ウルトラマンブライト ULTRAMAN bloody fate 作:青眼究極竜
ナショナル・シティの夜景は、いつ見ても宝石をひっくり返したかのような眩い輝きを放っている。その絶景が最も美しく見渡せる、郊外の静まり返った丘。冷たい夜風が吹き抜けるその場所に、メディアの女王キャット・グラントは立っていた。
彼女は仕立ての良い高級コートのポケットから、小さなボイスレコーダーを取り出し、不敵な笑みを浮かべて録音スイッチを入れる。
その視線の先――地上から数メートルほど、重力を忘れたかのようにフワフワと宙に浮いた状態で、赤と青のスーツを纏ったスーパーガールことカーラ・ダンバースが、腕を組んで滞空していた。普段、会社ではただの冴えないアシスタントとして彼女の理不尽な命令に這いつくばっている相手だ。カーラは染み付いた力関係からくる緊張を必死に押し殺し、ヒーローとしての毅然とした態度を保とうとキャットを見下ろす。
キャットの鋭い、すべてを見透かすような眼光がカーラを射抜いた。
「何者なの?」
「貴方によれば スーパーガールよ。質問があるんでしょ?聞いて、答えるから」
キャットは不敵に目を細め、手元のレコーダーを少しだけ突き出す。
「出身は?」
「地球から遠く離れた惑星の……」
「クリプトン星ね」
キャットが先回りしてその名を口にする。すでにメトロポリスの英雄によって世間に知られている、滅びた星の名だ。
「ええ、故郷が滅ぶとき両親は安全な地球へと逃した」
「どこかで聞いたようなはなしだわ。」
キャットは退屈そうに肩をすくめた。偉大な先駆者と全く同じ生い立ち。新味のない物語に、メディアの女王は冷ややかな視線を向ける。
「これは私の話よ。」
カーラはきっぱりと言い返した。自分を一人の独立した存在として見てほしいという、譲れない自負が彼女の声を強くする。
「じゃあスーパーマンと同じようなことができるの? 空を飛べて怪力でを吹きかけて凍らせる」
「まだ最後のは練習中だけど」
つい口を突いて出た微かな弱音。キャットというプロのジャーナリストが、その隙を見逃すはずもなかった。
「ああ、彼のレベルには達してないと。」
侮るようなキャットの物言いに、カーラの心の中でカチリと何かが弾けた。いつも会社で受けている理不尽な評価が、このヒーローの姿の時にまで重なっていく。
カーラは青い瞳に熱を溜めると、両目から鮮烈な赤い熱線を放った。
ジジジジッ! と、キャットのヒールのわずか数センチ手前のアスファルトが真っ赤に融解し、焦げた煙が立ち上る。
ヒートビジョンをキャットの足元に放つ。
キャットは一瞬だけ目を見開いたが、取り乱すこともなく、ただ面白そうに足元の焦げ跡を見つめた。カーラは少しだけ挑戦的な視線を送る。
「そうは言ってないけど」
「だったら何故今頃現れたの?」
「質問の意図がわからない。」
「だから、何年も地球で暮らしてるなら何故最近人助けを始めたのかよ?2年前の地震の時は何処にいたの?それに去年の9月に8人が亡くなった山火事の時にも……」
過去の悲劇を容赦なく引き合いに出され、カーラの胸に鋭い痛みが走る。今まで力を隠し、ただの人間として生きることを強要されていた日々の葛藤。本当は助けたかった、けれど動けなかったという罪悪感が、彼女の心を抉っていく。
「軽い気持ちでできることじゃない…覚悟が必要よ」
カーラは必死に声を震わせながら、それだけを絞り出した。
「結婚やご出産のご予定は?」
キャットはまるで世間話でもするかのように、トーンを軽くして次の質問を放つ。
その瞬間、カーラの胸を鋭い不快感が貫いた。
それは単なるプライベートへの踏み込みに対する嫌悪ではない。相手が男性のスーパーマンであれば、記者の誰もが絶対に口にしないであろう質問。自分を一人前のヒーローとしてではなく、スーパー「ガール」という枠に当てはめ、偉大な従兄の単なるおまけのように軽んじ、値踏みしてくるメディアの悪意を、彼女は敏感に察知したのだ。
「従姉弟には誰もそんな質問しないのに………っ⁉︎」
あまりの悔しさと怒りに、カーラは勢い任せに叫んでしまい、直後に自分の口を両手で強く押さえた。
だが、口から飛び出した決定的な単語は、深夜の静まり返った丘にあまりにも明確に響き渡ってしまっていた。
キャットの目が、獲物を完全に捕らえた猛禽類のようにギラリと輝く。
「スーパーマンは従姉弟なの?」
「インタビューは終わりっ!」
パニックに陥ったカーラは、これ以上の追及から逃れるように、背中のマントを激しく翻して夜空の彼方へと猛スピードで飛び去っていった。その急上昇の猛烈な風圧が、キャットの髪とコートを激しく揺らす。
キャットは遠ざかる赤と青の光の尾を見上げながら、レコーダーに向けてまだ大声で叫んでいた。
「ちょっと待って街で人助けをしてない時は何をしてるわけ?昼間は何処かに勤めてるの?」
その問いに答える者は、もう夜空のどこにもいなかった。
丘に残されたキャット・グラントは、手元のレコーダーを愛おしそうに見つめると、勝利を確信した不敵な笑みを深く、深く浮かべた。
「スーパーマンのいとこ……。素晴らしいわ、これ以上ない大スクープよ」
女王の冷徹な一言が、翌朝の街を、そしてキャットコー・メディア社内で働くカーラ自身の日常を、文字通りひっくり返すことになる。
翌朝、ダンバース家のアパートメント。
まだ夜が完全に明けきらない時間だというのに、カーラは顔を真っ青にしながら、いつも以上の猛スピードで出社の準備を整え、文字通り弾丸のように部屋を飛び出していった。
一人残されたカイリは、やれやれと首を振りながらソファに腰掛けた。
彼は自分のタブレットを開き、毎朝のルーティンであるソーシャルゲームのデイリーノルマを淡々とクリアしていく。画面のタップ音だけが響く静かなリビングで、彼は何気なくリモコンを操作し、壁掛けの大型テレビの電源を入れた。
画面が点灯した瞬間、ローカルニュースのキャスターが興奮気味に絶叫している声が響き渡る。
『――たった今、入った衝撃のニュースです! 昨夜、我がメディアが誇るキャット・グラントによる独占インタビューにより、あのナショナル・シティの謎の英雄『スーパーガール』の驚くべき素性が明らかになりました! 彼女の口から語られたその真実とは、なんと、メトロポリスの不滅の英雄――スーパーマンの『いとこ』であるということでした!』
「ブッ……!!」
カイリは口に含んだばかりのコーヒーを、ローテーブルの上に派手に吹き出した。
普段の達観した冷静さは完全に吹き飛び、咳き込みながらテレビ画面を凝視する。画面には「SUPERMAN'S COUSIN!?」という巨大なテロップが躍っていた。
「あのバカ姉ちゃん……何やってんだよ……!」
カイリは急いでスマートフォンをひったくるように掴むと、メッセージアプリを開き、カーラのアカウントへ怒涛の勢いで問い詰めのチャットを打ち込んだ。
『従姉弟ってバラしたの?』
わずか数秒で、既読がつく。キャットコー・メディアの社内で、デスクの陰に隠れてスマホを握りしめているであろうカーラの、情けない顔が目に浮かぶようだった。
『そう、彼女の口車に乗せられてね。気づいたら言っちゃってたの……』
カイリは額を押さえ、深いため息をついた。
『あちゃー、バカすぎる……。姉貴に知られたら本当に殺されるよ、これ』
『それよりもカイリ、まだ家にいるの? もうすぐ遅刻でしょ、早く登校しなさい!』
カーラからの苦し紛れの話題逸らしの返信を見ながら、カイリは渋々通学カバンを肩にかけ、アパートのドアを閉めた。街へ出ると、ビルに設置された巨大な街頭ビジョンも、すれ違う人々が広げる新聞も、すべてが「スーパーマンのいとこ」の話題で持ちきりだった。
歩道を歩きながら、カイリは再びスマホの画面に目を落とし、親指を動かす。
『歩きスマホ?』
画面の向こうから、まるで見ているかのようなタイミングでカーラのメッセージが届く。カイリは呆れながら、ちょうど滑り込んできた電車の座席に腰を下ろした。
『もう座った。』
『よろしい。ちゃんと今日はサボらずに授業を受けなさいね。お姉ちゃんとの約束よ』
『はーい』
カイリは適当な返事を打ち込んでスマホをポケットにしまい、窓の外を流れるナショナル・シティの景色を見つめた。姉が世界の中心で注目を浴びれば浴びるほど、その影に潜む「何か」が動く。成層圏でベムラーを撃破したあの夜から、カイリの肌は、常に不穏な微振動を感知し続けていた。
その日の午後。
世界中の注目を浴びて浮き足立つカーラだったが、彼女の裏の顔である特異生物対策局(DEO)の本部では、全く異なる空気が流れていた。
本部の巨大なメインモニターには、ナショナル・シティの中心街の大通りで発生した、大型車両が複数絡む凄まじい事故災害の映像がリアルタイムで映し出されている。横転したトラックから激しい炎が燃え上がり、周辺のビルにも黒煙が這い上がっている深刻な状況だった。
気難し屋のハンク・ヘンショウ長官は、腕を組んだまま画面を見つめ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……地元警察でも対応できるだろう」
ハンクがそう言ってモニターから振り返ると、先ほどまでそこに立っていたはずのスーパーガールの姿は、すでに跡形もなく消え去っていた。
隣にいたエージェントが、呆れたように肩をすくめる。
「あの娘、一目散で飛んで行きましたよ」
「……相変わらず規律のないことだ」
ハンクは忌々しそうに呟いたが、現場へ急行した彼女を止める術はなかった。
キャットの目を盗んで会社の屋上へと駆け上がり、衣服を脱ぎ捨ててスーパーガールとなったカーラは、音速を超えて現場へと直行していた。
現地は悲惨極まりなかった。押し潰された乗用車の中から人々の悲鳴が聞こえる。スーパーガールは空中から颯爽と舞い降りると、自慢の怪力を活かしてトラックを軽々と持ち上げ、逃げ遅れた人々を迅速に救助し始めた。
「皆さん、落ち着いて! もう大丈夫です!」
カーラが市民を避難させようとした、その時だった。
背後の空間が、凄まじい高熱のエネルギーによって爆発した。
「――見つけたぞ、スーパーマンのいとこめ」
炎と煙の向こうから歩み出てきたのは、全身を無骨で異様な重金属のパワードスーツで包んだ男――リアクトロンだった。その胸の中央には、禍々しい緑色の光を放つ原子力リアクターのコアが狂ったように回転している。
メトロポリスでスーパーマンに執念を燃やすテロリストが、今度はそのいとこである彼女を標的に定めて現れたのだ。
「お前が奴の血縁ならば、まずはその身体を引き裂いて、奴への復讐のプロローグとしてやろう!」
「な、何者なの……っ!?」
スーパーガールが身構えるよりも早く、リアクトロンの胸のコアから、極大の放射能エネルギー光線が放たれた。空間を歪ませるほどの高熱線。カーラはそれを回避できず、胸元にまともに喰らってしまった。
「ああああああっ!?」
無敵の肉体を持つクリプトン人であるはずの彼女が、そのエネルギーのあまりの毒性と衝撃に悲鳴を上げ、数十メートルも吹き飛ばされてアスファルトの地面に激しく叩きつけられた。スーツの胸元が焼け焦げ、生々しい痛みが彼女を襲う。
(ダメよ……っ! 私が退いたら、ここにいる街の人たちがみんな殺されちゃう……!)
カーラは痛む身体を無理矢理奮い立たせ、ふらつきながらも立ち上がった。だが、リアクトロンが放つ放射能エネルギーの奔流は、クリプトン人の細胞すら徐々に蝕んでいく。近づくことすら困難な、圧倒的なエネルギーの壁の前に、スーパーガールは完全に苦戦を強いられていた。
「死ね、異星人の小娘が!」
リアクトロンがとどめの光線を放とうと、胸のコアの出力を最大に引き上げた。
その瞬間、上空からまばゆいばかりの赤と黒の閃光が突風とともに降り立った。
ドガァァンッ!!
アスファルトを粉砕して現れたのは、銀と漆黒の装甲を身に纏い、青い瞳を輝かせる等身大の戦士だった。
「な、何だ貴様は……!?」
驚愕するリアクトロン。
装甲の内で、カイリは苦しむ姉の姿を見て焦り、変声機能を通しながらも思わず素の口調を崩しかけ、慌てて声を張り上げた。
「ぼ……私は…ウルトラマンだっ!」
「ウルトラマンだと⁉︎ スーパーの次はウルトラかぁ⁉︎」
リアクトロンは吐き捨てるように叫ぶと、怒りに任せてその胸のコアから、ウルトラマン目がけて凶悪な熱線を照射した。
しかし、ウルトラマンはその光線を避けるどころか、スーパーガールを背中に庇うようにして、大胸筋を大きく張り、正面から仁王立ちで受け止めた。装甲の表面で激しく火花が飛び散る。だが、極限まで高められたULTRAMAN SUITの堅牢な防御性能とカイリの強靭な踏ん張りは、その地球製の放射能エネルギーを完全に遮断し、ミリ単位の後退すら許さない。
ウルトラマンはフッ、と息を吐くと、左手を大きく一閃させ、浴びせかけられていた光線の奔流を一気に横へと払い飛ばした。
「無駄だ、私にはその程度の出力のエネルギー光線は効かないっ!」
「ぬ、何だと……っ!?」
狼狽するリアクトロンに対し、ウルトラマンはすぐさま背後のスーパーガールへと鋭く指示を出した。
「今のうちに、市民の避難活動を!」
「え、あ……うん、わかったわ!」
カーラはその圧倒的な存在感に気圧されながらも、怪我人を抱えて即座に安全な場所へと飛び去った。
ウルトラマンはリアクトロンに向き直る。相手にこれ以上の攻撃を許すつもりはなかった。彼は体内のエネルギーを左腕へと集中させると、指先から実体化させるように、激しく回転する光の刃――八つ裂き光輪(ウルトラスラッシュ)を発生させた。
フリスビーを投げるような滑らかなモーションで、ウルトラマンはその左手の光輪をリアクトロンに向けて放った。
キィィィィン!! と空間を引き裂く高周波音。
「何っ!?」
リアクトロンが防壁を展開しようとしたが、光輪の速度が遥かに上回っていた。光輪は正確にリアクトロンの胸の装甲へと直撃し、凄まじい金属摩擦の火花を激しく散らせた。
「グアアアあっ!?」
直撃の衝撃で、胸の原子力リアクターの制御回路に致命的な不調がもたらされる。コアの輝きが不規則に点滅し、エネルギーの供給が完全にストップした。光線を発射できなくなったリアクトロンは、自らのスーツの破損を察知し、悔しげに声を漏らした。
「おのれ……ウルトラマン……! 覚えていろ!」
背中のスラスターを無理矢理起動させ、リアクトロンは煙を吹きながら、這う這うの体でその場から空へと撤退していった。
静寂が戻った大通り。
避難活動を終えたスーパーガールが、空からゆっくりと降り立ってきた。彼女の表情は、助けられたことへの感謝よりも、どこか焦燥感に駆られているように見えた。
「ありがとう、ウルトラマン……。でも、助けがなくても、私一人で十分にやれたわ!」
その言葉は、自分の存在証明を必死に守ろうとする、意地のような響きを帯びていた。
ウルトラマンのバイザーの奥で、カイリはそんな姉の痛々しいほどの強がりを、静かに見つめていた。そして、低く落ち着いた声で、そっと言葉を返した。
「一人でやれても、二人ならもっと上手くできると思ったんだけどな……」
「え……?」
カーラがその言葉の意味を足元を見つめながらそっと咀嚼するよりも早く、ウルトラマンは背中から赤と黒のオーラを噴出させ、警察のヘリや追手が到着する前に、音速を超えて夜空の彼方へと飛び去っていった。
命からがら、衣服を着替えてキャットコー・メディアの社内に戻ったカーラを待っていたのは、深刻な顔をしたウィンと、そしてもう一人、スーパーマンの親友であり、メトロポリスから転勤してきたばかりの高名なカメラマン、ジェームズ・オルセンだった。
「カーラ、こっちだ! 早く!」
ウィンが彼女の手を引っ張り、会社の使われていない古い地下の物置部屋へと案内した。
ドアを開けると、そこは驚くべき空間に変貌していた。ウィンがどこからか勝手に持ち込んできた複数の高解像度モニターや最新のクアッドコアのタワーPC、複雑なハッキング機材が手際よく配置され、完璧な臨時の「作戦室」が作り上げられていたのだ。
「凄い……ウィン、これ全部あなたが?」
「当然さ! 街の全ての交通カメラと警察無線をハッキングして、あの『リアクトロン』とかいう歩く原子炉の動向を追っているよ。僕の技術を舐めないでほしいな」
ウィンは得意げにキーボードを叩く。
しかし、その傍らに立つジェームズの表情は暗かった。彼はカーラの焼け焦げた服の袖を見つめ、真剣なトーンで口を開いた。
「カーラ、リアクトロンは危険すぎる。奴はメトロポリスでも何度もテロを起こし、そのたびにクラーク――スーパーマンと死闘を繰り広げてきた男だ。君一人で抱え込める相手じゃない。今すぐ、彼に連絡を取って助けを呼ぶべきだ」
ジェームズがポケットから、スーパーマンを呼び出すための特殊な信号器(高周波ウォッチ)を取り出そうとする。だが、カーラはそれを強い拒絶の目で遮った。
「ダメよ、ジェームズ! 絶対に彼を呼ばないで!」
「どうしてだ? 君の命がかかっているんだぞ!」
「私は、私の力でこの街を守り抜きたいの! 街の人たちに、キャットに、そして世界に証明したい。私は誰かのおまけのヒーローじゃないって。いつも、いつまでも彼の大きな影の中に隠れているわけにはいかないのよ!」
カーラの悲痛な叫びに、物置部屋は静まり返った。彼女の瞳にあるのは、従姉弟への嫉妬ではなく、一人の自立した大いなる存在としての、譲れない誇りだった。
同じ頃。ナショナル・シティ近辺の上空、雲海のさらに上。
太陽の光が沈みゆく成層圏の手前で、二つの超然たる影が、静かに相対していた。
一人は、青いタイツに赤いマントを翻し、胸に「S」の紋章を掲げた地球最強の英雄――スーパーマン。
そしてもう一人は、銀と漆黒の装甲を纏い、青いバイザーを冷たく輝かせる戦士――ウルトラマン。
「……私のいとこを助けてくれて、ありがとう。心から感謝する」
スーパーマンが、その包容力に満ちた、しかし絶対的な質量を持つ声で語りかけた。
「貴方が…スーパーマンか……。あえて光栄だ」
クラークの話は何度か姉たちから聞いていたが実際会ったことはなかったカイリ、目の前の「生ける神話」に対して、確かに敬意を抱いていた。しかし、その声に怯えは一切ない。
スーパーマンは青い瞳を細め、ウルトラマンの全身から放たれる、どこか禍々しくも統制されたエネルギーを鋭く分析していた。
「ウルトラマン……だったか。君から悪意や破壊の意志を感じないのは、行動でもよく分かる。だが、君の真の目的は何なんだ? 君ほどの強大な力が、なぜこの街にいる?」
「目的……」
ウルトラマンは自らの拳を見つめ、静かに、しかし断固としたトーンで言い放った。
「家族を守る。それだけだ」
「家族……? それは一体、誰のことだ?」
「私……、僕はただ、姉ちゃんを……」
カイリはついつい口調を崩しかけ、首を振った。
「いや、これは自分で彼女に話すべきでしたね。スーパーマン、少し時間はあるだろうか?」
「ああ…………」
スーパーマンは何かに気づいたようだがすぐにその考えを振り払った。
ウルトラマンは静かに戦闘の構えをとる。
「少し、胸を借りたい」
その言葉には、自分の血の宿命に立ち向かうための、そして大切な者を守るための、確かな「覚悟」が込められていた。スーパーマンはその少年の覚悟の重さを正しく汲み取り、優しい微笑みを消して、不滅の英雄としての構えを取った。
「わかった……。来なさい、ウルトラマン」
「ハァッ!!」
次の瞬間、ウルトラマンとスーパーマンが、大気を爆裂させながら正面から激しく激突した。
拳と拳がぶつかり合うたび、成層圏の雲海が巨大な同心円状に吹き飛んでいく。スーパーマンの圧倒的な力に対し、ウルトラマンはベリアルの凶暴な本能と洗練されたスーツの機能で互角に渡り合う。その純粋な力の証明、互いの魂を確かめ合うかのような刹那の死闘。
しかし、数分間の激しい打ち合いの後、スーパーマンが突然、鋭い動作でその拳を止めた。「待った」をかけるように、彼の手がウルトラマンの攻撃を制する。
スーパーマンの耳(超聴覚)が、遥か地上からの緊急のSOSを捉えたのだ。
「……リアクトロンが動いた。カーラが危ない」
スーパーマンはウルトラマンに短く目配せをすると、音速の数十倍の速度で地上へと急降下していった。ウルトラマンもまた、その背を追って、赤い流星となって夜空を切り裂いた。
リアクトロンは先ほどのウルトラマンとの戦闘で、胸の原子力コアとスーツの制御系に深刻なダメージを負っていた。自力での修復は不可能と判断した彼は、街で最も有名であり、同時に傲慢な天才科学者として知られるマックスウェル・ロードの技術研究所を強襲。警備員を惨殺し、ロードを力ずくで誘拐した。
「このスーツを今すぐ修理しろ。さもなければ、お前の高価な頭脳をここにぶちまける」
放棄された古い化学工場に連行されたロードは、リアクトロンの脅迫に恐怖で顔を青ざめさせながらも、生き残るために必死でスーツの修理とパワーアップの調整に取りかかっていた。
ウィンの作戦室のハッキングにより、その潜伏先が特定された。
「見つけたぞ! 郊外の第4廃棄工場だ!」
「すぐ行くわ!」
スーパーガールは即座に現場の工場へと飛び込み、天井を突き破ってエントリーした。
「そこまでよ、リアクトロン!」
カーラは持ち前の俊敏性を活かし、リアクトロンが身構えるよりも早く、捕らえられていたマックスウェル・ロードの拘束を破壊し、彼を工場の外へと安全に逃がすことに成功した。しかし、最悪なことに、リアクトロンのスーツの修理、そして核出力の「限界突破」の調整は、すでに完了していたのだ。
「遅かったな、小娘! 今の私は、スーパーマンすら焼き尽くす出力を得た!」
パワーアップしたリアクトロンの攻撃は、先ほどとは比較にならないほど苛烈を極めた。
胸のコアから放たれるのは、ドロドロとした純粋な熱核エネルギーの波動。工場内の鉄骨が熱線によって一瞬で溶け落ち、空間全体が超高熱の地獄へと変わる。
「くっ、ああっ!?」
カーラは必死に反撃を試みるが、エネルギー波の直撃をその身に受け、工場の支柱へと激しく吹き飛ばされた。轟音とともに工場の屋根と巨大なコンテナが崩落し、彼女はその大量の瓦礫の中に完全に埋もれてしまう。クリプトン人の身体を襲う強烈な放射能と打撃。カーラは瓦礫の暗闇の中で、意識を失いかけていた。
その頃、ウィンの作戦室。
通信のノイズの向こうから聞こえるカーラの悲痛な絶叫と、瓦礫の崩落音を聞いていたジェームズ・オルセンは、生きた心地がしなかった。
「カーラ! 応答してくれ、カーラ!! ……クソ、これ以上は見ていられない!」
ジェームズは彼女の命の危機を本能で察知し、カーラとの約束を破って、持っていた高周波ウォッチのボタンを強く押し込んでしまった。スーパーマンを呼び出す、緊急信号だ。
次の瞬間。
工場の壁が、外側から凄まじい力で粉砕された。
赤いマントを翻したスーパーマンと、そして彼と並び立つようにして現れたウルトラマンが、猛スピードで現れたのだ。
「私のいとこから離れろ!」
スーパーマンの超高速のタックルがリアクトロンの巨体を捉え、工場の外へと派手に吹き飛ばす。
同時に、ウルトラマンは崩落した大量の瓦礫を一瞬で持ち上げて放り投げ、中に埋もれていた、気を失っているカーラを優しく抱きかかえた。
「姉ちゃん…」
その言葉は今のカーラには聞こえない。
ウルトラマンは、自分の腕の中にいるカーラの傷ついた姿を見つめ、装甲の内で歯を食いしばった。そして、隣に降り立ったスーパーマンへと叫んだ。
「スーパーマン! コイツの相手は私に任せて、ねぇ……、スーパーガールを安全な場所へ頼む!」
「わかった。君に預けるぞ、ウルトラマン!」
スーパーマンはカーラの身体をウルトラマンから受け取ると、彼女を抱きかかえたまま、即座にナショナル・シティの空へと飛び去っていった。
一人残されたウルトラマンは、這い上がってきたリアクトロンに向き直った。拳は力が込められギシギシとなっている。
「貴様……どこまでも邪魔を……っ!」
「お前の相手は僕だっ!」
ウルトラマンは赤と黒のオーラを四肢に纏い、リアクトロンに向けて突撃した。怒りに任せた猛烈な連撃、光輪の乱舞。ウルトラマンの苛烈な猛攻により、リアクトロンのスーツは再び各所から火花を吹き、甚大なダメージを負っていく。しかし、奴もまた執念で核エネルギーを爆発させて抵抗し、決死の目眩ましを放って霧の中に消え、撤退していった。
しかし、ウルトラマンの猛攻によりダメージは与えることはできたものの、本来ウルトラマンと事を構えるつもりのない撤退戦を行っているリアクトロンを完全に息の根を止めるまでには至らなかった。
カーラが静かに目を覚ますと、そこは見慣れた自分のアパートのベッドの上だった。
窓の外の夜空を見ると、すでにリアクトロンを退けたスーパーマンとウルトラマンの姿はどこにもなく、静寂だけが戻っていた。
ベッドから起き上がり、リビングへと向かうと、そこには申し訳なさそうな顔で俯いているジェームズの姿があった。
カーラは自分の身体の傷がすでに(太陽光の力で)癒えていることを確認すると、ジェームズに向かって、かつてないほどの激しい怒りと、抑えきれない悔しさを爆発させた。
「どうして……どうして彼を呼んだの、ジェームズ!?」
「カーラ、落ち着いてくれ。君はあの時、本当に死にかけていたんだ。瓦礫に埋もれて、通信も途絶えて……僕には、彼を呼ぶ以外の選択肢がなかった」
「約束したはずよ! 私の力でやり遂げるって!」
カーラの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。
「これで明日からのニュースを見てみなさいよ。世間はやっぱり、こう言うわ。『スーパーガールは結局、一人じゃ何もできない。スーパーマンのおまけのヒーローだ』って! 私がどれだけ努力しても、命を懸けても、彼が空から降ってきた瞬間に、私の全ては無駄になるのよ!」
「僕はただ……君を死なせたくなかった。おまけだなんて、そんな風に思ったことは一度もない」
ジェームズは必死に弁明したが、深く傷ついたカーラの心にその言葉は届かなかった。
「……一人にして。お願い」
カーラの冷たい一言に、ジェームズはそれ以上何も言えず、静かに部屋を後にした。残された部屋の中で、カーラは膝を抱え、深い孤独と挫折感に身を震わせていた。
その夜。
キャット・グラントが主催する、キャットコー・メディアの新しい雑誌の創刊を祝う、華やかなドレスアップ・パーティーが、市内の最高級ホテルの豪華なグランドボールルームで開催されていた。
会場は、きらびやかなシャンデリアの光に満ち、着飾ったセレブや社員たちで溢れ返っている。カーラもまた、ウィンに選んでもらった美しいペールブルーのドレスに身を包み、会場の隅に立っていた。しかし、彼女の心は完全に曇ったままで、グラスを持つ手も微かに震えている。
その時だった。
幸せな音楽が流れていた会場の壁が、凄まじい爆発音とともに内側へと派手に粉砕された。
「スーパーガール!! どこだ!! 出てこい!!」
乱入してきたのは、スーパーマンとウルトラマンに邪魔され、怒りで完全に理性を失ったリアクトロンだった。その全身のスーツからは、限界を超えた核エネルギーが漏れ出し、周囲の装飾やテーブルを一瞬で焼き焦がしていく。会場は一瞬にして地獄絵図と化し、悲鳴を上げる人々が我先にと出口へと逃げ惑う。
カーラは即座にドレスの背中のジッパーを引き裂き、ドレスを脱ぎ捨てた。その下には、すでにあの青と赤のヒーロースーツを着込んでいる。彼女は瞬時にスーパーガールとなり、人々の盾となるようにリアクトロンの前に立ちはだかった。
「リアクトロン! あなたの相手は私よ!」
『カーラ、聞こえる!?』
姉のアレックスから、DEOの無線を通じて緊迫した指示が飛ぶ。
『奴のスーツは限界出力を超えて暴走しているわ! 止める方法はただ一つ、胸の中央にある原子力コアを力任せに引き抜くことよ。でも、コアの剥き出しの放射能にあなたの素手で直接触れたら、熱核反応のメルトダウンを引き起こして、このホテルごと大爆発するわ! 触る前に、必ずあなたの手を『鉛(なまり)』の層で覆って放射線を遮断して!』
「鉛なんて、こんなパーティー会場のどこにあるのよ!?」
スーパーガールが叫ぶが、リアクトロンの猛攻がそれを遮る。エネルギー波が激しく飛び交い、会場の柱が次々と崩落していく。
「カーラ!! こっちを見ろ、この化け物!」
その時、ジェームズ・オルセンが自らリアクトロンの前に身を投げ出した。
「俺はスーパーマンの親友、ジェームズ・オルセンだ! 復讐したいなら、まず俺を殺せ!」
「ジェームズ、ダメよ!!」
リアクトロンの醜い顔が、ジェームズへと向けられた。「スーパーマンの親友」という言葉が、奴の憎悪を完全に刺激したのだ。
奴の注意がジェームズに向いた、そのわずか一瞬の隙。スーパーガールは激しく思考を巡らせ、会場の隅、ステージの脇に設置されていた、クラシックな「鉛製のギリシャ彫像」に目をつけた。
「これなら……っ!」
カーラは両目を見開くと、極大の熱線――ヒートビジョンをその彫像へと照射した。超高熱の光線により、頑丈な鉛の彫像がドロドロとした灰色の液体へと一瞬で溶け落ちる。
カーラは一切の躊躇を捨て、自分の右手を、その沸き立つ溶けた鉛の液体の中へと力強く突っ込んだ。
「熱っ……、ああああああっ!!」
凄まじい熱気が彼女の皮膚を襲うが、クリプトン人の無敵の肉体はそれを耐え抜く。次の瞬間、空気に触れた鉛が急速に冷え固まり、彼女の右手から前腕にかけて、灰色の頑丈で分厚い「鉛の防護グローブ」が形成された。
「ジェームズから離れなさい!!」
スーパーガールは音速の壁を突き破るほどの猛スピードで突撃し、ジェームズに爪を立てようとしていたリアクトロンの背後へと凄まじい力で組み付いた。
「何だと……、この小娘がぁぁっ!!」
リアクトロンが暴れるが、カーラは両腕で奴の巨体を完全にロックする。
そして、鉛の層で完璧に放射線から守られた右手を、奴の胸の中央へと容赦なく伸ばした。火花が激しく散り、凄まじい電磁火花が周囲を焼き焦がす中、スーパーガールはすべての怪力をその指先に集中させ、リアクトロンの胸に輝く、暴走する原子力コアを力任せに掴んだ。
「これで――終わりよ!!」
バリバリバリィィィン!!
凄まじい金属の断裂音とともに、カーラはコアをその根元から一気に引き抜いた。
引き抜かれたコアから漏れ出すエネルギーは、鉛の右手によって完全に遮断され、メルトダウンは起こらない。
動力を完全に失ったリアクトロンの巨大なパワードスーツは、プツンとすべての光を失い、ただの重い鉄の塊となって、その場にドサリと崩れ落ちた。
会場に、静寂が戻る。
スーパーガールは、自分の右手に握られたコアを見つめ、それから静かに息を吐いた。
スーパーマンの手を借りず、ウルトラマンの影に隠れることもなく。彼女は自分の機転と、自分の力だけで、ナショナル・シティを恐怖に陥れた強敵を、完全に打ち倒したのだった。
翌日、DEOの秘密作戦基地。
いつもはカーラに対して厳しい目を向け、エイリアンである彼女を組織の駒としてしか見ていなかった気難し屋のハンク・ヘンショウ長官が、重い足取りでカーラのもとへと歩み寄ってきた。
その隣には、誇らしげに微笑むアレックスの姿もある。
ヘンショウはカーラの前に立つと、少しだけ表情を和らげ、静かに告げた。
「……見事な戦いだった、スーパーガール。君は自分の力で、地球人の脅威からこの街を救ってみせた。認めよう、君は単なるスーパーマンの身内ではない。君自身が、この街に不可欠な本物のヒーローだ」
「長官……」 カーラの瞳に、喜びの光が宿る。
「これからは、相手が宇宙人でなかろうと、我々DEOは君を全力でバックアップする。君の戦いは、我々の戦いだ」
ヘンショウはそう言って頷くと、ふと、その鋭い眼光をさらに深くして、一つの疑問を彼女に投げかけた。
「……そして、もう一つ。あの銀と漆黒の戦士――『ウルトラマン』。彼はリアクトロンを退け、君を救った。スーパーマンとも接触していたようだが……。スーパーガール、君は彼の正体について、何者なのか何かわかるか?」
長官の質問に、カーラは一瞬だけ言葉を詰まらせた。脳裏に浮かんだのは、あの戦いの後にウルトラマンが残していった、「二人ならもっと上手くできる」という、どこか温かく、妙に聞き覚えのある落ち着いた声だった。
「……いいえ。まだ、何も。でも、彼は敵ではないわ。それは確かに分かります」
カーラは真っ直ぐにヘンショウを見つめて答えた。
キャットコー・メディア社に戻ったカーラが、自分のいつものデスクに座り、ホッと一息ついた時のことだった。
カタカタと、彼女のパソコンの画面の隅で、社内の即時メッセージ(チャット)ではなく、厳重なプロトコルで暗号化されたプライベート・チャットのウィンドウが突然ポップアップした。
相手のアカウント名に表示されたイニシャルは――「C.K」。メトロポリスにいる、彼女の最愛の従兄、クラーク・ケント(スーパーマン)だった。
画面の白いウィンドウに、一文字ずつ、彼からのメッセージが静かに打ち出されていく。
『カーラ、ニュースを見たよ。
僕が過去に一度も完全な勝利を収められず、いつも手を焼いていたあの強敵リアクトロンを、君は誰の助けも借りず、たった一人で、自分の頭脳と力で倒してみせた。
本当に素晴らしい、見事な勝利だ。
今のナショナル・シティには、メトロポリスの僕ではなく、君――『スーパーガール』が必要なんだ。
君を心から誇りに思うよ、いとこよ』
画面に浮かび上がったその文字を、カーラは何度も、何度も読み返した。
胸の奥を締め付けていたあの焦燥感や孤独、誰かの影に隠れているという劣等感は、その温かい言葉によって、完全に、綺麗に溶けて消え去っていった。
「……ありがとう、クラーク」
カーラは画面を見つめたまま、満面の、太陽のような眩しい笑顔を浮かべた。
その晴れやかな気持ちのまま、彼女はこれからのナショナル・シティの平和を守るヒーロー活動へ向けて、強く、深く、心を新たにするのでした。
その日の夕方、学校の終業ベルが鳴り響く頃。
ナショナル・シティの喧騒を離れたビルの屋上で、カイリは制服のポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見つめていた。
チャット画面には、カーラから『クラークに褒められちゃった! 私、もっと頑張るね!』という、浮かれたスタンプ付きのメッセージが届いている。
カイリはふっと口元を緩め、いつもの生意気な笑みを浮かべた。
「……現金なもんだな、姉ちゃんは」
彼はスマホをポケットにしまうと、空を見上げた。夕日に染まる茜色の空。
ウルトラマンとしての自分の力、自分の前途には、これからどれほど暗い運命が待ち受けているか分からない。
しかし、画面の向こうで無邪気に喜ぶ姉の笑顔を守るためなら、そのすべてを、この銀と漆黒の装甲で叩き潰して見せる。
15歳の少年は、夕風に髪を揺らせながら、静かに、しかし誰よりも強固な決意をその青い瞳に宿すのだった。