ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate 作:青眼究極竜
レイバトスクトゥーラとの死闘が幕を閉じ、ナショナル・シティに平穏が戻ってから数日。あの地獄のような戦いから無事に生還したカイリを待っていたのは、涙の和解……だけではなかった。
「はい、カイリ。特製の栄養満点プロテインスープよ。一滴も残さず飲み干すこと!」
「あと、これが今日の分のビタミン剤ね。ちゃんと全部飲むのよ」
カイリのアパートのリビング。カーラとアレックスの二人は、まるでお手本のような仁王立ちで、テーブルを挟んでカイリをギロリと見下ろしていた。
「いや、二人とも……あのね? 僕はもう本当に元気だし、ウルトラマンの回復力は人間とは違うから、そんなに心配しなくても……」
「ダメに決まってるでしょ!!」
二人の姉の声が完璧にハモり、カイリは思わず首をすくめた。
前回の戦いで、カラータイマーが消灯し、完全に光が消え果てたカイリの姿を見た二人のトラウマは、想像を絶するほど深かったのだ。その反動として、現在の二人は常軌を逸したレベルで過保護になっていた。
「いい? カイリ。これからは学校のサボりは一切禁止。急な『宇宙人の気配』とか、そういうのも全部無視しなさい。ナショナル・シティの平和はスーパーガールが守るから、あなたは絶対に動いちゃダメ」
アレックスが手帳をパチンと叩きながら、厳しい口調で制約を並べ立てる。
「アレックスの言う通りよ」
カーラも、いつになく真剣な表情で腕を組んだ。
「今回のことは療養も含めて、色々お姉ちゃんたちが管理させてもらうからね。勝手にお出かけするのも禁止、夜更かしも禁止。もちろん、ウルトラマンへの変身なんて当分お預けよ!」
「ええ……そんなぁ……」
完全に自由を奪われ、ガチガチの監視下に置かれたカイリは、ソファに深く沈み込んでため息をついた。自慢の姉たちからの愛情が、今は物理的に重すぎるほどの質量となって彼にのしかかっていた。
翌朝からは、徹底した「普通の高校生生活」が始まった。
カイリは授業中も先生の話を真面目に聞き、ノートを綺麗に取り、放課後も寄り道せずに帰宅する。これ以上心配をかけまいと、彼は誰よりも誠実に、そして静かに学校生活を送っていた。しかし、どれほど真面目に振る舞おうとも、カーラの不安が消えることはなかった。
授業が始まって10分後、ポケットの中でスマホが震える。
『カイリ、今何してるの? 教室の空気は悪くない? 換気はできてる?』
カイリは小さく溜息をつき、机の下でこっそり返信する。
「授業中だよ。空気は普通。大丈夫」
返信からわずか3分後。また震える。
『授業中にスマホ見ていいの!? 先生に怒られない? 緊張で心拍数上がってない? 今すぐ保健室に行って休んだほうがいいんじゃない!?』
「授業中だから、また後で!」
次の休み時間。廊下を歩いていると、またバイブ音が鳴り止まない。
『ねえカイリ、今日のお昼はちゃんとタンパク質摂った? 売店のパンだけじゃダメよ! お姉ちゃんがさっき届けてあげたお弁当、食べた? 冷めてない?』
「まだお昼じゃないよ。お弁当は食べてるから大丈夫!」
『本当に!? 万が一、食べてる途中でエイリアンが現れたらどうするの? すぐに逃げるのよ! 無理は絶対ダメ!』
カイリは廊下の窓から青空を見上げ、苦笑いするしかない。かつてないほどの過保護チャットの嵐。それは、姉なりの不器用で必死な「愛の証」なのだと理解しつつも、カイリは少しだけスマホを閉じて、大きく背伸びをした。
カイリがそんなチャットの嵐に耐えながら学校生活を送っている頃、DEO(特異生物対策局)本部は、かつてないほどの激震に見舞われていた。
事の発端は、レッドクリプトナイトで暴走したスーパーガールとの戦闘、そして続くレイバトスクトゥーラ戦だった。あの未曾有の危機の最中、街を守るために、ハンク・ヘンショウ長官は自身の最大の秘密を犠牲にした。多くのエージェントたちの前で、緑色の皮膚を持つ正真正銘の宇宙人――『マーシャン・マンハンター(ジョン・ジョーンズ)』としての真の姿を晒し、戦ったのだ。
「ハンク・ヘンショウ。貴様が地球人ではないという明確な証拠が集まった」
DEO本部に突如として介入してきたのは、政府の上層部が派遣したジム・ハーパー大佐、そして査問官として同行したルーシー・レーンだった。彼らは徹底的な査問の末、ハンクの擬態を完全に見破り、彼を国家への反逆者、および危険な未確認宇宙人として拘束し、独房へと連行した。
さらに、長年彼を右腕として支え、その正体を知りながら隠蔽していたとして、アレックス・ダンバースもまた、連座する形で背後に手錠をかけられてしまう。
「待ってくれ! 私はこの地球を、この国を守るために……!」
ジョンの必死の弁明も、冷徹なハーパー大佐には届かない。審問は冷酷に進み、ついに最悪の決定が下される。
「ハーパー大佐の命令だ。元長官のエイリアンとアレックス・ダンバースを、秘密組織『カドマス』の実験施設へ移送する」
カドマス――それは、宇宙人を解剖し、兵器として研究するための悪名高き闇の機関。そこへ送られるということは、二度と生きては戻れないことを意味していた。その知らせは、すぐにキャットコー・メディアにいたカーラのもとへと届くこととなる。
「お願い、ルーシー。私の話を聞いて」
その日の夕方。カーラは自身の自宅アパートに、ルーシー・レーンを招いていた。そこには、彼女の元恋人であり、カーラの良き理解者であるジェームズ・オルセンも立ち会っている。アレックスとジョンをカドマスから救い出すためには、査問官であるルーシーの協力がどうしても不可欠だった。カーラは覚悟を決めたように、ゆっくりと眼鏡を外した。
そして、そっと足を浮かせ、室内の空気の中でふわりと宙に浮き上がる。
「嘘……あなたが……」
驚愕に目を見開くルーシー。ゆっくりと床に降りてくるカーラを信じられないといった様子で見つめ、それから、隣に立つジェームズへと視線を向けた。
ルーシーの脳裏に、これまでのジェームズの不自然な行動が次々と蘇る。なぜ彼はいつも地味なアシスタントに過ぎないカーラを気にかけ、スーパーガールが危機に陥るたびに狂ったように現場へ飛び出していったのか。その答えが、今すべて繋がった。
「ジェームズがあなたを見つめる目や、あなたの元へ駆けつける姿を見るたび……」
ルーシーは乾いた声で、切なげに呟いた。「私は、彼があなたに恋をしているんだと思ってた」
「ルーシー、彼はあなたを愛しているわ」
カーラが必死に否定する。ルーシーは小さく首を振り、しかしどこか憑き物が落ちたような表情で言った。
「ええ、分かっているわ。彼はただ……あなたの秘密を守っていただけだったのね」
ずっと胸を焦がしていた嫉妬の正体が「ヒーローの秘密を守るためのもの」だったと知り、ルーシーは深く息を吐き出した。しかし、彼女は毅然とした軍の法律家としての態度を崩さない。
「でも、だからって何が変わるの? ハンク・ヘンショウ――いいえ、あの生物は不法に地球に侵入し、他人の姿を奪って政府を欺いていた宇宙人よ。私は法律に従わなければならないわ」
「彼は怪物じゃないわ、ルーシー!」
カーラは一歩前に出て、必死に訴えかけた。
「ジョン・ジョーンズは、故郷も、家族も、すべてを失ってこの地球に逃げてきたの。そして、実の父親を亡くして傷ついていた私とアレックスを救い、正しく導いてくれた。彼は私たちの、大切な父親代わりなのよ……!」
ジェームズも優しくルーシーの肩に手を置く。
「彼女の言う通りだ、ルーシー。ハーパー大佐がやろうとしているカドマスへの移送は、正義なんかじゃない。ただの抹殺だ」
「私に何ができるというの?」
ルーシーは二人を見つめ、苦渋に満ちた声を出す。「私はただの、基地の法律家よ。大佐の命令には逆らえないわ」
「あなたなら、正しいことができる」
カーラはルーシーの手をそっと握り締め、真っ直ぐな瞳で見つめた。「ハーパー大佐のやっていることが間違っていると、あなた自身が一番よく分かっているはずよ。……私一人じゃ、二人を救えない。あなたが必要なの、ルーシー。力を貸して」
カーラの魂の叫びと、ジェームズの信頼の眼差し。その二つに挟まれ、ルーシーの頑なだった心が、ついに正義の灯火によって突き動かされた。
「……分かったわ。移送の手続きに介入して、隙を作る。彼らをカドマスへなんて行かせない」
ルーシーが協力を約束した、まさにその感動的な瞬間だった。リビングのドアが激しく弾け飛ぶようにして開いた。
「姉ちゃん! アレックスたちがカドマスってところに連れて行かれるって本当!?」
飛び込んできたのは、DEOの通信を盗み見て危機を察知したカイリだった。大好きなアレックスの危機に、彼は「過保護な制約」をすべて投げ捨て、血相を変えて立ち上がったのだ。
「大変なんだろ!? 僕も行くよ! 預かったブレスレットもあるし、僕がウルトラマンとして――」
「ちょっとカイリ、ストーーーップ!!!」
ウルトラマン、という単語がカイリの口から飛び出そうになったその瞬間。
カーラは文字通り音速の踏み込みでカイリの背後に回り込むと、がばり!!! と凄まじい勢いで彼の口を両手で塞ぎ込んだ。
「んんんーーーっっ!?」
完全に声を遮られ、目を白黒させるカイリ。
「あはは、あはははは! ごめんねルーシー、ジェームズ! この子はちょっと興奮しちゃって、アニメの見すぎっていうか、その、お留守番のストレスがね!?」
カーラは引きつった笑顔をルーシーたちに向けながら、ガッチリとカイリの頭をホールドしたまま、彼の耳元へと顔を寄せた。素早く、ジェームズたちに聞こえないほどの超小声で、ピシャリと囁く。
「(ちょっとカイリ! ジェームズたちには、まだあなたの正体は話してないの! 余計な混乱を招くから、今はまだ黙ってて!)」
「んぐ、んん……!」
カーラの必死の目力に圧され、カイリは力なくコクコクと頷くしかなかった。カーラはそっと手を離すと、ルーシーの方を振り返り、アレックスたちを救うための夜の作戦へと赴いていった。
深夜。カーラとルーシーが、アレックスたちを乗せた移送車を襲撃・救出するために出払った後のアパート。静まり返った部屋の中で、カイリは一人、月明かりが差し込む窓辺に腰掛けていた。
「ハァ……。結局、僕は何もできないのかな……」
膝を抱え、夜空に浮かぶ月を見つめながら、カイリはぽつりと呟いた。
せっかく頼もしい力を貰い、希望となるブレスレットまで託されたというのに、姉たちの過保護な制約に縛られ、正体の秘匿という壁に阻まれ、最も大切な家族の危機にすら動くことができない。自分の無力さに、胸がキリキリと痛んだ。
その時だった。
――コンコン。
静かな部屋に、窓ガラスを軽く叩く音が響いた。
「え……?」
カイリがハッとして顔を上げ、窓の外を見る。そこには、夜の闇に紛れてベランダに音もなく降り立った、アレックスとジョン・ジョーンズの姿があった。
「アレックス!? 長官!?」
慌てて窓を開けるカイリ。二人の衣服は少し汚れており、DEOから脱出してきたばかりであることが一目で分かった。
「静かに、カイリ」
アレックスは少し息を切らせながらも、どこか吹っ切れたような明るい表情でカイリの細い肩に手を置いた。「カーラとルーシーのおかげで、なんとか助かったわ。……ちょっとこれから遠出することになったから、顔を見にね」
「遠出って……どういうことだよ?」
尋ねるカイリに、アレックスは真っ直ぐな瞳で見つめ返した。
「私たちはこれから、逃亡しなければならなくなったの。指名手配されちゃうから、もうこの街にはいられないわ」
「そんな……じゃあ、これからどこに……!?」
驚くカイリに、アレックスは声を潜めて嬉しそうに微笑んだ。
「カドマス研究所へ行くわ。……ジョンがハーパー大佐の記憶を読み取ったの。そこで分かったのよ。義父さん(ジェレマイア)が生きてる」
「え……!? 義父さんが……!?」
カイリは息を呑んだ。何年も前に死んだと聞かされていた、自分を心から受け入れてくれた優しい養父、ジェレマイア・ダンバース。彼が、あの恐ろしい闇の組織でまだ生きているというのだ。
「ええ。だから、探しに行かなきゃならないの。今度は私たちが、義父さんを救い出す番よ」
隣で人間の姿をしたジョンが、カイリの肩をポンと叩いた。
「政府からもDEOからも追われる身だ。隠密行動になるから、お前を連れて行くわけにはいかない。だが、完全に連絡が取れなくなるわけじゃない。何かあれば端末で連絡を取り合おう」
「そうよ。今生の別れじゃあるまいし、そんな暗い顔しないで」
アレックスはふふっと悪戯っぽく笑い、カイリの額を軽く小突いた。「あなたはここに残って、ちゃんと学校に行って、カーラを支えてあげて。……あなたには、陽のあたる場所で、普通の男の子としての幸せを生きながら、街を守ってほしいの。それが、私たちみんなの願いだから」
「カイリ。カーラと共に、この街を頼んだぞ」
ジョンが、父親のような温かい眼差しで頷く。
「……うん。分かった。義父さんのこと、絶対に見つけ出してね!」
カイリは涙を引っ込め、力強く頷いた。連絡が取れると分かれば、もう不安はない。自分には、この街で果たすべき役目がある。
「ええ、任せて。カーラに、私たちは元気で行ってくるって伝えてね」
アレックスはカイリを軽くハグすると、ジョンと共に夜の闇の中へと静かに飛び立ち、姿を消した。窓から吹き込む冷たい夜風の中、カイリは去っていった二人の背中を、今度は未来への希望を胸に、しっかりと見送るのだった。
数日後、新生DEO本部。
ハーパー大佐による強引な介入と騒乱は収まり、組織は新たな体制へと移行していた。追われる身となったハンクに代わり、持ち前の正義感と軍への影響力を買われたルーシー・レーンが、新たに長官の座に就任したのだ。
作戦室の中央で、ルーシーは凛とした表情でカーラと向き合っていた。かつてはヒーローの正体を巡って苦悩し、すれ違った二人は、今やナショナル・シティを守るパートナーとして、力強く頷き合う。
「これからも、よろしくお願いします。スーパーガール」
「こちらこそ、長官。力を合わせて、この街を守りましょう」
二人は確かな信頼を込めて、しっかりと握手を交わす。
その少し離れた場所で、ようやく姉からの「過保護なチャットの嵐」から解放されたカイリが、少し誇らしげな姉の表情を見つめながら、静かに安堵の笑みを浮かべていた。