仕事終わり………今日も河川敷のベンチで煙草を吸う。ニコチンが頭をぼんやりと痺れさせ、ようやく一息つける気がした。人によっては毒ガスと言ってくる事もあるか今の僕は、こいつがないとダメだね。わかりやすいニコチン中毒者である。
と言ってもまだマシな方だ1日に数本と決めている。そして朝は絶対に吸わない。何故だか、これだけは律儀に守っている。本当はずっと吸っていたけど……それだとお金が溶けてゆく。そして、早死にコースに突入してしまう。まだ死にたくないので程々に楽しんでいる。何事も程々が一番である。
「………これが最後の1本だったようだね」
煙草の箱が空になっていた。この後、買いに行かないとな。そんな事を考えながら最後の一本を味わってゆく。
「……また、“最後の1本”って言ってますね」
聞き慣れた声が後ろから降ってくる。振り返らなくても誰なのかすぐにわかった。
「それ、私が知ってるだけでもう5回は聞いてますけど」
呆れたようにため息を吐きながら、あかねちゃんは僕の隣に腰を下ろした。
「禁煙する人って、みんなそういう事言うらしいですよ。“これで最後”って」
「僕は別に禁煙するなんて言ってないよ」
「余計にダメじゃないですか……」
彼女はじとっとした目を向けてくる。
「というか、お兄さん絶対、“程々だから大丈夫”って自分に言い聞かせてますよね」
何でわかるのかなぁ………エスパーかな?
「エスパーじゃないです。お兄さんがわかりやすすぎるだけです」
心の中で毒を吐いていたのにそれすらも見破ってくる。本当に何でこの子は役者をしているのだろうか?絶対……役者より転職がありそうでならない。でも、それをわざわざ口に出しはしない。出したら面倒になるから……。
「それで、あかねちゃんはこんなヤニくさいお兄さんの所に居ていいのかい?仕事とか……マスコミとかさ」
最後の1本を吸い切ってしまった。携帯用の灰皿に吸い殻を捨てる。これさえあれば大体の所で吸える。喫煙NGな場所以外は。
「……お兄さん、自分のこと“ヤニくさい”って自覚あったんですね」
少し意外そうに目を瞬かせてから、あかねちゃんは小さく笑った。
「でも、別に今さらですよ。昔からお兄さんって、ちょっと煙と相性良さそうな雰囲気ありましたし」
「褒めてるのか貶してるのかわからないね、それ」
「半々です」
半々か……随分と素直に物事を言うようになった物だ。小さい頃の自身なさげでオドオドしていた彼女とは大違いだ、
「それに、仕事なら今日はもう終わってます。マスコミも、四六時中張り付いてる訳じゃないですし」
そう言いながら、彼女は川の流れへ視線を向ける。
「……たまには、こういう時間も欲しいんですよ。役者とか関係なく、普通に話せる時間」
少しだけ間を置いてから、こちらを横目で見た。
「お兄さん、昔から変に気を遣いますよね。“自分と一緒にいると迷惑かかる”みたいに」
「でも、私がここにいるの、自分で選んでるので」
最後は少しだけ柔らかく笑っていた。自分の意思でねぇ………随分と物好きだ……。
「……お兄さんって、煙草以外に楽しみないんですか?」
そんな事を考えていると突然、そんな事を聞かれた。
「ないね……食事にこだわりは無いし彼女はここ数年できてないからね」
空腹を満たせればそれでいいし健康面に気おつけなくてはいけないのが面倒だ。最近だとサプリとかで済ませる事もある。便利だ……食事の時間を大幅にカットできるから。ここ数年で食べる楽しさも薄れてきている。昔は食べるのが好きだったけどなぁ………。
「……それ、思ったより重症ですね」
あかねちゃんは呆れながら此方を見ている。
「食事に興味なくなって、楽しみが煙草だけって……なんか、おじさん通り越してお爺ちゃんみたいです」
「失礼な!!おじさんはいいけどお爺さんはないでしょ?………すまない突然大きな声を出してしまった」
柄にもなく少しだけ大きな声を出してしまった。大人がないと思いながらも一様、謝罪をしておく。ムキになってアホらしい。
「ふふっ……そこ、そんな必死に否定するんですね」
あかねちゃんは少し可笑しそうに笑いながら、肩を揺らす。
「お兄さん、たまに変なところで子供っぽくなりますよね」
彼女は、可笑しそうに笑いながらも何処か安心したような風に見える。彼は、それに気づきはしないが。
「“お爺さんは嫌だ!”って、そこだけ本気で反応してるのなんか面白いです」
からかうようにそう言ってから、彼女は少しだけ目を細めた。
「でも、安心しました」
「……何がだい?」
「ちゃんとムキになる元気、まだ残ってたので」
そう言って、彼女は柔らかく笑った。
「そんな、あかねちゃんいい事を教えてあげる……25歳辺りから脂ものがキツくなってくるんだよ」
高校生の時は、何も考えず好きに肉を食べまくっていたが、今年に入ってから肉の脂身がキツくなってきた。歳をとったと精神的にではなくて肉体的に実感させられてしまって少し悲しい思いをしたのは記憶に新しい。
「……急に現実的な話やめてくださいよ」
あかねちゃんは少し嫌そうな顔をした。中々、この顔をしないからレアだなぁ……と失礼な事を思ってしまう。あかねちゃんも割と失礼な事を言っているので問題ないだろう……思うくらいなら。
「まだ高校生なんですけど、私」
まだ……高校生。僕もそう余裕ぶっていた時期がありました。今では、25歳の社会人……社会の歯車でして頑張っている。あれ?なんで僕の方が悲しくなってきているのかな?
「というか、お兄さんその歳で脂きついの早くないですか?」
「前に1人焼肉に行って食後の30分後に思いっきり吐いたよ。それ以降、肉を見たくなくなった……最近は野菜と魚だよ………面倒な時はサプリで済ます事もあるよ」
「……生活終わってません?」
あかねちゃんは本気で心配するような目を向けてくる。
「いや、笑えないですよそれ。25歳の食生活じゃないです」
さっきまで笑っていた彼女だったが、彼の食生活を聞いた途端、笑みが消えた。
「野菜と魚まではまだいいですけど、“面倒な時はサプリ”が一番ダメな気がします。お兄さん、絶対そのうち倒れますよ」
「倒れたらその時はその時さ」
「……ちゃんと、ご飯くらい食べてください」
釘を刺されてしまった。でも、僕としては今こうして生きているから問題ないと思っている。たぶん、家に帰って煙草を吸ったら忘れるだろうけど。
「煙草吸ってサプリ飲んで終わりとか、なんか寂しいです」
「そうかい?……僕は寂しくないさ」
「……いや、それはそれでどうなんですか」
あかねちゃんから見たら寂しく見えるだろうけど………僕の考え方は違う。思う事はないし……生きていけるのならこのままでもいいと思っている。
「寂しくないって言い切るの、ちょっと強がりに聞こえますけど?」
少し間を置いてから、じとっとした目を向ける。
「……というか、煙草とサプリだけで生きてる人に“寂しくない”って言われても説得力ないです」
「…………何の銘柄買おうかな?」
話に飽きて彼は、空になった煙草の箱を見ながらそんな事を呟いていた。昔から飽き性な所は変わってないみたいだ。
「……話、流しましたね」
あかねちゃんはすぐに気づいたように、じとっとした目を向ける。
「今の完全に“聞かなかったことにした”やつですよね」
少し呆れたようにため息を吐いてから、横目でこちらを見る。
「そうやって面倒な話だけスルーするところ、昔から変わってないです」
「……で、結局また煙草ですか」
小さく肩を竦めてから、ぽつりと付け足す。
「ほんと、ブレないですねお兄さん」
「褒めても何も出ないよ?」
一切、褒めてないのに彼は、笑っていた。さっきからずっと彼女は、呆れているのにその返しがこれである。ある意味でメンタルが強い。
「褒めてませんけど」
あかねちゃんは即答して、小さく息をついた。
「そういうところ、ですね」
視線を少しだけ落として、川の流れを見る。
「今みたいに、話をそらすところとか……あんまり変わってないなって思っただけです」
少し間を置いてから、横目でこちらを見る。
「別に、責めてるわけじゃないですけど」
もう一度だけ言葉を選ぶようにしてから、ぽつりと続ける。
「……楽な方に流れるのって、癖みたいなものですから」
「まだお兄さんはマシな方だよ………でも、マシなだけであってあかねちゃんはこんな大人にならないように。いい反面教師として見習うといい」
「……反面教師としては、ちょっと分かりやすすぎますね」
「そうだろうね………」
自分で言った事なのに思わず笑ってしまった。反面教師としてわかりやすいから。
「……そういうのも含めて、分かりやすすぎるんですよ」
自分の視点では、そんなにわかりやすいとは思わないのだけど……彼女の目からしたらどうやら、僕はとてもわかりやすいように映っているみたいだ。
「反面教師って言うわりに、自分でちゃんと気にしてるところとか」
自分の事は自分より他人の視点の方のよくわかると何処かで聞いた気がする。もしかしたら彼女は、僕以上に僕を理解しているかもしれない。
「……そういうところは、昔からあんまり変わってないですね」
「そうかい?………まぁ……そんな事は些細な問題だ……それよりも」
「……それよりも?」
あかねちゃんは小さく首をかしげて、こちらを見る。
「あかねちゃん……煙草買ってきてくれない?」
「……やっぱりそういう話でしたか」
予想通りみたいな顔をするあかねちゃん。
「今ちょっといい感じにまとめかけたのに、台無しです」
お兄さんとしてはそれよりも煙草がないのが死活問題だ。コンビニ行けば買えるけど……自分で買いに行くのが面倒くさい……もうカートン買いでもしようかな?
「冗談だよ………9割」
「……残りの1割が一番信用できないんですけど」
彼女の言葉を聞き流しながら、ぼんやりと空になった箱を指で弄る。ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなるような気がしたのは気のせいだろうか。
どうせ明日になれば、また同じ場所で同じことを繰り返すだけだ。それでも、このやり取りが当たり前みたいに続いていることを、少しだけ面倒で、少しだけ悪くないと思っている自分がいる。
煙草の匂いに紛れて、その感覚だけが静かに残っていた。
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