦なくカーラの動きを封じ込め、その抵抗を力ずくで圧殺していく。逆らおうとするたびに、容赦のない拳と蹴りが、カーラの鋼鉄の肉体を的確に痛めつけていく。一撃一撃が空気を激しく震わせ、ビルの地盤そのものを物理的に揺るがした。骨を伝って脳を直接揺さぶるような重低音を伴う衝撃が幾度も繰り返され、カーラの無敵を誇るはずの肉体に確実なダメージとして蓄積されていく。何十発もの重い衝撃を浴びせられ、カーラの衣服は破れ、息は絶え絶えになっていく。お馴染みのSの紋章が刻まれた鮮やかなコスチュームは引き裂かれ、誇り高き赤いマントは煤とコンクリートの粉塵で黒く汚れていた。地面に膝をつき、満身創痍の状態で呼吸を荒げるカーラに対し、アストラは冷酷な足取りで近づいてきた。その軍靴が細かなコンクリートの破片を踏み潰す微かな音が、カーラにとっては不気味なカウントダウンのように響いていた。
アストラの右手に握られていたのは、禍々しい緑色の輝きを放つナイフだった。クリプトナイト。クリプトン人の細胞を内側から破壊し、その力を奪い去る致命的な鉱石が、鋭利な刃となって仕込まれていたのだ。その刃から放たれる妖しい緑の放射光は、まるで生き物の細胞を呪うかのように明滅し、周囲の闇を病的な色彩に染め上げていた。
「――っ、あああぁッ!」
ナイフが近づくだけで、カーラの全身の筋肉から力が急速に抜けていく。黄色い太陽の恵みによって限界まで満たされていた彼女の細胞が、内側から激しく沸騰し、腐食していくかのような強烈な拒絶反応。焼けるような激痛が全身の神経を走り、彼女はまともに顔を上げることすらできなくなった。冷たい地面に額を擦りつけ、ただ苦痛に喘ぐことしかできない。危うく命を奪われかねない絶望的な状況。だが奇妙なことに、アストラ自身やその周囲の兵士たちには、クリプトナイトの有害な放射線の影響が全く見られなかった。彼らは何の影響もないかのように平然とそこに立ち、苦しむカーラを冷ややかに見つめている。彼らの胸部や腕には、特製の対抗シールド発生装置が装着されていたのだ。かすかに青く発光するその未知のテクノロジーが作り出す不可視の結界により、緑の呪いはカーラ一人だけに牙を剥いていた。自分たちの安全を完全に確保しながら、標的だけを確実に、かつ残酷に無力化する徹底的な戦術がそこにあった。
アストラは身動きの取れない姪を見下ろし、冷徹な、しかしどこか哀れみを帯びた声で語りかけた。かつて幼いカーラをクリプトン星の美しい庭で抱きしめた古い記憶がその脳裏をよぎったのか、声音には微かな肉親としての情が混ざり合っているようにも聞こえたが、その根底にある冷酷な支配欲が揺らぐことはなかった。
「無駄な抵抗はやめなさい、カーラ。私は貴方を殺したくはない。貴方は私の血を引く家族だ。我が軍勢に加わり、共にこの歪んだ地球を導く存在になりなさい。貴方にはその資格がある」
クリプトナイトの痛みに耐え、緑色に染まりかける視界の中で、カーラはアストラを強く睨みつけた。彼女の心にあるのは、恐怖ではなく、断固たる拒絶だった。身体を引き裂くような激痛の中でも、彼女の瞳に宿る正義の炎が消え去ることはなかった。地球の人々を守るため、そして自分を育ててくれた大切な家族のために、彼女が屈することは絶対にあり得なかった。ここで諦めてしまえば、この美しいナショナル・シティも、愛する人々も、すべて彼女たちの冷酷な理想の犠牲になってしまう。そのことだけは、何があっても許されなかった。
「断るわ……。地球の人々を傷つける、あなたなんか……私の家族じゃない!」
その拒絶の言葉は、アストラの表情を一瞬で凍りつかせた。わずかに残っていた肉親としての情愛は瞬時に消え去り、冷酷な過激派の指揮官としての顔が完成する。アストラの背後に控えていた部下たちは、主君を侮辱されたことに激昂し、今にもカーラを肉塊に変えようと、赤いヒートビームの光を両目に宿して一斉に襲いかかろうとする。彼らの目が不気味な紅蓮の輝きを放ち、周囲の大気がその圧倒的な熱量によって激しく歪み始めた。
まさに絶体絶命のその寸前、夜空の彼方から、すべてを切り裂くような鋭い光線が降り注いだ。漆黒の帳を破って現れたその一筋の閃光は、圧倒的なエネルギーの奔流となって戦場を両断した。
「スーパーガールっ!」
轟音と共に放たれた光線が、襲いかかろうとしたクリプトン人兵士たちの足元を正確に爆破する。大気をも震わせるその叫び声の主は、銀色と赤の強固な装甲を身にまとった――『ULTRAMAN suit TYPE GEED』を装着したカイリだった。変声機を通した重厚で冷徹な声が、夜の戦場に響き渡る。金属的な響きの中に、確かな怒りと、標的を絶対に逃さないという鉄の意志が込められていた。彼は決して巨大な存在ではない。等身大の、しかし極限まで鍛え上げられた鉄の塊のようなスーツが、驚異的な速度で空から急降下すると、着地の衝撃を利用して、カーラを左右から押さえつけていた二人のクリプトン人兵士の顔面に、容赦のない拳を叩き込んだ。ベリアルの血を引く者にしか生み出せない、圧倒的な質量と破壊力を秘めた一撃。スーツの人工筋肉が最大出力で駆動し、拳の軌道に沿って赤いスパークが激しく弾ける。まともに喰らった兵士たちは、その強大な威力を殺しきれず、等身大の人間サイズの質量でありながら、コンクリートの壁を何枚も突き破りながら、遥か彼方へと殴り飛ばされた。
「ウルトラマン……」
かすれた声で自分の名を呼ぶカーラを、ウルトラマンはすぐさま左腕でしっかりと抱きかかえた。彼女の皮膚がクリプトナイトのナイフによって薄く斬り裂かれ、赤い血が流れているのを見て、バイザーの奥の瞳が怒りで一瞬赤く染まりかける。不気味な発光がスーツの各部を駆け巡り、内なる本能が暴走しかけるが、彼は冷静だった。この数に囲まれて正面から戦い続けるのは、傷ついたカーラを抱えていては分が悪い。敵は一人一人がスーパーマンに匹敵する力を持つクリプトン人の戦士たちだ。無策で突撃すれば、二人とも返り討ちに遭うのは明白だった。
ウルトラマンは右手にエネルギーを集中させると、光の刃『ウルトラスラッシュ』を形成し、それを自分たちの足元の地面へと強烈に叩きつけた。鋸歯状の光輪が等身大のサイズで凄まじい高周波の音を立てて回転し、ビルの屋上の構造を根本から両断していく。
激しい爆発と同時に、ビルのコンクリートが粉砕され、周囲一帯に濃密な煙幕が立ち込める。クリプトン人たちの超感覚を一時的に狂わせるほどの高エネルギーの残滓が、白煙となってアストラたちの視界を完全に遮った。五感を研ぎ澄ませていた兵士たちも、この光エネルギーの乱反射には対応できず、思わず顔を背けた。
煙が晴れたとき、そこにはもう、スーパーガールと銀色の装甲の戦士の姿はなかった。夜風が白煙を吹き消した後に残されていたのは、ただ深く抉られたビルの残骸と、静寂だけだった。
「逃げられました……。追いますか、」
部下の一人が悔しげに尋ねるが、アストラはそれを手で制した。彼女の顔は、屈辱と激しい怒りで歪んでいた。完全に仕留める手筈だった獲物を、正体不明の金属のスーツをまとった者に奪われたのだ。そのプライドは深く傷ついていた。
「……いや、深追いはするな。あの忌々しいブリキの男めっ! いつも我々の邪魔を……!
アストラの怒号が、ナショナル・シティの夜空に虚しく響き渡っていった。その声は夜の冷気にとけ込み、やがて消えていった。
風を切る音が止み、静寂が戻ってきた場所は、見慣れたキャットコー・メディアのビルの屋上だった。ナショナル・シティの中心にそびえ立つその建物の最上階は、普段は静まり返っており、夜の街を見下ろすには最適な場所だった。ウルトラマンの強固な装甲の腕に抱えられたまま、顔を彼の肩に預けるカーラは、安堵感と同時に、どこか少し恥ずかせそうな表情を浮かべながら、優しく下ろしてくれるよう促した。いくら鋼鉄の体を持つスーパーガールとはいえ、信頼できる戦士に抱きかかえられるのは、気恥ずかしさを禁じ得ないようだった。もちろん、彼女はそのスーツの中にいるのが、自分の十五歳の義弟であるカイリだとは夢にも思っていない。
ウルトラマンは静かに彼女を地面に着地させたが、その視線はカーラの右腕に留まっていた。
「腕に傷が……見せてくれ」
「え? ああ、これくらい平気よ。クリプトン人だから、太陽の光を浴びればすぐに……」
カーラは強がってみせたが、傷口からは未だに少量の血が滲み、何よりクリプトナイトのエネルギーが細胞に残留しているせいで、痛みに顔を顰めていた。額にはじっとりと冷や汗が浮かび、呼吸もまだ浅いままだ。太陽の光がない夜の時間帯では、その自然治癒力も十分に機能しなかった。ウルトラマンは無言で彼女の腕を取り、自身の装甲の手の平を傷口にかざした。
彼の掌から、淡く温かい光の粒子が放たれる。それはベリアルの遺伝子が持つ強大な生命力を、カイリ自身の意思で純粋な癒しのエネルギーへと変換したものだった。かつて破壊のために使われたかもしれないその力が、今は大切な人を救うための優しい光となって溢れ出している。光が傷口に染み込むにつれ、カーラの表情から苦悶の色が消え、痛みが劇的に和らいでいく。残留していた緑の毒素が、光の粒子によって中和され、霧散していくのが分かった。
「ありがとう、ウルトラマン。いつもあなたに助けられてばかりね」
カーラはほっとしたように微笑み、自分の腕を見つめた。傷口は完全に塞がり、元の美しい肌に戻っている。
「礼はいい……。それよりも、先ほどの君の叔母だ。あれだけの戦力を有しているとなると、街の防衛体制を根本から見直す必要がある」
ウルトラマンの言葉は現実的で、一切の甘えを許さないものだった。アストラ率いる過激派の脅威は、もはや一人のヒーローが対処できる規模を超えつつあった。
カーラは真剣な表情で頷いた。
「ええ、私はこれからDEO(特異生物対策局)に向かって、今回の件をすべて報告するわ。アストラたちの目的や、クリプトナイトへの対抗策についても調べなきゃ。ウルトラマン、あなたはどうするの?」
ウルトラマンは静かに首を振った。
「この街を脅かす脅威が君の叔母だけだとは限らない」
そう言い残すと、ウルトラマンの身体は音もなく浮遊し、夜の帳の向こうへと瞬時に消え去っていった。その飛行速度はまたたく間に加速し、星々の間に溶けていくようだった。
カーラがその去り際を見送った後、キャットコーのタワーの下、暗い路地裏へと着地したウルトラマンは、スーツのシステムを解除した。まばゆい光の粒子が霧散し、そこに現れたのは、ダボついたパーカーを着た普通の十五歳の少年、カイリの姿だった。彼は少し疲れたように首を回し、自宅への道を急いだ。パーカーのポケットに手を突っ込み、どこにでもいるただの学生のフリをしながら、その頭脳はすでに次なる戦いのシミュレーションを開始していた。自分の正体が誰にも知られていないという事実は、彼にとって最大の武器であり、同時に孤独の証明でもあった。
翌日の朝。
いつもならまだベッドの中で微睡んでいるはずの時間、ダンバース家のアパートメントは、異様な騒がしさに包まれていた。窓から差し込む朝の光がリビングを照らしているが、のんびりとした雰囲気は微塵もない。
カーラはいつもよりもさらに一時間も早く起き上がり、部屋の中をドタバタと慌てふためきながら走り回っていた。物を落とす音や、クローゼットを開け閉めする激しい音がリビングまで響いてくる。彼女の超人的な身体能力が、こういうパニックの時には家具を震わせるほどの振動を生み出してしまうのだ。
「ふわぁ……。おはよ、姉ちゃん。随分と騒がしいね、まだ朝の4時半だよ……?」
眠そうに目をこすりながら、寝癖のついた頭でリビングに起きてきたカイリが声をかける。普段のぶっきらぼうな口調だが、その目はしっかりと姉の様子を観察していた。昨夜の戦闘の疲れを感じさせないように努めているが、眠気までは隠しきれなかった。
「あ、カイリ! 起きちゃった!? ごめんね、うるさくして!」
カーラはトースターから煙が出ているのを見て悲鳴を上げ、慌てて焦げた食パンを取り出した。彼女の髪のセットは少々ボサボサで、いつもならカイリの学校のネクタイを丁寧に直してくれる時の落ち着きは微塵もない。キッチンはさながら戦場のようになっていた。
「そんなに慌ててなんかあったの?」
「そうなのよ、本当に大変なの! グラントさんのパソコンが何者かにハッキングされて、過去のプライベートなメールがネット上に全公開されちゃったの! 今もう大ニュースになってるし、グラントさんものすごい怒ってるわ。会社に行ったらどんな地獄が待っているか……。せめていつものラテを完璧な温度で用意しておかないと、私の首が飛んじゃう! それに、メディアとしての対策もしなきゃいけないし!」
カーラはパニックになりながらコーヒーメーカーを操作し、書類を鞄に詰め込んでいる。彼女の超スピードが災いして、かえって書類が散らばりそうになっていた。カイリはそんな姉の姿を横目で見ながら、リビングのテレビに映し出されているニュース番組を眺めた。五時からスタートの番組ではいきなり冒頭で画面にはキャット・グラントの顔写真と、流出したメールの内容がスクロールで表示されている。
「へえ……キャット・グラントのエステ代の請求書とか、どうでもいい内容ばっかりだけど。……うわ、すげ~。この予算、ゼロが数え切れないや。さすがメディアの女王様だね」
「感心してる場合じゃないわよ! カイリ~、あなたもさっさと準備して学校に行きなさい。お姉ちゃん、もう先に行ってるわね!」
カーラは嵐のように着替えを終えると、カイリの元へ駆け寄り、彼の額にチュッと力強くキスをした。それは彼女が毎朝欠かさない、大切な家族への愛情表現だった。
「ガスと鍵、しっかり確認してね! 行ってきます!」
「はいはい、行ってらっしゃいー」
カイリは手をひらひらと振って、バタバタと玄関を出て行ったカーラを見送った。ドアが大きな音を立てて閉まり、静寂が戻った部屋で、カイリはふっと表情を消した。先ほどまでの眠そうな少年の顔はどこへやら、その瞳には冷徹な光が宿る。キャットコーの騒動の裏で、アストラたちの動きも活発化しているはずだ。彼は静かに思考を巡らせた。メディアのハッキング事件がただの嫌がらせなのか、それともより大きな陰謀の一部なのか、彼にはまだ判断がつかったが、警戒を怠るべきではないということは分かっていた。自分の正体は誰にも知られていない。だからこそ、自分が動くべきタイミングを完全に見極めなければならないのだ。
その晩、カイリが自室で次の行動を予測していた時、彼のダミーの通信機に、特殊な暗号化された救難信号が飛び込んできた。送信元は、ロード・テクノロジーズのマクスウェル・ロード。以前の協力関係から、彼はウルトラマンへの緊急連絡手段を確保していたのだ。マクスウェル・ロードは傲慢で、宇宙人を敵視する傾向がある男だが、その彼がウルトラマンを頼るということは、事態が極めて深刻であることを意味していた。もちろん、ロードも連絡の先にいるのが15歳の少年だとは知らず、ただ「ウルトラマン」という謎の戦士への回線としてそれを使っているに過ぎない。
「……ロードの研究所か」
カイリは即座にペンダントを起動し、ウルトラマンへと変身。光の粒子が彼の身体を包み込み、一瞬にして銀色と赤の強固な装装甲が形成される。彼は窓から夜空へと飛び出し、音速で切り裂きながら、ロード・テクノロジーズの本社ビルへと向かった。
その頃、ロードの私設研究室では、凄まじい惨劇が起きていた。
アストラの夫であり、過激派の事実上の最高司令官であるノンが、巨体を生かしてマクスウェル・ロードの首を片手で掴み上げ、壁に叩きつけていたのだ。周囲のガラスケースや精密機器はことごとく破壊され、床には書類が散乱している。
「人間風情が、我々の計画の邪魔をするな……」
ノンが冷酷に力を込め、ロードの顔が苦痛で歪んでいく。足が床から浮き上がり、ロードの呼吸が完全に止まりかけていた。その時だった。
ガラスを破り、閃光のような超高速の光が室内に突入した。その光は、ノンの背後から猛烈な速度で突撃し、彼の巨体を強引に吹き飛ばした。激しい衝撃音と共にノンが壁まで吹き飛び、ロードの身体が床に落ちる。激しいガラスの砕ける音が研究室内に響き渡った。
砂煙の中から現れたのは、銀色に輝くウルトラマンだった。彼は等身大のままでロードを守るように、ノンの前に立ちはだかった。スーツの各部から排熱の白い蒸気がかすかに吹き出している。
ロードは激しく咳き込みながら、割れた特注の強化ガラスの破片を見つめて悪態をついた。首元を押さえ、命の危機に瀕していたにもかかわらず、その態度は相変わらず不遜だった。
「……ゲホッ、ゴホッ! ……おい、あのガラス、ものすごく高かったんだぞ」
ウルトラマンは背後を振り返ることもなく、重厚な声で返した。彼の視線は、壁のクレーターから立ち上がるノンに固定されていた。
「それで命が助かったんだ、安いものだろう」
マクスウェル・ロードは確実に自分を保護してくれるウルトラマンの背中の後ろへと素早く身を隠した。彼は宇宙人を信用していないが、今この瞬間だけは、目の前の等身大の装甲の戦士が唯一の盾であることを理解していた。ウルトラマンの正体は誰にも知られていないため、ロードにとっても、この戦士が何のために戦っているのかは謎のままだった。
ノンは床から立ち上がり、衣服の埃を払うと、冷酷な目でウルトラマンを睨みつけた。アストラを退かせたあの装甲の男が、再び自分の前に現れたのだ。その怒りは凄まじかった。
「昨日も我らの行く手を阻んだな、ブリキ頭め。地球人の肩を持つ宇宙の害悪が」
「私はどうやら、悪党の邪魔をするのが得意らしい」
向かい立つ二人の男。次の瞬間、両者は同時に床を蹴り、空中で激しく激突した。ノンとウルトラマンの拳がぶつかり合うたびに、研究室内に衝撃波が吹き荒れ、精密機器が火花を散らして破壊されていく。ノンの怪力は凄まじく、一撃ごとにスーツの装甲が軋む音がした。しかし、ウルトラマンの格闘技術と、内に秘めたベリアルの凶暴なまでの突破力の前には、次第に圧倒されていった。カイリはスーツの機能をフルに活用し、ノンの大振りの攻撃を最小限の動きでかわしながら、的確にカウンターを叩き込んでいく。戦況は、ウルトラマンが完全に優勢だった。
だがしかし、優勢なのはウルトラマンのいるこの部屋だけだった。
ビル 外や下層階では、通報を受けて駆けつけたDEOの特殊部隊が、ノンの連れてきたクリプトン人の大軍を相手に大苦戦を強いられていた。人間の武器では、彼らの鋼鉄の皮膚を貫くことはできない。特殊部隊の兵士たちが次々と放り投げられ、悲鳴が無線を通じて響いてくる。銃声と爆発音がビル全体を揺るがしていた。
そこへ、遅れて状況を察知したスーパーガールも戦闘に参戦した。彼女は激しい乱戦を潜り抜け、ウルトラマンのいる研究室へと飛び込んでくる。窓から飛び込んできた彼女の顔には、焦りと怒りが浮かんでいた。
「そこまでよ!」
ノンはスーパーガールの姿を見ると、不敵に笑った。ウルトラマンに圧倒されていたにもかかわらず、その余裕の笑みは崩れなかった。
「私を覚えているか、お嬢ちゃん?」
「ノンでしょ? アストラの夫の! あなたたちの好きにはさせないわ!」
カーラはウルトラマンと視線を交わすと、息の合ったコンビネーションでノンを追い詰め始めた。かつての戦いで培われた互いへの信頼が、完璧な連携となって現れる。スーパーガールの強烈なアッパーカットがノンの顎を捉え、怯んだところへウルトラマンの連続蹴りが突き刺さる。二人のヒーローの前に、さしものノンも膝をつき、劣勢に追い込まれていった。
しかし、ノン一人をいくら追い詰めたところで、絶対的な兵力差は覆らなかった。研究室の壁が崩れ、無数のクリプトン人兵士たちが乱入してくる。赤いマントを翻した兵士たちが、次々と部屋を埋め尽くしていく。DEOの特殊部隊はすでに壊滅状態であり、その中心で、ハンク・ヘンショウ長官が複数のクリプトン人に取り押さえられ、人質に取られてしまっていた。彼の顔は歪み、拘束から逃れようと必死に抵抗していたが、数人のクリプトン人の力には抗えなかった。
「動くな、スーパーガール! ウルトラマン!」
兵士の一人が、ハンクの首筋にクリプトナイトのナイフを突きつける。不気味な緑色の光が、ハンクの顔を照らし出していた。
「長官……!」
カーラが動きを止める。彼女の顔から血の気が引いていく。ウルトラマンもまた、拳を握りしめたまま構えを解かざるを得なかった。ここで暴れれば、ハンクの命はない。完璧な人質戦術だった。
ノンは忌々しげにウルトラマンたちを睨みつけながら、人質のハンクを連れて撤退の合図を出した。これ以上の戦闘は不要であり、目的は達成したと言わんばかりだった。
「今日のところは引き上げてやる。だが、この男の命が惜しくば、我々の計画にこれ以上介入するな」
クリプトン人の大軍は、ハンク長官を連れ去り、夜空の彼方へと消え去っていった。その速度は凄まじく、追跡する隙さえ与えなかった。ウルトラマンとスーパーガールは、ただそれを見送ることしかできなかった。破壊された研究室には、重苦しい敗北感だけが残されていた。
クリプトン人が去った後、静まり返ったロード社に、残されたDEOの捜査官たちが現場検証のために立ち入ろうとした。しかし、それをマクスウェル・ロードが毅然とした態度で拒絶した。彼は衣服の汚れを払いながら、捜査官たちを冷たい目で見見すえた。
「出て行ってくれ! 我が社への立ち入りは一切認めない!」
アレックスが前に出て説得しようとする。彼女の顔にも、長官を奪われた焦りと怒りが滲んでいた。
「ロード氏、これは緊急事態です。彼らの手がかりを見つけるために、あなたの研究データの開示が必要です」
しかし、ロードは冷酷な目でアレックス、そしてウルトラマンを睨みつけた。彼の怒りはDEOという組織そのものに向けられていた。
「君たちがもっと早く来ていれば、DEOが我が社に踏み込んでくることもなかった! 私の研究所が破壊されることもなかったんだ!」
ウルトラマンは静かに言った。その声はどこまでも冷徹で、感情を排していた。
「私は……ウルトラマンは神ではない。すべての場所へ同時に現れることは不可能だ。それに、君に別に何もやましいことがなければ、DEOの捜査が入っても問題はないのでは?」
「やましいことだと!?」
ロードは鼻で笑った。その表情には、政府や宇宙人に対する深い不信感が刻まれている。
「あってもなくても、彼らは政府の犬だ。何かと理由をつけて、我が社の最先端テクノロジーを没収し、自分たちのものにしようとするに決まっている。いいか、アレックス、そしてウルトラマン。君たちとの信頼関係も、これで終わりだ」
ロードは壊れた机を叩き、二人を指差した。彼の言葉は、今後の対立を予感させるに十分なものだった。
「私は今後、自分の身は自分自身の力で守る。宇宙人も、政府も、誰も信用しない」
その言葉に、これ以上の対話は不可能だと悟り、ウルトラマンとスーパーガールはDEOへと戻るししかなかった。これ以上の押し問答は時間を浪費するだけだった。ウルトラマンの正体は誰にも知られていないため、ロードのこの激しい拒絶の言葉も、ただ無機質な鉄の仮面に向けられるだけだった。
DEOでの緊急会議の後、夜も更けた頃。
自分がウルトラマンであることを家族に秘密にしているカイリは、スーパーガールであるカーラよりも早く帰宅し、ベッドの中に入っていなければならなかった。姉が帰ってきたときに部屋にいないのは、最悪の疑念を招く。彼はDEOの追跡をかわしながら、夜の街を慎重に飛行した。
カイリはキャットコーのアパートの窓から、音もなく自身の部屋のベッドへと滑り込むように潜り込んだ。着地と同時に『ULTRAMAN suit』を解除し、素早く布団を頭から被って、さも何時間も前から熟睡していたかのように狸寝入りを決め込む。心臓の鼓動がまだ早かったが、彼は呼吸をコントロールして静かな寝息を演出した。
数分後、玄関の鍵が開く音がして、疲れ切った足取りでカーラが帰宅した。彼女の足音はいつもより重く、長官を救えなかった責任感がその背中にのしかかっているようだった。
彼女はリビングを通りかかり、ゴミ箱に捨てられている即席麺の容器を見つけて、小さくため息をついた。自分のことで手一杯になり、弟の食事を疎かにしてしまっていることへの罪悪感が彼女を苛む。
「ただいま……。カイリ、って…またカップ麺食べてるし……。成長期なんだから、もっとちゃんとしたものを食べさせないとダメなのに、私ったら……」
カーラは優しくカイリの部屋のドアを少しだけ開け、彼の寝顔を確認すると、愛おしそうに微笑んでドアを閉めた。暗闇の中で、カイリはその気配を感じながら、じっと目を閉じていた。そうして二人はそれぞれの寝床につき、激動の夜を超えて、翌朝を迎えるのだった。
翌日。ハンク長官が連れ去られたというDEOの深刻な事態とは、全く別の理由で、カーラは朝から再びリビングで大騒ぎをしていた。
「あー、もう! どうしよう、どうしたらいいの!?」
頭を抱えてソファの上で悶絶しているカーラに対し、朝食のトーストを食べていたカイリは、冷静に尋ねた。彼女のパニックぶりは昨日以上のものであり、カイリは呆れ半分で彼女を見つめた。
「……ねえ、姉ちゃん。この間、キャット・グラントのメール漏洩の犯人がわかって解決したばっかりなのに、また何かトラブル?」
「違うの! いいえ、違くない! 本当に大変な事態なのよ! グラントさんが……私がスーパーガールだってことに気づいちゃったの!」
「――ぶっっ!?」
カイリは口に含んでいたブラックコーヒーを、勢いよく派手に吹き出した。テーブルの上が大惨事になるのも構わず、彼は目を丸くして姉を見た。普段は冷静沈着な彼が、これほどまでに素のリアクションを見せるのは珍しいことだった。
「は? ……何それ。まさか、自分で正体をバラしたわけ?」
「ううん! そんなわけないでしょ! いや、でも、そうといえばそうかも……」
カーラは涙目でパニックになっている。自分の失態の大きさに、今更ながら恐怖しているようだった。
カイリはため息をつき、ティッシュで口元を拭いた。テーブルの上のコーヒーを拭き取りながら、彼は頭を冷やすように姉を促した。
「一回落ち着こうか。姉ちゃん、何があったのか順を追って話して」
カーラから事情を聞くと、内容はこうだった。キャットを貶めようとする役員のevでの会話を、カーラが超聴覚(地獄耳)で聞いてしまい、その内容をうっかりキャットの前で口にしてしまったらしい。しかし、実際のカーラがいた位置からは、ev内での会話など通常の人間には絶対に聞き取れるはずのない距離だった。そこからキャットの鋭い勘が働き、これまでの数々の不思議な不在や出来事を掘り返され、最終的に「そのメガネを外しなさい」と迫られたのだという。
「なるほどね……」
カイリは呆れたように額を押さえた。姉の脇の甘さに、もはや言葉も出ないといった様子だった。
「地獄耳で聞いた内容と、実際聞き取れる範囲にいたかどうかで辻褄が合わない。そりゃ色々不思議な出来事を掘り返されてメガネを外せって言われる訳だ。……完全に姉ちゃんのしくじりだよね, それ」
「ねぇ……カイリ、どうしよう! 認めちゃった方がいいのかな!? でも、正体がバレたらみんなに危険が……!」
カーラは本気で悩んでいた。キャット・グラントという女性の洞察力は、並大抵の言い訳が通用する相手ではないことを知っていたからだ。
「いっそのことバラしちゃえば?」
カイリが冗談半分で言うと、カーラは血相を変えて叫んだ。彼女にとって、正体を隠すことは周囲の人々を守るための絶対のルールだった。
「ダメっ!! 絶対にダメよ!」
「アッハイ」
カイリは姉の気迫に一瞬気圧され、両手を上げた。彼女のこういう時の頑固さは、誰にも変えられないことを知っていた。
「まあ、姉ちゃん。昔っから嘘つくの苦手っていうか、演技は大根なんだから、下手に取り繕おうとしないで普通にしておくべきだと思うよ。下手に言い訳を作ろうとすると、かえって逆にそれが怪しく感じるしね」
「うーん……って、ちょっと待って。大根!? それはいくらなんでも言いすぎじゃ……」
カーラが頬を膨らませて抗議しようとしたその時、壁の時計が目に入った。針は無情にも出社時刻が迫っていることを示していた。
「あ、やば! 遅刻だわ! カイリ、お説教はまた今度ね! ガスと鍵の確認よろしく! 愛してる!」
カーラは鞄をひったくるように持つと、弾丸のような勢いでアパートを飛び出していった。その突風でリビングの書類がまた少し舞い上がった。
残されたカイリは、静かになった部屋でトーストの最後の一片を口に放り込んだ。
「……あの様子じゃ、仕事の方もダメそうだな」
カイリの表情から、いつもの少年らしい軽薄さが消え、ウルトラマンとしての冷徹な思考が戻る。彼は立ち上がり、窓の外の空を見つめた。
「それにしても……ハンク長官に死なれたら困るな。お義父さん(ジェレマイア)との思い出は、僕には全くと言っていいほど覚えてない。だけど……何となくだけど、あの家での感覚は残ってる。それに、姉貴や姉ちゃんが、父親の死の真相を誰よりも知りたがっているからね。ハンク長官が生きて戻らないと、真実は闇の中だ」
カイリは自身の過去と、ダンバース家への複雑な義理を感じていた。彼は孤独な存在だったが、この家族だけは特別だった。ウルトラマンの正体は誰にも知られていない。だからこそ、彼はこの孤独な戦いを一人で背負い、真実を追い求めなければならないのだ。
「僕も、ハンク・ヘンショウを探すか」
ペンダントが眩い光を放ち、カイリの身体を『ULTRAMAN suit』が包み込む。金属が噛み合う音が静かな部屋に響き、彼は等身大のままで窓を開け、ナショナル・シティの空へと音速で飛び立った。それと同時に、一枚の紙に殴り書きにされた欠席届を学校の職員テーブルの上にそっと置いて飛び立つのだった。
ウルトラマンとして街の各所、そしてクリプトン人の潜伏先と思われるエネルギー反応を丸一日捜索したカイリだったが、結局、長官の居場所を見つけることはできなかった。彼らの遮蔽技術はDEOの追跡を逃れるほどに高度だった。クリプトン星の失われたテクノロジーは、地球の科学力では到底及びもつかない領域にあった。
夜になり、ウルトラマンがナショナル・シティの郊外の荒野を飛行していると、DEOの特殊部隊の車両が不穏な動きを見せているのを目撃した。ヘッドライトを消した車両が、密かに砂漠の奥から都市部へと向かっている。
(動きがあったか……)
ウルトラマンがその現場へ向けて静かに舞い降りると、そこはクリプトン人過激派と、アレックス率いるDEOが、お互いの人質を交換するための緊迫したキャットウォークとなっていた。風が吹き荒れる荒野の中、両陣営が距離を保って対峙している。DEO側は捕らえていたアストラを解放し、クリプトン人側は拘束していたハンク・ヘンショウ長官を解放する、非公式の取引だった。
無事にDEO側に歩いて戻ってきたハンク長官は、アレックスの顔を見るなり、いつもの不遜な軽口を叩いた。その表情には疲労の色が見られたが、プライドは健在だった。
「……帰ったら、テロリストとはいかなる交渉もしないという鉄則を、貴様らに1から叩き直さないとダメか?」
「お元気そうで何よりです、長官」
アレックスが安堵の息を漏らす。しかし、ウルトラマンは周囲の異常なエネルギーの揺らぎを感知し、スーツのセンサーを最大出力にした。バイザーに表示される熱源反応とエネルギーの波形が、異常な数を示し始めていた。
「……警戒を怠るな。何かがおかしい」
ウルトラマンの重厚な声に、スーパーガールもハッと周囲の暗闇に目を凝らした。彼女の超視覚も、何かが迫っているのを捉えていた。岩陰の温度が急激に上昇している。
「みんな、銃を構えて!」
アレックスの号令と共に、特殊部隊が周囲の岩陰に向けて一斉に銃を構える。隊員たちの間に緊張が走る。
直後、夜の荒野の岩山の上から、無数の影が降り立ってきた。十人、いや数十人規模のクリプトン人の大軍。彼らは完璧な布陣で、DEOの部隊とスーパーガール、そして等身大のウルトラマンを完全包囲したのだ。彼らの目の輝きが、暗闇の中で無数の赤い星のように点灯する。
「罠よ……!」
カーラが身構えるが、これだけの数のクリプトン人に一斉に襲われれば、いくら無敵の彼女たちであっても全滅は免れない。特殊部隊の銃など、彼らにとっては豆鉄砲にもならなかった。空気の圧力が、彼らの存在だけで跳ね上がっていた。
緊迫感が極限に達したその時、アレックスはハンク長官の腕を掴み、必死の形相で囁いた。彼女には、長官が隠している『何か』を頼るしかなかった。
「長官、お願いです! あの子(カーラ)とウルトラマンがいくら強くても、この数相手に勝ち目はありません……! お願いです、変身してください!」
その切実な懇願の言葉を、すぐ近くにいたスーパーガールは聞き逃さなかった。彼女の優れた聴覚が、その秘密のやり取りを完璧に捉えたのだ。
「……え? 変身って、何のこと……?」
カーラが怪訝な目をハンクに向ける。ハンクは苦渋の表情を浮かべ、自らの拳を固く握りしめた。彼の瞳の奥が、一瞬だけ不気味な緑色の光を放ちかける。その正体を明かすべきか、彼は極限の選択を迫られていた。もちろん、アレックスもハンクも、横に立つウルトラマンの正体が誰なのかは全く知らない。ウルトラマンの正体は誰にも知られていないのだ。
一触即発、今にも全面戦争が始まろうとしたその瞬間。
「止めなさい! 全員、武器を収めて!」
包囲網の先頭に立ったアストラが、鋭い声でノンの部下たちを制止した。彼女の言葉に、兵士たちは戸惑いながらも動きを止める。
「アストラ、何を言う! 今ここでこいつらを根絶やしにする好機だぞ!」
ノンが激昂してアストラに詰め寄るが、アストラは毅然とした態度で夫を見据えた。彼女の心には、人質交換を成立させてくれたカーラへの、クリプトン人としての誇りがあった。
「カーラは私に免じて、一度は私の命を救った(人質交換に応じた)。クリプトン人は恩を仇で返すような真真似はしない。引き上げるわよ、ノン」
二言三言、ノンとアストラは激しく揉め合ったが、最終的にはアストラの強い意志に押される形で、ノンの苦渋の号令により、クリプトン人の大軍は一斉に空へと飛び立ち、撤退していった。ソニックブームが荒野に響き渡り、砂煙が彼らの去った跡を包み込む。
去り際、アストラはウルトラマンとスーパーガールを振り返り、冷酷に言い放った。その瞳には、次なる戦いへの冷たい決意が宿っていた。
「容赦するのは今回限りよ。私たちの戦いは終わっていない。……そこのブリキ、ウルトラマン。お前もね」
「望むところだ」
ウルトラマンは常体で短く返した。彼の声には恐れなど微塵もなく、ただ静かな闘志だけが宿っていた。ウルトラマンの正体は誰にも知られていない。アストラにとっても、この等身大の鉄の戦士は、ただ目障りな謎の存在でしかなかった。アストラは最後にカーラを見つめ、「これからが本当の勝負ね」と言い残し、夜空へと消えた。
DEOの本部に帰還した後、基地内は重苦しい空気に包まれていた。
政府から派遣されたサム・レイン将軍が、テロリストと独断で人質交換を行ったハンク長官とアレックスを激しく叱責し、一揉めが起きていたのだ。将軍は机を叩き、彼らの行動を厳しく非難していた。将軍は長官の職権を剥奪しようと息巻いていたが、ハンクは一歩も引かなかった。
「私はこの組織の長だ。部下の命を守り、ナショナル・シティを救うためなら、いかなる泥も被る。軍人の理想だけで、この街は救えない」
「理想が、街を救うこともある」
背後から歩み寄ってきたスーパーガールの言葉と、彼女の背後に立つウルトラマンの威圧感に気圧され、レイン将軍は忌々しげに吐き捨てて去っていった。ウルトラマンの等身大の身体から放たれる無言の圧力は、一国の将軍であっても無視できないものだった。その結果、DEOの長官の座は、再びハンク・ヘンショウの手へと戻るのだった。
将軍が去り、司令室に静寂が戻った後、スーパーガールはハンク長官の前に歩み出た。その瞳には、先ほどの荒野でアレックスが口にした言葉への強い疑念が宿っていた。もはや、隠し通すことはできない状況だった。
「長官……、そしてアレックス。さっき、荒野で言っていたことはどういう意味? アレックスはあなたに『変身して』と言ったわ。あなたは何者なの? ハンク・ヘンショウ長官じゃないの?」
ハンクは深くため息をつき、アレックスと視線を交わした。アレックスは静かに頷き、真実を話す時が来たことを告げた。これ以上の隠蔽は、信頼関係を壊すだけだった。
その様子を見届けたウルトラマンは、静かに浮遊を開始した。これからは家族とDEOの内部の問題であり、自分が立ち入るべきではないと判断したのだ。
「私はこれで失礼する」
「……待て、ウルトラマン」
ハンクが呼び止めた。彼は銀色の戦士を見上げ、これまで見せたことのない、一人の戦士としての敬意を込めた目でウルトラマンを見つめた。その目には、人類の味方をしてくれた宇宙の戦士への深い感謝があった。もちろん、この瞬間もハンクはウルトラマンの正体が15歳のカイリだとは知らない。ウルトラマンの正体は誰にも知られていないのだ。
「君にも……礼を言う。君がマクスウェル・ロードを守り、我々の戦いを陰で支えてくれなければ、もっと多くの犠牲が出ていた。感謝する」
「……私は私のすべきことをしたまでだ」
ウルトラマンは重厚な声で返し、そのままDEOの天井のハッチから大空へと飛び去っていった。ウルトラマンとハンク長官の間にも、確かな信頼関係が築かれ始めた瞬間だった。カイリは夜風を感じながら、自分の選択が間違っていなかったことを確信していた。
ウルトラマンが去り、司令室に残されたカーラに対し、ハンクはゆっくりと自身の顔に手を当てた。その手が、彼の真の姿を解き放つトリガーとなった。
「カーラ。本物のハンク・ヘンショウは、何年も前に死んだ。……これが、私の本当の姿だ」
次の瞬間、彼の皮膚が波打ち、身体が大きく変形し始めた。黒い衣服が消え去り、現れたのは――緑色の皮膚と燃えるような赤い目を持ち、青いマントを翻す、威厳に満ちた火星人の姿だった。その姿は異形でありながらも、どこか神聖な雰囲気をまとっていた。
「私の名はジョン・ジョーンズ。火星最後の生き残りだ」
驚愕に目を見開くカーラに対し、アレックスは優しく彼女の肩を抱いた。姉の言葉が、カーラの混乱を鎮めていく。
「彼は、お父さん(ジェレマイア)が命を懸けて守った人なのよ、カーラ。お父さんを殺したのは彼じゃない。本物のハンク・ヘンショウだったの」
明かされる父の死の真実、そして新たな絆。過去の誤解が解け、DEOは本当の意味で一つのチームになろうとしていた。
ナショナル・シティの夜は更けていくが、ダンバース家の姉弟たちの周りには、過酷な宿命の先にある、確かな希望の光が灯り始めていた。それぞれの戦いはこれからも続くが、彼らはもう一人ではなかった。カイリは夜の闇を飛びながら、誰にも知られることのない自分の正体を胸に秘め、これからも姉達を守り抜くことを静かに誓うのだった。