ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate   作:青眼究極竜

16 / 16
Lost family/BIZORM

 

果てしない暗黒の深淵へと突き落とされるような感覚の後、カーラ・ダンバースがゆっくりと目を開けた時、そこに広がっていたのは見慣れたナショナル・シティの夜景ではなかった。

天を突くようにそびえ立つ、結晶体の輝きを放つ幾何学的な建造物。赤く燃える巨大な太陽。そして、大気そのものが帯びている、懐かしくも冷徹な科学の匂い。

「ここは……クリプトン星……?」

カーラは息を呑んだ。自分が身にまとっているのは、地球での私服ではなく、かつて幼い頃に着ていたクリプトン貴族の豪奢な衣服だった。

「どうしたんだい、カーラ。そんなに呆然として」

背後からかけられた声に、カーラは心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受け、勢いよく振り返った。そこに立っていたのは、あの忌まわしい故郷の崩壊と共に失ったはずの、最愛の父ゾー=エルと、母アルーラだった。二人は生きており、穏やかな、慈愛に満ちた笑みを彼女に向けている。

「お父さん……お母さん……!? そんな、まさか、あなたたちはあの時――」

「何を言っているの、カーラ。悪い夢でも見たのかしら」

アルーラが優しくカーラの髪を撫でる。その手の温もりは、あまりにもリアルだった。

(違う。これは現実じゃない。私は地球にいて、確かにあの不気味な植物に……ブラック・マーシーに襲われて……!)

カーラの脳裏に、地球での記憶が必死に警報を鳴らす。DEOの仲間たち、キャットコー・メディアの日常、そして――

「アレックス……それに、カイリは!? 二人はどこ!?」

カーラは狂ったように周囲を見回し、最愛の義姉と義弟の名を叫んだ。しかし、ゾー=エルとアルーラは困惑したように顔を見合わせるだけだった。

「アレックス? カイリ?……カーラ、それは一体誰のことだい? クリプトンにそんな名前の住人はいないよ」

「そんな……! 私の、私の大切な家族よ! 一緒に地球で生きてきた――」

「カーラ。落ち着きなさい。ここはクリプトンだ。お前はここで生まれ、ここで私たちと共に生きていく。それ以上の世界なんて、どこにも存在しないのだから」

両親の言葉が、まるで重い真綿のようにカーラの意識を包み込んでいく。

必死に抵抗しようとするカーラの精神の隙間へ、ブラック・マーシーの放つ甘く強力な催眠毒が、容赦なく、確実に侵食を開始していた。

「アレックス……カイリ……」

何度もその名を紡ごうとするが、唱えるたびに、その顔が、声が、霧の向こうへと遠ざかっていく。次第に脳内の拒絶反応は薄れ、五感の麻痺と共に、目の前の「幸福なクリプトン星」の色彩だけが鮮明に塗り替えられていく。

「そう……私は、ここに……」

抗うことを諦めかけたカーラの瞳から生気が失われ、彼女は両親の差し伸べた手を、静かに握り返した。母星を失った彼女が、心の最深部で渇飾していた「もしもの未来」のひとときが、静かに始まろうとしていた。

 

 

一方、カーラを狙った植物に**完全に巻き込まれ、一緒に絡めとられてしまったカイリ**もまた、激しい目眩と共に、困惑しながら見知らぬ異空間の中に迷い込んでいた。

そこは、カーラが見ているような温かみのある世界ではなかった。どこまでも無機質で、冷徹な結晶体に囲まれた、クリプトン星の建築物を模したような「長い廊下」だった。

「姉ちゃん! 姉貴っ!誰かいないのか!?」

カイリは焦燥感に駆られながら、出口を求めて、ひたすらその長い廊下を真っ直ぐに歩き、走り続けた。

どれほど進んだだろうか。やがて廊下の行き止まりに、巨大な**「透明な壁」**が現れた。

「これは……」

カイリは息を呑み、透明な壁に両手を押し当てた。

その壁の向こう側には、信じられない光景が広がっていた。眩い光に包まれたクリプトン星の街並み。自由で、満ち足りた世界。そしてそこには、完全に夢の世界に呑まれ、地球の記憶を忘れて両親と幸せそうに微笑み合っているカーラの姿があった。

「姉ちゃん!! 聞こえるか、姉ちゃん! 返事をしてくれ!!聞こえないのか⁉︎」

拳でガンガンと壁を叩くが、音は一切向こう側へ届かない。カーラは一度もこちらを振り返ることなく、幸せそうに笑っている。その姿に、カイリの胸が締め付けられた。

「無駄だよ。彼女の幸せはこれなんだから」

背後の暗がりから、突如として響いた冷ややかな声。

カイリは弾かれたように振り返り、鋭い眼光を向けた。

「誰だっ!?」

「誰、か……。相変わらず、自分の声も忘れてしまうほど、周りのことばかり見ているんだね」

結晶体の影からゆっくりと歩み出てきたのは、カイリと**全く同じ姿、同じ声をした「もう一人のカイリ」**だった。彼は不敵な、どこか哀れむような笑みを浮かべて、カイリを見つめている。

「お前は……誰だ!?」

「僕は君の心そのものだよ、カイリ。……見てごらんよ、あの壁の向こうを。母星を失い、ずっと孤独と責任を背負ってきた彼女にとって、あれこそが本当の幸福なんだ。そこには君も、アレックスも、最初から必要ないんだよ」

「――!」

その言葉は、カイリが普段、心の奥底に無意識に押し込めていた最大の「恐れ」を正確に射抜いていた。自分は宇宙から来た異分子であり、ダンバース家に拾われた居候に過ぎないのではないか。スーパーガールとして輝くカーラと、アレックス。その完璧な姉妹の間に、自分は本当に必要な存在なのだろうか。

「そう……かもしれない……」

カイリの口から、弱々しい本音が漏れ出た。その心の動揺を見逃さず、影のカイリは不敵に笑う。

「そうさ。だったら、君は君の幸福を手に入れていいんだ」

影のカイリが指を鳴らした瞬間、透明な壁の向こうの景色が、生き物のように歪み、別の光景へと変化した。

クリプトン星の美しい庭園。だが、そこにいるのはカーラと両親ではない。

美しく成長した大人のカーラと、そして――今よりも少し大人びた、凛々しい姿の**「成長した自分(カイリ)」**だった。

二人は互いに愛おしそうな視線を交わし、優雅に手を取り合ってダンスを踊っている。その空間には、笑顔の絶えない、あまりにも理想的で甘美な二人の時間が流れていた。

「……っ、これは……!」

「君が、心の最深部でずっと望んでいることだろう?」

「違う!!」

カイリは激しく首を振って声を荒らげた。しかし、影は冷酷にその欺瞞を暴き立てる。

「何故否定する? 君はいつも一歩引いてきた。彼女の幸福を願い、影ながら支える健気な『弟』を演じてね。……何故だい? そんなことをしたって、何一つ報われやしないのに。もっと君の持つ強大な力を、自分の欲望の為に使おうとは思わないのか? せっかく、あの銀河の帝王の血を引き継いでいると言うのに、勿体無い。君と彼女が結ばれるのが、本当の望みだろう? いいんだよ、そこにいるべきは君だ」

カイリの呼吸が激しく乱れる。

胸が引き裂かれそうだった。なぜなら、その影の言葉は完全な嘘ではなかったからだ。カイリ自身、言葉にこそしなかったものの、心の奥底で、ほんの一瞬くらいは、密かにそんな幸せな未来を夢見てしまったことがあった。しかし、それは自分という異物を彼女に押し付ける、いけない事なのだと理性で分かっていた。

「自分に正直になりなよ、カイリ」

言葉の波撃は終わらない。気づけば、暗闇から**さらに二人、三人、四人と、同じ顔をしたカイリが増殖し、彼をぐるりと取り囲んでいた。**

「ジェームズも、ウィンも、あのアダムとかいう男も、君みたいなスーパーパワーは持ってない」

「君こそが、彼女の隣に立つに相応しいんだ。望んでしまえよ!」

「違うっ!!」

カイリは耳を塞ぎ、決死の拒絶の絶叫を上げた。

「**違うっ! それは僕の、僕の押し付けだ!!**」

彼の脳裏に、偽物の夢を打ち破る、本物の記憶が鮮烈に蘇る。

幼い頃、本来愛される筈のアレックスは姉としての立場から自分に家族の愛情を取られたとアレックスがカイリを妬ましく、鬱陶しく思っていた時期があった。押入れに閉じ込められたあの暗闇の時期、いつも優しく手を差し伸べ、僕の味方になってくれたのは、他でもないカーラだったんだ。

その純粋で、温かい恩義を、自分の身勝手な欲望で塗り替え、汚すことなど絶対にできない。

「そうさ! だったらその恩を理由に、望んでしまえ!」

影たちは一斉に、さらに激しく甘い洗脳の言葉を浴びせてくる。

実は、カーラが見ている「故郷への夢」とは完全にかけ離れた、このあまりにも生々しく醜悪な欲望の迷宮――これこそが、明確な悪意の罠だった。

製油所地帯での激闘の末にウルトラマンが爆砕した「サタンビゾー」。あの瞬間、怪物の肉体から飛び散った、キリエロイドの精神寄生細胞を孕んだ微小な肉片が、カイリの肉体に密かに付着し、サタンビゾーの残骸細胞が、偶然カイリを巻き込んだブラック・マーシーの神経同調システムを逆手に取り、内側からカイリの精神を暗黒へと引きずり落とそうと、必死に洗脳をかけているのだった。

「ぐあああああああっっ!!」

サタンビゾーの怨念を孕んだ洗脳の嵐の中、カイリは頭を抱え、精神の境界線で悲鳴を上げ続けた。

 

 

現実の世界――DEOの捜査官であるアレックス・ダンバースの携帯電話が、不機嫌な音を立てて振動した。画面に表示されたのは、カイリが通う高校からの、いつもの欠席連絡だった。

「はい、ダンバースです……ええ、またですか。すみません、仕事の手が離せなくて」

手慣れた様子で通話を切ると、アレックスはため息をついた。カイリが学校をサボるのなんて、今や珍しくも何ともない。高校生としては達観しすぎていて周囲と馴染めない彼は、よく学校を抜け出してはアレックスやカーラに連絡が行くのが常だった。いつもなら「またカイリがサボったわよ」とカーラに呆れた連絡を入れるところだった。

だが、今日に限っては別の異変が重なっていた。

キャットコー・メディアのジェームズとウィンから、アレックスの元に、焦燥しきった連絡が入ったのだ。

「アレックスか!? カーラと連絡が取れないんだ。今日の重要な会議にも顔を出してないし、キャットからの呼び出しにも応じてない。あんなに真面目なカーラが出社してないなんて、絶対に異常だ」

いつも学校をサボる弟と、絶対に仕事をサボらない姉。

二人が同時に消息を絶ち、一切の通信を拒絶しているという事実に、アレックスの胸に冷たい不安が走った。

(ロードは監獄の中にいる。だとしたら……アストラやノンたちに、何かされたの……!?)

最悪の事態を想定したアレックスは、即座にDEOの完全武装部隊を編成した。カーラの正体を知るジェームズとウィンも、居ても立ってもいられずに同行を志願し、一行は緊迫した空気のまま、カーラとカイリが暮らす自宅マンションへと急行した。

「総員、突入準備!……行け!」

アレックスの合図とともに、エージェントが強固な玄関のドアを重厚なブーツで蹴り破る。銃口を構えた部隊が次々と室内に流れ込んだが、そこに待ち受けていたのは、宇宙人の伏兵による光線銃の斉射ではなかった。

異様なまでの静寂。そして、部屋中に漂う、むせ返るような植物の青臭い匂い。

「何だ……これ……」

ウィンが恐怖に声を震わせ、ジェームズが絶句する。

リビングの中央、並んで倒れているカーラとカイリの身体には、まるで巨大な蛇のように太く脈打つ、赤黒い宇宙植物の蔦が幾重にも強固に絡みついていた。植物の中心部にある、トゲに満ちた禍々しい花弁は、二人の顔と胸元を完全に覆い隠すようにしてぴったりと張り付いている。

「カーラ! カイリ!」

アレックスが叫び、必死に駆け寄って植物の蔦を引き剥がそうと手を伸ばした。しかし、その指先が蔦に触れた瞬間、植物全体が激しく硬直。それと同時に、昏睡しているはずのカーラとカイリの口から、締め付けられるような苦悶の悲鳴が漏れ出た。

「ダメだ、無理に引き剥がしちゃいけない! 触るな!」

アレックスは即座に部隊を制止した。この植物は、寄生した宿主の命そのものを人質に取っている。

### 4. DEOへの搬送とアストラの手がかり

二人の身体は、植物に絡みつかれた状態のまま慎重にストレッチャーへと固定され、DEOの本部最深部にある医療エリアへと緊急搬送された。

「ダンバース捜査官! 一体どういうつもりだ!」

医療室のガラス越しに、隔離ベッドに横たわる二人を見たハンク・ヘンショウ長官が、アレックスに向けて鋭い声を浴びせた。彼の視線は、アレックスの後ろに立っているジェームズとウィンへと向けられている。

「ここは政府の最高機密機関だ。いくらスーパーガールの知人だからとはいえ、一般人を許可なくここまで連れてくるとは、機密保全の観点から絶対に許されることではない!」

「長官、小言は後にして! カーラが正体不明の宇宙植物に寄生されて行動不能になってるのよ!? カイリまで巻き込まれて……今はお説教を聞いている場合じゃないわ!」

アレックスもまた、取り乱しそうな心を必死に抑え込みながら激しく言い返した。

ハンクは忌々しそうに顔をしかめたが、ベッドの上で緑の蔦に締め付けられ、苦しげに呼吸を繰り返すスーパーガール(そして、彼だけがその正体を知るウルトラマン=カイリ)の現実を前に、これ以上の追及を諦めて深くため息をついた。ナショナル・シティを守る主要なヒーローが2人も同時に行動不能になるなど、DEOにとっては壊滅的な危機だった。

「……ウィンと言ったな。お前はキャットコーでIT関係の仕事を強みとしているはずだ。小細工は得意だろう」

「えっ、あ、はい! ハッキングからシステム構築までなら何でも!」

「なら、今すぐDEOのサブモニターに入れ。スーパーガールが動けない今、街の監視システムと早期警戒網の維持はお前に一任する。敵がこの隙を突いて来ないとも限らん。一瞬の異常も見逃すな」

「了解です、長官!」

ウィンはジェームズと視線を交わすと、緊張に顔をこわばらせながらも、すぐに与えられたデスクへと走り、キーボードを叩き始めた。

医療チームによる迅速なバイオ解析が進められたが、もたらされた結果はあまりにも絶望的だった。植物の寄生は凄まじく、宿主の中枢神経系に直接その根を結合させており、外部から無理に剥がそうとすれば、抵抗してカーラもカイリも一瞬にして脳細胞を焼き尽くされ、命が危険にさらされる状況だった。

「内側から二人が自力で目覚めるのを待つしかないっていうの……?」

アレックスが絶望に暮れて拳を握りしめた、その時だった。

DEOの本部周辺の警戒センサーが、未知のクリプトン人のエネルギー反応を感知した。

アレックスが即座に銃を構えて医療室の外へ出ると、本部の吹き抜けのキャットウォークの上に、静かに舞い降りる一人の女性の姿があった。

カーラの実の叔母であり、反乱軍の指導者であるアストラだった。

「アストラ! よくもここに現れたわね! カーラたちにあんな植物を仕掛けたのは、あなたたちの仕業ね!?」

アレックスが銃口を向ける。しかし、アストラは戦う意志を見せず、ただ悲しげに、そしてノンへの明確な不満を隠そうともせずに言った。

「勘違いするな、地球人。あれはノンの独断だ。私はこんな卑劣な手段での勝利など望んではいない」

アストラはゆっくりと両手を挙げ、アレックスに向かって一歩進み出た。

「あの植物は『ブラック・マーシー』。ノンはスーパーガールの脅威を排除するため、それを彼女に植え付けた。……隣にいた人間の少年(カイリ)が巻き込まれたのは、ただの偶然の不運に過ぎん。ブラック・マーシーに寄生された者は、脳内に『自分が最も渇望する理想の夢』を見せられる。カーラが見ているのは、滅びなかったクリプトン星の幻影だ。時間の経過と共に夢の快楽が現実の記憶を塗り替え、宿主自身が『ここが自分の本当の居場所だ』と完全に受け入れてしまえば、二度と目覚めることはない。肉体は数日で餓死する」

「救う方法はあるの!? あるなら教えなさい!」

アレックスの悲痛な叫びに、アストラは静かに首を振った。

「外部からの物理的な除去は不可能だ。唯一の道は、宿主自身の強い意志で『これは偽物の世界だ』と夢を完全に拒絶し、内側から植物との精神結合を断ち切るしかない」

アストラはそれだけを言い残すと、マントを翻し、再び夜空へと飛び去っていった。

 

「内側から、拒絶させる……」

医療室に戻ったアレックスは、激しく思考を巡らせた。カーラが故郷への強い愛着と孤独を抱えていたことは痛いほど知っている。言葉で外から呼びかけたところで、夢の深層にいる彼女には届かない。カイリだって、どんな恐ろしい悪夢に囚われているか分からないのだ。

(なら、私が二人の夢の中に直接入って、目を覚まさせるしかない)

そう決意したアレックスの脳裏に、現在DEOの地下監獄に収監されている、マックスウェル・ロードの顔が浮かんだ。

ロード・テクノロジーを家宅捜索した際、DEOが押収した機材の中には、人間の脳波をデジタルデータに変換し、他者の精神やバーチャル空間に意識を同調させるための試作段階の「バーチャル・リアリティ・デバイス」が存在していた。

アレックスはすぐさま地下の証拠品保管庫から、ロードの発明品である複雑な電極が施されたヘッドギア型デバイスを運び出させた。

「ダンバース捜査官、正気か?」

ハンク長官が彼女の行く手を阻むように立ちはだかる。

「ロードの技術は未知数だ。ブラック・マーシーに汚染された二人の脳内にダイブするなど、下手をすればお前の意識まで巻き込まれ、二度と戻ってこれなくなるぞ」

「構いません。カーラは私の妹です。そしてカイリは、大切な私の弟です」

アレックスの瞳には、一切の迷いはなかった。

「二人が戻ってこられないなら、私が手を引いて連れ戻す。それだけです。……ジェームズ、ウィン。私の身体のバイタル管理をお願い」

「任せてくれ、アレックス。必ず連れ戻してくれ」

ジェームズが力強く頷き、ウィンもデバイスのシステムをDEOのメインフレームに同調させる。

隔離ベッドの間に置かれた椅子に腰掛けたアレックスは、自らの頭にロードのヘッドギアを装着した。両脇には、緑の蔦に覆われ、呼吸を荒くしているカーラとカイリがいる。

「システム起動します……精神同調率、上ーーーー」

ウィンのカウントダウンと共に、デバイスから激しい電子音とまばゆい光のスパークが走る。

アレックスの意識は一瞬にして現実の肉体から切り離され、大切な家族が囚われている、深く歪んだ「偽りの理想郷」の精神世界へと、真っ逆さまに飛び込んでいくのだった――。

 

アレックスの必死の説得により、カーラはついに偽りの夢を打ち破り、現実世界へと引き戻された。

医療室のベッドで弾かれたように目を開けたカーラは、激しく息を荒くしながら、大粒の汗を流していた。その身体は小刻みに震えている。虚構の世界だったとはいえ、最愛の故郷であるクリプトン星を、そして両親を再び目の前で失った悲しみが、彼女の胸を容赦なく引き裂いていた。自分にこんな残酷な仕打ちをしたノンへの激しい怒りが湧き上がる。

しかし、カーラが隣のベッドに目を向けた瞬間、その怒りは凍りついた。

そこには、未だに赤黒い宇宙植物の蔦に全身を縛られ、苦しげに昏睡し続けているカイリの姿があった。

「カイ……リ……?」

アレックスの顔からも血の気が引いていく。カーラを救えば、同じ植物に繋がれているカイリも連動して目覚めるだろうと確信していたのだ。しかし、彼の目が覚める気配はまったくない。

アレックスは怪訝に思い、カーラに尋ねた。

「カーラ、カイリはあの世界にいたの?」

「……いいえ……いな……かったわ。あの世界にはアレックスが来て、それで現実に戻れたから……。あの子の姿はどこにも……」

現実のモニターは、カイリの精神がさらに深い闇へ落ちていくのを示していた。

「私がもう一度行くわ」

アレックスが再びヘッドギアを装着しようとする。

「待て。人間がそう何度も精神ダイブに耐えられるわけがない。脳が焼き切れるぞ」

手を手錠で繋がれたマックスウェル・ロードが、厳しい声でアレックスを止めようとする。

「私が行くわ」

ベッドから立ち上がったカーラが、アレックスの手からヘッドギアを静かに受け取った。

「カーラ!? またあの虚構に戻るつもり? まさか未練が……それじゃあ私があなたを引き戻した意味が――」

「いいえ、違うの。義姉であるアレックスが私を助けてくれた。なら、今度は義姉である私が、義弟を助ける番よ。それに、私ならこれに耐えられる」

「いいや、カーラ。DEOの長官としてそれは許可できない。君はウチの大事な戦力だ。だからこうしてルールもすべて捻じ曲げて君を救った。君の不在中、ノンやアストラの連中が攻めてきたらどうなる?」

ハンク長官の冷徹な制止の言葉が響く。彼だけは、カイリの正体がもう一人のヒーローであるウルトラマンだと知っていた。だからこそ焦りもあったが、スーパーガールをこれ以上の危険に晒すわけにはいかなかった。

「長官、ごめんなさい。それでも、私は行くわ。ウィン、お願い……」

カーラは強い意志を瞳に宿し、ヘッドギアを装着した。ウィンは緊張に指を震わせながらも、メインシステムを起動する。

カーラの意識は再び現実から切り離され、カイリの囚われている精神世界へと旅立っていった。

降り立った彼の世界は、完全な混沌に支配されていた。

カーラが見ていた美しいクリプトン星とは違い、近代的な高層ビルが真っ赤な炎を上げて燃え盛り、地表は爆撃を受けたかのような瓦礫の山と化している。

カーラは激しい爆風の中を飛び回り、必死にカイリの姿を探した。

そして崩れ落ちたスタジアムの跡地を見つけた先で、2人のカイリが血を流しながら激しく殴り合っている光景を目撃する。

「カイリっ!」

カーラが叫んで駆け寄ろうとした瞬間、目の前の空間に目に見えない透明な壁が現れ、強烈な衝撃と共に彼女の行く手を阻んだ。

「邪魔しないでもらえるかなぁ?」

背後から、ぞっとするほど冷ややかな声がかかる。

「カイリ?……いえ、カイリじゃないわね!?」

「僕はカイリ・ダンバースの心の闇……もう一人の彼さ」

「そう。じゃあ、私の義弟を返してっ!」

カーラが怒りを込めて殴りかかるが、もう一人のカイリ――闇のカイリに拳は当たらず、その身体は黒い霧のように四散した。そして、再びカーラの真背後で不気味に形を成す。

「酷いじゃないか、姉さん……」

闇のカイリは自分の頬を指で啜りながら、薄汚い笑みを浮かべた。

「カイリの顔で喋らないで!」

「まあ、そこで見ててよ。姉さんは何もできないんだから。フフ……」

闇のカイリの姿が消える。

透明な壁の向こうでは、本物のカイリが力なく地面に座り込んでいた。彼の足元からは、ドロドロとした真っ黒な闇の瘴気が這い上がり、その肉体を今まさに飲み込もうとしている。

「カイリ! 目を開けて!!」

カーラは透明な壁に何度も拳を叩きつけた。しかし壁はびくともせず、己の無力さに打ちひしがれたカーラは、その場にしゃがみ込んでしまう。また家族を失うかもしれないという絶望が彼女を支配しかけた。

『諦めるな』

世界のどこからか、重厚で力強い声が響いた。声の主はわからない。

だがその瞬間、カーラの右手が金色に光り輝いた。その光の渦の中に、現実世界でカーラとアレックス、そしてカイリの3人が肩を寄せ合って笑っている、大切な家族の写真が浮かび上がっていた。

「光……」

カーラは力強く立ち上がると、光り輝く右拳を突き出した。その一撃は、絶対に壊れないはずだった透明な壁を粉々にぶち破り、彼女はついに彼の世界へと足を踏み入れた。

カーラは猛然と駆け寄り、座り込むカイリの身体を強く抱きしめた。しかしカイリの身体は冷たく、反応はまったくない。

「ここまで来るとは、褒めてあげるよ、姉さん」

背後の暗がりから、再び闇のカイリが姿を現した。

「諦めるなって言われたからね」

「そう。姉さんはどこまでも邪魔をするんだね」

闇のカイリが歪んだ笑みを浮かべると、周囲の暗闇から何人もの、全く同じ顔をした闇のカイリたちが姿を現した。カーラは意識のないカイリを守るようにその前に立ちはだかり、鋭い視線を向ける。

「姉さんが無力だってことを、教えてあげるよ」

無数の闇のカイリたちが一斉に跳躍し、空中で一つの巨大な塊へと合体していく。それはやがて、禍々しい外骨格を持つ巨大な魔人、ビゾームへと姿を変えた。

カーラはマントを翻して果敢に立ち向かったが、あまりの巨体と圧倒的な力に、スーパーガールの打撃すら全く歯が立たない。

ビゾームの巨大な腕が空を飛ぶカーラを捉え、まるで人形を持つようにその手の中に閉じ込めた。

万力で潰されるような凄まじい圧力が加わり、カーラの身体がギシギシと悲鳴を上げる。

「ああああああっっ!!」

混沌の空にカーラの悲痛な悲鳴が響き渡り、やがて彼女は激痛のあまり意識を失ってぐったりと頭を垂れた。

『おい、いつまで寝てるつもりだ?』

意識の底に沈んでいたカイリの脳内に、直接、力強く鋭い声が響き渡った。宇宙のどこかから思念体を送っている、ウルトラマンゼロの声だった。

『義姉を助けるんだろ? 今がその時じゃねぇのか?』

その言葉と、耳に残っていたカーラの悲鳴に、カイリはハッと意識を取り戻した。

目を開けて見上げると、魔人の手に握りしめられたまま、完全に気絶しているカーラの姿があった。

「姉ちゃんっ!?」

完全に覚醒したカイリは、怒りとともに虚空へ向かって手を伸ばした。

「僕の夢なんだろ? だったら、こういうことだってできるんじゃないか!?」

彼の強い意志に応えるように、眩い光を放つ物体が手元に現れた。現実世界のノイズによってハッキリとは形が見えない。だが、ウルトラマンとしての彼にはそれが何であるかが分かっていた。

それは、光を紡ぐライザーと、強大な力を宿したカプセル。

カイリは即座にカプセルを起動し、ライザーに読み込ませていく。

【ウルトラマンベリアル】

【ウルトラマン……(激しいノイズ)……】

「フュージョンライズ!!」

ノイズで名前の隠されたカプセルが光を放ち、カイリの身体は爆発的な光の奔流に包まれた。

戦場を支配していた不気味な静寂が、一瞬にして破られる。

夜空を裂く一筋の流星のような速度で、巨人がビゾームの腕に向かって突進した。無駄を極限まで削ぎ落とした冷徹なまでのスピードと、圧倒的な威圧感。

凄まじい衝撃と共にビゾームの巨体が吹き飛び、その手から解放されたカーラを、巨人は空中で静かに救出した。

真っ赤に発光するその巨体は、気絶したカーラを優しく地面へと寝かせる。

光が収まり、巨人がゆっくりと振り返った。

赤と銀、そして黒のライン。さらに月明かりに照らされたそのボディには、禍々しさとは無縁の、どこか気品を湛えた神秘的な紫の輝きが静かに宿っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ハァーーーー……」

静かに唸る巨人は、その青白く光る眼でビゾームを鋭く捉えた。

ビゾームは頭を掻きむしるようにして狂暴に突進し、強烈な蹴りを放ってくる。しかし巨人は、最小限の鋭い動きで半歩下がり、それを完全に避けた。

「ハァッ! タァッ! ファっ!」

襲いかかる爪の猛撃を、巨人は冷徹にいなし、肘で確実に受け流していく。

「ハァーーーー……ウワァァア!」

一連の動作をすべて完璧に捌ききった刹那、巨人は左腕にエネルギーを溜め、一気にその拳を叩き込んだ。

ドォン、と空間に波紋のような衝撃波が走り、ビゾームの巨体は激しく吹き飛んでいく。地面を深く引き摺り、激しい火花を散らしながら、ビゾームはどうにか体勢を立て直した。

ビゾームは身体を上へと振り上げるようにして、両手から無数の暗黒の光弾を放ってきた。

「ジェッ! ジェアッ!」

巨人は何事もないように片手を前方に翳し、迫り来る光弾をすべてガラスのように木っ端微塵に弾き飛ばす。そして、

「ンッンンンンーッ!」

胸の前で静かにエネルギーを集束させ、光線の構えをとった。そのポーズは、右腕を垂直に立て、左腕を水平に伸ばして胸の前で交差させる、逆L字の構え。

「ダァッ!」

放たれた圧倒的な光と闇の混ざり合う破壊光線が、ビゾームの胴体を真っ直ぐに直撃した。

ビゾームはその凄まじい出力の光線を受けて、絶叫しながらどんどん後方へと吹き飛んでいく。巨人の放った超エネルギーの前に、バリバリと空間自体に無数のヒビが入り始めた。

光線はビゾームの肉体を完全に消滅させ、その背後の空間ごと、悪意の洗脳を根こそぎ焼き払った。

完全に崩壊し、闇へと還っていく世界の中、落下するカーラの身体を巨人は大きな両手でそっと掬い取ると、そのまま次元を超えて現実世界へとワープした。

カイリが次に目を覚ました時、そこはDEOの医療室のベッドの上だった。

視界に飛び込んできたのは、涙を浮かべながら自分の顔を覗き込んでいる、2人の義姉の顔だった。

「カイリ……!」

2人は言葉にならない様子で、無言のままカイリの身体を強く、温かく抱きしめた。カイリはその腕の中で、静かに安堵の息を漏らした。

その日の晩、カイリとカーラは無事にマンションの自宅へと帰宅した。部屋の明かりをつけると、そこにはすでにアレックス、ウィン、ジェームズの3人が待っていた。

「やだ、みんな。わざわざ来てくれなくてもよかったのに」

カーラが照れくさそうに笑いながら上着を脱ぐ。

「来なくてよかったの? こっちは無理して高級アイスまで仕込んできたのに……なんてね」

ウィンがおどけた調子で返し、5人の間にいつもの和やかな笑い声が響いた。一通り笑い合った後、カーラが少し真面目な表情になってみんなを見つめた。

「あのね、話しておきたいの。私が見た夢のことをね……」

「カーラ、言わなくていいよ」

カイリが優しく気遣うが、カーラは首を振った。

「ううん、みんなに説明しておきたいの。どうして私がクリプトンの夢を見たのか。ここでの暮らしが嫌だからじゃ決してないの。ここのところ、私、少し寂しさを感じてたの。前にも同じことがあった。地球に来たばかりの頃……それで、当時と同じ夢をあの植物に見せられちゃったんだと思うわ。でも、私が夢から戻ってこられたのは、気づいたからよ。みんなのいる、ここが私の本当の居場所だって。家族の絆を、改めて実感したの。やっぱり、ウチが一番よ」

カーラの心からの言葉に、誰もが温かい微笑みを返した。ウィンが鋭く指を指す。

「あーわかった!『オズの魔法使い』のパクリだろ? 鋭いだろ? 僕らの友情も完全にレベルアップしたわけだしさ。僕らは最高の友達だよ!」

「ええ、チョー最高よ!」

「「イェーイ!」」

5人は一斉に手を合わせ、賑やかにハイタッチを交わした。ジェームズがキッチンから、買ってきたばかりの大盛りの餃子とアイスのカップを取り出す。

「今日は餃子パーティかな? それともアイスかな?」

「どっちもに決まってるでしょ!」

カイリが即座に手を挙げる。

「カイリ、欲張りはダメよ。あ、でも、私もなんだかちょっとお酒も飲みたい気分かも」

カーラのその一言に、ウィンの身体がピクッと硬直した。

「お酒……? あ、あはは、その話題は、ちょっと……」

ウィンは急に泳がせた視線をジェームズへと向け、ジェームズもまた、わざとらしく天井を見上げて気を逸らそうとする。その2人の明らかに不自然な態度を、アレックスとカーラの鋭い眼光が見逃さなかった。

「ちょっと、2人して一体何を隠してるわけ?」

「いやぁ〜……その……うん……」

ウィンが観念したようにマイバッグから取り出し、ドンとテーブルの上に置いたのは、1本の完全に空になったウイスキーのボトルだった。ボトルのタグには、手書きで小さく『カーラ』と書かれている。

「あーっっ!!! それ、私が大事に隠してとっておいたやつじゃないの!! 2人で飲んだわけ!? いつ!? というか、何で私の隠し場所を知っているわけ……って、まさか……カ〜イ〜リ〜!!!?」

カーラの怒りの視線が、一瞬にして義弟へとロックオンされる。

「いやぁ、姉ちゃん。ほら、あの時は2人とも目に見えて傷心だったしさ……。あ、味はすっごく美味かった……よ?」

「カイリィィィッッ!! 待ちなさーい!!」

「わあああっ、ごめんなさい!」

脱兎の如くリビングを逃げ回るカイリを、頬を膨らませたカーラが超スピードで追いかける。ウィンとジェームズが苦笑いする中、アレックスは「もう、本当にしょうがないんだから……」と呆れたように天を仰いだ。

大きな危機を乗り越えたナショナル・シティのとある部屋からは、夜が更けるまで、温かい明かりと、絶えることのない賑やかな笑い声が響き渡っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。