『天上天下 〜銀髪の蛇、宿命の檻〜』   作:トート

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第4話:覚醒の鼓動、牙を剥く鉄の規律

【一】

早朝の冷気を含んだ風が、旧校舎の裏手に広がる鬱蒼とした林を激しく揺らしていた。私立統道学園の片隅、執行部の目が届かないその空間で、土を激しく蹴り鳴らす音が絶え間なく響き渡っている。

「ハァ……ハァ……ッ! クソ、まだだ! まだ掴めねぇ……!」

凪宗一郎は、汗と土に塗れた己の拳を固く握りしめ、荒い呼吸を繰り返していた。その隣では、ボブ牧原が巨大な木の幹に向かって無数の打撃を打ち込み、鈍い衝撃音を木霊させている。

あの日、武道場で銀の放った暗黒の波動――『黒厳蛇(こくげんだ)』の暴虐に晒されてから、少年たちは自らの無力さに血の涙を流していた。我流の喧嘩拳では、あの怪物には触れることすら叶わない。姿を見せぬ時ほど、あの百九十九センチメートルの超筋肉質な体格が放つ威圧感は、彼らの心に重くのしかかり、見えない鉄格子となって精神を縛り付けていた。その絶望の淵から彼らを引きずり出したのは、高柳雅孝の言葉だった。

『お前たちが武道場で味わったのは、生身の腕力じゃない。体内の精神エネルギーを物質化させて放つ、気と呼ばれる力だ』

雅孝は静かに、しかし冷徹に、この学園を支配する異能の概念を宗一郎たちに教え込んだ。その気の力を引き出し、自らの五体を武器へと変えなければ、銀から真夜の心を奪い返すことなど絶対に不可能なのだと。

「宗一郎くん、これ……! 水、持ってきたわ!」

林の入り口から、タオルを抱えて駆け寄ってきたのは、柔らかな茶髪を風になびかせた美少女――棗亜夜であった。入学式の日に偶然出会った宗一郎の野性的な強さに一目惚れし、ただ彼を追いかけて柔剣部の門を叩いた亜夜。彼女はまだ、お姉ちゃんである真夜が銀の檻の中でどれほど深く引き裂かれているかを知らない。ただ、傷つきながらも強さを渇望する宗一郎を支えたいという、無垢な純粋さだけがそこにあった。二人はまだ、お互いの名前を交わして間もない、出会ったばかりの初々しい関係に過ぎなかった。

「おう、サンキューな、亜夜」

宗一郎は差し出された水筒を受け取り、一気に喉を潤す。

だが、その光景を少し離れた岩陰から見つめていた雅孝の拳は、きつく握りしめられていた。亜夜のその眩しいほどの白さと鮮やかな茶髪は、暗闇の中で銀に依存せざるを得ない真夜のドロドロとした暗闇を、残酷なまでに際立たせていたからだ。

「……始めるぞ、二人とも」

雅孝が冷たく声をかける。

「今日からは、実際に気を練り上げる特訓に移る。体内の大脈を意識しろ。あの男をねじ伏せるには、お前たちの爆拳を異能の領域まで爆発させるしかないんだ」

「おう、望むところだッ!」

宗一郎が吼え、ボブが不敵に笑う。少年たちの壊れゆく純粋な正義感が、絶対的な強者への反逆を胸に、血を吐くような地獄の修行へと再び身を投じていく。

【二】

同じ頃、学園の最高峰に位置する執行部会長室。

全ての明かりが落られた暗闇の中、高柳光臣は、重厚な革張りの椅子に大柄な体躯を預け、冷徹なエメラルドの瞳を妖しく光らせていた。

彼の前に置かれていたのは、柔剣部の解体を正式に決定する「学園一斉武力制裁」の執行命令書。

光臣の脳裏には、数日前に武道場で目撃した、あの忌まわしい光景が焼き付いて離れなかった。慎を殺したあの銀髪の怪物――銀が、真夜の華奢な腰をその丸太のように太い腕で強引に引き寄せ、自らの分厚い胸板の中へとすっぽりと閉じ込めた瞬間。恐怖に震えながらも、銀の肉体の熱に完全に身を委ね、銀だけを求めていた真夜のあの恍惚とした女の表情。

「真夜……お前は、あの男を愛しているというのか……。兄を殺した仇を……!」

光臣の拳から、激しい嫉妬と独占欲に応じるように、凄まじい龍の気の波動が黄金色の陽炎となって立ち上り、暗闇の部屋を不気味に照らし出す。実の弟である雅孝、および慎のもう一人の妹である亜夜までもが柔剣部に集まり、自分に牙を剥こうとしている現実が、彼の独占欲を狂気へと変えていく。

「俺が世界の秩序だ。銀……お前が姿を隠そうとも、俺は高柳のすべてを、この学園のシステムのすべてを賭けて、お前の檻を完全に粉砕する。真夜は必ずこの手で奪い返してやる……!」

光臣は冷酷に命令書の署名を走らせると、背後に控える執行部の精鋭部隊に、柔剣部の即時壊滅を命じた。

【三】

夕暮れ時、柔剣部の道場。

特訓を終えた宗一郎たちが息を整えている中、道場の空気が突如として凍りついた。

バガァァァンッ!!

道場の窓ガラスが一斉に割れ、漆黒の執行部用制服に身を包んだ精鋭部隊が、武器を構えて次々と乱入してきた。

「執行部命令により、柔剣部を今ここで解体する! 抵抗する者は容赦なく骸(むくろ)に変える!」

「なんだと……お前らッ!」

宗一郎が身構えるが、まだ気を完全に使いこなせない少年たちにとって、執行部の組織的な武力はあまりにも圧倒的だった。ボブが殴りかかるが、統制された打撃の前に弾き飛ばされる。

「待ちなさい! 宗一郎くんに触らせないわ!」

窮地に陥る宗一郎の前へと、鮮やかな茶髪を翻して真っ直ぐに飛び出したのは、亜夜であった。

彼女は恐怖にすくむどころか、棗一族の血に流れる格闘術の冴えを見せ、襲いかかる執行部員の腕を掴むと、鋭い踏み込みから鮮やかな一本背負いで床へと叩きつけた。さらに間髪入れず、しなやかな脚線から放たれる強烈な上段蹴りが別の部員を捉え、壁際へと吹き飛ばす。まだ出会って間もない宗一郎を守るため、それなりに戦える強さを見せ、凛々しく、そして誇り高く戦う亜夜の姿。

しかし、数に物を言わせた執行部の冷酷な突撃の前に、雅孝の防戦も限界を迎え、少年たちはじりじりと道場の壁際へと追い詰められていく。

「そこまでよ、無作法な犬ども」

その時、道場の奥から、冷たい鉄の擦れ合うような声音とともに、棗真夜が姿を現した。

腰に式刀『零毀(れいき)』を帯び、大人の色気と強さをまとった真夜。銀の姿はそこにはない。しかし、彼女が踏み出した瞬間、道場内に爆発的な暗黒の気の圧迫感が吹き荒れた。

それは、銀に抱かれ、その冷酷な『飴と鞭』に調教され、彼の檻に自ら溺れていくことで真夜が身につけてしまった、銀の『黒厳蛇』の残滓を孕んだ悍ましくも圧倒的な大人の気の力であった。

「な……んだ、この気は……! 棗真夜一人から放たれているものじゃない……っ!」

執行部員たちが本能的な恐怖に身を硬くする。

「消えなさい」

真夜が式刀を抜き放った瞬間、黒い大蛇の幻影のような気の刃が空間を切り裂いた。彼女は無用な殺生は絶対にせず、峰打ちや当身だけで敵を無力化する。しかし、その圧倒的な暴力の前に、執行部員の武器は正面から完璧に噛み砕かれ、一瞬にして冷酷に蹂躙されていった。兄の仇への凄まじい憎悪を胸に秘めながらも、銀の強固な熱に注がれた、それ以上に勝る狂おしいほどの愛を気の力に変えて放つ真夜の絶対的な武。

「な……んだよ、あれ……」

床に傷つき這いつくばる宗一郎は、何が起きているのかさえ分からぬまま、その圧倒的な大人の超常の力に圧倒されていた。

雅孝もまた、自分たちの届かない場所で、姿なき銀の檻の中に自ら溺れ、その色気と力を増していく真夜の姿に、激しいやきもちと無力感で胸を掻きむしられていた。

執行部の精鋭部隊は一瞬にして全滅し、道場には血の臭いと静寂だけが残された。

真夜は自らの首筋に残る主従の刻印をそっと指でなぞりながら、ここにいない銀の胸の鼓動を想い、狂おしく彼に依存していくのだった。

宿命の糸に縛られた者たちの愛憎劇は、全面戦争の幕開けとともに、もはや誰にも修復不可能な破滅の段階へと向かって、さらに加速していくのだった――。

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