春。まだ少し冷たい風が残る東京で、家元虎之助は段ボールだらけの新居の窓を開けながら、小さく息を吐いた。
虎之助 「……東京かぁ」
十五歳。
高校一年生。
見た目はどこにでもいる真面目そうな少年だが、中身は少し変わっていた。
自称陰キャ。
人付き合いは得意じゃない。
なるべく目立ちたくない。
――なのに、思いついた事を即実行する。
そのせいで周囲からは「行動力の化け物」と思われている。
そしてもう一つ、彼には裏の顔があった。
ゲーム配信ライバー『月影』。
喋らない。
顔も出さない。
ただ無言で超人的プレイを見せ続ける配信者。
FPS、格ゲー、音ゲー、レース、死にゲー。
何をやらせても異常に上手い。
海外のプロゲーマーですら、
「月影って中身AIじゃないのか?」
と噂するほどだった。
しかし本人はそんな知名度をまるで気にしていない。
むしろ問題だったのは――。
虎之助 「結束バンドのライブ、東京なら行きやすくなるな……!」
虎之助は重度の結束バンドファンだった。
特に推しは、
後藤ひとり。
あの不器用で必死で、
でもギターを持つと輝く姿に心を撃ち抜かれていた。
そして従姉である
酒寄彩葉
とは東京で普通に交流がある。
ただし虎之助は「あっち側」の事件には深く関わらない。
たまに巻き込まれかけるだけである。
そして数日後。
虎之助はライブハウス
STARRY
の前にいた。
虎之助 「うわ……本当に来ちゃった……」
陰キャのくせに行動力だけは高い。
ライブ後、勇気を振り絞って物販を眺めていた虎之助は、偶然ある光景を目撃する。
虹夏 「リョウ!! また勝手に機材買ってません!?」
リョウ 「だって安かったし」
虹夏 「財布空じゃない!!」
リョウ 「HAHAHA」
虹夏 「笑い事じゃない!!」
店の隅で頭を抱えていたのは、
伊地知虹夏。
そして涼しい顔をしていたのは、
山田リョウ。
虎之助は数秒悩んだ。
普通なら関わらない。
でも。
虎之助 「…あの、それ返品した方がいいと思います」
気付いたら話しかけていた。
虹夏が振り向く。
虹夏 「え?」
虎之助 「それ、限定品って書いてありますけど中古価格下がってるやつです。来月もっと安くなると思います」
リョウ 「えっ」
リョウの動きが止まる。
虎之助はスマホを見せる。
中古市場の推移グラフ。
海外オークション価格。
再販情報。
全部調べ済みだった。
リョウ 「……本当だ」
虹夏 「リョウ!? 騙されてたじゃん!!」
リョウ 「危なかった……」
喜多 「危なかったで済ませないでください!!」
こうして虎之助は結束バンドに認識される。
最初はただのファンだった。
しかし。
・機材知識がある
・事務処理が得意
・真面目
・リョウの暴走を止められる
・ぼっちちゃん相手でも無理に距離を詰めない
・ネット関連に強い
という理由で、徐々に便利な存在になっていきついに虹夏から
虹夏 「もし良かったら私達のマネージャーになってくれない?」
虎之助 「……え?」「まぁ…良いですけど」
こうして彼はとんとん拍子でマネージャーとなった
翌日
虎之助 「……あれ?」「俺昨日マネージャーになって家に帰って飯食って寝て…」「あ、そうかそれで手土産買いに来たのか」
俺はいつの間にかドン・キホーテに来ていた
虎之助 「どれにしようかな~」 「…これにしよ」
迷った末に情熱価格のマンゴー缶にした デカいし安いし大助かり(両親の仕送りと配信の収益は再来週口座に振り込まれる)
その日のスターリー
虎之助 「あの、これどうぞ」
虹夏 「え?ありがとう!」
喜多 「これみんなでシェアしましょう!」
リョウ 「神様仏様虎之助様」「何でもおっしゃってください」
みんな喜んでくれていたが後藤さんは違った
ひとり 「私の黒歴史だぁぁぁぁ!!!!」
STARRYに悲鳴が響いた。
虎之助 「あっ」
そこで虎之助は一つの事件を思い出す。それはひとりが(ひとりは恥ずかしがっているが虎之助が無視しして名前呼びしてる)初ライブの時に完熟マンゴーの段ボールを被って演奏していた伝説を。
虎之助 「ご、ごめん!!」 「煽るつもりじゃなくて!!」
ひとり 「ち、違うんです!! 「違うんですし分かってるんですけど思い出しちゃってぇぇぇ!!」
床を転がるぼっちちゃん。
虹夏は大爆笑し、喜多ちゃんは「なになに!?」と混乱し、リョウだけは普通に缶切りを取ってきて缶詰を開けていた
リョウ 「これ普通に美味しいやつだ」
喜多 「リョウさん食べ物なら何でも評価甘いですよね」
そんな騒ぎの後。
虎之助はマネージャーとしての仕事を始めていた。
まず掃除。 ほうきで床を掃いた後濡らしたモップを持って床を拭いた後棚等のほこりを払った 次にケーブル整理。 リョウが雑に置いたせいで絡まったケーブルをちょっぴりイライラしながら片付けた
虎之助 「今度から罰金取ってやる…」
その次に機材チェック。 虎之助は楽器は弾けないが姉貴(従妹の彩葉)に教えてもらったので(彩葉はピアノをやっていた)丁寧にチェックした
虎之助 「異常なし」
最後にスケジュール確認。
驚くほど丁寧だった。
しかも動きが無駄に速い。
その耳には黒いワイヤレスイヤホン。
そこから流れているのは、
バーチャル世界『ツクヨミ』のトップライバー、
月見ヤチヨ
の配信だった。
ヤチヨ 『ヤオヨロー!』 『――みんな今日もお疲れさま。ちゃんと水分取ってる?』
落ち着いた綺麗な声。
虎之助は無表情で床を掃除しているが、
内心かなり癒やされていた。
(ヤチヨの声、落ち着く……)
ヤチヨ 『今日はツクヨミ中央区のイベント情報を紹介していくね』
虎之助は静かに頷く。
その様子を見ながら、
結束バンド側は少し気になっていた。
喜多 「……何聴いてるんですかね?」
虹夏 「音楽?」
リョウ 「ASMRじゃない?」
しかしぼっちちゃんは
ひとり 「(実はすごい怖い配信とかだったらどうしよう……)」などと勝手に想像していた。
だが虎之助は、
ちゃんと仕事をしている。
むしろ完璧だった。
床は綺麗。
機材配置も整理されている。リョウが雑にしたせいで絡まっていた配線までまとめられている。
しかも頼まれる前にやる。
虹夏は小声で言う。
虹夏 「……有能すぎない?」
喜多 「はい……」 「リョウ先輩の暴走止められるし機材詳しいし!」
虹夏 「ぼっちちゃん逃げても追い詰めないし」
リョウ 「あとなんか空気が静か」
確かに虎之助は必要以上に喋らない。
けれど気まずくない。
ただ自然にそこにいる。
そんな空気だった。
やがて結束バンドは練習を始める。
ギターの音。
ドラム。
ベース。
その後ろで虎之助は掃除を終え、
静かに壁際へ移動する。
イヤホン越しには、
まだ
月見ヤチヨ
の配信が流れている。
だが気付けば、
虎之助はいつの間にかイヤホンを片方外していた。
演奏を聞くために。
そして結束バンド側も、
なんとなく気付いていた。
この少年は、
ただのファンじゃない。
ちゃんと自分達の音を好きでいてくれる人なんだ、と。
練習が始まってしばらく後。
機材確認も終わり、
掃除も終わり、
頼まれていた雑務も片付けた虎之助は、
虎之助「 ……今ちょっと暇だな」
と小さく呟いた。
そしてスタッフルームへ移動する。
静かな部屋。
置かれた折りたたみ椅子。
ペットボトル。
雑誌。
虎之助は鞄を開けると、小さな黒いケースを取り出した。
中に入っていたのは――スマートコンタクト。
通称、“スマコン”。
コンタクトレンズ型XRデバイス。
目に装着するだけで、
ARによる現実情報投影、
そしてVRフルダイブによる完全没入まで可能にする超高性能デバイスだった。
一般人にはかなり高価だが、『月影』として活動する虎之助にとっては、おやつをちょっと多く買うような感覚みたいなものだった。
虎之助 「……よし」
装着。
瞬間。
視界が暗転する。
次の瞬間、
星空のような光が無数に広がった。
ようこそ、ツクヨミへ。
電子音声。
そして虎之助の姿は、
仮想空間用アバターへ変わる。
黒を基調にしたコート。
蒼白いライン。表情の薄い練習が始まってしばらく後。
機材確認も終わり、
掃除も終わり、
頼まれていた雑務も片付けた虎之助は、
「……今ちょっと暇だな」
と小さく呟いた。
そしてスタッフルームへ移動する。
静かな部屋。
置かれた折りたたみ椅子。
ペットボトル。
雑誌。
虎之助は鞄を開けると、小さな黒いケースを取り出した。
中に入っていたのは――スマートコンタクト。
通称、“スマコン”。
コンタクトレンズ型XRデバイス。
目に装着するだけで、
ARによる現実情報投影、
そしてVRフルダイブによる完全没入まで可能にする超高性能デバイスだった。
一般人にはかなり高価だが、
『月影』として活動する虎之助にとっては、
必要経費みたいなものだった。
「……よし」
装着。
瞬間。
視界が暗転する。
次の瞬間、
星空のような光が無数に広がった。
ようこそ、ツクヨミへ。
電子音声。
そして虎之助の姿は、仮想空間用アバターへ変わる。
黒と紺基調にしたコート。蒼白いライン。表情の薄い顔。
配信ライバー、『月影』。
彼がログインしたのは、管理AIにしてトップライバー、『月見ヤチヨ』が統括する超巨大メタバース空間、『ツクヨミ』だった。
現実では静かな少年。
だがツクヨミでは、『伝説級プレイヤー』。
虎之助は即座にゲームエリアへ転送される。
巨大な和風サイバーパンク都市。
空中を走る光のレール。ネオン。電子鳥居。
そして目の前には大量の敵データ生命体。
《MISSION START》
月影は無言。
しかし動きだけで異常さが分かる。踏み込み。斬撃。回避。カウンター。
敵の攻撃を紙一重で避けながら、一切無駄なく切り倒していく。
まるで未来予知。
しかも速い。
異常に速い。
『月影だ』
『うわ本物!?』
『相変わらず喋らねぇ!!』
『なんでこれ避けられるんだよ』
『ボス泣いてるぞ』
配信コメント欄は大騒ぎだった。
一方その頃。
練習を終えた虹夏達はスタッフルームへ入って来ていた。
虹夏 「ふぃ~疲れた~」 「水飲もー」
だが直後。
虹夏 「あれ?」
虹夏が止まる。
椅子に座る虎之助。
……動かない。
目を閉じたまま、静かに座っている。
喜多 「えっ!?」
喜多ちゃんが焦る。
虹夏 「寝てる!? いや違う!?」
ひとり 「死……!?」
とぼっちちゃんが青ざめる。
リョウ 「いや呼吸してる」
と山田リョウが冷静に言った。
すると虹夏が机の上のケースを見つける。
虹夏 「……ん?」
黒いケース。
中には説明表示。
『Smart Contact XR』
虹夏 「……何だろうこれ?」
喜多 「コンタクト?」
リョウ 「ゲーム機?」
ひとり 「未来っぽい……」
一方その頃虎之助は、
そんな視線に全く気付いていなかった。
ツクヨミ内では激戦中。
巨大ボスがビルを破壊しながら突進して来る。
普通のプレイヤーなら即死級。
だが『月影』は。
壁走り。
空中回転。
敵の攻撃の隙間を通過。
そのまま首元へ連撃。
超高速入力。
エフェクトが爆発する。
《PERFECT COUNTER》
《NO DAMAGE BONUS》
コメント欄。
『化け物』
『今の見えた奴いる?』
『月影だけ別ゲームやってる』
『運営AI説』
『ヤチヨ様より人間味ない』
するとシステム演出が入る。
空間に白銀の光が走った。
管理AI、
月見ヤチヨ
のアナウンス。
ヤチヨ 『高難度エリア制圧確認。「月影」、今回も素晴らしいプレイだねー!』
静かな声。
コメント欄がさらに荒れる。
『ヤチヨ様来た!!』
『公式巡回』
『月影また認知されてる!!』
だが虎之助本人は淡々としていた。
現実世界でも。
仮想世界でも。
ただ静かに、
目の前のやるべき事をこなしているだけだった。
配信ライバー、『月影』。
スタッフルーム。
仮想空間『ツクヨミ』の中で、
家元虎之助はふと動きを止めた。
巨大ボスを倒した後。
コメント欄はまだ盛り上がっている。
だが虎之助は少しだけ眉をひそめた。
(……なんか嫌な予感する)
理由は分からない。
けれど彼は昔からこういう勘が妙に当たる。
なのでログアウトせず、
待機モードに入る。
案の定。
現実側では――。
虹夏 「これ大丈夫なのかな……?」
と
伊地知虹夏。
「起きないよ!?」
と
喜多郁代。
「未来の冬眠装置……?」
と
後藤ひとり
が震えていた。
「たぶんVR系じゃない?」
と
山田リョウ。
「でも反応ないよ!?」
その時。
虎之助の指が少し動いた。
「……あ」
ゆっくり目を開ける。
「お、おはよう……?」
「びっくりした!!」
虹夏が即ツッコむ。
「なんか未来装置つけたまま停止してるんだもん!!」
「ごめん……」
虎之助は席を立ち、
近くの鏡で確認しながら慎重にスマコンを外していく。
極薄レンズが光を反射する。
「うわほんとにコンタクトなんだ……」
喜多ちゃんが感心する。
「高そう」
リョウがじっと見る。
ぼっちちゃんは、
(脳内に広告とか流れないのかな……)
などと考えていた。
虎之助はケースへ丁寧に戻すと、
再び業務へ復帰した。
機材整理。
ドリンク補充。
ケーブル確認。
動きに一切無駄がない。
そして今度は、
黒いワイヤレスイヤホンから別の音声が流れていた。
T 『現役で一番良かった監督は誰ですか――』
O 『そらY監督よおーん』
阪神タイガース応援チャンネル、
『トラトラタイガース』。
試合ハイライトや、
阪神OB同士の対談動画を流している人気チャンネルだった。
虎之助は黙々と作業しながら聞いている。
すると虹夏達はまた気になり始める。
虹夏 「……ねえ(小声)」 「さっきから何聴いてるんだろ」
喜多 「なんかすごい集中してますよね」
ひとり 「メ、メタバースの音楽とか?」
リョウ 「陰謀論ラジオかもしれない」
虹夏 「なんで!?」
結局。
虹夏が声を掛けた。
虹夏あのさ虎之助くん、何聴いてるの?」
一瞬だけ虎之助は止まる。
(……月影は黙っとこう)
特に
山田リョウ
に知られると危険な気がした。
(絶対“金貸して”って来る)
なので普通に答える。
虎之助 「阪神の応援チャンネル」
沈黙。
虹夏 「……え?」
虹夏が固まる。
喜多 「阪神?」
喜多ちゃんも瞬き。
ひとり 「や、野球?」
ぼっちちゃん。
虎之助 「阪神タイガース」
虎之助は普通に頷く。
虎之助 「OB対談聞いてた」
結束バンド側は揃って目を丸くした。
なぜかイメージと合わなかったのだ。
さっきまで未来VR空間に潜っていた少年が、
急に野球OB対談を聞いている。
情報量が多い。
虹夏 「……え、虎之助くん野球好きなの?」
虹夏が聞く。
虎之助 「阪神戦はよく見る」
虹夏 「なんか意外……!」
虎之助 「そう?」
虎之助は本気で分かっていなかった。
本人の中では、ゲームも、VRも、音楽も、野球も、全部普通に好きなものだった。
だが周囲からするとギャップがすごい。
喜多「なんかもっとこう……」
喜多ちゃんが悩む。
リョウ 「近未来っぽいの聴いてると思ってた」
ひとり 「え、AI音声とか」
ぼっちちゃん。
リョウ 「電脳系アンビエントとか」
虎之助 「いや普通に阪神OB対談だけど……」
虎之助は少し困惑する。
するとイヤホンから、
阪神OBの声が流れた。
O 『あの頃のBはほんま凄かった』
虎之助は小さく頷く。
虎之助 「Bは凄いからな……」
虹夏 「詳しい!?」
虹夏がまた驚く。
こうして結束バンドの中で、
家元虎之助は少しずつ、
「真面目で有能」
↓
「謎に未来技術持ってる」
↓
「でも阪神ファン」
というよく分からない人物像になっていくのだった。
阪神OBを英語表記にしているのは実名が禁止だからです。 誰なのかは口調などで察してください(ただし、コメントで報告もしないでください)