『天上天下 〜銀髪の蛇、宿命の檻〜』 作:トート
【一】
ズゥゥゥンッ!! と、旧校舎の道場全体を揺るがすような重苦しい地鳴りが響き渡った。
「柔剣部のガキどもォ! 執行部特攻隊長、道海が相手をしてやるたい!」
夜の闇を切り裂き、道場の中央に立ちはだかったのは、見上げるほどの巨体を誇る修行僧・道海であった。光臣の冷酷な命令を受け、柔剣部を今度こそ完全に圧殺せんとする、執行部最強の刺客。その全身から放たれる圧倒的な気の圧迫感は、先ほどまでの精鋭部隊とは完全に次元が違っていた。
「へっ、大きなデコ助が来やがったな! 喧嘩なら、俺が相手になってやるぜ!」
凪宗一郎が、まだ包帯の巻かれた己の拳を握りしめ、果敢にも道海の巨躯に向かって真っ直ぐに飛び出した。ボブ牧原もまた、その野性的な打撃の連続で道海の死角へと肉薄する。少年たちの我流のストリートファイト、しかしその一撃一撃は、道海の強固な気の防御膜の前に、てんで通じてはいなかった。
ドォンッ!!
「がはっ……!?」
道海がただ腕を一本、力任せに振り回しただけで、凄まじい衝撃波が宗一郎とボブの身体を捉えた。少年たちはまるで木の葉のように宙を舞い、道場の壁へと激しく叩きつけられる。まだ気を完全に制御できていない彼らにとって、道海の人間離れした怪力はあまりにも絶望的だった。
「凪くん!」
茶髪を激しく振り乱しながら、亜夜が瞬時に前線へと躍り出た。彼女はそれなりに戦える一族の体術の冴えを見せ、道海の太い脚を払おうと鋭いローキックを叩き込む。しかし、道海の巨体は微塵も揺るがない。逆に道海の巨大な手のひらが、亜夜の華奢な身体を捕らえようと迫る。
「亜夜、下がれっ!」
雅孝が叫び、柔術の極意をもって道海の腕を絡め取り、その突進を辛うじて受け流した。しかし、道海の底なしの体力が少年たちをじわじわと、確実に限界へと追い詰めていく。
【二】
「そこまでよ、道海」
道場の奥から、冷たい鉄の擦れ合うような声音とともに、棗真夜が静かに歩み出てきた。
腰に式刀『零毀(れいき)』を帯び、大人の色気と強さをまとった真夜。彼女の瞳には、姿なき銀への「凄まじい憎悪とそれに勝る狂おしいほどの愛」の情念が、静かに、しかし激しく燃え上がっていた。
「棗真夜……! 会長の命令たい、大人しく執行部へ戻ってもらう!」
道海が咆哮し、その巨大な拳に凄まじい大地の気を宿して真夜へと襲いかかる。
真夜は無用な殺生を嫌う。だからこそ、これまで一般の部員たちに対しては決して刀を抜かず、峰打ちや当身だけで無力化してきた。しかし、目の前の道海は、愛する仲間たちの命を本気で脅かす絶対的な強敵。こここそが、彼女が本当の力を解放すべき「ここぞという瞬間」であった。
キィィィンッ!!
真夜が『零毀』を抜き放った瞬間、道場内に爆発的な暗黒の気の圧迫感が吹き荒れた。それは、銀に抱かれ、その冷酷な檻の中で彼に従順に飼われることで、真夜自身の魂の深奥にまで侵食してしまった、銀の『黒厳蛇』の残滓を孕んだ悍ましい波動であった。
「はあああッ!!」
真夜の流麗な一閃が、道海の放った大地の気を正面から完璧に両断した。刃は道海の強固な肌を薄皮一枚だけ切り裂き、その気の根源を正確に無力化していく。殺さず、しかし確実に戦闘不能へと追い込む、気高き部長の絶対的な剣技。
だが、道海もさるもの、自らの傷を顧みず、最後の力を振り絞って真夜の死角からその巨大な拳を振り下ろした。
「真夜さん――ッ!」
雅孝が叫ぶが、その身体はすでに動かない。
「しまっ……っ」
真夜の五体に、道海の必殺の一撃が迫る、まさにその絶望の瞬間だった。
【三】
「お前ら……俺の目の前で、大事な仲間に……手を出すんじゃねぇぇぇッ!!」
地を這うような咆哮とともに、道場の床板が爆発的に弾け飛んだ。
凪宗一郎だった。
傷だらけの身体を引きずり、仲間たちの絶対的な危機に直面したその瞬間、宗一郎の体内に眠っていた、他者の気を喰らう「魔人」の血、そして「爆拳」としての野性が、ついに本能的に完全なる覚醒を遂げ、大爆発を起こしたのだ。
宗一郎の全身から、眩いばかりの漆黒の、しかしどこか純粋な気の波動が、炎のように激しく立ち上る。
彼は目にも留まぬ速度で地を蹴ると、道海の振り下ろされた巨大な腕を、目覚めたばかりの気の拳で正面から激しく殴り飛ばした。
ズガァァァンッ!!!!
凄まじい衝撃波が道場を包み込み、道海の巨体が、今度こそ完全に宙を舞って壁へと激しく叩きつけられ、そのまま意識を失って崩れ落ちた。
「ハァ……ハァ……ハァ……っ」
拳から凄まじい気の煙を立ち上らせながら、宗一郎はその場に立ち尽くしていた。初めて目覚めた「気」の力。その圧倒的な覚醒の鼓動。
真夜は、刀を鞘に収めながら、その少年の背中を静かに見つめていた。
(目覚めたのね、爆拳が……。でも、この少年たちの純粋な光の力が、いつかあの銀の檻を壊す引き金になるかもしれない……)
姿を見せぬ銀の不気味な主従の呪縛、光臣の狂気的な嫉妬、および少年たちの覚醒。学園を揺るがす愛憎の檻は、この宗一郎の覚醒とともに、もはや誰にも止められない最終決戦の段階へと向かって、さらに激しく加速していくのだった――。