あかねちゃん………煙草買ってきてくれない?   作:ディバル

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ご機嫌なお兄さん

 

 

 

 

 

 

「ん〜……今日は気分がいい♪」

 

煙草をいつものように吸いに来た彼。しかし、今日はいつもと違ってテンションが高いように見える。鼻歌を歌いながら煙草を取り出す。

 

「……逆に怖いんですけど、その上機嫌」

 

少しだけ眉を寄せながら、あかねは煙草を取り出す彼の手元を見る。

 

「お兄さんが機嫌いい時って、大体ろくでもないことしてるか、ろくでもないこと考えてる時じゃないですか」

 

「あかねちゃんのチクチク言葉は今日は効かないよ♪」

 

小学生で出る道徳の表現を出しながら煙草に火をつける彼。いつもなら、受け流したり傷ついたりするのに今日は違って、真正面から貴女の言葉を受け止めていた。

 

「……その言い方されると、逆にちょっと罪悪感あるんですけど」

 

小さく息を吐きながら、あかねはじっと彼の顔を見る。

 

「というか、“チクチク言葉”って歳でもないでしょう、お兄さん」

 

何やら歳を指摘されたが気にしない。今日のお兄さんは、完全で完璧な無敵モードなのだから。

 

「……で、今日は何があったんですか。そこまでご機嫌だと、さすがに気になります」

 

「お給料が出ました♡」

 

彼女が想像していた物とは違って、割と上機嫌になっていた理由がまともだった。

 

「……思ったよりちゃんとした理由でした」

 

少しだけ拍子抜けしたように呟きながら、あかねは小さく息を吐く。

 

「もっとこう……“パチンコで勝った”とか、“勢いで変な物買った”とかかと思ってました」

 

一拍置いてから、煙草を吸って上機嫌そうにしている彼を見る。

 

「でも、それだけでそこまで機嫌良くなるんですね、お兄さん」

 

「君はお兄さんを何だと思っているんだい?」

 

確かにお兄さんはヤニカスではあるけど、パチカスではない。

 

「あれのどこが楽しいんだい?うるさいだけだし……」

 

どうやらパチンコもやったことはあるみたいだが、彼には合わなかったみたいだ。この男、酒、煙草、ギャンブルと大人になってできる娯楽は一通り経験していた。

 

「……経験済みなのは否定しないんですね」

 

あかねは呆れたようにそう返しながら、煙草を咥える彼をじっと見る。

 

「なんかもう、“やったことはあるけど向いてなかった”って娯楽、多そうですよね……お兄さん」

 

煙草を吸いながらあかねの話を聞く。

 

「お酒は吐いて、パチンコはうるさくて無理で……逆に煙草だけなんで生き残ってるんですか?」

 

「上司に誘われてパチンコに行ったんだ……うるさいし何が楽しいかわからなかったよ……帰る時に何故か5万増えてたけど」

 

また、上司から誘われて行ったらしい。楽しくなかったと言っている割にはかなり勝っていた。しかし、どうやら彼には合わなかったみたいで。

 

「……それでハマらなかったの、逆にすごくないですか?」

 

初めて勝って、その勝ちに脳を焼かれてのめり込む人はいると聞くが、残念ながら僕はそれに当てはまらなかった。うるさいというストレスの方が勝ってしまっていた。

 

「普通、初回でそれだけ勝ったら“もう一回行こうかな”ってなりません?」

 

一拍置いてから、煙草を吸う彼を見る。

 

「なのに感想が“うるさい”で終わるの、お兄さんらしいですけど」

 

「勝った記憶より……上司が2万負けて悔しがっていた方が記憶に残っているよ」

 

「……性格悪い笑い方してません?」

 

そう言われても困る。だってその方が記憶に残っているのだから。

 

「というか、自分が勝った話より、上司が負けた話の方が印象強いんですね……」

 

小さく息を吐いてから、ほんの少しだけ肩を竦める。

 

「お兄さんって、変なところで楽しみ方ズレてると思います」

 

「ありがとうあかねちゃん♪」

 

褒められていないのに、この男はポジティブに言葉を受け取っていた。今日は本当に貴女の言葉が聞いていない。

 

「……今の流れのどこをどう受け取ったら感謝になるんですか?」

 

無敵の彼に対して、あかねはもう呆れを通り越して笑いそうになっていた。ここまで堂々と都合よく解釈されると、逆に清々しい。

 

「今日のお兄さん、ポジティブすぎてちょっと無敵ですね」

 

一拍置いてから、煙草の煙をぼんやり眺める。

 

「そのテンションで仕事のミスとかも乗り切ってそうで怖いです」

 

「お兄さん、仕事でミスしたことはほとんどないよ……お兄さん優秀だから」

 

普通なら疲れるタイプの人間のはずなのに、不思議と嫌悪感は湧かなかった。

 

「……そこで急に本当に有能っぽい話やめてください」

 

あかねは信じられないと言わんばかりに彼を見ていた。今までの話を聞く限り、いい所が少なく、ダメな大人、大人になりきれていない子供という印象が強い。

 

「普段の感じでそれ言われると、どう反応すればいいのか分からないんですけど」

 

そんな彼が、仕事ができるや優秀だと言ってきたのだから信じるのは難しい。普段の行いや言動が大事だと彼を通してよくわかる。

 

「なんか、お兄さんって無駄にバランス悪いですよね」

 

「……一点特化ってロマンがあると思わないかい?」

 

「……その特化先が“仕事”なの、余計に扱いづらいんですよね」

 

どこか納得いかないように彼を見る。

 

「もっとこう……日常生活にもステータス振ってくださいよ」

 

煙草を吸い終わった彼は、いつものように貴女の隣に座る。

 

「なんで社会性と私生活がそんな極端なんですか、お兄さんって」

 

「残念……お兄さんはちゃんと家事ができます♪」

 

機嫌がいい分、いつもより面倒くさい。

 

「……そこ、ドヤ顔で言うラインなんですか?」

 

いつも以上に機嫌がいい分、ドヤ顔も磨きがかかっている。顔がいいのもあって、そのウザさに拍車がかかっていた。

 

「いや、できないよりは絶対いいんですけど……お兄さんの場合、“生活力はあるのに生活態度が終わってる”感じなんですよね」

 

仕事はできる、家事もできる、顔もいい。それなのに隠しきれない残念感が生活態度に出ていた。神は二物を与えないと言うが、まさに彼にぴったりな言葉である。

 

「でも、こうしてお兄さんは生きている」

 

「……そこ、“勝った”みたいな顔で言う台詞じゃないと思うんですけど」

 

あかねは呆れたようにそう返しながらも、ほんの少しだけ笑っていた。

 

「というか、お兄さんって“最低限生きてるからセーフ”みたいな基準で満足してません?」

 

何故わかるんだい?この子……観察眼が相変わらず、すごくて引いてしまいそうだ。

 

「もっと向上心とかないんですか。せっかく素材はいいのに」

 

「素材の味をお楽しみください」

 

「……素材のまま出していいタイプじゃないと思うんですけど」

 

素材を存分に活かして提供される料理もあるというのに。確かに調理すれば味は良くなるけど。

 

「普通、もう少し調理とか味付けとかするじゃないですか」

 

お兄さんにこれ以上味付けしたら、もっとカオスになると思うのだけど?

 

「お兄さんの場合、素材はいいのに提供方法で全部台無しになってるんですよね」

 

「あかねちゃん……褒めてもご飯奢るくらいしかしないよ」

 

「……今の会話、褒めた判定になるんですね」

 

あかねは少しだけ目を丸くしながら、呆れ半分でそう返す。

 

「というか、お兄さんって都合いい部分だけ拾うの上手すぎません?」

 

呆れながらも、あかねの表情は柔らかく笑みに溢れていた。

 

「そういうところ、本当に生きるの上手いですよね」

 

「スルーしたね……社会は荒波だからね、自然と生存能力が身につくんだよ」

 

お兄さんは給料日だから今は大丈夫だけど、そうじゃなかったら少し傷ついているよ?

 

「……その生存能力、絶対変な方向に進化してると思うんですけど」

 

変な方向とは失礼だね……心外だ。進化しているからこそ今のお兄さんがあるのに。まぁ……まだ子供だからこっちの世界についてわからないかもだけどね。

 

「普通もっと、メンタルが強くなるとか要領が良くなるとかじゃないですか」

 

彼女も彼と話し始めて、その観察眼により彼がどういう人間なのか大体察しがついていた。

 

「なんでお兄さんの場合、“都合の悪い話を流す技術”ばっかり伸びてるんですか?」

 

「さぁ……? 何でだろうね……嫌なことがありすぎたからじゃないかな?」

 

その顔は、さっきまでとは違った。笑みは浮かんでいるが、その奥底は読めない。今の言葉も本音か曖昧かすら彼女の洞察眼からしても読み取れない。

 

「……そうやって、たまに急に読めなくなるのずるいですよね」

 

あかねは静かな声でそう言いながら、彼の横顔を見る。さっきまでみたいな軽口を叩く雰囲気はそこにはなかった。

 

「いつも適当なこと言ってるくせに、たまにそういう顔するから反応困るんですけど」

 

小さく息を吐いてから、ほんの少しだけ視線を逸らした。

 

「……冗談なら、ちゃんと冗談って分かる顔で言ってくださいよ」

 

「そうかい?……でも、本音を全て曝け出す人はそうそういないよ……僕もそうだしあかねちゃんもそうでしょ?」

 

笑顔なのにどこか圧があるというか、その目は貴女を捉えて逃さない。言語化できない引力が放たれていた。さっきまでふざけていた人間とは思えないほどに……。

 

「……それは、そうですけど」

 

あかねは小さくそう返しながらも、すぐには視線を逸らさなかった。

 

「でも、お兄さんの場合……隠し方が極端なんですよ」

 

一拍置いてから、静かに続ける。

 

「普段はふざけて誤魔化してるのに、たまに急に核心みたいなこと言うから」

 

その瞬間だけ、空気が変わる。軽薄そうに見えていた男の奥に、別の何かが見える気がしてしまう。

 

「……だから、調子狂うんです」

 

「狂ったら問題があるのかい?その割にはお兄さんのこと、だいぶ雑に扱っているように見えるけど?」

 

「……それは、お兄さんが雑に扱っても大丈夫な感じ出してるからです」

 

あかねは少しだけ間を置いてから、視線を彼に戻す。

 

「ちゃんとしてる人にあんな扱いしたら普通に怒られますし」

 

遠回しにちゃんとしてないとディスられた気がするが一旦置いておこう。

 

「そういう意味では、お兄さんって……扱いの難易度だけはちゃんと低いんですよ」

 

「そうなんだね……でも、こういう考え方もあるよ」

 

「……どんな考えなんですか、それ」

 

あかねは少しだけ眉をひそめながら、彼の顔をじっと見る。警戒というより、もう“確認”に近い目だった。

 

「さっきから“でも”の後、大体変な理屈出てきてるじゃないですか」

 

彼は、その後にこう答えた。

 

「扱われているのは果たしてどっちなんだろうね?」

 

妖艶に微笑む彼の姿はどこか色っぽく、さっきとは別の意味で惹きつけられる。

 

「……そういうの、困るんですけど」

 

あかねは一拍遅れてそう言うと、ほんの少しだけ視線を外した。

 

さっきまで普通に会話していたはずなのに、急に空気の温度だけ変わったみたいで、うまく顔を見ていられない。

 

「結局何が言いたいのか分からないのに……妙に残るというか」

 

「ふふ……果たしてどっちなんだろうね。お兄さんとしてはどっちも一興だよ」

 

読みやすいのに、どこか掴みきれない。大事な部分はすべて巧妙に隠されている。

 

今の言葉も、どこまでが本音でどこからが冗談なのか判然としきれない。曖昧さのまま、余韻だけを残していく。

 

それでも、他者を引き寄せる何かが、確かに彼にはあった。珍しく今日は、あかねが翻弄される側の時間だった。

 

 







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