世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録 作:ルーズベルト(-5㎏)
アンパンマン号・内部。夜明け前。
バタコが戦闘データを整理しながら、ジャムへ報告する。
「カレーパン、9体大破。残存13体。バイキン城、全区画の滅菌完了。るんるん、生体反応、なし」
ジャムは沈黙したまま、モニターを見つめていた。
「バイキン城の構造物は」
「バイキン城、全域熱核焦土化を確認。地上建造物の八割が崩壊しています。地下構造については……汚染濃度が極めて高く、探査信号が散乱しています。生存者の反応は検知できませんでした」
「……地下か」
老人は一拍置した。
「バイキン城本体とともに熱核滅菌された可能性が極めて高いな。帰還する」
「了解。帰還します」
アンパンマン号が、焼け焦げた荒野を後にした。その背後で、バイキン城の残骸が、まだくすぶり続けていた。
バタコは帰還の準備をしながら、窓の外を一度だけ見た。
崩れ落ちた城の残骸。焼け焦げた鉄板。そして、その前に小さく倒れていた継ぎ接ぎのボディの残骸。
バタコは窓から目を逸らし、データの整理を続けた。
地下、旧採掘坑道。戦闘から数時間後。
暗闇の中で、三人はほとんど身動きを取らずにいた。
地上ではまだ、時折、城の残骸が崩れる重い音が響いていた。熱で歪んだ鉄骨が、ゆっくりと軋む音。焦げた重油の臭いが、坑道の奥まで流れ込んできていた。
ばいきんまんは壁に背中を預け、焼け焦げた右の手のひらをじっと見つめていた。フランケンロボくんの最後の電撃が逆流した痛みは、まだ引いていなかった。指を曲げようとするたび、皮膚の奥がジクジクと疼く。
ポケットの中で、小さなレンチが冷たく触れた。あの不器用な手で、一生懸命ボルトを締めようとしていたレンチだ。
(……よくやった、か)
ばいきんまんは目を閉じた。ギコギコという、頼りない金属音が耳の奥に蘇る。嬉しそうに「ぱぱ!」と駆け寄ってきた声。「ドキンちゃんきれい!」と上目遣いに言っていた声。「ぼく、がんばった?」と、最後に微笑んだような声。
喉の奥が、熱くなった。
隣に座るドキンは、膝を抱えて小さくなっていた。彼女の指先には、まだ黒い重油の染みがこびりついたままだった。何度も擦っているが、落ちない。落ちるはずがない。
「……あんなに、うるさかったのに」
ドキンは顔を膝に埋め、肩を小さく上下させた。泣いているのか、笑っているのか、それすらわからない。
カバオは少し離れた場所で、大きな体を丸めるようにして座っていた。無言だった。ただ、時折、坑道の天井の崩落部分から差し込む、わずかな夜明けの光を見つめているだけだった。
誰も、フランケンロボくんの名前を口にしなかった。
口にしたら、崩れてしまいそうだった。
ばいきんまんはゆっくりと立ち上がった。足元がわずかにふらついたが、すぐに踏ん張る。非常用ライトを点け、青白い光を坑道の奥に向けた。
「……少し、先を見てくる」
「待って……」
ドキンが弱々しく声をかけたが、ばいきんまんは振り向かなかった。
ライトの光が、坑道の奥を照らす。レールの残骸、錆びた支柱、外部にさらに奥に、巨大な機械の残骸が横たわっているのが見えた。ドリル状の先端を持つ、かつての掘削機。だだんだんに匹敵するほどの巨体だった。
ばいきんまんはその場で立ち止まり、しばらく無言で見つめていた。
(……これで、何ができる?)
胸の奥で、怒りと無力感が渦を巻いていた。フランケンロボくんが守ってくれたこの命を、ただ地下に隠れて朽ちさせるのか。あの冷たいシステムに、「エラー消去完了」と片付けられるだけで終わるのか。
しかし今は、まだその答えを出せなかった。
ばいきんまんはライトを消し、ゆっくりと元の場所に戻ってきた。
三人は再び、言葉のない沈黙の中に沈んだ。
ただ、坑道の暗闇の中で、フランケンロボくんが遺した「ギコギコ」という音だけが、いつまでも三人の胸の奥に、微かな残響として続いていた。