魔王軍の統括者である第14代魔王にして特級死神のベルヴェデーレは睡眠不足であった。
魔王軍の課業終了時間である午後6時を大幅に過ぎ、日付が変わる直前に魔王軍参謀本部への長文の業務指示メールが正常に送信されたのを確認してため息をついた。
(今から家に帰っても寝るだけだしなぁ…)
魔王の業務は大変な激務であるが、人類領域に「勇者」が発生して以降は特に尋常では無かった。
家族を実家に帰しておいたのは我ながら名案だったと思いながら大きくあくびをすると、むき出しの骨がキシと音を立てる。
魔界元老院からの資料催促は多く時間を選ばない。
魔界防衛協力団体との調整は毎回骨がキリキリと軋む音が鳴る程気を使う。
人事書類の最終決裁、新規兵器と攻撃魔法に関する研究会への参加は正直魔王本人がしなくても誰も困らないと思う。
訓練場付近の住民からの苦情対応の指示、訓練中第2級魔法暴発による死傷事案の記者会見…これらは流石に自身でやるべきか…
元々分刻みのスケジュールで働いていたが、ここ数ヶ月は更に過密になり、
参謀本部からの各作戦に関する指導受けは副魔王まで終わったものが執務室の端に積み上がっている。
いっそ副魔王をもう一人任命して、作戦全般指揮と各種行政対応事案を二人の副魔王に一任し、自分は魔印ポチポチマシーンになろうかとも考えたが生来の真面目さと面倒見の良さがそれを許さなかった。
(勇者ね…)
ベルヴェデーレは自身の業務を圧迫している原因に思いを馳せる。
数ヶ月前に人類領域で探知された「勇者」と呼称される巨大な生命反応の持ち主は、魔王軍による2度の抹殺作戦から生き延び魔界は依然脅威に晒されていた。
生き延びてしまったというのは語弊があるかもしれない。
勇者は周囲の人間個体の生命力を吸収することで絶命から復活する。
魔界で数年前に流行ったコンピューターゲームを思い出す。
プレイヤーが操作する魔族は周囲の魔力を吸収し、何度死亡しても復活するのだ。
理不尽とも言えるゲーム難易度と、ゲームオーバーというメタ的な演出を上手くエンタメに昇華したものだと当時は舌を巻いたものだが、息子が受験勉強を放り出して熱中し始めてからは目の敵にしていた。
物思いにふけながらテラテラとまばゆい蛍光灯に目を細めていると、デスクトップに総務部からの新着メールの通知が入る。
渋々と確認すると、第2次勇者抹殺作戦に参加していた参謀本部運用部1科長コウメの退官と叙勲に関するメールであった。
(きついなぁホント)
冷え切ったコーヒーの存在を思い出し、チロチロとすすりながらコウメの事を思い出す。
コウメは優秀だった。
人型魔族「雪女」の中でもとりわけ美麗な容姿は魔王軍外にファンクラブが存在する。
1級二つ名「白銀」を下賜される程の広域制圧戦闘能力は数多くの戦線で猛威を振るった。
業務のレスポンスは早く、部下からの信頼も厚く、運用1科が所掌する戦闘教範の編纂のような細かな政治的判断が必要な業務も卒なくこなす優等生であった。
少し古くなった執務室の蛍光灯は時折チカッと点滅するので、考え事をするには鬱陶しい。
先の第2次勇者抹殺作戦「ワダツミとフユショウグン作戦」における勇者の反撃は、コウメの左腕左足を蒸発させた。
二つ名を持つ魔族が戦傷により退官する事は珍しく、作戦終結報告は参謀本部でも驚きと共に迎えられる事になった。
コウメは事ある毎に周囲の魔王軍団員から婚期の遅れを揶揄われており、本人は「仕事引き継いでくれるなら辞めて結婚します」等と返していたものであったが、まさかこのような形で退官とは誰も予想はできなかっただろう。
ベルヴェデーレはこのような状況でも「いい魔族が見つかるといいが」という不謹慎で下世話な考えが頭をよぎったことに自分自身で驚き、苦笑いをしながら大きめのマグカップに残った苦いコーヒーを飲み干した。
再びため息をつき、総務部のメールにはいつものように返信することにした。
了解
と。
見つけてくれてありがとうございました。
https://syosetu.org/novel/403788/
と世界観を共有してます。
(というか上記登場人物の魔王様に視点を当てたものです)
どちらものんびり書き進めますので付き合ってくれたら嬉しいです。