世界で一番美しい毒 - アンパンマン無菌都市崩壊録 作:ルーズベルト(-5㎏)
ゴト、ゴトン……。
冷却系統の異常を示す赤いアラートがコックピットを染める中、半壊状態のもぐりんは、ずるずると這いずるようにして巨大な地下回廊へと滑り出た。
「外殻損傷率、七十二%。るんるん残存率、四十一%。機首ドリルの摩耗、限界に達しています……!」
バタコの痛々しいナビゲーションが響く。チーズとの死闘の傷跡はあまりにも深かった。
「聖体炉まで、残り八百二十メートル」
「へっ、案外近ぇじゃねえか」
ばいきんまんが、素手の火傷を気にすることもなく、不敵に口の端を上げた。
「その前に、もぐりんごと私たちが消し炭になりそうだけどね」
ドキンがふっと呆れたように息を漏らす。
カバオも小さく笑った。死線を越えた四人の間に、初めて「人間らしい」あたたかい空気が流れていた。
だが、その空気は、回廊の奥から差し込んできた強烈な「白い光」によって一瞬で掻き消された。
そこは、異様な空間だった。
天井は暗闇に消えて見えない。床はチリ一つなく磨き上げられた白い人工岩盤。整然と、寸分の狂いもなく並ぶ巨大な柱。これまでの泥と重油に塗れた地下世界が嘘のような、
「……気持ち悪い」
カバオが顔を
「この区画はドーム中枢へ続く管理通路です」バタコの瞳が冷たく光る。「ジャムのシステムにとって、不要なものは存在すら許されない場所……」
その時、光の奥から、足音もなく「二つの影」が歩み出てきた。
白。そして、赤。
『ショクパンマン』と『カレーパンマン』だった。
二人は何も喋らない。しかし、空間の気圧が激変したかのような、圧倒的な殺意の質量がもぐりんを圧迫する。
「……っ」
ドキンの視線が、白い影のところで釘付けになった。
ショクパンマン。
それは、完璧な白だった。傷ひとつない滑らかな人工皮膚。端正に整った五官。大理石の彫刻のように洗練された輪郭。
かつて、荒廃した地下世界で、錆びた鉄屑と生臭い重油の臭いに囲まれて生きていたドキンにとって、モニター越しに見る彼の横顔は、決して手の届かない「美しさ」の象徴だった。それだけで、胸が高鳴っていたはずだった。
だが、目の前に立つ彼は、あまりにも違っていた。
「侵入者を確認」
ショクパンマンの唇が動く。そこに人の声音はなかった。
「これより、排除を開始します」
感情がない。迷いもない。彼の瞳は、ただコンクリートの床に落ちた汚れ(ノイズ)を見るように、冷徹に四人を見据えていた。
ドキンは、小さく鼻で笑った。
(……なんだ)
(つまんないの)
彼女は肩に担いだ携帯用バイキ・ウェブのストラップを乱暴に締め直し、両手の電撃グローブをバチリと鳴らした。
胸のどこかに
あんなプラスチックの人形みたいな美しさの何が良かったのかしら。
泥だらけになって、素手を焼きながら「俺様をただのバグで終わらせるな」と怒鳴り散らしている横の男の方が、よほど、泥臭く、青臭く、――生きている。
ドキンの真紅のネイルが、地下の白い光をギラリと反射した。彼女の「初恋」は、この瞬間、完全に決別を迎えた。
「秩序を乱す不純物を排除する」
ショクパンマンが、一歩前へ出る。
「ジャムのレシピにおいて、感情はノイズ。個性は誤差。世界は、均一であるべきだ」
「ひゃはははは!!」
その背後から、カレーパンマンが狂ったような笑い声を上げて跳び出した。
「だったら、全部まとめて焼き崩しゃいい! 灰になっちまえば、どいつもこいつも同じ均一(おそろい)だぜぇッ!!」
「防衛コードの完全解除を確認」バタコが叫び、直後にモニターの異常値に息を呑んだ。「……待ってください、カレーパンマンの熱源反応が異常です! これは…量産型の残存個体をすべて溶かし、高密度の『一体』へ焼き直した統合個体です!」
「へっ、俺様たちを取り逃がした腹いせに、とびきりヤバいバケモノに作り変えたってわけか!」
ばいきんまんが歯を剥き出す。
ショクパンマンが両腕を静かに広げた。彼の全身から、目も眩むような白い幾何学模様の光が放射される。
――『
波状に広がった白い光が触れた瞬間、回廊の黒い岩肌がまたたく間に白化し、生命の通わない「石膏」へと変質していく。もぐりんの底面に触れていたるんるんの菌糸たちが、「あぎゃあ」と幻聴が聞こえるほどの悲鳴を上げて一瞬で硬化し、砕け散った。生命の連続性を完全に拒絶し、物質を無機質へと均一化する、絶対の秩序の力。
続いて、カレーパンマンの全身の人工配管が、ドクドクと不気味に赤熱し始めた。
――『
彼の体内の
ズブズブズブッ! と、磨き上げられていた白い人工岩盤が一瞬で融解し、どろどろとした溶岩の沼へと姿を変えた。地下回廊の温度が、一気に数百を数える灼熱地獄へと変貌する。
絶望が、四人を囲んだ。
前方からは、すべてを石膏に変える『ホワイト・アウト』の白い光。
後方は、先ほどチーズ戦で完全に崩落した暗黒の通路。
左右の壁は、赤黒く泡立つ『スパイシー・バースト』の溶岩流。
退路も、逃げ場も、完全に封鎖された。
「どうするんだよ、これ……!」
カバオの顔から血の気が引く。
「最悪ね。あいつら、本気で私たちを消去する気よ」
ドキンがグローブを構え直す。
だが、ばいきんまんだけは、暗黒のコックピットの中で、狂ったように笑っていた。
「へっ……!」
彼はコンソールから、一本のバカでかい真鍮製のレンチを引き抜くと、それを無造作に肩へと担いだ。
「
ショクパンマンの冷徹な瞳が光る。
「ここより先へは、一歩も進ませない」
カレーパンマンが溶岩の飛沫を上げて、顎をガチガチと鳴らす。
「消毒の時間だぜ、汚物ども!」
ばいきんまんが、正面の二人をまっすぐに睨みつけた。
「なら――テメェらごと、その綺麗なシステムをぶっ壊すまでだッ!!」
冷酷に満ちる白い光。すべてを焼き尽くす赤い炎。
ドーム最強の二人の番人が、もぐりんの前に、巨大な壁となって立ち塞がった。