ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate 作:青眼究極竜
午前六時四十分。
デジタル時計が無機質な電子音を刻み始めると同時に、カーラ・ダンバースは弾かれたようにベッドから跳ね起きた。毎朝の判で押したようなルーティン。しかし、アラームを止める彼女の横顔には、ここ数日消えることのない、深い疲労の影が張り付いていた。アストラを亡くした喪失感は、地球の黄色い太陽光線をもってしても癒やすことのできない、魂の擦り傷となって彼女を蝕み続けている。
カーラが大きく息を吐きながらリビングへと向かうと、そこにはすでに先客がいた。
窓辺の狭いスペースに膝を抱え、座ったまま壁に頭を預けていたカイリが、カーラの足音に反応してゆっくりと瞼を持ち上げた。その瞳は一瞬だけ、怯えたような鋭さを見せたが、姉の姿を認識するとすぐにいつもの穏やかな弟のそれに変わった。
「……おはよう、姉ちゃん」
「おはよう、カイリ。またそこで寝てたの? ちゃんとベッドで横にならないと疲れが取れないよ」
カーラは心配そうに眉をひそめた。ブラック・マーシーの一件以来、カイリが自室のベッドで眠ることを避け、リビングの窓辺で夜を明かすことが増えているのを彼女は知っていた。カイリは「こっちの方が風が通って気持ちいいから」と笑って誤魔化したが、本当の理由は違った。
ベッドに入り、視界が暗闇に包まれると、決まってあの日の光景が蘇るのだ。マスター・ジェイラーを、その骨ごと、肉ごと、跡形もなく叩き潰したあの右拳の感触。暗闇の中で響き渡った、男の肉が裂ける鈍い音と、絶望に満ちた断片的な悲鳴。それらが呪いのようにフラッシュバックし、彼を不眠へと追い詰めていた。自分の内に眠るベリアルの凶暴な血が、暗闇の中で目を覚ますのではないかという恐怖が、彼をベッドから遠ざけていた。
カーラがキッチンへ向かうと、早朝の静寂を破って、部屋のインターホンが鋭く鳴り響いた。
二人が顔を見合わせる。カーラがドアを開けると、そこに立っていたのは義姉のアレックスだった。その手には、この時間には珍しく、地元の有名なベーカリーのロゴが入った大きな紙箱が握られていた。
「アレックス? どうしたの、こんなに早く」
「珍しいこともあるもんだね。姉貴が差し入れなんて」
カイリが窓辺から立ち上がりながら声をかけると、アレックスは少し決まり悪そうに微笑み、紙箱をテーブルに置いた。
「ちょっとね、通り道だったから。カーラ、あなたの好きなドーナツが入っているか、透視して見る?」
カーラは一瞬だけ目を輝かせたが、すぐにエックス線スコープの光を瞳に宿して箱を透過した。
「……入ってない。売り切れ。普通のプレーンのやつばっかりじゃない」
「ありがとう、でも嬉しさ半分、ってところね」とカーラが唇を尖らせると、アレックスは苦笑した。
「贅沢言わないの。買えただけでもマシなんだから」
「太るよ、二人とも」
カイリがからかうように言うと、カーラは即座に「私は太らないの! クリプトン人の代謝を舐めないで」と言い返し、さっそくドーナツを一つ手に取った。
カイリはアレックスの様子をじっと観察していた。彼女の目は少し充血しており、どこか無理をして明るく振る舞っているように見えたからだ。
「というか、どういう風の吹き回し? 姉貴がドーナツ買ってくるなんて。僕と何か賭けでもした覚えはないけど」
カイリの問いに、アレックスは一瞬だけ視線を落とし、それからカーラを真っ直ぐに見つめた。
「そういうのじゃないの。ただの、景気付け。……私そろそろDEOに向かうわ」
その言葉に、カーラがドーナツを口に運ぶ手を止めた。部屋の空気が一瞬で張り詰める。
「……私はDEOには戻らない」
カーラは拒絶の意志を明確に含んだ声で、静かに、しかし固く告げた。
「長官がアストラを殺したのよ。彼女は、私の叔母だった。もう少し時間があれば、説得できたかもしれない。陽の当たる側に、私たちの側に呼び戻せそうだったのに……」
アストラの死。その張本人がハンク・ヘンショウであると信じ込んでいるカーラの言葉は、棘となってアレックスの胸を突き刺す。アストラを本当に殺したのは、隣にいるアレックス自身なのだ。その罪悪感に耐えかねるように、アレックスは声を絞り出した。
「長官は、やるべき事をやっただけよ、カーラ。彼はこの星を守るという、あまりにも重い責務を一人で負っているの。あの状況では、仕方がなかった……」
「それでも、私なら殺さない」
カーラが遮るように放ったその一言が、リビングの隅にいたカイリの胸に、鋭例なナイフとなってグサリと突き刺さった。
(私は殺さない――)
その純粋で、揺るぎない正義の言葉がトリガーとなった。カイリの視界が突如として歪み、目の前の光景がセピア色に染まる。ハッと自分の右の手のひらに目を落とした瞬間、目の前に映ったのは、べったりと付着した、あのマスター・ジェイラーのドス黒く赤い血の幻覚だった。
脳裏に、凄まじい勢いで記憶が逆流してくる。命乞いをするように何かを叫ぼうとしたマスター・ジェイラーの顔面を、顎の骨ごと粉砕した瞬間の衝撃。理性を失い、獣のように吠えながら、男を原形を留めなくなるまで嬲り殺した自分自身の醜悪な姿。その時感じた、ベリアルの血が歓喜に震えるような、悍ましい快感の記憶がフラッシュバックする。
「――っ!?」
カイリは短い悲鳴を喉の奥で詰まらせ、激しい目眩に襲われて一歩後退した。全身から冷や汗が噴き出し、呼吸が急速に浅くなる。
「カイリ? 大丈夫?」
アレックスが彼の異変に気づき、鋭い目を向けた。カーラも心配そうに覗き込んでくる。
「ああ……うん……大丈夫。ちょっと立ち眩みがしただけ。……僕も、ドーナツ貰おっかなぁ……」
カイリは震える右の手のひらをジーンズの腿のあたりで何度も強く擦りつけ、血の幻覚を消し去るようにして誤魔化したが、手の震えは止まらない。彼は作り笑いを浮かべながら、差し出された箱からドーナツを掴み、その味も分からないまま無理やり口へと頬張った。姉の「殺さない」という言葉の光が、自分の犯した「殺戮」という闇を容赦なく照らし出し、彼を内側から引き裂きそうにしていた。
その日の晩、ナショナル・シティの平穏は突如として破られた。
始まりは、市街地の全域に及ぶ信号機の異常だった。街中の信号が、何の前触れもなく同時に全て「青」へと切り替わったのだ。交差点という交差点でブレーキの金属音が響き渡り、大型トラックや乗用車が次々と衝突し、街の交通は一瞬にして大混乱に陥った。
不穏な空気を感じ取ったカーラは、すぐにスーパーガールとして夜空へと飛び立っていった。一方、自宅に残されたカイリは、胸のざわつきが収まらず、なかなか帰ってこないカーラを心配するあまり、ついにその身に銀色の装甲を纏った。ウルトラマンとなった彼は、二次災害を防ぐために街へと飛び出し、暴走する車両を怪力で受け止め、炎上する車から人々を救い出す救助活動に奔走した。この時、彼はあくまで「ウルトラマン」という謎の超人として振る舞い、スーパーガールとは適切な距離を保ちながら救助に当たった。彼女に自分の正体がカイリであることを悟られるわけにはいかないからだ。
しかし、これはただの序章に過ぎなかった。
翌朝になると、被害は交通網だけにとどまらず、ナショナル・シティ全体を巻き込む大規模なサイバーテロへと拡大していた。主要なインフラ施設が次々と破壊され、送電網や通信網が遮断。さらに金融市場のシステムがハッキングされたことで、経済は国際的な大パニックに陥ってしまったのだ。
事態を重く見たカーラは、自分の部屋にキャットコーの同僚であり天才プログラマーのウィン・スコット、ジェームズ・オルセン、指示を待つように佇む弟のカイリの三人を取り急ぎ集めていた。
「これ、ただのハッカーの仕業じゃないよ」
ウィンが、何台ものノートパソコンを並べたテーブルに向かい、猛烈な勢いでキーボードを叩きながら言った。彼は街のシステムを麻痺させている謎のシグナルを逆探知し、その発信源である『謎の女』の居場所をパソコンの画面上で必死に追跡していた。
「どこからアクセスしてるの、ウィン?」
ジェームズが背後から覗き込む。カイリは部屋の壁に背を預け、腕を組んで静かに画面を見つめていた。ウィンが特定のコードを入力したその瞬間、突如としてすべてのモニターに強烈なノイズが走り、奇妙なシンボルマークと共に、一人の女性の顔が映し出された。
『私の邪魔をしないで、小さな人間たち』
画面の中の『謎の女』が、ウィンに直接語りかけてくる。ウィンが息を呑んだ次の瞬間、信じられない現象が起きた。パソコンの液晶画面がまるで液体のようになり、そこから青い光の粒子と共に、女の腕が、精度を保ったまま現実世界へとせり出してきたのだ。画面を突き破り、実体として室内に姿を現した『謎の女』。
しかし、その姿は到底、地球の人間と呼べるものではなかった。
映画『アバター』に登場する先住民族のような、神秘的でありながらどこか不気味な、抜けるような青い肌をした宇宙人。彼女の体表面には、緑色の発光するコードのような幾何学模様が走っている。
「なっ、何だよこれ! パソコンから出てきたぞ!?」
ウィンが椅子ごとひっくり返り、ジェームズが彼を庇うように立ち上がる。
「下がって!」
カーラが叫び、宇宙人に向かって突進した。しかし、青い肌の女――インディゴは、自身の身体をデジタルデータへと変換する特殊な能力を持ち、カーラの一撃を受け流すどころか、彼女の死角から強力なエネルギー波を放った。不意をつかれたカーラは、凄まじい衝撃と共に壁まで吹き飛ばされ、本棚が崩落してその下敷きになってしまう。
「カーラ!」
ジェームズが叫ぶ。インディゴの冷酷な視線が、次にウィンとジェームズ、そして部屋の隅にいるカイリへと向けられた。
(クソッ……みんなの前で変身するわけには……!)
カイリは奥歯を噛み締めた。ウルトラマンの装甲を纏うためのクリスタルペンダントは服の中に隠してあるが、みんなの目の前で変身すれば、自分の正体が完全に露見してしまう。
かと言って、生身のままウィンたちの前に割り込んで盾になるしかないのか。彼が覚悟を決め、一歩を踏み出そうとしたその瞬間、カーラの部屋のドアが激しく蹴り破られた。
「動くな! DEOだ!」
ハンク・ヘンショウ長官とアレックスが、宇宙人用の特殊なパルス銃を構えて室内に救助に駆けつけてきたのだ。銃口から放たれた高エネルギーの弾丸がインディゴの足元を穿つ。インディゴはチッと忌々しげに舌を打つと、再び自身の身体をデジタル回路へと分解し、転がっていたノートパソコンの画面の中へと一瞬で消え去っていった。
嵐のような襲撃が去り、崩れた本棚を押しのけて立ち上がったカーラだったが、助けに来てくれた二人を見る彼女の目は冷ややかだった。ハンク長官とアレックスは、信号機の制御装置に残されていた宇宙人の独自のシグナルを辿って、偶然この部屋に辿り着いたのだと説明したが、カーラは怪訝な態度を崩さなかった。
「私のストーカーでもしてるの? ……助けはいらないって言ったはずよ」
アストラを殺したと思っているハンクに対し、窮地を救われたにも関わらず、カーラは棘のある言葉を投げつける。ハンクは何も言わず、ただ静かに彼女の拒絶を受け止めていた。
その後、事態の深刻さから、臨時の措置としてウィンがDEO本部に招集されることとなった。地球上のテクノロジーを超越したインディゴのサイバープロトコルを解析できるのは、ウィンの天才的な頭脳だけだったからだ。
DEOのメイン管制室。
大画面に映し出されるインディゴの複雑な暗号列を前に、ウィンはキーボードを叩きながら、緊張をほぐすように言った。
「これ、イギリスの有名なSFドラマ『ドクター・フー』の第1話を見るより簡単だよ。彼女のコードには明確な規則性がある」
その言葉を聞いていたウルトラマンが、背後の暗闇から一歩前に出ながら、低く響く声で言った。ウルトラマンの正体が自分であると知っているのは、この場ではハンク・ヘンショウ――ジョン・ジョーンズだけだ。そのため、彼は完全に他人のフリをして、重々しいトーンを崩さない。
「なら、そのダーレクだがサイバーマンだかを、さっさと見つけてくれ」
ウィンは驚いたように振り返り、それから嬉しそうに目を輝かせた。まさか銀色の装甲に身を包んだ、恐れを知らない孤高の宇宙人が、自分の大好きなオタクカルチャーの話題に乗ってくるとは思わなかったのだ。ウィンは調子に乗り、ドラマに登場する悪役のセリフとポーズを真似てみせた。
「エクスターミネイト(抹殺せよ)! 了解、ボス。すぐに見つけ出してみせるよ」
ウルトラマンのマスクの奥で、カイリは小さく苦笑した。この緊迫した状況下でのウィンの変わらないノリに、少しだけ救われる思いだった。しかし、そのやり取りを少し離れた場所から見ていたアレックスの表情は切なげだった。いつもなら、こういう軽口の真ん中にはカーラがいたはずなのだ。彼女がここにいない寂しさが、DEOの空気をどこか不完全にしていた。ウルトラマンもまた、口には出さず隠してはいたが、内心ではスーパーガールの手伝いをしたい、彼女の力になりたいと強く願っていた。
しかし、ウィンの解析が進むにつれて、室内の空気は再び凍りついた。
インディゴが今まで起こしてきた交通混乱やインフラ破壊のテロ、その真の目的が明らかになったのだ。
「これ……全てのアクセスが、アメリカ軍の『マザーズ将軍』の直轄サーバーに向かってる。彼女の狙いは、これまでのテロで防衛網を麻痺させ、国家の核攻撃システムを乗っ取ることだ……!」
インディゴの目的は、核ミサイルの発射。ナショナル・シティを、いや、この国を地上から消し去ろうという恐るべき計画へとつながっていたのだ。DEOのレーダーも不吉なアラートを鳴らした。すでに一発の核ミサイルが、格納庫から発射され、青空を切り裂いて上昇を開始していた。
「ミサイルが発射されたわ!」アレックスが叫ぶ。
インディゴの追撃を何とか振りほどいたスーパーガールは、その事実を知るや否や、全速力で核ミサイルを追いかけて空へと飛び出した。
大気圏へ向けて猛烈な速度で上昇する巨大な質量。スーパーガールはミサイルの側面に回り込み、その怪力を使って力づくでミサイルの向きを変えようと試みる。しかし、最新鋭の自動照準システムが備わっている核ミサイルは、彼女がどれだけ軌道をねじ曲げようとしても、瞬時に機体のフィンを動かして軌道を修正し、元のターゲットへと飛んでいってしまう。
「ダメ、力づくじゃ方向が変わらない!」
スーパーガールの焦燥した声が通信網に響く。プライドも、ハンクへの拒絶感も、今は引きずっている場合ではなかった。このままでは街が消えてしまう。カーラは意を決して、自らDEOへの回線を開いた。
「ハンク長官、聞こえる!? ……力づくじゃ無理よ。協力しましょ!」
無線越しに、ハンク長官の深く、落ち着いた声がすぐに返ってくる。
「よく言った、スーパーガール。パニックになるな。DEOのシステムからミサイルの制御データへアクセスする。私と協力して、これを阻止するんだ」
アストラの一件以来、頑なにハンクを拒絶していたカーラだったが、街の滅亡が懸かっている今、私怨を捨てて彼の指示に従うしかなかった。
「……分かったわ。何をすればいい?」
二人が通信を交わす中、ウルトラマンはハンクの具体的な指示を待たなかった。彼の網膜ディスプレイには、ミサイルの上昇速度と軌道、テンダーな気遣いを隠したまま、スーパーガールの疲弊度が克明に表示されていた。
(待っていろ、姉ちゃん……!)
心の中でそう叫びながらも、ウルトラマンの身体から青い光線が激しく噴出する。ドォン!! とDEO本部の発着口から衝撃波を立てるようにして飛び立った彼は、ソニックブームの白い輪を背後に置き去りにしながら、ミサイルが飛ぶ高高度へと急行した。
「ミサイルに搭載されている『フライトコンピューター』を直接止めるしかない」ハンク長官の声が響く。「停止コードを私の合図と同時に手動入力するんだ」
スーパーガールは気流に煽られながらも、必死にミサイルの先端付近のハッチにしがみつき、装甲を引き剥がして内部の配線回路へと手を伸ばした。液晶パネルにDEOから転送された停止コードを入力しようとする。しかし、その瞬間、ミサイルの防衛システムにハッキングしていたインディゴが、回路を通じて強烈な高電圧のエネルギーを逆流させた。
「ああっっ!!」
強烈な電撃を浴びたスーパーガールは、衝撃でミサイルから引き剥がされ、はるか下空へと吹き飛ばされてしまった。急速に落下していく彼女の身体。その時、上空から超音速で滑空してきた銀色の影が、彼女の視界をよぎった。ウルトラマンだった。彼は落下するスーパーガールの手を空中でガシッと繋ぎ、その強い腕で彼女をしっかりと受け止めた。
「大丈夫か」
ウルトラマンは感情を排した、低く響く声で問いかけた。そこにカイリとしての甘さは一切ない。私口調を徹底し、謎の超人としての仮面を維持する。
「ウルトラマン……うん、まだ行ける!」
二人は目線を交わすと、再び同時に推進力を全開にし、猛スピードで上昇を続けるミサイルへと瞬く間に追いついた。今度はウルトラマンがミサイルの機体をガッチリとホールドし、スーパーガールが再びハッチへと手を伸ばして、一気に停止コードを叩き込む。
『システム・スタンドバイ』の文字が画面に光り、一瞬だけミサイルの推進炎が弱まった。しかし、歓喜したのも束の間、次の瞬間には画面が真っ赤に変色し、インディゴのあの不気味な顔のドット絵が浮かび上がった。
『無駄よ、愚かな超人たち。コードは書き換えた』
インディゴによって停止コードを完全に改竄され、ミサイルのフライトコンピューターは暴走。核ミサイルは完全に制御不能となり、ふたたび推進力を激しく爆発させて加速を始めた。このままでは数分後にはナショナル・シティの上空で炸裂し、何百万という命が消え去る。
ウルトラマンの脳裏に、最悪の結末が過った。彼は瞬時に覚悟を決めた。
「離れろ」
「え?」
ウルトラマンは右腕を水平に振り抜いた。彼の指先から放たれた、鋭利な光の輪――ウルトラスラッシュが、正確にミサイルの外殻を削り、そこに掴まっていたスーパーガールのホールドを強制的に切り離した。
「待って! 何をする気!?」
手を伸ばし、気流に押し流されながら叫ぶスーパーガール。ウルトラマンは彼女の制止を聞かず、通信機を通じて威厳に満ちた声で言い放った。正体を隠すため、徹底して他人のフリを通す。
「インディゴを止めろ。地上に戻り、本体を叩かなければこの悪夢は終わらない。――ここは私が引き受ける」
スーパーガールは一瞬だけ躊躇したが、ウルトラマンのその力強い言葉と、彼の仮面の奥にある確固たる意志を信じることを選んだ。
「……信じてるわよ!」
彼女は身を翻し、インディゴが潜む地上のデータセンターへと急降下していった。
一人残されたウルトラマンは、咆哮を上げながら、加速を続けるミサイルの真下へと潜り込んだ。彼の両手が、核ミサイルの巨大な噴射ノズルの縁をガッチリと掴む。超高温のプラズマガスが銀色の装甲を焼き、警告アラートが赤く点滅するが、彼はその熱さを無視した。
「おおおおおあっっ!!」
全身の筋肉を極限まで駆動させ、ウルトラマンは力づくでミサイルの機首を垂直に、さらにその上の宇宙へと向けて押し上げた。自動照準システムが狂ったように軌道を戻そうとするが、ベリアルの遺伝子がもたらす圧倒的な怪力が、それを力づくでねじ伏せる。
ミサイルはナショナル・シティの標的から完全に逸れ、大気圏を突き抜けて宇宙空間へとまっすぐに昇り詰めていった。周囲の空気が希薄になり、やがて完全な漆黒の世界へと突入する。
地球の青い輪郭が眼下に広がる安全圏。ウルトラマンは限界までミサイルを押し上げたその瞬間、機体を強く蹴り飛ばして距離を取った。直後、インディゴのタイマーがゼロを示し、核ミサイルは宇宙の静寂の中で、眩い閃光を放って見事爆発した。
凄まじい熱量と放射線、さらに宇宙空間特有の衝撃波が、ウルトラマンの身体を容赦なく襲った。安全圏での爆発だったため地上への被害は皆無だったが、至近距離で爆風を浴びたウルトラマンのバランスシステムは完全に崩壊した。
(……街は、守れたな……)
仮面の奥でカイリが安堵の息を漏らした瞬間、彼の意識は深い闇へと沈み、銀色の身体は重力に引かれるまま、地球の大気圏へと力なく落下を始めた。装甲が摩擦熱で赤く燃え上がり始める。
このままでは摩擦で燃え尽きるか、地上に激突する。そう思われたその時、燃え盛る大気の層を突き破って、一筋の金色の光が急上昇してきた。
ガシッ、と、力強い両手が、落下の途中にあったウルトラマンの右手を完璧に掴み取った。
スーパーガールだった。彼女は地上でウィンと協力し、ウイルスを流し込んでインディゴを消滅させることに成功した後、すぐに空へと舞い戻ってきたのだ。彼女はウルトラマンの身体をしっかりと抱きかかえ、落下の衝撃を殺しながら、ゆっくりと高度を下げていった。
ウルトラマンが意識を取り戻し、仮面を揺らすと、スーパーガールは悪戯っぽく笑ってみせた。
「これでお互い様、ね」
ウルトラマンは自身の正体がカイリであることを徹底して隠すため、あえてぶっきらぼうに、重みのある声で返した。ここでも私という口調のトーンを崩さない。
「……助かった、スーパーガール」
二人の完璧なコンビネーションが、ナショナル・シティを未曾有の危機から救ったのだ。DEO本部では作戦成功の歓声が響き渡り、所員たちが抱き合って喜んでいた。しかし、その歓声が収まった管制室の片隅で、アレックスは張り詰めていた糸が切れたように、静かに涙を流していた。
数時間後、DEOの医療室に戻ってきたカーラの前に、アレックスは意を決して立った。その身体は、恐怖と罪悪感で小刻みに震えていた。
「カーラ……話さなければならないことがあるの」
カーラが怪訝そうに振り返る。アレックスは涙をボタボタと床に落としながら、これまで隠し続けてきた真実を、ついに告白した。
「……アストラを殺したのは、ハンク長官じゃない。私なの」
カーラの瞳が、驚愕で大きく見開かれる。
「あの時、長官が彼女に殺されそうになっていた。私私は……あなたを守るために、彼女を止めるために、クリプトナイトの剣を刺したの。……本当のことを言えば、あなたを失ってしまうんじゃないかって、それが怖くてずっと言えなかった……!」
自分の最愛の姉が、実の叔母を殺害したというあまりにも残酷な真実。しかし、アレックスがどれほどの恐怖と苦しみを抱えていたかを知り、カーラの瞳からも涙が溢れ出した。
「長官は、私を、私の心を崩壊から守るために、自分がやったと嘘をついてくれたの……!」
アレックスの悲痛な叫びを受け止め、カーラは何も言わずに彼女を強く抱きしめた。二人の義姉妹は、お互いの涙を共有するように、静かに激しく抱き合った。そして、その様子を後ろから見守っていたハンク・ヘンショウの大きな掌を、カーラはそっと、感謝を込めて握り返した。アストラの死という悲劇を乗り越え、三人の絆が本当の意味で一つに結ばれた瞬間だった。
その温かい光に満ちた光景を、医療室の自動ドアのすぐ横、薄暗い通路の影から、ウルトラマンの姿のままのカイリが静かに眺めていた。
彼らの間にあるのは、偽りのない家族の愛だった。お互いを思いやり、罪を許し合うことのできる、陽の当たる場所の住人たちの絆。
その時、カイリの脳内に、低く温かい声が直接響いてきた。ハンク長官からの火星人のテレパシーだった。彼だけが、この装甲の中にいるのが誰なのかを知っている。
『カイリ。お前も、その正体をあの二人に明かして、こちらの光の中へ来い。隠し事のない、本当の家族になるんだ』
ハンクの言葉には、不器用ながらも彼を気遣う深い父性が込められていた。カーラもアレックスも、真実を知れば必ずカイリを受け入れるだろう。しかし、カイリは自身の右の手のひらをもう一度見つめた。そこにはもう血の幻覚はなかったが、マスター・ジェイラーを容赦なく撲殺した時の、あのベリアルの悍ましい歓喜の記憶だけは、消えずに魂に刻まれている。
自分は、彼女たちとは違う。彼女たちは「殺さない」という気高き光の住人だが、自分は怒りに任せて敵を惨殺した、汚れきった闇の血を引く存在なのだ。こんな化け物が、彼女たちの綺麗な家族の輪に入っていいはずがない。
カイリは目を閉じ、脳内で静かに返答を返した。
『いいや、長官。……私はこれからも、こうやって陰から支えていくよ』
それが、罪を犯した自分にできる唯一の償いであり、彼女たちの光を汚さないための選択だと信じて。
ウルトラマンは静かに背を向けると、歓声の残るDEOの廊下を、足音も立てずに一人で歩き去っていった。その背中には、これから始まる最悪のカウントダウンの足音が、静かに、しかし確実に忍び寄っていることを、まだ誰も知る由はなかった。