世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録   作:ルーズベルト(-5㎏)

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本作は、誰もが知るあの「愛と勇気」の物語を、バイオパンクSF・ディストピアとして再構成した独自解釈シリアス小説です。

※キャラクターの異形化、冷徹なシステム描写、融合・漂白などの残酷描写が含まれます



0. 祝福された無菌室

世界は、圧倒的な慈愛によって満たされていた。

 

幾世代にもわたり、この街の夜明けは常に同じ色彩、同じ温度で塗り潰されてきた。東の地平線から昇る太陽は、デジタル制御されたかのように寸分の狂いもなく大気を暖め、街を包むドーム状の防壁に反射して、柔らかな琥珀色の光を投げかける。ここには嵐もなければ、凍えるような冬もない。季節という概念はとうに失われ、永続する春だけが約束されていた。

 

時間の概念さえ摩耗するほどの長い年月、この街の住民たちは、飢餓の苦しみも、老いる恐怖も知らずに生かされている。昨日と全く同じ今日が訪れ、今日と寸分違わない明日が保障されている――その絶対的な永続性こそが、彼らに与えられた最高の幸福だった。誰もカレンダーをめくろうとはしない。なぜなら、日付が変わることに何の意味もないからだ。病を患う者も、衰えて死を待つ者もいない。街の人口は常に一定に保たれ、見えざる手によって完璧にコントロールされていた。

 

毎朝、街の中央広場には、鼻の丸い巨大な移動式要塞『アンパンマン号』が厳かに着けられる。金属製の重厚な装甲を持ちながらも、どこか愛嬌のある意匠を施されたその車体は、超低音の駆動音を響かせながら、排気口から無菌の白い蒸気を吐き出していた。

 

ハッチが油圧音を立てて開くと、そこには白い衣服を纏い、ふくよかで優しい笑みを浮かべた老人――ジャムおじさんが立っていた。その帽子にも、衣服にも、塵一つ、あるいは焦げ目のシミ一つすら付着していない。

 

「さあ、みんな。今日も一日、仲良く元気に過ごすんだよ」

 

老人が手袋をはめた手で差し出すのは、非の打ち所がないほど美しく焼き上げられた、純白のパンだった。

 

【挿絵表示】

 

一切の雑味や苦みが排除された、脳を直接マッサージするような完璧な人工の甘みが、ふんわりとした生地から漂う。数十年、あるいは数百年もの間、この街の命を繋ぎ、その思考を白く染め上げ続けてきた聖体(パン)だ。

 

「わあ、ジャムおじさん、ありがとう!」

「おいしい! 毎日こればっかり食べていたいよ!」

 

カバオも、ピョン吉も、ウサ子も、誰もが幼児のように瞳を輝かせ、その温かいパンに飛びついた。彼らは擬人化された動物の形を模してはいるが、その実、野生の記憶など一片も残っていない。

 

一口齧れば、胸の奥にある漠然とした不安も、夜の闇への恐怖も、すべてが霧のように消え去っていく。彼らの虹彩がわずかに開いたことに、気づく者は誰もいなかった。ただ、極上の多幸感と安全保障だけが、全身の細胞を静かに駆け巡った。

 

「ジャムおじさんは、僕たちの優しい神様だね」

 

子供たちが口々にそう呟き、お互いの顔を見合わせて無垢に笑い合う。

その笑顔には一点の翳りもなく、彼らの流す涙は常に「感謝」のためだけに用意されていた。彼らのコミュニティには、怒りや嫉妬、あるいは「ここではないどこか」を望むような不穏な衝動は存在しない。街の外に広がる荒野がどうなっているのか、この防壁の向こうに何があるのか、それを疑問に思うための前頭葉の機能すら、毎朝のパンによって優しく抑制されている。

 

大気はどこまでも清浄で、正しかった。

この完璧に管理された「楽園(無菌室)」が、どれほど冷徹なレシピによって維持されているのかを、そして自分たちの血統がどれほど長い間、遺伝子レベルで「飼育」されてきたのかを、その時の彼らはまだ、誰も知る由もなかった。

 

彼らはただ、丸く、白く、優しく捏ね上げられた世界の中で、幸福そうに咀嚼を続けていた。

 

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