かませ転生〜力自慢で老け顔で土属性で斧使いな俺は、なぜか美少女退魔師達に囲まれている〜 作:みこ
妖魔は、人を喰う。
それは現代日本において、小学生ですら知っている常識だった。
もっとも、テレビや新聞でそう表現されることはない。公的には“妖災”という曖昧な言葉へ置き換えられ、被害規模も詳細も伏せられる。高速道路で発生した集団失踪も、山村で起きた住民消失も、夜の繁華街から若者ばかりが消えた事件も、表向きにはガス爆発や土砂崩れ、あるいは凶悪犯罪として処理される。
だが実際には違う。
この国は千年以上前から、人ならざるモノとの戦争を続けていた。
鬼。妖狐。天狗。怨霊。魔族。あるいは、妖魔化した元人間。
それらは時代が変わろうと絶えることなく、人間を喰らい、犯し、穢し続けている。
だから人類は、それに抗う術を発展させてきた。
陰陽術。
霊力を操り、結界を張り、式神を使役し、妖魔を討つための異能体系。そして、その力を国家規模で管理するために存在する組織が、国家陰陽師管理庁――通称、陰陽庁である。
もっとも、その実態は決して理想的な守護組織などではなかった。
名門同士の派閥争い。
予算の横領。
妖魔との癒着。
責任転嫁。
功績の奪い合い。
現場では陰陽師が死に続けているというのに、中央では今日も権力争いが続いている。
だが、それでも戦わなければならない。
妖魔は待ってくれないからだ。
「右脚を止めろォ!!」
怒号と同時に、巨大な影がビル壁へ激突した。
コンクリートが砕け、粉塵が吹き荒れる。
夜の工業地帯は、封鎖結界の内側でなお騒がしかった。警戒灯の赤色が濁った夜気を断続的に染め、崩れた工場群の隙間では陰陽師達が慌ただしく走り回っている。
霊力灯の青白い光が粉塵を照らし、その向こうでは結界班が陣式維持のため怒鳴り合い、救護班が血塗れの負傷者を運び出していた。
空気は最悪だった。瘴気が肺へまとわりつく。妖魔の体臭と人間の血の匂いが混ざり合い、息を吸うたび喉の奥へ泥水を流し込まれているような不快感があった。
現場へ投入されていた陰陽師達は、誰もが顔を強張らせていた。だが、その場にいる誰一人として、今さら後ろへ下がることはできない。
結界の中心にいる“アレ”を外へ出せば、被害はこの程度では済まないからだ。誰かが止めなければならない。けれど、誰もがそれを理解しているからこそ、足がすくんでいた。
二級妖魔、鬼種。
三メートルを超える赤黒い巨体は、半壊した工場棟の中央でゆっくりと息を吐いていた。筋肉は異常なほど膨張し、額から生えた二本角は鉄杭のように太く、口元からはまだ人肉らしき破片が唾液と共に垂れていた。
先ほど喰ったばかりなのだろう。工場作業員か、それとも応援へ来た陰陽師か。
鬼が一歩踏み出す。
それだけで地面が揺れた。
新人陰陽師の一人が青ざめ思わず後退りする。だが、その肩を掴んで止めた者がいた。
「ひっ……!」
「下がってろ」
低く、重い声だった。
九条巌。
百九十越えの長身。鍛え抜かれた体躯。鋭い眼光のせいで年齢以上に老けて見える顔立ちは、学生というより現場叩き上げの退魔師に近い。狩衣の上からでもわかる分厚い筋肉と、その両手に握られた巨大な戦斧が、男の戦い方を何より雄弁に語っていた。
「巌さん、一人じゃ――」
「お前らは結界を維持しろ」
巌は鬼から目を逸らさないまま言った。
「こいつを抑えてる間に、外周を固めろ。抜かれたら終わりだ」
「ですが……!」
「邪魔だ」
短く、それだけ。
新人達は言葉を失った。
実際、その通りだった。
二級の妖魔、それも鬼相手では、中途半端な援護など邪魔になるだけだ。制御の甘い術は巌の行動を阻害し、下手に前へ出れば鬼の攻撃範囲にも入る。
この男の戦い方は、味方との連携を前提にしていない。敵ごと周囲を叩き潰す、純粋な重量級前衛戦闘だ。
鬼が吼えた。
空気が震える。
瞬間、巌は巨斧を逆手気味に持ち替え、その石突を地面へ叩きつけた。
「土よ、穿て!地穿走崩《ちせんそうほう》――急急如律令!」
低く落とした声に、周囲の霊気がざわりと揺れる。巌は巨斧の石突を、躊躇なく地面へ叩きつけた。
鈍い衝撃が走ったかと思うと、その場のアスファルトが内側からひび割れ、一直線に隆起した土塊が地脈を走るように鬼へ向かって突き進んだ。
地を走る牙のようなそれは、ただ盛り上がるだけではない。刃のように尖った土杭が連なり、地面を穿ちながら真っすぐ敵へ到達し、鬼の足元をえぐるように突き上げた。
「――グッ、ォオオオオ!!」
轟、と遅れて破裂音が上がった。鬼の片脚が土杭に裂かれ、巨体が大きく傾ぐ。だが、それでも倒れない。妖力で補強された筋肉が盛り上がり、無理矢理に体勢を立て直そうとする。
そこへ巌は、もう一歩、踏み込んだ。
地面を蹴るたびに、革靴の下で砕けたコンクリートが跳ねる。
巨体に見合わぬ機動で懐へ入り、斧を横へ払う。鬼が腕で受けるも妖力が不十分だったのか、次の瞬間には腕は完全に切り裂かれる。
斧を霊力で強化し、硬度と破壊力を引き上げた一撃は、生半可に受け止めるという選択肢そのものを壊していく。
「大地よ、砕けて穿て! 土裂斧陣《どれつふじん》、急急如律令!」
斧が振り抜かれた軌道に沿って、地面がもう一度、今度は扇状に跳ね上がった。
無数の土刃が斧の軌道へ追従するように跳ね上がり、鬼の脇腹へ殺到する。肉が裂け、骨が軋み、赤黒い血飛沫が噴き上がり、鬼が咆哮した。
だが、それでも倒れない。
二級鬼種。都市災害級。そもそも簡単に死ぬ相手ではない。
鬼は半ば強引に身体を捻り、そのまま巌へ頭突きを叩き込んだ。
鈍い衝撃。
巌の身体が吹き飛ぶ。
工場壁面へ激突し、コンクリートが陥没した。
「巌さん!!」
誰かが叫ぶ。
だが次の瞬間、瓦礫が内側から吹き飛んだ。
巌が出てくる。
額から血を流しながら、それでも斧を握ったまま。
「……流石に効いたな」
吐き捨てる声は、むしろ獰猛だった。
鬼が迫る。巌もまた前へ出る。
鬼の拳が振るわれる。まともに喰らえば大型トラックに正面衝突されるような威力だろう。
だが巌は避けず、真正面から斧を振り抜いた。
激突、耳をつんざく破砕音。
鬼の拳と巨斧がぶつかった瞬間、衝撃波が周囲へ爆散した。砕けたアスファルトが弾丸みたいに飛び散り、周囲の工場窓がまとめて吹き飛ぶ。
陰陽師達が反射的に腕で顔を庇った。押し返したのは巌だった。鬼の腕を真正面から弾き飛ばし、そのまま懐へ踏み込もうとし、今度は肩口へ斧を叩き込む。
鬼は腕を振り回し、工場支柱ごと薙ぎ払う。鉄骨が飛ぶが巌はその瓦礫を逆に踏み台にして高く跳び、落下の勢いを乗せて鬼の頭部へ斧を振り下ろした。
「砕けろォッ!!天穿貫槌《てんせんかんつい》――急急如律令!」
鬼の頭蓋骨に直撃した刃は、骨の芯まで叩き割った。衝撃で周囲一帯の地面が陥没した。
その直後だった。
ぐらり、と頭上の鉄骨が鳴る。
すでに限界だった支柱が、鬼の突進と巌の術式の余波に耐えきれず、嫌な軋みを立てた。巌が反応するより早く、天井が崩れる。鉄骨、瓦礫、コンクリート片。
逃げ場のない雨が降り注ぎ、その一撃の中に紛れた硬質な破片が、巌の頭部へ嫌な音を立てて叩き込まれた。
痛みと共に視界が白く弾ける。音が遠のき、足の感覚が消える。
そして彼は、“別の人生”を見た。