ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate 作:青眼究極竜
「……カイリ!……カイリっ!」
意識が極限まで朦朧とする中、遠くから自分を必死に呼ぶ誰かの声が鼓膜の奥へとしみ込んでくる。
それはひどく焦燥し、今にも泣き出しそうな、しかし聞き間違うはずのない、義理の姉――カーラの声だった。
現在のカイリを包み込んでいるのは、地面に足がつかないフワフワとした奇妙な浮遊感だった。五感が極端に鈍り、世界の輪郭がぐにゃりと歪んでいくような感覚。
這うようにして、重い瞼をどうにか押し上げる。
最初に視界に飛び込んできたのは、自分を両腕でしっかりと抱きかかえ、ナショナル・シティの夜空を猛烈な速度で飛行しているスーパーガール――カーラの緊迫した顔だった。彼女のブロンドの髪が風に激しくなびき、その瞳には明確な恐怖と、弟を絶対に失わないという強い意志が宿っている。
「よかった……! 目が覚めたのね!」
カイリの身体が微かに動いたのを察知し、カーラが飛行速度を維持したまま安堵の声を上げた。
しかし、カイリの脳内は未だに、先ほどから鳴り響き続けている強烈な洗脳電波のようなものに支配されそうになっていた。思考の全域を真っ黒なノイズが埋め尽くそうとし、自意識の境界線が崩れかけている。
(……頭が、割れる……! スーツの中が熱くて、どうにかなりそうだ……!)
少しでも正気を保つため、そして現実の感覚を強引に脳に叩き込むため、カイリは思考を振り絞って着用していたULTRAMAN SUITのヘッドギアだけを解除した。
ヘッドギアは光の粒子となって解除され、剥き出しになったカイリの顔面に、夜のナショナル・シティの冷烈な風がダイレクトに吹き付けた。
「すごい汗……! 一体どうしたの!? それに街のみんなもおかしいの。一言も喋らずに、みんなロボットみたいに同じ方向へ歩いていっちゃって……!」
カーラが飛行しながら眼下に広がる異常な光景を震える声で告げる。だが、今のカイリにはそれに応えるだけの余裕は残されていなかった。額から滝のように溢れ出る冷や汗が、風に流されて夜空へと消えていく。
「……ずっと、誰かが脳みそに直接話しかけてきてるみたいだ。頭が割れそうに……痛い……っ!」
カイリは両手で頭を挟み込むようにして、激しく歯を食いしばった。
普通の人間の脳であれば、この規模と出力で放たれた絶対的な精神支配プログラム『ミリアド』の電波に接触した瞬間、一秒と保たずに自我を消去され、忠実な操り人形へと屈服していただろう。ナショナル・シティの何百万という地球人たちが、現にそうなっているように。
だが、カイリの精神をギリギリのところで踏み留まらせ、ミリアドの完全な侵食を拒絶させている防壁が、彼の肉体の内側には存在していた。
それは彼に宿る純然たる「ウルトラマンの遺伝子」。
そして――光の巨人の歴史においてすら最凶最悪の反逆者であり、圧倒的な支配者として宇宙に君臨した「ウルトラマンベリアル」の因子だった。
ベリアルの闇の因子。それは他者からの支配や隷属を何よりも忌み嫌い、自らが全てを蹂虙し支配することのみを肯定する、傲岸不遜な絶対王者の血。
(他人の作った安っぽいプログラム風情が、俺の意識を弄ろうなんて思うんじゃねえ……!)
カイリの潜在意識の底で、ベリアルの狂暴な意志が漆黒のバリアとなって荒れ狂い、ミリアドの洗脳波を激しく弾き返していたのだ。
この作戦を主導したノンは、クリプトン人だけでなく、地球にいるウルトラマンの精神をも容易に洗脳・掌握できると完全に高を括り、みくびっていたに違いない。
ノンの計算における最大の誤算。それは、この若きウルトラマンが光だけでなく、宇宙を震撼させたベリアルの血を色濃く引いていたという事実そのものだった。
とはいえ、完全な無警戒状態への不意打ちという点においては、ミリアドの電波は十分に成功していたと言える。ベリアルの因子がどれほど抵抗しようとも、脳を直接灼かれるような激痛と精神的疲弊までは相殺しきれない。
「大丈夫よ。私がついてる、絶対に死なせないから……!」
カーラは全速力で自身のアパートへと滑り込み、窓から部屋へと侵入した。そして、意識が朦朧として今にも白目を剥きそうなカイリを、優しくベッドの上へと寝かせた。
カーラはベッドの脇に膝をつき、カイリの汗ばんだ黒髪を何度も優しく撫でた。そして彼女は弟の熱を持った額に、慈愛に満ちたキスをそっと一つ落とす。
「ここで少し休んでいて。私、みんなを……街を止めてくる。すぐに戻るから」
彼女の瞳に宿る覚悟を見た。カーラはそのままアパートの窓を蹴って、再び激しい風の音とともに夜空へと飛び立っていった。
ベッドに取り残されたカイリは、カーラが夜空の向こうへと消えていく姿をぼやける視界の端で見送ることしかできなかった。彼女の気配が完全に消えると同時に、頭の中に響くミリアドの不快な洗脳波が、再び出力を強めて襲いかかってくる。
「……あ……づ……っ……」
激痛の波に耐えかね、カイリはついに抗いきれず、深い闇の底へと意識を手放してしまうのだった。
どれほどの時間が経過したのだろうか。
次に目が覚めた時、カイリの視界は驚くほどクリアだった。先ほどまで脳髄をかき回されていたかのような、あの悍ましい頭痛は嘘のように綺麗さっぱり消え去っている。
「……あれ、頭が痛くない?」
ベッドの上に上半身を起こし、自分の両手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。身体は驚くほど軽く、エネルギーが完全に満ち満ちているのが分かった。
ふと、自分の左腕に奇妙な違和感を覚え、視線を落おとす。
そこには、淡く、しかし絶対的な安心感を与える清廉な光を放ちながら、自身の腕にぴったりと装着されている神秘的なブレスレットがあった。
「コイツは……」
それは、かつてこの世界に現れ、共に死線を潜り抜けた若き最強の戦士――ウルトラマンゼロから与えられた、究極の神器『ウルトラブレスレット』だった。
どうやら、カイリの精神がミリアドの電波によって完全に破壊される直前、彼の危機に感応したブレスレットが自動的に起動し、異次元の光のエネルギーをもって、脳内に残留していた洗脳のノイズを完全に浄化・遮断してくれたらしい。
カイリはブレスレットの輝きを見つめながら、少し呆れたように、苦笑交じりに呟いた。
「コイツのおかげか。いや、助かったけどさ。もうちょい早く効果が出てきてもいいんじゃないの? 完全に気絶する前とかにさぁ」
文句を言いつつも、遥か彼方の宇宙にいる相棒からの支援に感謝を忘れるほど、カイリは薄情ではない。
「よし。コンディションは最高、全開だ」
カチリ、と意識を切り替える。カイリが精神を集中させると、光の粒子が集まり、再び冷徹なチタン合金のヘッドギアを形成した。
ウルトラマンの光のエネルギーがスーツの回路を駆け巡り、全身の装甲が眩い輝きを放つ。
ドンッ!!
カイリはカーラのアパートの床を強く蹴り、ベランダから一気に夜空へと飛び立った。マッハの速度でナショナル・シティの空を切り裂き、自慢の超感覚でカーラのエネルギー反応を捜索する。
「姉ちゃんはどこだ……。いた! あそこか!?」
高度を上げて街を見下ろしたウルトラマンの目に、信じられない戦闘の光景が飛び込んできた。
広大な広場。そこで、我を失ったように猛烈な攻撃を仕掛けている一人の女性と、それを涙ながらに防いでいるスーパーガール――カーラの姿があった。
しかも、その襲撃者の姿を見て、ウルトラマンのマスクの奥でカイリの目が見開かれる。
「……嘘だろ、姉貴!?」
そこにいたのは、クリプトナイトの有害な緑色の光を放つ、禍々しい重武装 of パワードスーツに身を包んだアレックス・ダンバースだった。彼女の瞳には一切の感情が宿らず、完全にミリアドによって魂を支配されているのは一目瞭然だった。
アレックスは容赦なくクリプトナイト製の鋭利な長刀を振り回し、実の妹であるカーラを本気で殺害しようと肉薄している。
「よせよせよせ! 姉ちゃんに姉貴も! どうしたんだよ、二人とも!?」
ドガァァァン!!
空中から超高速で割って入ったウルトラマンは、激しい衝撃波とともに二人の真っ常中へと着地した。
そして、間髪入れずに襲いかかってきたアレックスのクリプトナイトナイフを右手でガシリと掴んで受け止め、同時に、アレックスの猛攻を押し返そうと拳を突き出していたカーラの拳を、自身の左手で完璧に受け止めた。
金属と肉体が激突する、凄まじい硬質の音が響き渡る。
「カイリ……っ!? 無事だったのね!」
カーラが驚きと喜びの声を上げる。
「見ればわかるでしょ! それよりこれ、何の冗談だよ!」
ウルトラマンが防戦しながら叫び返した。
「退いて! アレックスは今、ミリアドで洗脳されてるの! あんたもさっき頭痛が凄かったでしょ!? アレの正体がミリアドだったのよ!」
カーラが悲痛な叫びを上げる。彼女の顔は、アレックスのスーツから放たれるクリプトナイトの有害な放射線のせいで青白く、見るからに体力を奪われて苦しそうだった。
ウルトラマンはすぐさまカーラの前に一歩踏み出し、彼女を背中に隠すようにしてクリプトナイトの光を遮った。
「なるほどね。姉ちゃん……とりあえずここは僕が預かるよ」
「でも、アレックスが……!」
「わかってる。姉ちゃんにも姉貴にも無茶はさせない」
クリプトナイトの影響を一切受けない特殊な身体を持つウルトラマン(カイリ)と、完全に戦闘マシーンと化したアレックスとの、哀しき肉弾戦が幕を開けた。
「というか、これどうやって洗脳解けるわけ?」
ウルトラマンは、容赦なく肉薄してくるアレックスの鋭い前蹴りを紙一重でスウェーして避けながら、背後のカーラに大声で尋ねた。
「わからない! 呼び続けるしか! 意識はあるみたい!」
「やりづらいなぁ……!」
ガキィィン!!
アレックスは一切の表情を崩さず、サイボーグのように冷徹な目で、ウルトラマンの首筋を狙ってクリプトナイトのナイフを猛烈な速度で振るう。
ウルトラマンは、相手が大切な「義理の姉」である以上、傷つけるような反撃は一切許されない。装甲の前腕部でナイフの軌道を弾き、彼女の体勢を崩しながら、なんとか最小限の力で取り押さえようと試みるが、なかなかうまくいかない。
「アレックス! 目を覚まして!」
カーラが必死に背後から声をかけ、二人がかりで動きを止めようとアレックスの背後に回り込んだ。だがその瞬間、アレックスは人間業とは思えない反射速度で反転した。
ザシュッ!!!
「あああっ!」
冷酷に振り抜かれたクリプトナイトのナイフが、カーラの腕を深く切り裂いた。緑色のエネルギーが傷口から侵入し、カーラはその場に崩れ落ち、激しい絶叫を響かせる。
「姉ちゃんーーーッ!!」
カイリの理性が、怒りで一瞬にして沸点へと達した。
ウルトラマンは凄まじい踏み込みでアレックスをカーラから力づくで引き離し、そのまま地面へと縫い付けた。
「我慢してよ」
ウルトラマンはすぐさまカーラのもとへと駆け寄り、彼女の腕に深く突き刺さったままだったクリプトナイトの破片を一気に掴み、躊躇なく抜き取った。カーラが短く「ううっ」と呻き、肩を震わせる。
ウルトラマンは、なおも機械的に立ち上がり、再びナイフを構えるアレックスの姿を睨みつけ、憤りを隠せずに吐き捨てた。
「おい姉貴、洗脳されてるとはいえ、ちょっと姉ちゃんに殺意高くない?」
すると、その場に立っていたアレックスの口から、彼女自身のものとは明らかに異なる、低く冷徹な男の声が響き渡った。
『それもこれも、お前たちの所為だ』
その不気味な声の響きに、ウルトラマンはマスクの奥の目を鋭く細める。
「誰だお前?」
背後で痛みに耐えていたカーラが、その声の主を瞬時に察知し、忌々しげに名前を呼んだ。
「ノンね……」
アレックスの肉体を媒介にし、通信を介して語りかけているのは、この『ミリアド作戦』の最高指揮者であるノンその人だった。アレックスの冷たい瞳を通して、ノンはウルトラマンを値踏みするように観察する。
『まさかブリキ男までお前の身内とはな……そのブリキ男をミリアドで手中に収めればもっと楽だったものを。なぜ貴様は屈しない?』
ノンの傲慢な問いかけに、ウルトラマンは肩をすくめ、わざと挑発するように鼻で笑った。
「そりゃ残念でしたね! 頭はガンガン痛かったけどね!」
『……小窪な。ならば、肉体ごとここで破壊するまでだ!』
ノンの意志が同調したアレックスが、信じられない出力でパワードスーツのスラスターを発動させ、ウルトラマンに組み付いた。超近距離での激しいもみ合い。ウルトラマンは彼女を傷つけないよう、関節を極力外したホールドを試みる。
しかし、アレックスは躊躇を一切排除された操り人形だ。彼女は自身のスーツの破損すら厭わない強引な動きで腕をくねらせると、隠し持っていたもう一本のクリプトナイトナイフを、ウルトラマンの肩のアーマーの僅かな隙間に、目にも留らぬ速さで突き立てた。
グサッ!!!
「イッつ……」
チタン合金の隙間をすすり抜け、生身の肉体にまで強烈な刃が達する。ウルトラマンの口から痛烈な呻き声が漏れた。
「カイリっ!」
カーラが悲鳴のような声を上げる。
アレックスは一切の手加減なく、突き刺したナイフの柄を両手で掴むと、ウルトラマンの傷口をさらに広げるように、肉の奥で刃を力任せに回した。装甲の隙間から、カイリの鮮血が溢れ出す。
「いってぇなぁっ!!」
あまりの陰湿かつ容赦のない激痛と、大切な家族の肉体をここまで玩具のように弄ぶノンへの、純粋な怒り。ウルトラマンは痛みを力づくで無視し、ナイフを掴んでいたアレックスの手首を掴み取ると、半ば条件反射的に、強烈な裏拳を彼女の胸部装甲へと叩き込んだ。
ドッゴォォォン!!!
パワードスーツの強固な胸部プレートに大きな亀裂が入り、アレックスの身体は凄まじい勢いで後方へと吹き飛んだ。そのまま瓦礫の山に激突し、激しい土煙が舞い上がる。
「あ、わざとじゃないんだけど姉貴……」
ウルトラマンは自身のright拳を見つめ、即座に激しい後悔に襲われた。いくら頑丈なパワードスーツを着ているとはいえ、生身の地球人であるアレックスに、今の怒りに任せた一撃はあまりにも危険すぎた。
しかし恐ろしいことに、ノンに操られたアレックスは、胸の装甲からバチバチと火花を散らしながらも、まるで痛みを感じないかのように、再びゆっくりと機械的な動作で立ち上がってきた。だが、洗脳は解けない。
ウルトラマンが肩から血を流し、カーラが傷ついた腕を押さえる。絶体絶命とも言える、悲劇的な家族の殺し合い。
その硬直した戦場に、突如として激しい風を巻き起こしながら、一機のDEOの飛行艇が滑り込んできた。
ハッチが勢いよく開く。そこから姿を現したのは、ジョン・ジョーンズ(マルシアン・マンハンター)だった。そして、彼の傍らには、信じられない人物が付き添われていた。
カーラとアレックスの養母であり、カイリにとっても大切な育ての親である、イリザ・ダンバースだった。
「アレックス、もうやめて! 操られちゃダメ!」
イリザは、火花を散らしながら再びナイフを構えるアレックスの前に、一切の恐れを抱かずに進み出た。
その場にいる4人――イリザ、ジョン、カイリ、そしてカーラの全員が、アレックスの本当の心に届けと、必死に呼びかけを始める。
イリザは一歩、また一歩と、娘の持つ鋭利な刃に向かって歩みを進める。
「あなたに、カーラも、カイリも殺せないわ。あなたは一番強い。パパはいつもそう言ってた、きっと今もあなたを見守っているはずよ。パパはあなたを信じていたわ。私も信じてる。あなたはアレックス・ダンバースよ。その事実は変えられない、だからどうか目を覚まして」
「姉貴っ! 戻ってこい!」
ウルトラマン(カイリ)もまた、マスクの奥から声を張り上げた。自分を本当の弟として受け入れてくれた、大好きな姉の魂に届けと声を絞り出す。
「ママ……?」
ガシャリ、とナイフの先が地面に落ちた。
アレックスの虚ろだった瞳に、微かな、しかし確かな人間の感情の光が揺らめいた。彼女の脳内でせめぎ合っていたミリアドのプログラムが、家族への強烈な愛の記憶によって完全に瓦解していく。
「ああ、私ったらなんてことを……」
正気を取り戻したアレックスは、自らの意思でパワードスーツのメイン電源を完全に落とした。緑色のクリプトナイトの光が消え去り、静寂が広場を包み込む。
重いアーマーを脱ぎ捨てるようにして、アレックスはその場にへたり込んだ。
「立てる?……本当にごめんなさい! ああ…カイリも肩から血が……」
アレックスは涙を流しながら、カイリの傷口を見て顔を青くした。
ウルトラマンは安心させるように集中を解いてヘッドギアを光の粒子へ還し、いつもの少年の笑顔を見せた。肩の傷口からは未だに血が流れていたが、彼はそれを片手で拭う。
「こんくらいはかすり傷」
「カイリ……!」
イリザが、アレックスが、カーラが、4人で強く抱き合った。
最悪の精神支配兵器『ミリアド』は家族の絆、彼らは自らの力で、愛という名の絶対的な光の前には敵わなかったのだ。
ナショナル・シティの夜明けは近い。だが、ミリアドの脅威が完全に去ったわけではなかった。カイリは姉たちの温もりを感じながら、次なる決戦に向けて、静かにその闘志を燃やすのだった。