子供は疲れを知らないように、まだまだ話を続ける。
『あいつ、あの日、何言ったと思う?』
『うむ、何と言ったんだ?』
共に来た男たちはジャグラーも含め、もうメンタルをやられてぐったりと青い顔をしている。
それでも遮らず子供に思う存分ぶちまけさせてやろうってんだから、皆本当に良い奴だ。
あの日って、あの雨の日か?
首席を取ったから実家へ報告に行くって許可が出た日。
斥候は、人混みの中振り向いた、雨垂れをしとどおらせた血の気の無い頬を思い出した。
『何を言われた?』
『あいつ……あいつ、母さんのこと、アバズレって言った。魔力がゼロの不具者って言った。身の程知らずって言った。
『…………』
『嘘だろ、母さんが、罪人や浮浪者の汚い死骸と一緒くたに、教会で弔われもしない墓地の隅の雑草山に埋められたなんて。あんなに綺麗だった母さんが、大勢に好かれて
『…………』
『か、母さんのお墓参りに…… 首席取ったら、母さんのお墓に連れて行ってくれるって、白い綺麗なお墓建ててくれるって、言ったんだよ、約束したのに、侯爵が、嘘つき、大人の癖に』
『…………』
『母さんには少しでも情を持ってると、思ってた僕が、一番大馬鹿だ』
『…………』
『どうしよう、母さんは聖らかだから当然天国へ行ってると思ってたのに。
だから僕も良い子にして正しく生きたら天国へ行けて、また母さんに会えて頑張ったねって抱き締めて貰えると思ったのに。
な、なのに、教会で弔ってもいないんじゃ、母さん天国に行けてないじゃん。どうしてくれるんだよ、どうして……』
『…………』
『もう、もう、頑張ったって意味無い、生きてたって意味無い、こんなに穢れて、心も穢れて、こんなに真っ黒になっちゃって、もう天国へなんか絶対に行けない、母さんに絶対会えない、バカみたい、バカみたい、アハ、アハハハ』
子供の笑い声は、街中の煩い鐘の音に紛れて目立ちはしなかったが、鐘の無いこの
ジャグラーの男が小さい肩を抱いて声を掛け続けるが、子供は目の焦点を揺らしてケタケタと笑い続ける。
どうしたら……どうしてやったらいい?
一同悲痛な目を見合わせた時……
仲間の一人が立って、子供の後ろから包むように目と額を覆った。仲間内から『マジシャン』と呼ばれる男だ。
『お母さんの好きな花は?』
『え、白い花? あはは、名前知らない』
『その白い花が揺れている、ひとつ、ふたつ、』
『……え? 白い花……ゆれて……』
『みっつ、よっつ、』
『……シロイ……ハナ……』
男は手を離した。
ジャグラーの男と一緒に、静かになった子供をそっと横たえる。
『あんたの催眠術はいつもキレッキレだな』
『そんな上等なモンじゃねぇよ。ちょっとした精神誘導と暗示だ』
廃鐘楼の一同は、嵐を潜り抜けて来たように脱力した。
子供の虐待ぐらいまでは予想していたが、ここまでぶち壊されていたとは…………
『なぁ』
と、マジシャンの男が提案を出した。
『あんまりやった事がないんで100パーセントの保証は出来かねるが……
俺の暗示を重ね掛けしたら、色々忘れちまうんだ。時間を掛けて大量の暗示を重ねたら、全部忘れさせられると思う』
『全部って?』
『本当は辛い事だけ消してやれればいいんだが、残念ながら俺程度じゃそんな微調整は出来ねぇ。
だから、やるなら全部だ。お前の事も俺たちの事も、育った場所の思い出も、お袋さんの事も……下手したら言葉もちょっと忘れる』
『そんなに全部かよ』
『でもよ、記憶を消したって、こんなに目立つ容姿じゃ、ウェストパレスじゅうの奴が英雄を知ってる訳だし………あっ』
また一人の別の男が、斥候を見て手を打った。
『お前、明日から冒険者の仕事で護衛旅に出るって言ってたよな』
『ああ、サウスシャディーダ経由で大陸の端の方まで行く…………って、おい、連れて行けって?』
『なる程、名前を変えて別の国へ行けば、余計な事を言われる心配も無い。
心機一転、別の人生を始められるって訳だ』
『お前、頭、回るじゃん』
『待て待て待て、記憶喪失の未成年連れて行くって、仲間や雇い主にどう説明するんだよ、無理だって』
『じゃあ、迷子……は無理か、遭難者を拾うって形はどうだ?
記憶の無いいたいけな子供の遭難者。絶対受け入れてくれるって。お前ン所のパーティ、お人好し……じゃなくて、人間出来た奴ばっかりじゃん、冒険者にしては珍しく』
『よっしゃ、遭難現場の偽装は任しとけ。冒険者程度なら騙せるように、バッチリ仕上げてやるぜ』
『勝手に話を進めるな! そして冒険者をディスるな!』
『何だよ、お前だって、この子をこの国から救い出してやりたいだろ、協力しろよ』
男たちは、目を閉じてうずくまる子供に明るく声を掛ける。
『こんな狭い所に閉じ込められていないでさ、世界は広いよ』
『そうそう、色んな国を見てくればいい、楽しいぞ、きっと』
『ちょっと待てよ……』
子供を膝に抱えて頭を撫でてやりながら、ジャグラーが眉をしかめて口を挟んだ。
『そんな、記憶を失くした十二の子供を見知らぬ国に連れて行くって……
パーティに入れる訳じゃないんだろ? 何処かに置いて来るんだろ? 一人で生きて行けると思うのか?
周囲の男たちは真顔になった。
『生きる力があれば生きて行ける』
『俺らだってそうだったろ』
『人間社会のはみ出し者だかんな』
『……生きて行ける……』
細い声に、一同が注目した。
ジャグラーの膝の子供が、薄く瞳を開いている。
『その方法で……お願いします、忘れさせてください、他所の国へ連れて行ってください、僕、生まれ変わって、頑張って、ちゃんと、一生懸命生きるから』
それから目を閉じて絞るように言った。
『ありがとう、ございます、皆さんの事は、忘れちゃうけど忘れません……』
それから仲間たちは、秘密裏に粛々と準備を進めた。
子供は屋根裏部屋に寝かされて、マジシャンが丸一日掛けて記憶消去を
終わった所でジャグラーと数人が、うつらうつらしている子供を連れて騎馬で発ち、先に出発していた商隊に追い付いた。
こっそり斥候と連絡を取り、程よい所で先回りして子供を流木に引っ掛けた。
英雄と関連付けられぬよう、ウェストパレスとは通じていない川を選んだ。
後は彼らの思惑通り。
商隊の長は拾った子供の同行を認め、お人好し(×)チョロい(×)人間の出来た冒険者パーティは、子供を暖かく迎えた。
斥候は、わざと彼を赤ワインと白ワインの樽の間に彼を寝かせ、『ロゼ』という名の理由を作ってやった。
生まれ変わると言っていたが、せめてこの位は持たせてやりたいと思った。
ジャグラーに聞いていた彼の唯一、
『ロゼマリア』という母親の名前。
***
サウスシャディーダの王宮前。
押し寄せる街人に対峙して門前警護に当たっていた斥候は、仲間の剣士に脇を小突かれた。
「何ボケッとしてんスか」
「ああ、ちょっと思い出に浸ってた」
「何考えてンてすか、阿呆ですか、今それ所じゃないっしょ」
「うん、そうだな」
斥候は目を細めて若者冒険者をじっと見た。
「な、なんスか」
「俺、つくづくお前らの事、好きだなぁと思って」
「ヴエェッ? ど、どうしたんスか!
双剣使いの斥候は、この『
おそらく自分で思っている以上に好きらしい。
でないと、普通の人間に対して疎外感を持ち気味な自分が、長年行動を共にしている理由が分からない。
だって、上流の貴族連中が己の肉欲と執着の対象にしかしていなかったロゼに対して、こいつらがやった事は、『髭を引っ張らせた』なんて可愛らしい理由での掴み合い喧嘩だ。
微笑まし過ぎて涙が出たわ。
侯爵婦人は狂って子供を痛め付けたけれど、我が魔導師殿は女の子の服を着せるだけであっさり対処した。
あの時は、彼女を心底崇拝した。自分も自分の仲間たちも、誰一人考え付かなかったウルトラCだ。
だから斥候は、このパーティが大好きで、ここに居られる事を幸運に思う。
改めてそれを自覚させてくれたロゼと出会ってからの一連に、柄にもなく感謝している。
(しかし……)
プラカードを持って騒ぐ街人たちを見渡す。
(こんなに大勢居て、『何でこの手記が昨夜の内に出回った?』って疑問に思う奴、いねぇの?)
人々から外れた、屋根の隙間や路地裏に、動き始めた影を見る。
サウスシャディーダ冒険者ギルドの、『裏』メンバー、同種の仲間だ。
夕べ、斥候がパーティの移動でたまたまこの街に来た時にはもう、イチ早い情報を掴んだギルド職員の采配で、慌ただしく動き始めていた。
斥候も、来て早速駆り出されてこき使われた。
今ちょっと眠い。
『手記』は、正真正銘ロゼが書いた物だ。
何で知っているかというと、牢に忍び込んで手記を受け取って来たのが、裏メンバーの一人だからだ。
『明朝何らかの形で、この手記を出来るだけ多くの人にバラ撒いて』と頼んだのはロゼで、『なら新聞社使おうぜ』と提案したのがギルド職員。
こき使われたのが裏メンバーたちと俺。
まぁ城の警備がザルな上、間者もワンサカ入り込んでいたので、やり取りは鼻歌を唄いながら出来るくらい簡単だったらしい。
ここの裏メンバーたちも、数ヵ月共に過ごした『路地裏の天使』の為に、ワッセワッセと動いていた。
未明に各新聞社に散って、トップ記事に捩じ込んで号外を手配する作業に斥候も加わったが、やはり簡単だった。
普段から持ちつ持たれつの関係を築いていたからだ。
裏ギルド、ハンパないな。
後で知ったがここの『裏』、ロゼが去ってから一年半の間に、近隣国の同種コミューンの中で、団結力が最強になっていた。
采配上手なあの職員の積み重ねの賜物でもあるだろう。素直に尊敬するわ。
配られた『手記』を見て、斥候はニヤリと笑った。
こいつも、頑張って、ちゃんと、一生懸命生きて、逞しく育ってくれているじゃないか。
斥候さん:
万年Bランクだった『蒼天一閃』がAランクに上がれたのは、
『俺のパーティLOVE』に目覚めた彼が、ここ二年、本気出したから。
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