あかねちゃん………煙草買ってきてくれない?   作:ディバル

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ヤニ臭いお兄さん

 

 

 

 

成人してから5年が経った。生まれて20年という長い月日が経過し、子供から大人になった。長いはずなのに、年々時間の進みが早くなるのは何故だろうか………時とは流れは残酷だ。純粋さや可愛らしさ、これらはとうの昔に消えてしまった。

 

今こうして嘆いているが、別に大人になる事は必然であり、誰もが通る道だ。それに悪い事ばかりではない。学生の時とは貰える金の違いや1人暮らし、そして何より…………煙草が吸える………。

 

「ふぅ…………」

 

今日も僕は煙草を吸っていた。体に悪いとわかっているけど………煙が喉を通る時の特有のヒリヒリ感が堪らない。最初、これを吸った時はむせてしまった。でも、今はこれに夢中だ。年々高くなってゆく煙草だが、喫煙者が文句を言いながら買う理由がわかる。

 

「…………僕も大人の嗜みを覚えたものだね」

 

子供だった時……絶対に吸わない。そんな事を思っていたのに、今ではこれに夢中だ。今の僕にはこれくらいしか楽しみがない。なんとも悲しい事だ。

 

「やっぱりここにいた」

 

河川敷のベンチで煙草を吸っていると………1人の声が響いた。視線を向けると、そこには予想通りの人物が立っていた。

 

「やぁ………あかねちゃん。1本どうだい?」

 

口から煙を吐きながら、彼は彼女にそう言って笑みを浮かべた。長い髪が風でユラユラと揺れる。

 

「……また吸ってるんですか、お兄さん」

 

僕の軽い冗談をフル無視して隣に座るあかねちゃん。携帯用の灰皿で煙草の火を消す。さすがに若い子に副流煙を吸わせる訳にはいかないからね。

 

「最近、本当に煙草の匂いが染みついてきましたね」

 

彼女の名前は、黒川あかね。劇団ララライのエース役者だとか………僕はテレビを見ないので、彼女がどんな演技をしているのかはよく知らない。

 

「大人になってみればわかるさ………君にはまだ早いよ」

 

「……そうやって、“大人だから”みたいに言うところ、あんまり好きじゃないです」

 

頬を膨らませながら、なんだか怒っている様子。何かしたかな………まぁ……そこまで考える必要もないか。

 

「昔のお兄さんなら、“吸わない方がいい”って真顔で言ってましたよね。そういうところ、妙にちゃんとしてたから」

 

彼女はそう呟きながら、煙草の残り香が漂う横顔を静かに見つめていた。

 

「なのに今は、自分だけ平気な顔して吸ってる」

 

少しだけ眉を下げ、困ったように笑った。

 

「……大人って、もっと格好いいものだと思ってました」

 

そのイメージは確かに僕の中にもあった。大人になったら仕事をこなしてお金を稼ぎ、充実して、そして何より格好いいものだと僕も思っていた。でも、現実は違う。そんな理想は簡単に叩き潰された。

 

「………大人ってずるいものだよ」

 

煙草の箱を胸ポケットに仕舞い込む。視線は流れている川の方に向いていた。そのまま………しばらく何も話さずに時間が過ぎてゆく。

 

「……お兄さん。その煙草、前と銘柄変えました?前のやつより、匂いが少し甘い気がします」

 

「なんでわかったのかい?そう頻繁に会ってないはずだけど」

 

煙草を吸ういい場所は幾つかある。僕は日によって様々な場所で煙草を吸う。銘柄もその時の気分で決める。なのに………匂いだけで見抜いてきた。なんとも末恐ろしいね……彼女の洞察力は。役者より探偵とか警察官の方が向いていそうな気がするね。

 

「気分が沈んでる時は苦いの選ぶし、少し余裕がある時は甘い匂いのやつに変えるんですよね」

 

………何それ怖……。

 

「昔から、わかりやすいんです」

 

彼女はそう言って、小さく笑う。笑っているが、こっちとしては笑えない。心の内を見透かされているようなこの感覚。久しぶりに肝が冷えてきた。

 

「本人だけは、隠せてるつもりみたいですけど」

 

「………怖い」

 

つい口から本音が漏れてしまう。よく考えて欲しい……つい最近再会して、少ししか経ってないのに煙草の銘柄を読まれた……しかも彼女が言った事が当たっているのだから、尚更。

 

「ふふっ……傷つきますね、それ」

 

「ちゃんと観察してるだけですよ。役者ですから」

 

そう言いながらも、どこか楽しそうに目を細めている。役者だからか………それで納得できると思うのかな? それとも役者はみんなこんな感じなのかい? だとしたら芸能界……普通に怖い。

 

「それに、お兄さんは昔から顔に出なくても“癖”に出るタイプです。落ち込むと甘い物食べるし、考え事してる時は川とか高い場所に行くし……」

 

少し間を置いて、彼女は横目でこちらを見る。

 

「……だから、見てればなんとなくわかります」

 

「普通はわからないと思うけど………あかねちゃんの演技見た事ないけど………探偵とか向いてそうだ」

 

「探偵っていうより……役者の癖、ですね」

 

黒川あかねの強みは、その圧倒的な洞察力と役に対する独自の解釈。それが彼女を劇団のエースたらしめる力の源であり、それはこういう場面でも役に立っていた。

 

「相手を観察して、“なんで今そういう顔したんだろう”って考えるの、もう染みついてるので」

 

彼女はそう言って、少しだけ肩を竦める。

 

「お兄さん、昔から感情を隠す時ほど、別のところがわかりやすくなるんです」

 

………あんなに小さかった子がここまで成長するとは……やはり、時の流れは残酷だ。それと同時に美しくもある……矛盾しているが事実。彼女は才を伸ばし、活躍している。

 

「だから見抜けるっていうより……勝手に目に入ってくる感じですかね」

 

「そう……でも、こんな僕を観察しても面白みはないよ……あと5年もしたら三十路だ」

 

「……それ、お兄さんが一番気にしてるんですね」

 

彼女は少し呆れたように笑ってから、川の方へ視線を戻した。

 

「別に、年齢で人を見るほど浅くないですよ。それに………」

 

そこで一度言葉を切る。

 

「観察してて面白い人って、“完璧な人”じゃないですから」

 

「むしろ、お兄さんみたいに無駄に拗らせてる人の方が、見てて飽きないです」

 

………拗らせているか……確かにこの歳になって、いろいろと拗らせているのは事実。大人になったと思っていたけど、僕はどうやらまだまだ子供の部分があるらしい……大人になりきれていない、言わばサナギの状態と言える。

 

だとすれば、何を基準に大人と呼べるだろうか? そんなどうでもいい事が頭を過ったが、自身の体についている煙草の匂いがそれを掻き消した。

 

「………遠回しに悪口を言ってないかい?別にいいけど」

 

所々、言葉に棘がある。………まだ、あの時の事を怒っているのかな? 再会した時の第一声がアレだったのは、少しは悪いと思っている。

 

「久しぶりの再会で最初に言われたのが、“煙草買ってきて”ですよ?」

 

あの時は、仕方なかった。仕事帰りでニコチンが摂取できずに少しぼーっとしていた。コンビニに行って買う事すら面倒に思ってた所にあかねちゃんと再会して………「ちょうどいい所に」とか思ってしまった。

 

「私、一応……もう少し感動的なの想像してたんですけど」

 

彼女はじとっとした目を向けながら、小さくため息を吐く。

 

「“久しぶり”とか、“元気だった?”とか……そういうの、あるじゃないですか」

 

それが一般的な再会だろうけど………それを僕に求められても困る。

 

「なのにお兄さん、私の顔見た瞬間“コンビニ寄れる?”でしたからね」

 

呆れたように笑ってから、少しだけ口元を緩める。

 

「……そりゃ、ちょっとくらい棘も出ますよ」

 

随分と耳が痛い。自分の言動がそのまま返ってきている。まさに自業自得と言える。そもそも、彼女はまだ高校2年生。煙草を買える年齢ではない。あの時はそこまで思考が回ってなかった。少し考えればわかる事なのにね。

 

「………あと4年後かぁ」

 

「……何がですか?」

 

彼女は一瞬だけ首を傾げる。しかし、すぐに何を言いたいのか察したのか、じわっと眉を寄せた。

 

「いや、買いませんからね?」

 

おや………どうやら僕の考えを察したみたいだね。

 

「お兄さん絶対、“20歳になったら堂々と頼める”とか考えてましたよね」

 

呆れたようにため息を吐いてから、じとっと睨む。

 

「というか、高校生相手に煙草頼もうとしてた自覚、ちゃんと持ってください」

 

「………そろそろ帰らなくていいのかい?もう日が沈む。子供は、お家に帰る時間だ」

 

さりげなく話を変えて、笑みを浮かべながらそんな事を言ってくる。

 

「今、露骨に話逸らしましたよね?」

 

彼女は呆れたように目を細める。

 

「しかも“子供は帰る時間”って……お兄さん、そういう言い方する時、大体自分が不利な時です」

 

じーっとこちらを見たあと、小さく息を吐いた。

 

「……それに、私もうそんなに子供じゃないです。お兄さんが勝手に、昔のままで見てるだけで」

 

言い返している辺り、まだ子供っぽい。僕も人の事は言えないけど……。

 

「僕から見たら、あかねちゃん……君はまだ子供だ」

 

煙草を見せつけながら不敵な笑みを浮かべる。性格が悪くなっていた………。

 

「……ずるい使い方しますね、それ」

 

彼女は呆れたように笑いながら、煙草へ視線を向ける。

 

「煙草吸えるから“大人”って顔されると、なんか納得いかないです」

 

少しだけ拗ねたように頬を膨らませてから、こちらを見てくる。煙草の味をわからないようじゃあ、まだ僕からしたら子供だ。

 

「だってお兄さん、昔と変わってないところ結構ありますし。嫌な事あるとすぐ誤魔化すし、困ると話逸らすし……」

 

そこで小さく笑った。

 

「……だから、あんまり“大人”って感じしません」

 

少し揶揄っただけなのに、カウンターがグサグサと突き刺さってゆく。

 

「今日はこの辺で失礼するよ」

 

「……逃げるんですか?」

 

立ち上がろうとした僕を見上げながら、あかねちゃんは少しだけ不満そうに眉を下げる。

 

「図星突かれると、すぐ帰ろうとするところも昔からですよね」

 

「……戦略的撤退ってやつさ」

 

「ふふっ……じゃあ、今日はこの辺にしてあげます」

 

そう言って彼女はベンチから立ち上がると、僕の少し前に回り込んだ。

 

「でも、お兄さん」

 

夕焼けに照らされながら、彼女はほんの少し真面目な顔になる。

 

「私は、昔のお兄さんの方が好きでしたよ」

 

「……煙草吸ってない頃かい?」

 

「そこじゃないです」

 

随分と早い返しだった。

 

「ちゃんと格好悪いところ隠そうとしてた頃の方です」

 

……酷い言われようである。けれど、あかねちゃんはどこか優しそうに笑っていた。

 

「今のお兄さんって、“大人だから”って理由つけて、諦めてる感じするので」

 

風が吹く。煙草の残り香が少しだけ揺れた。

 

「まぁ、お兄さんらしいですけど」

 

この子から僕はどんな風に映っているのかな?

 

「でも、たまには昔みたいに足掻いてください」

 

「……役者に説教される日が来るとはね」

 

「観察の結果です」

 

彼女はそう言って、小さく笑った。そのまま途中まで一緒に帰路を辿って行った。

 

 

 







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