ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate 作:青眼究極竜
ナショナル・シティの地下深く、国家秘密機関DEOの分厚い隔離壁に囲まれた訓練場には、重苦しい金属音と、地鳴りのような衝撃波が絶え間なく響き渡っていた。人工太陽の冷たい光が照らし出す硬質な床の上で、ウルトラマンの姿となったカイリは、肩を大きく上下させながら激しい呼吸を繰り返していた。銀色と赤のソリッドなボディに包まれたその身体には、地球のいかなる兵器をも陸駕する強大なエネルギーが満ちているはずだった。しかし、今の彼はその絶対的な力に完全に振り回されていた。
前話において、DEOの指揮官であるハンク・ヘンショウ――その真の姿である火星人、ジョン・ジョーンズに自身の正体を知られたカイリは、義姉であるカーラとアレックスの二人には完全に秘密にしたまま、この地下空間で彼とのマンツーマンによる秘密のヒーローとしての闘い方の訓練を始めたばかりだった。しかし、巨大な力を等身大の肉体で正確に制御し、実戦の技術へと昇華させるのは、想像を絶するほどに困難な作業だった。身体の奥底から湧き上がるエネルギーは、少しでも気を抜けば制御を失って暴走しそうになり、それを肉体の内に留めるだけでも、精神を極限まで摩耗させる。
カイリは地を蹴り、目の前に立たる巨大な影に向かってがむしゃらに拳を突き出した。空気を切り裂く鋭い一撃だったが、対峙するジョン・ジョーンズは、本来の緑色の皮膚を晒した火星人の姿のまま、微動だにせずその軌道を見切っていた。ジョンの大きな瞳が怪しく光ったかと思うと、カイリの拳は吸い込まれるように彼の分厚い手のひらに受け止められ、その瞬間に凄まじい衝撃波が周囲に霧散する。始めたばかりで力の抜き差しが分からず、なかなか慣れないカイリは、自分の放ったエネルギーの反動でバランスを崩した。そこをジョンは見逃さず、冷徹とも言える素早さでカイリの胸元を突き放す。強烈な一撃を食らったカイリの身体は、訓練場の壁まで吹き飛び、硬い装甲音を立てて床へと叩きつけられた。
「ぐっ……あ……」
カイリはあまりの衝撃に息を詰まらせ、床に両手をついて苦悶の声を漏らす。肺の空気がすべて押し出されたかのような錯覚に陥り、視界がチカチカと明滅した。ジョンはそんな彼を冷たく突き放そうとするかのように見下ろし、一切の容赦をしない厳しい声で次々と欠点を指摘していく。足の踏み込みが甘い、重心がぶれている、何より己の力に対する恐怖が拭えていない――その態度は一見すれば冷酷そのものだった。しかし、その奥底には、決してカイリを見捨てず、確実に生き残るための技術を叩き込もうとする熱い指導の意志が、確かに脈打っていた。ジョンの放つ言葉は鋭い刃のようでありながら、その実、カイリの命を守るための盾を授けようとする情熱に満ちていた。
何度も床に這いつくばり、そのたびに泥臭く立ち上がって再び構えを取るカイリの姿と、それを険しい眼差しで見守りながら、一歩一歩的確に動きを修正していくジョンの姿。この張り詰めた空気の中に漂う奇妙な関係性は、客観的に見れば、まるで不器用な父親が、初めて世界に足を踏ぶ出す幼い息子に対して、生き抜くための過酷な術を教えているかのような、言葉にできない温かみを帯びた光景だった。
カイリ自身も、ハンクの烈火のような指導の中に、これまで誰からも注がれたことのない奇妙な父性をうっすらと感じ取っていた。生まれてから一度も「父親」という存在をまともに知らず、その背中を見て育つという経験がなかったカイリにとって、胸の奥底からじんわりと湧き上がってくるこの温かい感情は、未知の領域であり、どう処理していいか分からないこの感情に戸惑いながらも、悪い感情ではないとしていた。厳しい言葉の裏にある、不器用なまでの真摯さが、カイリの心を静かに満たしていく。
しかし、指導する側のハンクの胸中には、それ以上に深く複雑な葛藤が渦巻いていた。かつて火星で、最愛の家族をホワイト・マーシャンの手によって無残に惨殺され、自らの種族を絶滅に追い込まれたという絶望的なトラウマは、今もなお彼の魂を暗い鎖で縛り付け、夜な夜な彼を苛み続けている。だからこそ彼は、これ以上新しい誰かと深く関わり、大切なものを増やして再び失う恐怖に耐えられないがゆえに、保護したダンバース一家に対しては常に冷徹な上司としての仮面を被り、ある程度の線引きをダンバース一家にしているのでした。彼らを愛してしまうこと、守りたいと思ってしまうこと自体が、彼にとっては恐怖だったのだ。だが、目の前で大粒の汗を流しながら、どれほど叩きつけられても自分を信じて向かってくるこの少年の純粋な眼差しが、彼が長い年月をかけて築き上げてきた強固な境界線を、音を立てて少しずつ揺らし始めていることにも、彼は薄々気づいていた。
特訓の夜が明け、ナショナル・シティの街並みは、雲ひとつない爽やかな朝の光に包まれていた。通勤や通学のために行き交う人々で賑わい始めた歩道を進む中、至る所のニューススタンドには、真新しい新聞がずらりと並べられていた。その第一面の大きな見出しには、青いコスチュームと赤いマントを翻して大空を飛ぶヒーローの写真とともに、鮮やかな太文字で『スーパーガールが救出!』という文字が躍っていた。その新聞の見出しを見ながらアレックス、カーラは出勤、カイリは登校その前に三人で朝食するカフェまで歩く。
カイリは並んで歩くカーラの様子を窺いながら、昨夜の派手な救出劇のその後について、何気ない口調で尋ねた。
「一家はどこへ?」
カーラは新聞の見出しをチラリと見て、少し照れくさそうに、しかしスーパーガールとしての誇りを滲ませながら答えた。
「湖のほとりに安全だったから」
「山火事ねぇ、だから姉ちゃん焦げ臭かったのか」
からかうように鼻を鳴らしたカイリの言葉に、カーラは目を見張り、むっとして自分のスーツの袖や髪の匂いを何度も嗅ぎ始めた。
「失礼ね。だいぶ気をつけてるつもりですけど?」
「まあ、洗濯諸々僕がやってる訳ですが…?」
呆れたように両手を広げて肩をすくめるカイリの生意気な態度に、カーラは悪戯っぽい笑みを浮かべると、素早い動きで彼の前に回り込み、その行く手を塞いだ。
「カ〜イ〜リ〜生意気いう口はこれかぁ?」
カーラは楽しそうに声を弾ませながら、カイリの顔を覗き込み、その両頬を容赦なく指で挟み込んでぎゅうぎゅうと引っ張った。いくら加減しているとはいえ、クリプトン人の腕力である。カイリの頬は瞬く間に引き伸ばされ、奇妙な形に歪んだ。
「クリプトンの怪力で口を抑えるのは反則じゃん!姉貴もなんか言ってよ!?」
顔を歪ませ、ふがふがとした情けない声で隣のアレックスに助けを求めるカイリだったが、アレックスは二人のやり取りを特等席で眺めながら、実におもしろそうに声を立てて笑うだけだった。
「レディへの口の利き方がなってないわね。カーラそのままでいいわ〜」
アレックスの冷たい切り捨てに、カーラは満足そうに手を離し、カイリは真っ赤になった頬を両手でさすりながら不満げにブツブツと文句を言った。ようやく騒がしいやり取りが落ち着くと、アレックスは表情を少し真面目なものに変え、歩調を緩めてカーラに向き直った。
「それで?スーパーガール以外の事はどうなの?ウィンにまだ無視されてる?」
その名前が出た瞬間、さっきまで明るかったカーラの表情が、目に見えて暗く沈み込んだ。親友であるウィンとの間に生じた決定的な亀裂は、彼女の心に深い傷を残していた。
「ええ、彼にキス――」
カーラが言いかけたその瞬間、隣を歩いていたカイリが文字通り飛び上がらんばかりに驚き、大声をあげて彼女の言葉を遮った。
「えっ?姉ちゃんキスしたの⁉︎マジ?」
街頭の数人が振り返るほどの音量に、カーラは顔を真っ赤にして猛烈な勢いでカイリの口を手で塞ぎ、鋭い視線で睨みつけた。
「カイリは黙ってて」
完全に気圧されたカイリは、目を丸くしたままコクコクと激しく首を縦に振り、消え入るような声で答えた。
「はい…」
カーラがゆっくりと手を離すと、大きなため息をつきながら、自身の複雑な胸中を吐き出すように視線を落とした。その様子を見て、完全に調子を取り戻したカイリは、今度は恋愛のカウンセラー気取りで、偉そうに人差し指を立ててみせた。
「キスは…あー拒否しちゃったのか…迷える義姉君達に義弟からのアドバイスです!」
その芝居がかった口調に、アレックスが呆れたようにため息つき、先を促す前に釘を刺す。
「カーラ、どうせ碌なアドバイスじゃないわ」
「というかウィンからキスしたんだよね?彼相当覚悟決めてたと思うんだよね。そりゃ無視されるというかまあ僕がウィンだったらもう傷心で休職しちゃうと思う」
カイリの男側としてのリアルすぎる推測に、カーラはますます混乱し、両手で自分の頭を抱えて激しく左右に振った。
「アドバイスになってない!ああっ!はやく親友に戻りたいのに!」
「難しいと思うよ〜まあウィンの心の整理がつくまでそっとしとくべきだよ」
カイリは一転して現実的で冷徹な事実を告げると、アレックスもその意見には深く納得したように頷き、カーラの肩に優しく手を置いた。
「そこはカイリに同意よ。カーラ気にしすぎないことね」
姉弟二人の意見が完全に一致しているにもかかわらず、カーラは納得がいかないというように、子供のように唇を尖らせて不満を漏らした。
「そういうの苦手なんだけど」
そんな他愛のない、しかし彼女たちにとっては重大な会話を交わしているうちに、三人はカフェに入っていく。ガラス張りのドアを押し開けると、店内には朝の心地よい喧騒と、挽きたての珈琲の香ばしく深い香りが充満していた。
「おはよう、グラントさんのラテできてる?」
カーラはカウンターにラテをとりに、アレックスとカイリはテーブル掛けの席を探すために店の奥へと進んでいった。カウンターでキャット・グラントのための完璧なラテが用意されるのを待つカーラの隣に、ふっと気配を殺すようにして、一人の端正な顔立ちをした若い男性が並んだ。彼は小綺麗に着こなしたジャケットのポケットに手を入れ、カーラが抱えている資料の束や、その慌ただしい様子を興味深そうに眺めると、親しみやすい、しかしどこか含みのある笑みを浮かべて話しかけてきた。
「可哀想に…」
唐突に投げかけられた同情の言葉に、カーラは目を瞬かせ、怪訝そうな表情で男性を振り返った。
「なんですか?」
「同情したんだよ。キャットグラントの部下なんでしょ?彼女強烈らしいね」
男性の言葉は、世間一般がキャット・グラントに対して抱いている辛辣なイメージそのものだった。しかし、カーラは自分のボスを悪く言われるのが我慢ならず、まっすぐな目でその男性を見つめ返し、毅然とした態度で反論した。
「本人は褒め言葉だと受け取ってる」
「噂通り嫌なやつなの?すぐ怒るし傲慢だって…」
男性は試すようにさらに言葉を重ねたが、カーラの信念は揺らがなかった。彼女は一歩も引かず、むしろ誇らしげに胸を張って答えた。
「グラントさんは厳しいけど尊敬できるわ。ボスとしても人としてもね、ほんと、すごくかっこいいの」
その純粋で迷いのない言葉に、男性は少し意外そうな表情を浮かべ、皮肉めいた笑みをさらに深くした。
「ボスがそう言えって?」
「いいえ?」
カーラはきっぱりと、1ミリの躊躇もなく否定した。心の内の迷いや影を払うかのように、自分の言葉に嘘偽りがないことを証明するように、男性の目を正面から見据えて言い放った。
「噂を鵜呑みにするより本人にあって自分で判断するべきじゃない?」
その真っ直ぐで力強い言葉を聞いた瞬間、男性は本当に驚いたように目を見張り、それから彼女の誠実さに完全に降伏したかのような、柔らかく温かい本物の笑みを浮かべた。
「君っていい部下だね」
その頃、少し離れた店内のテーブル席では、アレックスとカイリの二人が、腕を組みながらカウンターの様子を完全に観察していた。二人の視線は獲物を狙う鷹のように鋭く、しかしその表情には楽しげな笑みが浮かんでいた。二人は並んで腕を組みながら、カーラと男性のやり取りをじっと観察する。
「姉貴、ありゃ口説いてるよね」
「そうね。口説いてるわね」
カイリがニヤニヤしながら、姉の恋愛に対する致命的な鈍感さを思い浮かべて尋ねると、アレックスは即座に、確信を持って首を横に振った。
「気づくと思う?」
「だよね。あの姉ちゃんが?まさか!ありえないね。僕はチョコパイ賭けるよ」
「私はちょっとは乙女心に賭けるわ」
「成立だね」
アレックスとカイリは手のひらをパチンと叩き、密かに賭けを成立させた。カウンターからラテを受け取ったカーラは、大事そうにカップを抱えながら、二人が待つテーブル席へと戻ってきた。その表情には、先ほどの男性からの熱烈なアプローチに対する動揺や自覚など、微塵も感じられなかった。
「姉ちゃん、ありゃ口説こうとしてたよねー」
席に着くなりニヤつくカイリの言葉に、カーラは本気で心外だというように、無邪気に笑い飛ばした。
「フフフまさか!?あれはナンパとかじゃない。彼はフレンドリーなだけよ」
この決定的な言葉にカイリは「YESっ!」と心の中で叫びながらガッツポーズを決め、アレックスは彼女の予想通りの鈍感さに深いため息をついて天を仰いだ。
「何?」
事情を知らないカーラは、二人の大袈裟な反応に不思議そうに首を傾げる。
「貴方鈍すぎ、それとカイリにチョコパイ奢るハメになった」
「まさか私で賭けしてたわけ?」
「姉貴も乗ったからね。」
アレックスから渋々手渡されたチョコパイのトレーを受け取り、ようやく全員が席に着く。三人で並んで朝食をとりながら、店内の壁に掛けられたニュースの画面に目をやる。画面には、険しい表情で演説の準備を進める政治家の姿が映し出されていた。画面の下部には、不穏な赤文字で『宇宙人排斥集会』というテロップが流れている。
それを見た瞬間、アレックスの瞳からプライベートの緩みが完全に消え去り、DEOのエージェントとしての鋭い光が戻った。
「deoの出番ね。先出るわね。」
アレックスが素早く立ち上がると、カーラもすぐに自分の荷物をまとめて腰を浮かせた。
「私も行くわ。学校サボっちゃダメよ」
アレックスとカーラは、手際よくコートを羽織ると、残されるカイリの額にそれぞれ優しく軽くキスをして、そのまま慌ただしく出勤していった。一人残されたカイリは、少し照れくさそうに額を指で掻きながら、ガラス窓の向こうへ消えていく二人の背中に向けて、静かに手を振りながら見送った。
ナショナル・シティの中心部に位置する、普段は市民の憩いの場である広場は、その日、異様な熱気と不穏な空気に包まれていた。反宇宙人派の急先鋒として知られるミランダ・クレーン上院議員が、支持者たちを集めて大規模な演説を行っていたからである。彼女の口から放たれる、地球外生命体を排斥せんとする過激な言葉の数々に、集まった群衆が歓声を上げ、あるいは怒号を響かせる。
その喧騒が最高潮に達した瞬間、世界の終わりを告げるかのような地鳴りが広場全体を揺るがした。
突如として、頑強なアスファルトの床が、目に見えるほどの巨大な亀裂を伴って真っ二つに裂けた。その暗黒の裂け目から出現したのは、この世のものとは思えない、文字通り真っ白な皮膚に覆われた巨大な怪物――**「ホワイト・マーシャン」**であった。
怪物は、天を突くような地鳴りのような咆哮を轟かせると、その圧倒的な怪力を振るって暴れ始めた。周囲に建ち並ぶ建造物の壁が、まるで紙細工のように容易く粉砕され、強烈な衝撃波とともに瓦礫の雨となって降り注ぐ。平穏だった広場は一瞬にして、逃げ惑う人々の絶叫が渦巻く地獄絵図へと変貌を遂げた。
時を同じくして、国家秘密機関DEO本部の作戦室では、緊迫した空気が張り詰めていた。メインモニターに映し出された演説会場の凄惨な光景を目撃した瞬間、指揮官であるハンク・ヘンショウの身体は、完全に凍りついていた。
設置された観測機器が感知した現場の独特なエネルギー波形、そして何よりも、画面の中で暴虐の限りを尽くすあの白き怪物の醜悪な姿。ハンクには、それが何であるかが痛いほどに分かっていた。それは、かつて遥か遠くの故郷である火星において、自らの愛すべき種族――グリーン・マーシャンを容赦なく絶滅に追い込んだ、忌まわしき仇敵の姿そのものだった。
彼の脳裏に、300年前の凄惨な記憶が、鮮烈なフラッシュバックとなって蘇る。地獄の業火に包まれる火星の赤い大地、逃げ惑う同胞たちの悲鳴、そして失われた家族の温もり。強烈な恐怖と、それを遥かに凌駕するほどの激昂が彼の理性を焼き尽くそうとしていた。ハンクは拳を、皮膚が裂け、血がにじむほどに強く握りしめた。彼の精神は、底なしの憎悪の渦へと完全に巻き込まれていた。
そこへ、急報を受けて現場から引き返してきたカーラたちと、ウルトラマンの姿となったカイリが合流する。重苦しい空気が停滞する作戦室のモニターの前で、ハンクはいつになく声を低く震わせながら、今回の敵であるホワイト・マーシャンについて説明を始めた。かつて彼らが引き起こした、言葉を絶する大虐殺の歴史のことも含めて。
「奴らの狙いは私だ。以前グリーンマーシャンの力を使ったことを感じ取り集会を襲って誘き出そうとした」
ハンクの口から語られた冷酷な事実と言葉の重みに、周囲にいたDEOのエージェントたちの間に、言い知れぬ戦慄が走る。ハンクはゆっくりとカーラの方へと向き直ると、その張り詰めた表情をわずかに緩め、スーパーガールが来て助かったと労いの言葉をかけた。
しかし、事態は一刻を争う。もし今回の戦いの中で、ハンクの真の正体が火星人の生き残りであるジョン・ジョーンズだと周囲に露見してしまえば、DEOの指揮権は即座に国を牛耳るレイン将軍の手へと渡ってしまうだろう。それは、彼らにとって絶対に避けなければならない最悪の政治的シナリオであった。
「今回の敵は任せろ」とスーパーガールが、その青い瞳に強い決意を宿して言った。
「そして私も力を貸す」とウルトラマンが、その銀色の拳を力強く握りしめて続けた。
頼もしい二人の言葉に頷き、スーパーガールとアレックスが具体的な防衛陣形を整えるためにその場を一時的に離れたのを確認すると、ハンクはそれまでの厳格な指揮官の仮面を外し、残されたカイリに向き直った。
「なぜ来た?カイリ!学校はどうした⁉︎」
ハンクは大きな手を自身の頭へとやり、派手に頭を掻きむしりながら小言を言った。その荒々しい態度とは裏腹に、その声には、まだ未熟な一人の少年を、このような命の保証もない危険な戦場に立たせたくないという、不器用な親心が完全に透けて見えていた。
一方、混乱を極める演説会場の裏手では、救出されたように見えたクレーン上院議員が、SPたちに守られて避難を続けていた。しかし、厳重な警戒を潜り抜け、DEO基地内へと潜入したその政治家の正体は、すでにホワイト・マーシャンが彼女に**擬態(シェイプシフト)**した偽物であった。
誰もいない薄暗い通路で、前方を歩いていた偽の上院議員が不意に足を止め、振り返る。そこにはハンクが立っていた。偽の上院議員はその鋭い眼光で、ハンクの内に秘められた正体がグリーン・マーシャンであることを見抜くと、邪悪な笑みを浮かべて強力な精神攻撃を仕掛けた。
ハンクの脳内に、かつて失った最愛の家族の引き裂かれるような悲鳴が、何倍にも増幅されて直接響き渡る。激しい精神的苦痛にハンクが顔を歪め、膝をつきかけたその瞬間、ちょうどカーラの携帯から、クレーン議員の正体が怪物であるという警告の連絡が入る。
だが、すべては一歩遅かった。正体を現したホワイト・マーシャンは、その巨体を躍動させてDEOの強固な施設を内側から激しく破壊し始める。異変を察知したウルトラマンとスーパーガールが即座に現場に駆けつけ、応戦を開始した。ウルトラマンは巨体の攻撃から手負いの長官を必死に守りながら戦う。しかし、基地の構造を巧みに利用したホワイト・マーシャンの狡猾な立ち回りの前に、あと一歩というところで怪物を取り逃してしまうのだった。
追い打ちをかけるように、事態はさらに悪化する。戦いの最中、スーパーガールのもとにキャット・グラントからの緊急の呼び出しが入ったのだ。メディアの女王であるボスの命令を無視すれば、表の顔であるカーラ・ダンバースとしての社会的立場が完全に破滅してしまう。彼女は引き裂かれるような思いを抱えながら、苦渋の決断でその場を一時離脱せざるを得なくなった。
ウルトラマンは一人、破壊されたDEOの作戦室へと戻る。これ以上の被害を防ぐため、アレックスとウルトラマンは、怪物の足取りを追って別ルートの調査へと向かった。しかし、それこそが敵の罠だった。
薄暗いエリアの死角から、ホワイト・マーシャンが突如として現れる。怪物は人間の動体視力を遥かに超えた圧倒的な速度でアレックスの背後へと回り込むと、その太く強靭な腕で彼女の華奢な首を容赦なく締め上げた。
人質を取られた形となったウルトラマンは、一歩でも動けばアレックスの命がないという絶望的な状況に、手を出す隙を完全に奪われてしまう。怪物はアレックスの肉体を盾にしながら、真の標的であるハンクをおびき出そうと、暗闇の奥へと逃走していった。
基地に残されたハンクのもとに、アレックスが人質となったという最悪の報せが届く。その瞬間、ハンクの瞳には、かつてないほどの静かで、しかし全てを焼き尽くすような暗い炎が灯っていた。
ハンクは通信機を通じて、焦燥するカイリとカーラの二人に対して静かに言い放った。
「これは私の戦いだ」
これ以上、自分の過去の因縁に、地球の未来ある若者たちを巻き込むわけにはいかない。ハンクは強い決意とともに、長年纏い続けていた人間の姿を脱ぎ捨てた。本来の姿である、緑色の皮膚と赤いマントを翻した**「マーシャン・マンハンター」**へと変身を遂げると、彼は単身、ホワイト・マーシャンが待ち受ける荒涼とした荒野へと飛び立っていった。
吹き荒ぶ寒風の中、乾燥してひび割れた赤茶けた大地の上で、火星のたった二人の生存者たちによる、血で血を洗う激しい死闘が始まった。互いの超人的な肉体が激突するたびに、凄まじい衝撃波が走り、周囲の大気が悲鳴を上げるように震える。
怨念に突き動かされるホワイト・マーシャンの猛攻に、ハンクは次第に劣勢へと追い込まれていく。しかし、その絶体絶命の局面に、大空を切り裂いてウルトラマンとスーパーガールが猛然と加勢に入った。
三人の一糸乱れぬ波状攻撃の前に、さしものホワイト・マーシャンも徐々に体勢を崩していく。ウルトラマンの強烈な打撃とスーパーガールの熱線、そしてハンクの執念の攻撃が敵を圧倒し、ついに彼らはホワイト・マーシャンを地面へと叩きつけ、完全に追い詰めることに成功した。
息を荒くし、横たわるホワイト・マーシャンを見下ろしながら、「もういい」とスーパーガールはジョン・ジョーンズの肩を持った。これ以上の戦闘は不要であり、法に則って拘束すべきだと判断したのだ。しかし次の瞬間、ハンクは信じられない行動に出た。彼はあらかじめ用意していたクリプトナイトの手錠を、あろうことか味方であるスーパーガールの手首にはめたのである。
緑色の不気味な鉱石の光が放たれ、クリプトン人としての力を奪われたカーラはその場に激しく崩れ落ちた。
「何をするの⁉︎」
「すまない…」
ハンクは苦渋の、しかし決して揺るがない声を絞り出すと、再びホワイト・マーシャンへと向き直った。その手にエネルギーの刃を滾らせ、今度こそこの怪物の命を完全に絶とうとする。300年分の復讐を遂げる、その一念だけが、今の彼の肉体を突き動かしていた。
そこへ、手錠の緑の光に全身を苛まれ、激しい苦痛に喘ぎながらも、カーラは魂を振り絞るようにして、必死の説得の言葉をジョンへと投げかけた。
「復讐のために相手を殺せば、あなたの魂まで死んでしまう。あなたは火星の最後の一人かもしれないけれど、私にとっては最初の一人なの」
それは、同じように故郷の星を失い、この地球という孤独な星で生きる者としての、痛烈な共感と、彼を絶対に悪に染めさせたくないという深い家族への想いが込められた言葉だった。
その言葉が、復讐の鬼と化していたジョンの心に突き刺さる。彼の大きな瞳から、一筋の涙が静かに零れ落ちた。ジョンはゆっくりと構えを解き、復讐の刃を収めた。彼は怪物を殺す代わりに、生け捕りにしてDEOの最深部にある強固な監獄へと収監することを選択したのだった。
事件が完全に解決し、ようやく平穏を取り戻したDEOの深部。薄暗い通路の片隅で、人間の姿に戻ったハンクは、アレックスとカーラの前で静かに自身の過去を語り始めた。
「娘達の名前はキム、そしてターニャ2人の代わりじゃないが君達のことは娘も同然に思ってる」
ハンクは優しく揺れる瞳でアレックスとカーラを見つめ、それから、少し離れた柱の影に身を潜めているウルトラマン――中身であるカイリへとチラッと目線を向けた。
「あとあの生意気なクソガキもな。息子はいなかったが…新鮮な気持ちだ。家族だよ君たちは……」
不器用で、ぶっきらぼうで、しかしこれ以上ないほどの温かみと実感がこもったその言葉を、アレックスとカーラは目元を涙で濡らしながら、しっかりと受け止めていた。
影に身を潜めながら、その三人の光景を静かにそっと見守るウルトラマンの姿があった。彼の口元にも、不器用な「父親」の言葉に対する、確かな、そして優しい微笑みが浮かんでいた。
その日の夜。昼間の壮絶な戦いが嘘のように、ダンバース家のリビングには、いつも通りの穏やかで温かい空気が流れていた。三人はソファに並んで座り、テレビで映画を観ながら、大きめのカップに入ったアイスクリームをスプーンで頬張っていた。
ふと、アレックスが思い出したようにカーラに悪戯っぽい視線を向けた。
「カフェであったイケメンくん?」
「そう」
カーラはアイスを口に運ぶ手を止め、少し顔を赤らめて頷く。
「だから姉貴と僕が言ったじゃん」
カイリがしたり顔で口を挟むと、カーラはさらに自身の身体を小さく丸め、クッションを抱きしめた。
「でも私大丈夫かな?だってちゃんとしたデートなんて……久しぶり……だし……」
急に弱気になって毛布に顔を埋めてしまうカーラの様子に、アレックスは呆れたように、しかし愛おしそうに声を立てて笑った。
「貴方は鋼鉄のロボだって倒せるし崩壊寸前のビルも直せるのよ、デートくらい軽くこなせるわ」
「僕的には〜60点だけどね。彼、チャラそうだし」
カイリが実に辛口な男側の評価を下すと、カーラはさらに声を潜め、周囲を見回してから衝撃の事実を告白した。
「彼、グラントさんの息子なの」
「冗談でしょ?」
「マジ?」
「マジのマジ……」
二人の完璧にハモった驚愕の反応に、カーラはますます不安を募らせ、頭を抱える。
「ねぇ、デートが上手くいかなかったら会社に居づらくなるとか…」
「姉ちゃん、不安なのはわかるけど失敗することばっか考えすぎだよ」
カイリが呆れつつも真っ当な指摘をすると、アレックスもその意見に深く同意してカーラの背中を叩いた。
「カイリの言うとおりね。まずはデートを楽しまないと」
「結果キャットが怒ったとしても…彼女の勝手よ」
「ボスの問題は私の問題だし……」
カーラが生真面目すぎる愚痴をこぼすと、カイリはアイスのスプーンを揺らしながら言った。
「姉ちゃんそこは線引きしないとね」
「無理無理、困ってる人はほっとけないもん」
頑固な姉のセリフに、アレックスは苦笑しながら宥める。
「スーパーガールの時はそれでいいわ」
「でも姉ちゃんがスーパーガールじゃない時までみんなみんなって考える必要はないんじゃない?」
カイリがそう締めくくり、リビングには再び穏やかな笑い声が戻るはずだった。
しかし、その温かい家族の時間を、突如として切り裂くように、テレビの画面がけたたましい警告音とともにニュース速報へと切り替わった。
画面に映し出されたのは、どこかの事故現場の映像だった。白煙が立ち込める中、現場に到着したスーパーガールが、あろうことか逃げ惑う一般市民たちの前に立ち塞がり、巨大な乗用車を力任せに掴み上げると、人々に向けて凶暴に放り投げるシーンが鮮明に映し出されていた。画面の中の彼女は、周囲を無慈悲に破壊し、恐怖に慄く人々を冷酷に見下ろしている。
ソファに座っていたカーラは、全身の血の気が引いていくのを感じ、恐怖に目を見開いたまま、手にしたスプーンをフローリングの床へと落とした。金属音が虚しく響く。画面の中で暴虐の限りを尽くす怪物は、間違いなく自分と全く同じ姿、同じコスチュームを纏っていた。
「これは私じゃない………」
カーラの震える呟きだけが、一瞬にして冷え切った部屋の中に、どこまでも虚しく響き渡っていた。
フールーでスーパーガールのドラマが配信されますね。たのしみ