夜にこいしちゃんとお話するだけ   作:居酒屋の枝豆

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こいしちゃんと夜にお別れするだけ

三度目に会った夜は、少し変だった。

 

こいしちゃんがいなかった。

 

いつもの橋にも。

 

川沿いの道にも。

 

公園にも。

 

いそうな場所を何となく歩いてみたけれど、見つからない。

 

当たり前だ。

 

元々、待ち合わせなんてしたことがない。

 

連絡先も知らない。

 

会う約束だってしたことがない。

 

だから会えないことは普通だった。

 

普通なのに。

 

少しだけ落ち着かなかった。

 

夜風が妙に冷たく感じる。

 

結局その日は一人で歩いて帰った。

 

 

 

そして次の夜。

 

駅前の広場を通った時だった。

 

「いた」

 

声がした。

 

振り返る。

 

こいしちゃんだった。

 

自動販売機の横に立っている。

 

まるで昨日も会ったみたいな顔で。

 

「こんばんは」

 

「こんばんは」

 

返事をしながら思わず言う。

 

「昨日いなかったね」

 

すると彼女は少し目を丸くした。

 

本当に少しだけ。

 

「あれ」

 

そして笑う。

 

「探したの?」

 

その一言で、何だか気まずくなった。

 

探したというほどではない。

 

でも探した。

 

否定できない。

 

「まあ、ちょっと」

 

「ふーん」

 

こいしちゃんはそれ以上何も言わなかった。

 

ただ少しだけ嬉しそうだった。

 

 

二人で駅前を離れる。

 

終電も終わっている時間だった。

 

昼間は人で溢れる場所なのに、今はほとんど誰もいない。

 

自転車が数台。

 

コンビニの明かり。

 

遠くを走るタクシー。

 

夜になると街は骨組みだけになる。

 

そんな気がした。

 

「ねえ」

 

こいしちゃんが歩きながら言う。

 

「人って変だよね」

 

「急だね」

 

「だって昨日いなかっただけでしょ」

 

月を見上げながら続ける。

 

「なのに気になるんだ」

 

図星だった。

 

「そういうものじゃない?」

 

「面白いなあ」

 

彼女は本当に不思議そうだった。

 

「こないだまで知らなかった人なのに」

 

夜風が吹く。

 

髪が揺れる。

 

「いなくなると変になるんだね」

 

その言葉に答えられなかった。

 

たぶん、そういうものだから。

 

 

川沿いまで歩く。

 

雨の気配がした。

 

まだ降っていない。

 

でも空気が湿っている。

 

遠くで雷が鳴った気もする。

 

こいしちゃんは手すりにもたれた。

 

そして珍しく黙る。

 

何か考えているみたいだった。

 

「どうしたの?」

 

聞く。

 

すると彼女は川を見たまま言った。

 

「わたしさ」

 

少し間。

 

「もし突然いなくなったらどうする?」

 

夜の音が一瞬遠くなる。

 

川の流れる音。

 

木の揺れる音。

 

車の音。

 

全部。

 

「なんでそんなこと聞くの」

 

「聞いてみただけ」

 

こいしちゃんは笑う。

 

でもいつもの笑い方じゃなかった。

 

どこか遠くを見る顔だった。

 

「どうするかな」

 

少し考える。

 

「最初は探すと思う」

 

彼女は黙って聞いている。

 

「でも見つからなかったら」

 

川を見る。

 

揺れる光を見る。

 

「たぶんまた夜に歩くと思う」

 

「なんで?」

 

「分からない」

 

本当に分からなかった。

 

でもそうする気がした。

 

「もしかしたら会えるかもしれないから」

 

こいしちゃんは何も言わない。

 

しばらく黙っていた。

 

 

 

やがて小さく笑った。

 

「そっか」

 

それだけだった。

 

でもどこか安心したようにも見えた。

 

 

 

帰り道。

 

最初に会った十字路を通る。

 

道路脇のミラーが街灯を反射している。

 

街灯なんてないのに。

 

「ねえ」

 

こいしちゃんが言う。

 

「覚えてる?」

 

「何を?」

 

「最初に会った時」

 

もちろん覚えている。

 

十字路に立っていた夜。

 

名前も知らなかった夜。

 

「覚えてるよ」

 

そう答えると。

 

彼女は少し笑った。

 

「よかった」

 

その声は小さかった。

 

風に紛れそうなくらい。

 

 

 

別れ道に着く。

 

いつものように立ち止まる。

 

「じゃあね」

 

「じゃあね」

 

いつも通り。

 

本当にいつも通りだった。

 

なのに。

 

こいしちゃんは去り際に一度だけ振り返った。

 

街灯の光の中で。

 

少しだけ寂しそうな顔をしていた。

 

「またね」

 

そう言った。

 

今までで初めて。

 

"じゃあね"じゃなくて。

 

"またね"だった。

 

 

 

その姿が見えなくなった後も。

 

しばらくその場を動けなかった。

 

夜風が吹く。

 

遠くで雷が鳴る。

 

もうすぐ雨が降るだろう。

 

もうこいしちゃんには会えないような、

 

そんな気がした。

 

理由は分からない。

 

けれど夜というものは時々、未来の気配だけを先に運んでくる。

 

まだ起きていない出来事の影を。

 

月明かりみたいに静かに。

 

僕は月を見上げため息をついた。

 

道端の小石にゆっくりと目を向け、少し笑った。

 

僕は1人、夜に溶けるように、ゆっくり帰路に着いた。




一応完結です。個人的には大好きで書いててなんかすごく楽しかったです。自分も夜が好きでよく散歩に出るのですが、これを書き始めてから近所の公園のブランコを毎回チェックするようになりました。不審者ですね。もし好評だったりまた書きたくなったら続き出るかもしれないですね。感想とか頂けると大変励みになります。最後に、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。
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