『天上天下 〜銀髪の蛇、宿命の檻〜』   作:トート

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第8話:共闘の宿命、激突する双龍

【一】

漆黒の霧を引き裂き、棗真夜の五体から噴出した『黒厳蛇(こくげんだ)』の暴走は、中央大武道場を瞬く間に地獄の底へと変貌させていた。

「あああああッ!!」

理性を完全に奪われ、銀(ぎん)への凄まじい憎悪とそれに勝る狂おしいほどの愛の狭間で絶叫する真夜。その背後から具現化した漆黒の巨蛇は、かつて彼女の兄・棗慎を破滅に導いた暴走そのものであった。無数の首が狂暴な咆哮をあげてしなり、周囲の地面を激しく叩き割る。巻き上がったコンクリートの破片が弾丸のように飛び交い、執行部の精鋭たちも、柔剣部の少年たちも、等しくその圧倒的な暴虐の嵐の前に吹き飛ばされていく。

「お姉ちゃん! 嫌、お姉ちゃん、目を覚まして!」

棗亜夜が、鮮やかな茶髪を激しい暴風に振り乱しながら、必死に姉の元へと駆け寄ろうとした。彼女はそれなりに戦える一族の体術の基礎を持っていたが、今の真夜から放たれる暗黒の気の圧力は、触れただけで人間の精神エネルギーを根こそぎ消し飛ばすほどの質量を持っていた。

「下がれ、亜夜! 近づくな!」

高柳雅孝が叫び、身を挺して亜夜の華奢な肩を掴み、後方へと強引に引き剥がした。直後、二人がいた場所へ黒厳蛇の巨大な牙が突き刺さり、クレーターのような穴が穿たれる。雅孝の拳は、愛する真夜が姿なき銀の檻に完全に魂まで侵食され、かつての慎先輩と同じ自己崩壊の道へ突き進んでいる現実への、激しい執着と無力感で血が滲むほど強く握りしめられていた。

「クソッ……! 目の前で女の子が化け物の気に呑み込まれていくのを、ただ見てろってんのかよ!」

凪宗一郎が、体内で目覚めたばかりの他者の気を喰らう魔人の血、そして爆拳の気を全身から炎のように立ち上らせながら、激しく吼えた。ボブ牧原もまた、コンクリートの壁を殴りつけ、己の無力さに歯を食いしばる。

しかし、暴走する大蛇の牙は、容赦なく傷だらけの少年たち全員を噛み砕こうと、全方位から同時に襲いかかってきた。

【二】

ズガァァァンッ!!!!

その絶対的な絶望の瞬間、少年たちの前に立ちはだかり、凄まじい黄金の龍の気をもって黒厳蛇の牙を正面から力任せに殴り飛ばした男がいた。

執行部会長、高柳光臣であった。

「……高柳の兄貴!?」

宗一郎が目を見開く。

光臣の制服は引き裂かれ、その瞳は激しい独占欲と、何よりも銀への劣等感で完全に濁りきっていた。しかし、かつて慎を救えず、今また最愛の真夜をも銀の呪縛によって失おうとしている現実が、彼の持つ高柳の誇りを最後の最後で呼び覚ましていた。

「ガキども……動けるなら構えろ」

光臣は地を幾うような低い声で、実の弟である雅孝、そして宗一郎たちに向かって告げた。

「真夜をあの銀髪の怪物の呪いから救い出す。そのためなら、俺は高柳のすべてを、この命のすべてをここで捨て去る。……お前たちのその未熟な拳、俺に貸せ!」

実の兄への激しい嫌悪を抱き続けてきた雅孝が、光臣のその剥き出しの執念を前に、初めてその目を大きく見開いた。

「……上等だ、兄貴。真夜さんを救うためなら、俺はあなたとも手を組む!」

「喧嘩なら、俺たちが一番得意なんだよッ!」

宗一郎が吼え、ボブが不敵に笑う。

ここに、統道学園の歴史の中で決して交わるはずのなかった4人の人間の意志が、かつての確執や未練をすべて削ぎ落とし、真夜を絶望の檻から救い出すというただ一つの目的のために、初めて共同の戦線を結成したのだ。

【三】

「行くぞ!! 高柳飛翔鳳拳――ッ!!」

光臣の咆哮とともに、黄金色の巨大な龍の気が武道場全体を眩いばかりに照らし出した。光臣と雅孝、高柳の血を引く兄弟が同時に地を蹴り、完璧な阿吽の呼吸で黒厳蛇の無数の首を次々と打ち砕いていく。雅孝の流麗な柔術の気が道海の時以上の冴えを見せ、大蛇の動きを一瞬だけ完璧に縛り付けた。

「そこだ、新入生!!」

「らあああッ!! 爆拳――ッ!!」

雅孝が作った一瞬の隙を突き、宗一郎とボブの二人が弾丸の如き速度で跳躍した。体内の大脈を全開に開放し、魔人の血がもたらす漆黒の爆拳の気が、宗一郎の拳に宿る。

ドガァァァンッ!!!!

宗一郎の渾身の一撃が、真夜の背後に蠢く黒厳蛇の主頭へと炸裂した。人間の執念の拳が、絶対的だった銀の呪縛の牙を、力任せにへし折ったのだ。凄まじい衝撃波が吹き荒れ、黒厳蛇の巨体が、霧が晴れるように急激に消散していく。

「あ……、あ……」

気の暴走を打ち砕かれた真夜の身体から、不気味な光が消え、彼女は力なく床へと崩れ落ちそうになった。それを、亜夜が茶髪をなびかせながら必死に駆け寄り、その細い腕でしっかりと抱き止めた。

「お姉ちゃん! よかった、お姉ちゃん……っ!」

しかし、4人の人間の意志が奇跡の共闘を成し遂げたその瞬間、武道場の天井が、文字通り跡形もなく消し飛んだ。

【四】

上空から降り注ぐ凄まじい爆風と、これまでとは完全に次元の違う絶対的な精神エネルギーの質量が、生存者全員の五体をその場に縫い付けた。

ゆっくりと舞い降りてきたのは、百九十九センチメートルの圧倒的な巨躯を誇る、あの銀髪の男――銀であった。着流しの衣服の上から特製の鎧をまとったその姿は、一片の傷もなく、そのエメラルドの瞳は、世界のすべてをゴミのように見下ろす冷酷さに満ちていた。

「……ガキどもの玩具の連携か。随分と不作法な真似をしてくれたな」

地を幾うように低く、冷たい鉄の擦れ合うような声音が響き渡る。

銀は最初から、真夜の気が暴走し、光臣たちがそれをどう打ち破るか、すべての盤上の駒の動きを冷徹に品定めしていたのだ。彼にとって、実の兄弟の共闘も、新入生の爆拳の目覚めも、ただの退屈な余興に過ぎなかった。

「銀……ッ!!」

光臣が、ボロボロの身体を奮い立たせ、再び黄金の龍の気を拳に宿して銀へと向かって突撃した。

だが、銀は眉一つ動かさない。

銀が一歩を前に踏み出した瞬間、彼の全身から、真夜のそれとは比較にならない、本物の『黒厳蛇』の暗黒の気が、津波となって武道場全体へと押し寄せた。

「がはっ……!?」「うわあああっ!?」

光臣の放った鳳凰の拳は触れることすら叶わず一瞬で噛み砕かれ、雅孝、宗一郎、ボブの4人は、その絶対的な質量の前に、再び床へと激しく這いつくばらされた。生身の怪力と異能の頂点。やはり、彼らの純粋な正義や執念では、この銀髪の怪物には1ミリも届かないという、決定的な、そして無残な絶望。

銀は寝そべる男たちには目もくれず、亜夜の腕の中で息を荒げる真夜の前へとゆっくりと歩み寄った。

「真夜。お仕置きの時間だ。お前のその醜い歪んだ情念の代償を、その五体に直接刻み込んでやる」

銀の無骨な手のひらが、真夜の細い首筋を掴もうと冷酷に伸ばされる。

真夜は涙を流しながら、兄の仇への凄まじい憎悪を胸に燃やしつつも、目の前にそそり立つ銀の頑強な体躯の熱、およびこれから与えられるであろう苛烈なお仕置きの後の甘い愛撫への狂おしいほどの愛に、その精神は完全に屈服していた。もう、引き返せない。

宿命の糸に縛られた者たちの愛憎劇は、怪物の完全なる再臨により、真夜が自らの手で愛を終わらせる悲劇の最終回へと向かって、もはや誰にも止められない破滅の段階へと突入していくのだった――。

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