世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録   作:ルーズベルト(-5㎏)

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26. 鋼鉄の産声

それから五日間。

掘削機が見つかった区画は、完全にばいきんまんの工房へと変わっていた。旧時代の工具と、坑道の奥で発見した金属素材、そしてカバオの類稀なる腕力。三人の役割は、自然に分かれていった。

ばいきんまんが設計し、指示を出す。カバオが重い部品を運び、組み上げる。ドキンが配線を繋ぎ、細かい部品を取り付ける。

「そこじゃない、もう少し右」

「これ?」

「そう。……次、カバオ、そのフレームを持ち上げて」

誰も、楽しいとは言わなかった。しかし三人の動きは、日を追うごとに無駄がなくなっていった。

 

ある日の探索で、カバオは居住区画の跡に一人で戻っていた。

子供用の椅子。身長の記録。壁の染み。

カバオはしゃがみ込み、壁の身長記録を指先でなぞった。一番低い線の横に、小さな文字で名前が書いてあった。読めないほど風化した古い文字だったが、誰かの子供の名前だということだけは分かった。

(ジャムがいなくても、ここで生きていたんだ)

その事実が、今のカバオには前とは違う重みを持っていた。

ジャムが作った無菌室がなければ生きられない、とジャムは言う。しかしこの地下の痕跡は、それが嘘だということを静かに証明している。不完全で、汚くて、それでも誰かが誰かを育てて、生きていた。

カバオはゆっくりと立ち上がり、工房へ戻った。

 

巨大な穿孔兵器が、ついに組み上がった。

旧時代の巨大掘削機を骨格として、るんるんの菌糸を有機回路として全身に張り巡らせた、ハイブリッド兵器。外見は不格好だった。継ぎ接ぎの金属フレームに、青黒いるんるんの菌糸が血管のように絡みついている。美しくない。完璧でない。しかし確かに、圧倒的な力を持っていた。

 

ばいきんまんが、コンソールの横にこびりついた錆と泥を、レンチの先でガリガリと削り落とした。

煤けた真鍮の銘板が露出する。そこには、擦り切れた文字が刻まれていた。

 

『M.O.G.U.R.I.N.』

 

「……もぐ、りん……?」

背後から覗き込んだカバオが、その文字列を不器用につぶやいた。

ばいきんまんはデータパッドのノイズ混じりのログ画面と、その銘板を交互に見比べながら、尖った歯を剥き出して小さく笑った。

「モジュラー・オーガニック・ジオ・アンダーグラウンド……長ったらしい大深度汚染用の開発コードが書いてある。この泥の底を這い回るために、俺様と同じ『有機(オーガニック)回路』の直結を試みてやがったらしい」

ばいきんまんはレンチで銘板をパチンと叩いた。

「るんるんを喰って、お前の神経で動く。……この不格好な怪物にはお似合いの名前だ。今日からこいつは、もぐりんだ」

「もぐりん」

カバオがその名前を繰り返した。鉄の怪物が、微かに駆動音を立てて応じた気がした。

 

カバオがもぐりんの外殻にそっと手を当てた。

るんるんが応える。青黒い菌糸が全身に淡い光を走らせ、先端の巨大ドリルが、るんるんの腐食液を滴らせながらゆっくりと回転を始めた。あらゆる地盤を溶かしながら掘り進む、地底の獣。

「……動いてる」

「当たり前だ。誰の設計だと思ってる」

ばいきんまんが腕を組みながらデータを確認する。しかしその目は、モニターではなく、頼もしげにもぐりんの巨体を見つめていた。

カバオは目を閉じた。

頭の奥へ、るんるんの声が広がっていく。もぐりんのドリルの振動が、自分の鼓動のように感じられる。地層の硬さが、皮膚の感覚のようにリアルに伝わってくる。

「……繋がってる。身体が、大きくなったみたいだ。地面を手で触ってるみたいに、どこを掘ればいいか分かる」

ばいきんまんが、小さく笑った。

 

試運転を終えた夜。

三人はシェルターに戻り、それぞれの場所に座っていた。

ばいきんまんが床に次の設計図を広げた。もぐりんをドームの真下へ進入させるための経路図。パン工場の最深部への侵入ルート。

「次は、あそこだ」

カバオが経路図を見つめた。

「ドームの真下……パン工場の心臓部があるはずだ」

「地上からじゃ絶対に届かない場所に、地下から直接乗り込んで、ジャムの喉元を食い破る」

ドキンが経路図を覗き込んだ。

「……本当に、大丈夫なの?」

「できる」

ばいきんまんは迷わず言い切った。

カバオは経路図から目を上げ、暗い坑道の天井を見つめた。

地上のどこかで、あの白く巨大なドームが、今も嘘の光を放っているはずだ。

「……行こう」

短い言葉だった。しかしそれが、三人のすべてだった。

もぐりんの熱炉が、坑道の中に重油と土の混じった黒い匂いを濃厚に吐き出し、即席の作業灯が、不格好な鋼鉄の身体を青白く照らし出している。

 

――その時だった。

 

工房へと続く暗い坑道の奥から、三人の決意を遮るように、不規則な足音が響いた。

金属と人工皮膚が擦れ合うような、ひどく重く、壊れかけた何かを引きずるような歩行音。

 

ばいきんまんが鋭い目をして旧時代のレンチを握り直し、カバオがもぐりんの前に立ちはだかる。

闇の向こうから現れたのは、重油の煤に汚れた、あり得ざる「敵」の姿だった。

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