世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録 作:ルーズベルト(-5㎏)
バイキン城・中央研究室。深夜。
ばいきんまんはホロ・テーブルに向かい、前回の戦闘データを展開していた。
ルンルンはしょくぱんまんのUV-Cに焼かれた。菌糸を伸ばす前に死ぬ。接触できない。つまり、生物兵器では届かない距離がある。
「光に強いもの。あるいは、光が届く前に仕留められるもの」
ばいきんまんは独り言を続けた。
UV-Cは電磁波の一種だ。電磁波に対して最も有効な干渉手段は何か。答えは単純だ。より強い電気エネルギーで上書きする。高圧の電撃ならば、UV-Cの照射よりも速く、より広い範囲に届く。しかも電撃は乾燥装甲を無効化できる可能性がある。完全乾燥装甲は絶縁体ではない。十分な電圧があれば貫通する。
「電撃だ」
もう一つの問題がある。だだんだんは単機。しょくぱんまんが前回のように視界を遮ってくれば、操縦しながら同時に複数の対象を処理することはできない。
「自分で考えて、自分で動いてくれる奴が必要だ」
ばいきんまんは設計図を展開した。自律型。ヒト型。電撃攻撃。廃材を組み合わせ、ルンルンから増殖機能を切除した菌糸を有機回路として組み込んだ試作機。完成度は低い。しかし動く。考える。そして、命令を待たずに戦える。
「俺様が一人でだだんだんを操縦している間、こいつが勝手に動いて敵を足止めしてくれれば……」
設計図が完成した翌朝。
ばいきんまんは研究室を出て、城の廃材置き場へ向かった。必要な部品のリストを手に、山積みになった鉄くずの中を漁り始める。
「カバオ、お前もこい」
呼ばれたカバオが、のそりと立ち上がった。
「何を探すの」
「言われたものを持ってくればいい。手が必要なだけだ」
廃材置き場は城の最下層、重油の染みついた鉄板と錆びたパイプが天井まで積み上げられていた。ばいきんまんが細かい部品を拾い上げ、カバオが重い鉄骨や装甲板を抱えて運ぶ。
「これかな?」
「違う、その隣のやつ。もっと右」
「これ?」
「そう。……お前、意外と使えるな」
カバオは何も言わなかった。ただ、次の部品を黙って抱え上げた。
しばらく無言で作業が続いた。ばいきんまんがリストを確認しながら、廃材の山の奥へと潜り込んでいく。カバオがその後ろをついていく。
「ねえ、ばいきんまん」
「なんだ」
「これ、何を作るの」
「見てれば分かる」
また沈黙。重油の匂いが充満した薄暗い空間で、二人の足音だけが響いていた。
やがて、ばいきんまんが山の奥から、ひときわ大きな廃材を引っ張り出そうとして、動かなかった。
カバオが無言で横に並び、二人で力を合わせて引き出した。重い金属の塊が、床を引き擦りながら出てきた。
「よし。これで全部だ」
ばいきんまんは部品を確認しながら、独り言のように言った。
「完成したら、お前よりでかくなるぞ」
カバオは抱えた鉄骨を見て、それからばいきんまんを見た。
「……そんなに大きくなるの」
「ヒト型でこの装甲量だからな。仕方ない」
バイキン城・中央研究室。深夜。
ばいきんまんがコンソールの起動スイッチを押した。
しばらくの沈黙の後、試作機の目がぼんやりと光った。ゆっくりと、動くたびに「ギコギコ」と軋んだ金属音を立てて、不器用な頭部が持ち上がる。
「……う、ぁ」
「おい、聞こえるか。俺様はばいきんまんだ。お前を作った。動けるか」
試作機はきょろきょろと周囲を見回した。研究室の機械、コンソール、そしてばいきんまんの顔。その視線が、ばいきんまんの顔で止まった。
「……ぱ、ぱ」
「あ?」
「ぱぱ!」
ばいきんまんの顔が、一瞬だけ固まった。
「ち、違う! 俺様はお前の製造者だ! パパとか言うな! 気持ち悪い!」
しかし試作機は嬉しそうに両腕を広げ、ギコギコと音を鳴らしながら、ばいきんまんに向かってよちよちと歩いてきた。ばいきんまんは後退しながらも、その不格好な手を振り払えなかった。
研究室の隅で、カバオがそれを黙って見ていた。
翌朝。
試作機はまだ名前がなかった。ばいきんまんが「フランケンロボ」と呼んだ瞬間、試作機はぱっと顔を輝かせた。
「フランケンロボ! フランケンロボくん!」
「……くん、はつけてない」
「フランケンロボくん!」
「だから……」
カバオが隣で、こらえきれずに吹き出した。ばいきんまんが睨む。カバオが慌てて口を塞ぐ。フランケンロボくんは二人の間を嬉しそうに、ギコギコ、ギコギコと行ったり来たりしていた。
「ねえ、ばいきんまん。こいつ、可愛いね」
「うるさい。テスト用の実験体だ」
「……そうかな」
カバオはフランケンロボくんの継ぎ接ぎのボディを見た。不格好で、不完全で、動くたびに頼りない金属音を立てる。しかしその目は、純粋に光っていた。
「カバオ!」
フランケンロボくんがカバオの腕を掴んで引っ張った。
「いっしょにあそぶ!」
「……ああ、いいよ」
調合室。
ドキンが薬品の整理をしていると、背後からギコギコと騒がしい足音が近づいてきた。
「ドキンちゃん!」
「……なに」
フランケンロボくんがドキンの足元で上目遣いをしている。ドキンは一瞥し、露骨に顔をしかめた。
「触らないで。油が移る」
「ドキンちゃんきれい!」
「…………」
ドキンは薬品棚に向き直り、完全に無視した。フランケンロボくんはしばらくドキンの背中を見つめていたが、やがて諦めてカバオのところへ戻っていった。
廊下の角を曲がる直前、フランケンロボくんが振り返った。
「ドキンちゃん、またね!」
ドキンは答えなかった。ただ、薬品を持つ手の動きが、一瞬だけ止まった。
深夜。研究室。
ばいきんまんがだだんだんの修復作業をしている。フランケンロボくんがその傍らで、小さなレンチを握ってばいきんまんの真似をしていた。
「お前、邪魔だ。あっちへ行って」
「てつだう!」
「お前に直せるか。精密機械だぞ」
フランケンロボくんは一生懸命、関係のないボルトを締めようとしていた。ばいきんまんは溜め息をついて、その手から小さなレンチを取り上げ、自分のポケットへと放り込んだ。
「……お前、何のために戦うんだ」
フランケンロボくんは首を傾げた。
「ぱぱのため!」
ばいきんまんは返事をしなかった。工具を握り直し、また作業に戻った。
しかし、その口元が、ほんの少しだけ、緩んでいた。
それから、一週間ほどが経過した。
城の外縁にある廃材の山で、フランケンロボくんは毎日、電撃の練習を繰り返していた。
最初は酷いものだった。出力の制御が全くできず、ただの不発の火花を散らすだけで終わったり、逆にエネルギーが暴走して自分の足元を焦がしては、ばいきんまんに大目玉を食らったりしていた。
しかし、彼は諦めなかった。ギコギコと不器用な音を立てながら、毎日、毎日、飽きもせず両手を前に突き出し続けた。カバオが根気強く付き合い、ばいきんまんもぶつぶつと文句を言いながら有機回路の微調整を重ねた。
その健気な努力に応えるように、フランケンロボくんはどんどん電撃の扱いを自分のものにしていった。散漫だった放電を一点に集中させ、電圧の波形を安定させるコツを、彼の不完全なAIは驚くべき速度で学習していったのだ。
そして最終的な性能テストの日。
ばいきんまんが遥か遠くに廃材の的を設置し、距離を取って合図を送る。
フランケンロボくんが両手を前に突き出した。全身がビリビリと震え、一週間前とは比べものにならないほど鋭く鋭利な、青白い電流の束が迸る。
ドカァン――!!
狙い違わず、遥か先の廃材の的が、波打つ電撃に一瞬で焼き切られ、粉々に吹き飛んだ。
「おお……!」
カバオが目を丸くした。一週間前からの劇的な成長に驚きを隠せない。ばいきんまんは腕を組み、手元のコンソールで跳ね上がった数値データを確認しながら、しかし嬉しさを隠しきれずに目を細めて頷いた。
「……悪くない。いや、上出来だ」
フランケンロボくんが、ギコギコと音を立てて嬉しそうにばいきんまんを見上げた。
「ぱぱ、ぼくすごい? 上手になった?」
「……まあまあだ」
「やったー!」
カバオがフランケンロボくんの頭を撫でた。ばいきんまんは「おい、調子に乗らせるな」と言いながら、データの記録を続けた。
夜。城の最上階。
ドキンが窓から荒野を眺めていると、階下からフランケンロボくんのはしゃぐギコギコという音と、カバオの笑い声が聞こえてきた。
ドキンは振り返らなかった。
ただ、その声を聞きながら、自分の指先を見つめた。真紅のポリッシュが剥げかけた爪。
(あいつ、また変なものを作って)
廊下の向こうで、ばいきんまんが「うるさい、静かにしろ」と怒鳴る声がした。それでもフランケンロボくんの笑い声は止まらなかった。
ドキンは小さく息をついた。
その口元に、自分でも気づかないほど微かな、しかし確かな笑みが浮かんでいた。