世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録 作:ルーズベルト(-5㎏)
世界は白く去勢されていたが、その代償を受け止める「黒い器」が世界の果てには必要だった。
少女――ドキンは、バイキン城と呼ばれる巨大な廃棄物処理場の最上階で、退屈そうに爪を眺めていた。爪先に塗られた不自然なほど鮮やかな真紅のポリッシュだけが、鉛色の空の下で異彩を放っている。部屋には、排気ダクトから逆流した重油の混じる生暖かい風と、鉄錆の退廃的な匂いが充満していた。
『バイキン城』――それは、あの清浄で無垢なドーム状の楽園から文字通り「濾過」され、排斥されたすべての毒素とスクラップが堆積する、世界のゴミ溜めだった。幾重にも絡み合うねじ切れた高圧パイプ、腐食した溶鉱炉の残骸、そして天を突き刺すように聳え立つ二本の不気味な尖塔。城の全体が、まるで巨大な生物の死骸のように黒く錆びつき、時折、大気を紫に染める有害な化学ガスの煙を吐き出している。街の人々が毎朝貪る「純白のパン」の製造過程で生じる、あらゆる負の遺産――産業廃棄物や去勢された感情の残滓――がここに集約されていた。楽園の白を維持するためには、この漆黒の排気口が不可欠だったのだ。
ドキンが身を置く最上階の部屋には、そのおぞましい外観とは裏腹に、どこか歪んだ愛着を感じさせるジャンク品が並んでいた。ばいきんまんが廃棄物の山から拾い集め、油まみれの手で修復したアンティークのソファや、ノイズ混じりの古いレコードプレーヤー。彼女の纏う衣服も、街の配給品とは異なる、色褪せた、しかし明確な個性を主張する古着だった。彼女にとってこの不衛生な城は、世界で唯一本物の息遣いを感じられる「隔離された揺り籠」に他ならなかった。
階下からは、絶え間なく金属を削る不快な高音が、鼓膜を引っ掻くように響いている。
彼――「ばいきんまん」と呼ばれる少年が、また新しい『玩具』を作っているのだ。
広大な地下ドックのセンターコンソールで、少年は無数のホログラムディスプレイに囲まれていた。彼が紡ぎ出しているのは、世界を腐敗させ、無に帰すための、美しくも禍々しいウイルス兵器。それはジャムの構築した絶対的無菌管理プログラムを内側から食い破り、家畜化された住民たちに「病」という名の不完全さと、失われた「自我」を強制受肉させるためのアンチコードだった。少年の指先は常に潤滑油で黒く汚れ、その瞳は狂気的な熱量で充満していた。
「ねえ、それを作ってどうするの?」
少女の問いは、天井の通気口を通じて階下のドックへと吸い込まれていく。
少年は手を止めず、コンソールの紫色の光に照らされた顔に歪んだ笑みを浮かべた。その笑みには、世界への絶対的な諦めと、それを凌駕する破壊衝動が混ざり合っている。
「決まっているだろう。あの『出来損ないの人形』を壊すためさ」
少年が言う「人形」とは、ジャムという名の老錬金術師が作り上げた何かだ。それ以上のことを、ドキンは知らない。ただ、少年がその話をするとき、いつも同じ目をすることだけは知っていた。――世界そのものを憎む目を。
「僕はね、彼に教えてあげたいんだよ。君の優しさは、ただのプログラムされた狂気だ、ってね」
少年が油塗れのレバーを引き絞ると、ドックの最奥で眠っていた鋼鉄の巨躯が、ゆっくりと目を覚ました。
禍々しい赤色の光を放つ単眼(モノアイ)。剥き出しのリベットと、何層にも重ねられた重厚な鈍色の装甲プレート。怪物――『だだんだん』が、骨を震わせるような重低音を響かせて駆動した。油圧シリンダーが激しく軋み、バイキン城の全電力を吸い上げるようにして周囲の空気からパチパチと火花が爆ぜる。
それは、世界の維持(滅菌)を望む神への、あまりに孤独で、あまりに苛烈な反逆の始まりだった。漆黒の酸性雨が城の鉄格子を激しく叩きつける。その音だけが、しばらく続いた。