世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録 作:ルーズベルト(-5㎏)
ズガアアアアン!!!
鼓膜を引き裂くような大質量の爆砕音とともに、もぐりんの天井――地底の岩盤が内側へ向かって弾け飛んだ。
「何ッ!?」
コックピットを襲う凄まじい衝撃に、ドキンが悲鳴を上げて座席にしがみつく。
降り注ぐ岩石の雨と土煙の向こう側から、それは音もなく滑り込んできた。
白い人工皮膚はズタズタに引き裂かれ、その下から鈍色に光るチタン合金の内部骨格が剥き出しになっている。何よりも異様だったのは、その首だ。一本の太い頸部から、蛇のように蠢く「三つの頭部」が、おびただしい数のUV-C(深紫外線)を喉の奥で明滅させながらこちらを睨みつけていた。
ドームの免疫細胞。神の猟犬。
コードネーム『チーズ』――その第二形態(ケルベロスモード)だった。
「ギ、ギギ、ギジ、ジジジジジジジ――ッ!!」
三つの顎が一斉に開き、金属の擦れ合う不気味な咆哮が轟く。中央の頭部が、獲物を見定めた蛇のような速度で突き出され、もぐりんのフロント装甲へ深く牙を突き立てた。
キィィィィィィン!!
鼓膜をキリで刺すような駆動音が響いた直後、ばいきんまんは目を見開いた。
「なっ……!? 装甲が、溶けてやがる……!?」
「
バタコが火花を散らせるオペレート席で、悲痛な音声を上げた。
「もぐりんの超硬質装甲が、細胞レベルで液化・分解されています! このままではあと数十秒でコックピットまで貫通します!」
「ふざけんな! 俺様がどれだけ苦労してこの外殻を調整したと思ってんだ!」
ばいきんまんがレバーを引くが、チーズのチタンの牙は、肉を喰らう獣のように深くもぐりんに食い込み、その自由を完全に奪っていた。
さらに、左右の頭部が大きく鎌首をもたげた。
喉の奥の青白い光が、一瞬で爆発的な熱量へと膨れ上がる。
「くるぞ! 伏せろぉッ!!」
ドォン!!!
二条の高出力滅菌レーザー(UV-C)が、もぐりんの防弾ガラスを直撃した。
凄まじい熱波がコックピット内を襲い、車内温度が一気に四十度を超えて上昇する。密閉された空間で、汗が滝のように吹き出す。ガラスがミシミシと音を立てて白く灼け、ひび割れていく。
「培養タンクから『るんるん』のバイオマスをフロントガラスへ強制注入!」
バタコの指が、人間の限界を超えた速度でデータパッドを叩いた。
「炭化を覚悟で、熱線を吸わせる
もぐりんのフロントガラスの隙間から、ドロドロとした青黒い菌糸――「るんるん」の組織が、生き物のように爆発的に増殖し、ガラスの表面を覆う肉壁となってレーザーを受け止めた。
ジジジジジ! と、肉の焼ける悍ましい音とともに、身代わりとなった菌糸たちが一瞬で炭化し、ボロボロと灰になって崩れ落ちていく。だが、その死骸が積層することで、辛うじて熱線がコックピットを焼き切るのを防いでいた。
突然、操縦桿を握っていたカバオが、短い悲鳴とともに自身の頭を両手で抱え込んだ。彼の鼻から、タラリと鮮血が流れ落ちる。
るんるんと感覚を共有しているカバオの脳内に、数千度のレーザーで全身の細胞を焼かれる「身代わりの激痛」がダイレクトにフィードバックされたのだ。
「カバオ君!?」
「頭の、中に……直接、あいつの声が……!!」
カバオの瞳が恐怖と激痛に染まり、激しく微振動を始める。
さらに最悪なことに、熱線を防盾で受け止めたことで距離が縮まり、チーズの三つの頭部から放たれる高密度な「精神スキャン」が、カバオの無防備な脳へと直接突き刺さった。
だが、本当の絶望は、物理的な破壊ではなかった。
「あ……あ, あ、あああ……ッ!!」
突然、操縦桿を握っていたカバオが、短い悲鳴とともに自身の頭を両手で抱え込んだ。彼の鼻から、タラリと鮮血が流れ落ちる。
「カバオ君!?」
「頭の、中に……直接、あいつの声が……!!」
カバオの瞳が恐怖に染まり、激しく微振動を始める。
チーズの三つの頭部から放たれる高密度な「精神スキャン」が、土のノイズを完全に消去し、カバオの脳へ直接データを流し込んでいた。
脳内を埋め尽くすのは、ジャムの、あの抑揚のない冷徹なシステム音声。
『生体エラーを検知』
『滅菌プロトコルを実行します』
「違う……ぼくは、エラーなんかじゃ、ない……!」
カバオは歯をガチガチと震わせた。圧倒的な「神の絶対意思」の前に、彼の精神は急速にすり潰されていく。
鼓動の同期が乱れ、青黒い菌糸の光が急速に失われていく。
同時に、もぐりんの巨大なドリルが、完全に回転を停止した。
地底の暗闇。身動きの取れない鋼鉄の塊。
外からは装甲を溶かす牙と、ガラスを焼き切る熱線。
バタコのモニターに、四人の生体反応が停止する未来の演算結果が非情に映し出される。
(ここまで、ですか……。ジャムのシステムには、やはり逆らえない……)
その時だった。
「もう――うるっさいわねぇぇぇえええッ!!」
硬直したコックピットに、場違いなほど高圧的で、ひどく感情的な怒声が響き渡った。
ドキンだった。
彼女は泥と汗で美貌を台無しにしながら、座席のシートベルトを乱暴に引きちぎり、背後の兵装ラックへと飛びついていた。
「エラーだか滅菌だか知らないけどね! こっちはお気に入りの服も台無しにして、命がけでここまで来てんのよ! たかが犬コロの分際で、邪魔をすんじゃないわよッ!!」
ドキンはばいきんまんが設計した携帯型バイキ・ウェブの射出装置を肩に担ぎ、電撃グローブを両手に嵌めると、なんとコックピット上部の手動脱出用ハッチのレバーを強引に引き下げた。
「ドキンちゃん、あぶないよッ…!!」
ばいきんまんの制止も聞かず、ハッチが跳ね上がる。
強烈な熱風と、重油と、焼け焦げた鉄の臭いが車内に流れ込んできた。
ドキンはハッチから半身を乗り出し、眼前に迫るチーズの三つの顔を見据えた。
「これでも喰らいなさい!!」
ズドンッ!!
至近距離から射出されたバイキ・ウェブ――超高粘着性の特殊ネットが、チーズの中央と左の頭部へ文字通り顔面を覆うように炸裂した。
「ギ、グ、ガァッ!?」
想定外の「物理的な不純物」を視覚センサーに張り付けられ、チーズのレーザーが乱れる。その隙を逃さず、ドキンはハッチの縁を蹴って身を乗り出し、剥き出しになったチーズの「右の頭部」へ、火花を散らす電撃グローブを全力で叩きつけた。
「死んじゃええええッ!!」
バリバリバリバリッ!!!
数万ボルトの過電流がチーズの右頭部に直撃する。人工筋肉が焼き切れ、光学レンズが破裂した。右の頭部が煙を上げてダラリと項垂れる。
「やったか!?」ドキンが叫ぶが、中央の頭部がネットを引き裂きながら、残った赤色のアクリル球を狂暴に明滅させた。チタンの爪が、ドキンをハッチごと引き裂こうと振り下ろされる。
「ドキンちゃん!!」
ばいきんまんの怒号が響いた。
「おい、カバオ! 泣いてんじゃねえ! 立て! 操縦桿を離すな!」
ばいきんまんはカバオの襟髪を掴んで強引に引き起こすと、自身はコンソール下部の装甲を蹴り開け、隠されていた手動用の重い
自動操縦系はすべて死んだ。電子制御も動かない。
なら、やることは一つだけだ。
「ジャムに伝えておけ! 俺様をただの記号
ばいきんまんの血管が浮き上がり、手動レバーを限界まで逆方向へ引き絞った。
計器の安全リミッターが物理的に破断し、火花が飛び散る。
「もぐりん!! 全段、
ゴオオオオオオオオオオオッ!!!
停止していた巨大ドリルが、ギアに悲鳴を上げさせながら、狂ったような速度で「逆方向」へと回転を始めた。
それは前進するための回転ではない。噛みついた敵の肉を、骨ごと削り取るための凶暴な牙だ。
ガガガガガガガガガガガガカカカカカカッ!!!
超硬質ドリルの逆エッジが、もぐりんに食い込んでいたチーズの中央頭部の顎を、チタン合金ごと凄まじい火花とともに削ぎ落としていく。
さらに、ドリルが逆回転で地層を巻き込んだことにより、地下第四層の空間全体に、局所的な人工地震とも言える強烈な地響きが発生した。
「グ、ガ、アアアアアアアアッ!?」
流石の神の猟犬も、この想定外の物理カウンターと足元の崩落には耐えきれなかった。
もぐりんの装甲を液化させていた牙が強引に引き剥がされ、チーズの巨大な身体が、地底の泥の中へと大きく体勢を崩して傾いた。
「今よ! ハッチを閉めて!」
ドキンがコックピット内へ転がり込み、ばいきんまんがハッチを叩き閉める。
もぐリんは致命傷を負いながらも、猟犬の拘束を、その泥臭い意地で引き剥がしてみせた。
右の頭部は焼け落ちている。中央の顎は半分以上削り飛ばされている。
それでも。神の猟犬は倒れなかった。
暗闇の中で、残された二つの眼球が、さらに深い赤へと染まっていく。