世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録 作:ルーズベルト(-5㎏)
ピーーーー、ピーーーー──。
中央研究室の冷たいコンクリート壁に、侵入者を告げる無機質なブザーが鳴り響いた。
赤く点滅するアラートの光が、培養ケースの中でうねる青黒い真菌『るんるん』の波を妖しく照らし出す。ばいきんまんは即座にコンソールを遮蔽し、るんるんのケースを庇うようにして身を構えた。
ドキンは弾かれたようにその背後に隠れ、真紅の爪が剥げ落ちた指先で彼の肩を強く掴む。あの恐るべき白い光を放つ人形がもうここまで嗅ぎつけてきたのか──室内の空気は一瞬で凍りついた。
しかし、ハッチの向こうから聞こえてきたのは、地響きのような突撃音ではなかった。
ガタ、……ガサリ。
何か重い肉塊が鉄扉にぶつかるような、ひどく頼りない音が微かに響く。外側から手探りで、狂ったようにロックレバーを弄んでいるのだ。カチリ、と油圧が抜ける鈍い金属音が静かに室内に落ち、プシュー……と不規則な排気音を漏らしながら、重厚な気密ハッチが自重でわずかに隙間を開けた。
その僅かな隙間から、バイキン城の重油の匂いを押し流すようにして、外の世界の圧倒的な冷気と、真菌の胞子を含んだ生温かい霧がなだれ込んでくる。
防護隔壁の隙間にしがみつくようにして、ずるりと床に転がり込んできたのは──泥にまみれ、肥大した少年の巨体だった。
「カバオ……?」
ドキンが呆然と声を漏らした。
配給所で、いつも夢中でパンを頬張っていた、肥えた少年には見覚えがあった。
カバオはドキンを見上げる余裕すらなかった。ハッチを閉める力も残っておらず、ただ床に両膝を突き、自身の胃液をコンクリートに激しく吐き散らした。
肺が激痛を訴えて焼ける。
喉の奥には、吸い込み続けた外の世界の鉄臭い空気と真菌のざらついた感触がべっとりと貼り付いて離れない。
半日以上、ただひたすらに走った。
埃ひとつない白い配給所。無言でパンを受け取り、咀嚼し、また列に戻っていく住人たち。その中に混じって、自分も同じように口を動かしていた。
ふと、それがたまらなく気味悪くなった。息が詰まった。気づけば、誰も開けようとしない外壁の非常扉を、夢中で叩いていた。
扉の向こうに待っていたのは、断裂したアスファルトと、赤い警告灯だけが瞬く工業廃墟だった。
それでも、戻りたいとは思わなかった。
あの白い檻に戻るくらいなら、外で野垂れ死ぬ方がまだマシだった。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
脂汗と泥に濡れた巨体が、冷たい床の上でピクピクと痙攣する。
限界を迎えた防護服の循環ファンが、カタカタと哀れな悲鳴を上げて止まった。
「……もう、嫌なんだよ……」
掠れた声が、バイキン城の重苦しい空気の中に落ちていく。
「あんなとこで、飼われてるみたいに生きるの……もう……っ」
ただ「あそこには居られない」という本能だけで地獄の荒野を抜けてきた、もう一つの不格好なバグ。
ばいきんまんは、その泥まみれの少年を冷徹に見下ろしながらも、その瞳の奥にあるドームへの絶対的な拒絶の色を、静かに読み取っていた。