結局レオは夜明け前に資料を提出してくれた。
資料提出と同時に「今度飲みにでも」と言われた時には退職依願かと思ってヒヤヒヤしたものだが、単に気遣ってくれただけらしい。
可愛く、優秀な部下の誘いを断る理由をベルヴェデーレは持ち合わせなかった。
魔王城近傍の居酒屋「マジで悪鬼」は朝まで営業している。
完全個室制の創作居酒屋はお席で喫煙可能というのをウリにした参謀本部御用達の良店だ。
「久しぶりにマジ悪来たなぁ…勇者出てからはご無沙汰だね。」
ベルヴェデーレは年の割には重めなタバコ「ソウルスナッチ」に火を点ける。
周囲のタバコの匂いと揚げ物の香りを含んだ空気と共に紫煙を吸い込むと、体がどっと重くなったような疲労感を感じた。
鼻からテーブルに叩きつけられた煙は広がり、やがて店内の匂いと混ざって見えなくなる。
「ですね。最近は本部も打ち上げしてませんし、若い子誘うのもハラスメントやらで気を使いますから。」
レオは席に備え付けられた注文用パッドを操作しながら言う。
「魔王様どうします?」
「ノンアルで何か炭酸、あーいや、やっぱりヘルウォーカー炭酸割りで」
「承知しました。」
慣れた手つきでパッドを操作するレオを見ると刺身、串焼き、焼きナス、キムチ、煮卵を注文していた。
「コウメのことだろう?」
ベルヴェデーレが2本目に火を点けながら聞くと注文を終えたレオの動きが止まる。
「わかります?」
今度はゆっくりと紫煙を吐き出す。
「まぁこれでも魔王だからね。君たちの事はよく見ているよ。」
ベルヴェデーレは半分ほど残ったタバコを灰皿に押し付けて消した。
「残念だったね。」
レオはパッドを充電器に戻す。彼に顔があればきっと悲しそうな顔をしているのだろう。
「お恥ずかしい話、自分は参謀畑なもので直属の部下をこうして失うのは初めてで…なんと言っていいやら…」
失礼しますと飲み物と煮卵が運ばれてくる。
酔いたい気分なのだろう。レオは随分度数が高い酒を頼んでいた。
「仕方ないよ。戦争だからね。」
「コウメをアサインさせたのは自分です。」
「けど君が持ってきた計画に印を押したのは私だよ。違うかい?」
レオが黙るのでベルヴェデーレは沈黙を無視して煮卵を口に運び酒で押し流す。安い味がした。
「…大規模侵攻の副魔王様までの指導受けは終わりました。
沢山死にます。」
レオはまだ酒に口をつけていない。
ベルヴェデーレはわざとらしく視線を外してタバコに火を点けた。
「戦争だからね。仕事だよ。早く慣れた方がいい。」
「そういうものですか…」
「そういうものだよ。
計画は明日昼イチ見るので持ってきてくれる?」
「承知しました。レイン殿も同席させてもよろしいですか?
一部補足してもらいます。」
「レイン君がいいなら問題なし。」
承知しましたと言いながらレオはやっと酒に口をつけた。