世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録 作:ルーズベルト(-5㎏)
ズ、ズズズズズ……。
外界の光も、音も、一切が遮断された暗黒の地底。
もぐりんのコックピット内は、凄まじい振動と、摩擦熱による熱気に包まれていた。
「カバオ、左前方、硬質岩盤の脈だ! 回避しろ!」
ばいきんまんが怒鳴り、計器の数値を叩きつける。
「……ん、あ、あああっ!」
カバオは操縦桿を握りしめたまま、咆哮を上げた。彼の鼻からは、一筋の血が垂れている。
るんるんの力を借りて地層を「視る」行為は、生体脳に凄まじい
それでも、カバオは目を閉じなかった。
(泥臭くたっていい。汚くたっていい。あいつらが、確かに生きていた世界を、嘘なんかで終わらせるもんか……!)
るんるんの青黒い菌糸がカバオの皮膚を這い、もぐりんの出力を強制的に限界値へと押し上げる。腐食液が滴り、行く手の岩盤をドロドロと溶かしていった。
「カバオ、無理すんじゃないわよ!」
ドキンが携帯型バイキ・ウェブのホルダーを握りしめながら叫ぶ。彼女の顔も汗で濡れていた。
コックピットの隅。
バタコは、ばいきんまんの作業机に置かれたデータパッドの画面を見つめていた。画面には、彼女が命がけで盗み出したマザーサーバーのバックドア仕様書が、ノイズ混じりに展開されている。
「……目標、聖体炉直下まで、残り直線距離で三百五十メートル」
バタコの声は、いつになく平坦だった。
いや、平坦に保つしかなかった。
彼女のプロセッサは数分前、重大な「拒絶」を検知していた。
ドームの全システムから、自身の個体識別コードが完全に消去(デリート)されたのだ。
何十年もの間、ジャムの右腕として、世界の秩序を維持し続けてきた記録のすべてが、ゴミ箱にすら入れられず、最初から存在しなかったかのように消された。
それが、ジャムのシステムにとっての「エラー処理」。
涙も、怒りも湧かない。
(消去されたものは、最初から存在しなかったことにする。だけど――)
バタコは、汗まみれで操縦桿に噛みつくカバオを、必死にデータを修正するばいきんまんを見た。
「ばいきんまん」
「あぁ!? うるせえ、今ルートの微調整で忙しいんだよ!」
「私のシステムアクセス権限が、完全に剥奪されました」
ばいきんまんの手が、ピタリと止まった。
「……バックドア自体は生きてるんだろうな?」
「はい。物理的に聖体炉の直下へ到達し、このアクセスキーを直接マザーボードへ注入すれば、強制介入は可能です。ですが、ジャムが防衛網を書き換えている可能性があります」
ばいきんまんは不敵に歯を剥き出しにして笑った。
「ハッ、上等だ。最初から歓迎されるなんて思っちゃいねえよ。どんな化け物が待っていようが、もぐりんのドリルでブチ抜くだけだ!」
「残り、二百メートル。地下第四層の境界線を突破します。ここからは埋設物による遮蔽ノイズが薄くなります。スキャンに引っかかる可能性が――」
その時だった。
もぐりんの外部環境センサーが、異常な数値を弾き出した。
ピピッ、ピピッ、ピピピピピピピ――!
「な、何……!?」
ドキンが悲鳴のような声を上げる。
コックピット内の熱気とは異なる、
バタコが瞬時にモニターの周波数を切り替える。
画面に映し出されたのは、地中を走査する、あまりにも強大で、あまりにも禍々しい「精神スキャン波」の巨大な渦だった。
かつてパン工場で、バタコ自身が確認していたチーズの索敵範囲を、遥かに凌駕している。
「……この出力は、あり得ません」
バタコの処理回路が、恐怖に似たノイズを走らせた。
「索敵パターンの波形が変異しています。これは……。外殻を展開し、内部骨格を露出させて擬態を解除している――『ケルベロス』です」
「なんだと!?」
ばいきんまんがモニターを覗き込む。
暗黒のレーダー画面。彼らが目指す聖体炉の真下、地下第四層の暗闇の空間に、血のように赤い、巨大な熱源が「三つ」並んで、じっと静止していた。
いや、三つではない。
ひとつの巨大な個体から、三つの首(センサー頭部)が不気味に蠢いているのだ。
ドームの『免疫細胞』。不純生体を細胞レベルで液化・分解する、ジャム直轄兵器。
それが、おびただしい数のUV-C(深紫外線)を喉の奥で明滅させながら、もぐりんの真上で牙を剥いて待ち構えていた。
「来るわ……! 狂った犬が、こっちを見てる!!」
ドキンの叫びと同時に、カバオの脳内に、鼓膜を直接引き裂くような、獣の「咆哮」が響き渡った。