あかねちゃん………煙草買ってきてくれない?   作:ディバル

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最悪の再会

 

 

 

 

 

 

お兄さんと初めて会ったのは、私が4歳くらいの時だったと思う。公園で1人ではしゃいで、思いっきり転んで……子供らしく大泣きしてた私に、あの人は当たり前みたいな顔で手を差し伸べてくれた。

 

『ほら、立てる?』

 

確か、そんな感じだった。別に特別優しい言い方をした訳でもないのに、不思議とちゃんと覚えてる。

 

それがきっかけで、私は自然とお兄さんに懐くようになった。

 

一緒に遊んでもらったり、隣に座ってよく分からない雑学みたいな話を聞いたり。子供だった私には難しいことも多かったけど、不思議とお兄さんの話は嫌いじゃなかった。

 

『ほら、あそこ見える?1番明るいのが織姫星のベガ。で、あっちが彦星のアルタイル。もう1個のデネブと合わせて“夏の大三角”って呼ぶんだよ』

 

お兄さんは、特に星の話をするのが好きだったと思う。星座とか、名前とか、季節ごとの見え方とか。子供の私にはよく分からないことばかりだったのに、あの人は楽しそうに話していた。

 

……今でも覚えてる。星のことを話してる時だけ、あの人の目は少しだけ子供みたいに輝いていたから。

 

『コアラは20時間寝ているんだよ』

 

『ラッコは手を繋いでお昼寝する』

 

『シロクマはみんな左利き』

 

お兄さんは、難しい星の話ばかりじゃなくて、ちゃんと子供の私でも楽しめるような話もしてくれた。多分、あの人なりに気を遣ってくれてたんだと思う。私が飽きないように、退屈しないようにって。

 

だから私は、お兄さんの話を聞く時間が好きだった。雑学ばっかりで、まとまりもなくて、今思えば何を目指してたのか全然分からないのに……あの頃の私には、それがすごく楽しかった。

 

でも、そんなお兄さんも、高校を卒業して地元を離れていった。

 

子供だった私には“進学”とか“将来”とか、そういうのはよく分からなかった。ただ、もう前みたいに会えなくなるってことだけは理解できてしまって。

 

だから当時の私は、今思い返しても引くくらい泣いていたと思う。「やだ、行かないで」って、子供みたいに服を掴んで。……いや、実際まだ子供だったんだけど。あの頃は、それくらいお兄さんがいるのが当たり前だった。

 

『ごめんね………あかねちゃん』

 

そんな私を見て、お兄さんは困ったように笑っていた。……多分、あの人自身もどう反応すればいいのか分からなかったんだと思う。でも、その時の少しだけ寂しそうな笑い方は、今でも妙に記憶に残っている。

 

それから、時間はどんどん過ぎていった。

 

子供だった私は役者になって、気づけば劇団ララライで“エース”なんて呼ばれるようになっていて。

 

昔みたいに泣き虫だった頃の自分なんて、もう遠い話になっていた頃………私は、もう一度お兄さんと再会した。

 

再会は、本当に唐突だった。仕事帰りの夕方。街を歩いていた時、ふと喫煙所から出てきた1人の男性に目が止まった。

 

スーツ姿で、昔は短かった髪も少し伸びていて。煙草の煙を纏ったまま気怠そうに歩く姿は、子供の頃に知っていた“お兄さん”とは少し違って見えた。でも、不思議とすぐに分かった。

 

「あ……」

 

気づいた瞬間には、もう足が止まっていた。向こうはまだ私に気づいていない。

 

少しだけ迷った。もし違ったらどうしようとか、覚えられてなかったらどうしようとか。そんなことを一瞬だけ考えて……

 

「……お兄さん?」

 

気づけば、私はそう呼んでいた。

 

「あかねちゃん………煙草買って来てくれない?」

 

………私だって分かった第一声が、それだった。

 

「……は?」

 

思わず素で聞き返してしまったのを今でも覚えてる。

 

もっとこう……「久しぶり」とか、「大きくなったね」とか。普通、そういうのじゃないの? 何年ぶりの再会だと思ってるんですか、この人。

 

しかも本人は、全然悪びれた様子もなく煙草を指に挟んだまま、昔と同じ調子でこっちを見ていた。

 

「あぁ、やっぱりあかねちゃんだ」

 

なんて、今さら確認みたいに言いながら。……本当に最悪の再会だったと思う。

 

でも、あの瞬間。煙草の匂いも、気怠そうな声も、少し意地悪そうに笑う顔も……全部見た瞬間に、「あぁ、お兄さんだ」ってすぐ分かってしまった。多分、ずっと忘れてなかったんだと思う。私は。

 

「喫煙所に入ったのはいいけど……煙草を切らしてね。今日、吸えてないから割と今、不味いんだよね」

 

「……知りませんけど」

 

思わず、少しだけ声が強くなった。……何年ぶりだと思ってるんですか。こっちは、声かけるだけでもちょっと緊張してたのに。第一声が“煙草買って来て”って。

 

「というか、未成年に煙草買わせようとしないでください。普通に最低ですよ」

 

じとっと睨むと、お兄さんは「あはは……」と気まずそうに笑っていた。

 

「冗談だよ。そんな怒らないでくれないかい? あかねちゃん」

 

「怒りますよ。久しぶりに会った相手に言うことじゃないです」

 

呆れながらそう返したのに、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろ、そのどうしようもない調子が昔のままで、少しだけ安心している自分がいた。

 

それからお兄さんは、「ちょっと買ってくる」とだけ言って近くのコンビニへ向かっていった。

 

私は少し迷ったけど……結局、その背中を追いかけるみたいに後をついて行った。昔からそうだ。この人は急に現れて、急に話を振り回して、気づけばこっちがペースを持っていかれている。なのに、不思議と放っておけない。

 

「………ふぅ」

 

少し離れた場所で、お兄さんは美味しそうに煙草を吸っていた。ゆっくり煙を吐き出している姿は、妙に慣れていて……なんだか少しだけ複雑な気分になる。

 

昔は…………

 

『あかねちゃんはあんな毒ガスを吸ったらダメだよ?』

 

……なんて、喫煙所の人を指差しながら真顔で言ってたくせに。

 

「どうしたんだい?そんな複雑そうな顔をして」

 

そんなことを思っていると、お兄さんが煙草を口から離しながら、何か言いたげにこちらを見て笑った。

 

「懐かしいこと思い出してる顔してるね」

 

そう言われて、一瞬だけ言葉に詰まる。

 

……図星だ。こういうところだけ、昔から無駄に勘がいい。

 

でも、昔と違うのは………今はもう、ただの“子供扱い”じゃないってことだ。私のことをちゃんと1人の人間として見ているような、そんな距離感が混ざっている。だから余計に、落ち着かない。

 

「……別に、そんなことないです」

 

少しだけ視線を逸らして、誤魔化すようにそう返した。

 

吸い終わったお兄さんは、煙草を軽く揉み消すと、そのまま何も言わずに隣へ腰を下ろした。

 

距離は近いのに、妙に静かで………しばらく、言葉のない時間だけが流れていく。川の音だけがやけに耳につくみたいで、さっきまでの会話が少し遠く感じた。

 

気づけば空はもう暗くなり始めていて、スマホを見ると20時近い。……そろそろ帰ろうかな、と思った、その時だった。

 

「今日はいい日だ………星がよく見える」

 

そう言いながらお兄さんが空に向かって指を差した。

 

「ベガ、アルタイル、デネブ………夏の大三角」

 

私はその言葉に、思わず空を見上げた。……確かに、街の明かりはあるのに、思っていたより星が見える。

 

お兄さんの指先を追うと、そこにはぽつぽつと光る星があって、さっきまでの静けさと混ざって、妙に胸の奥が落ち着かない感じになる。

 

それに、夏の大三角。最初にお兄さんが教えてくれた、あの星の話。その横顔を見ていると、さっきまでの気だるそうな雰囲気が少しだけ薄れていて……あの頃みたいに、ほんの少しだけ目が楽しそうに見えた。

 

変わったのに、変わっていない。言葉にすると矛盾してるのに、今のお兄さんにはそれが一番しっくりくる。……そう思ってしまう自分の方が、きっと一番変わってないのかもしれない。

 

「………もう1本吸おうか」

 

少しだけ、その雰囲気に浸っていたのに。その一言で、全部が現実に引き戻された気がした。……ほんと、この人はそういうところがある。いい感じに余韻を作っておいて、最後にさらっと台無しにしてくる。

 

「ほんと……そういうところなんですよ」

 

小さくそう言って、視線をそらす。結局この人は、いい雰囲気を作るのも壊すのも同じ顔でやる。そういうところがずるいのに、たぶん一番、変わってない。

 

「お兄さんはこう見えていろいろ変わったんだよ」

 

私の反応を見て、お兄さんは楽しそうに目を細めた。揶揄うみたいにそう言って、少しだけ声を軽く上げる。その声色は、さっきまでよりほんの少し高くて……わざとらしいくらいに明るい。

 

「……そういうところです」

 

少しだけ間を置いてから、呆れたようにそう返す。

 

「変わったって言いながら、結局そうやって人の反応見て楽しんでるところとか」

 

視線を逸らしたまま、小さく息を吐く。

 

「昔からそうですけど……そういうの、直す気ないんですか」

 

「だって……あかねちゃん可愛い反応するから。昔いろいろ話していた時も可愛らしい反応してたしね」

 

「……そういうの、今言わないでください」

 

小さく間を置いてから、視線をそらしたまま続ける。

 

「そうやって昔の話を混ぜてくるの、ずるいです」

 

「……大人はズルい物なんだよあかねちゃん」

 

「……そういうの、開き直って言うところが一番ずるいです」

 

少しだけ間を置いてから、呆れたように息を吐く。

 

「自分で“大人はズルい”って言ってる時点で、もう反省する気ないじゃないですか」

 

視線を逸らしたまま、ほんの少しだけ口元を尖らせる。

 

「ほんと……昔からそういうところだけ、変わってないですね」

 

これが、私とお兄さんが再会した日に過ごした時間だった。それから私は、気づけば時々この場所に来ては、お兄さんと他愛もない話をするようになっていた。

 

そして………今日も、私はここに来てしまう。

 

ベンチに座るお兄さん。後ろ姿しか見えないのに、煙だけがふわりと漂っていて、いつも通り煙草を吸っているのが分かる。変わらないな、と少しだけ思ってしまう自分も、きっと同じくらい変わっていない。

 

「……また吸ってるんですか?」

 

背中に向けて、少しだけ声を張って呼びかける。呆れているのに、完全に突き放せない………そんな距離感のまま、視線だけが煙の方を追っていた。

 

 

 





主人公のプロフィール

名前 黒瀬学

年齢 25歳

いろいろあり煙草を吸うようになって虜になってしまった。今では立派なニコチン中毒者に。飄々としてふざけている。顔はいいのに残念感が滲み出ている。





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