世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録 作:ルーズベルト(-5㎏)
シェルターの簡易ベッドに戻った三人の上に、再び重く淀んだ沈黙が落ちていた。
外の旧坑道から微かに流れ込んでくる焦げた重油の臭さと、冷え切った機械の匂いが、狭い空間にじっと充満している。地上でバイキン城の残骸が崩落する鈍い地鳴りと振動が、時折、シェルターの床を通じて背中に伝わってきた。
どれだけ時間が経ったのか。ドキンが、掠れた声でようやく言葉を絞り出した。
「……もう、やめようよ」
膝を抱えた彼女の指先には、あの黒い重油の染みが今もこびりついたままだった。シェルターに入る前、何度も皮膚が赤くなるまで擦ったはずなのに、泥と油の混ざった汚れはしつこく残っている。
「このまま三人で、静かに暮らそう。ここに隠れていれば、見つからないわ……お城もなくなったんだし、もう十分でしょう?」
その声は弱々しく、しかし必死だった。それは単に戦う気力を失ったからではなかった。大好きなドレスやお部屋があったお城を失い、さらにフランケンロボくんまで奪われた今、ばいきんまんたちまで失いたくないという、切実な生存本能だった。恐怖と諦めが、ドキンの瞳に重く沈んでいた。
ばいきんまんは無言で、自分の焼け焦げた右の手のひらを見つめていた。指をわずかに曲げようとするだけで、皮膚の奥がジクジクと、焼けるように熱く疼く。ポケットの中の小さなレンチが、指先に冷たく触れた。あの不器用な手で、一生懸命ボルトを締めようとしていた、安物のレンチだ。
フランケンロボくんの「ぱぱ」という声が、胸の奥で何度も繰り返されていた。
(……このまま、ここで息を潜めて、朽ちていくのか?)
その考えが脳裏をよぎった瞬間、ばいきんまんの胸の奥で何かが熱く疼いた。火傷の痛みではない。ジャムのシステムに対する、野生の拒絶反応だった。
「……いやだ」
低く、しかし確かな声が漏れた。
「このままじゃ……いやだ」
ばいきんまんはゆっくりと立ち上がった。声が次第に熱を帯びていく。
「あいつは、俺様を守ってくれた……。なのに俺様は、まだちゃんと『よくやった』って褒めてすらいない。あいつの頑張りを、生きてきた証を……何も、伝えてやれていない」
彼は焼け焦げた手を強く握りしめた。声に、抑えきれない願いが痕跡として滲み出ていた。
「このまま地下に隠れて、静かに朽ち果てるなんて……絶対に嫌だ。ジャムの冷たいログに『エラー消去完了』の一行で片付けられて、全部なかったことにされるなんて……耐えられない」
ばいきんまんの目が、暗闇の中で熱く揺れた。
「俺様たちの生きた証を、フランケンロボの分まで……ちゃんとこの世界に刻みつけたい。消されないように、汚いまま、はっきり残したいんだ」
その魂の叫びに対して、向かい側で膝を抱えていたカバオが、ぼそりと呟いた。
「……でも、もうだだんだんもないよ。何も、残ってない」
カバオの声には、何の力もなかった。飛ぶ翼も、蹂躙する巨体も、すべては地上で灰になった。自分たちにはもう、戦う武器など何もない。
だが、ばいきんまんはゆっくりと息を吐き、坑道の奥――先ほどライトで照らした、あの錆びついた巨大な掘削機の残骸の方へ強い視線を向けた。
「……何も残っていないわけじゃない」