サウスシャディーダは小国で、国民性はのんびりおおらか。
王室はあるが堅苦しくはなく開かれて、タブロイド紙では『結婚したい王子人気投票』なんかも行われる。
王が妻を多く持つのは代々の慣習で、王子王女がワンサカいて国民にオモチャ(×)愛されている。
その中でも第九王子は、美妃と言われた第三側妃に似て見目麗しく、幼児期から露出が多くて人一倍人気があった。
「第九王子殿下を救え!!」
突然の声に、刑場の一同、度肝を抜かれて声の方を向いた。
門の前にいた筈の街人が、プラカードを掲げたまま刑場広場へ押し寄せているではないか。
「も、申し訳ございません、警備が手薄な裏門を突破されました!」
「報告が遅い!」
刑場は城の奥庭にあるが、ひと昔前は民衆に公開していたので、裏門から直通の道がある。今はほぼ使われないので軽んじられていたが、ギルドの裏メンバーからしたら、普段から精通しているオールクリアーな道だった。
「あの第九王子殿下が、新聞に子供の手記を公開し、我らが天使の危機を知らしめて下さったのだ!」
先頭の二列後ろで
「取り返しがつかない事になる所だった!」
「有り難うございます、第九王子様!」
裏メンバーも民衆に紛れて、イイ感じに情報操作をする。
当の第九王子は、「え? え?」と目を瞬いているが、王は「やってくれおったな」と鵜呑みにし、王太子はいきなりヒーローになった弟をうっとおしそうにねめつけている。
帝国の使者殿は、もう表情を作るのも面倒になったような虚無顔だ。
「何で殿下が脚を切られなきゃならないんだよ!」
「言い掛かりもいい所だ!」
「路地裏の天使の養い親だぞ!」
「そっちの国で要らないのなら、エンジェル・ロゼを返してよ!」
「そうよそうよ、私たちの天使を返せ!」
「ハゲ!」
「メタボ!」
「これでも喰らえ!」
老婦人がゴミ袋を投げ付けようとするのは、さすがに裏メンバーたちが押さえた。
ギルド職員は、言いたい放題の街人たちにちょっと引いている。
いや、自分が率いて来た面々なのだが。
表門に陣取っていた街人の中から、活きの良さそうなのを選んで声を掛け、数十人を引き連れて裏門まで回り、そちらから刑場へ突入した。
正門を壊すと人的被害が出そうだし、何より警護任務に付くAランクパーティ『蒼天一閃』に迷惑を掛ける。
しかしセレクトして来た民衆が、ちょっとエキセントリック過ぎた。
エンジェル・ロゼファンの比率が高かったらしく、声がなんか全体的に黄色い。
王公貴族と言えど、大勢の庶民に取り囲まれて甲高い声で罵られるのは堪える。
王は蒼白だし、第九王子はオロオロしているし、被害者のイストメーアの使者は…………
(真っ赤な顔をしてプルプル震えている?)
職員は焦った。
どうやらヤジの中にダイレクトに心を抉る単語があったらしい。
(不味いぞ)
この突入は第九王子の擁護が目的で、そもそも今日のデモ自体が、半分は彼のせいなのだ。
ロゼは、第九王子を
夜に牢を訪ねた王子を見て、とても放っておけなくなったからだ。
そうでなければ、一晩牢で過ごしたら、何もしなくてもあの使者殿は、サクッと減刑してくれそうな気配が、何となくしていたらしい。
ロゼは、文章のあちこちに、イストメーアへの牽制を混ぜた。
帝国は、小国サウスの王室はないがしろ出来ても、ノースフレイクの魔王や大国ウェストパレスは敵に回せない。
街人が門前で騒いでくれて、手記が首脳陣の手に渡れば、刑の執行にストップを掛けられる(デモの大きさはロゼにも予想外だったろうが)。
それで第九王子の先走った行動を防げる予定だった。
なのにおそらく、猪突猛進王子は、門前のデモをスルーしたんだろうな。
はあ……
***
「エンジェル・ロゼ!」
女性の黄色い声に、その場の皆が建物の方向に注目した。
巻き髪の子供が、戸惑う衛兵を尻目に、一人でスタスタと歩いて来る。
ロングトレーンの真っ白い、……女性用のドレスだ。
「散々待たせると思ったら、お召かししてやがったのか、あの野郎」
「衛兵なに自由にさせてんだよ」
職員の側にいた裏メンバーたちが、呆れた声で呟いた。
街人の中には、「死に装束のつもりなのか……」と囁く者もあれば、「花嫁衣装みたい」と呑気に宣う女子もいる。
人それぞれの受けとり方、どれも正解で不正解、と職員は思う。
(あいつはただ、これから向き合う相手に合わせて、礼を尽くした格好をして来ただけだ)
彼には分かる。彼も子供の頃そうだったから。ロゼほど完璧ではなかったけれど。
相手の奥底の理想を鮮やかに顕現させる、本人にも無自覚な生存本能。
――求め望む子供、ロゼ――
刑場に上がった子供はまず、王の前にひざまずいて、「身に余るお心遣い感謝します。賜り物、使わなかったのでお戻しします」と、細いガラス瓶を差し出した。
隣の王太子は瓶と父親を交互に見て、目を見開く。
それから子供は、後ろ手に縛られ座り込む第九王子の横を通り過ぎ、イストメーアの使者の前に来た。
ゆっくりと身体を沈める。白い衣装の裾が溢れたミルクのように広がる。
「命乞いを致します」
王も第九王子も、プラカードを持った街人たちも、口をパカンと開いて停止した。
使者の男も目を見開いた。
「自分のか?」
「はい、それと」
「そこの王子やボンクラな衛兵や、お前を自死させて安易に事を畳もうとした王も含めてか」
「貴方さまを不快にさせた総ての」
離れた下段で耳をそばだてていたギルド職員は、噛み合った会話に、内心で大拍手をしていた。
そう、もしもロゼが自死していれば、立場を無くすのは、子供を襲って蹴られて逆ギレしたこの男だ。
平民の召し使いの死ごときと言ってしまえる身分だが、負のダメージは避けられない。条約に強い主張が出来なくなってしまう、手心を加えざるを得なくなるかもしれない。
王の目論見はそこにあったろう。
細いガラス瓶を横目に見て、使者殿、腹ワタが煮えくり返ったんじゃないか?
ギルド職員は、壇上を見上げる。
呆然とする王族たち。
まったく、第九王子といい王といい。
あんたらが、反抗だの毒薬だの余計な事をしなかったら、ロゼの予定はここまでだったんだよ。
だけれど……
ふぅん、と使者は、何食わぬ顔で、椅子にふんぞり返り直した。
「で、お前はどうやって始末を付けるのだ?」
そうだよね、侮られた上に陥れられかけたんだ、治まらないよね……
子供は水底のような瞳で男の目を見つめてから、ツイと頭を下げ、そのまま下げ続けて、彼の靴の先に口付けた。
「キャアア!」「エンジェル、やめてぇ!」という、女子たちの黄色い悲鳴。
そりゃ自分の推しが脂ぎったオッサンの足にキスしたら発狂するわな。
子供は下を向いたまま顔を上げずにささやいた。
「貴方さまの所有物となります」
キャアキャアという悲鳴。
さすがに使者は困惑する。
女子供に悲鳴を上げさせるような事態など望んでいない。これでは自分がますます悪者になるではないか。
「この状況で、サウスの王に僕を裁かせたら、王室と民の間にヒビが入ります。誰にとっても良くありません。
だから、僕を貴方さまのお国へ連れ帰って下さい。あちらの刑場であちらの法律で、どうぞお好きに裁いて下さいませ」
座り込んだままの第九王子は、ハッと顔を上げた。
ようやっと自分の
国も守らず私欲に走り、自分で自分の評判を下げた。結果、子供が安心して寄り添える大人では無くなってしまった。
……手放してしまったのだ、自ら。
「ふん、それでお前以外の者に対しては目を瞑れと?」
「願う事を許して頂けるなら、条約もよしなに」
「図々しい奴だ」
職員は、思わず同意の頷きをする。
一見美しい自己犠牲だと騙されそうだが、ロゼはこれだけの民衆とプラカードを背に、使者殿を脅しているのだ。
魔王のお気に入りだの天使だの英雄だの、この面倒くさい僕を、貴方のお国で抱え込んで下さいね、と。
だって貴方は中途半端に僕に手を出した、途中で放り出すなんて許さないよ、僕は守られなくちゃいけない、皆に愛される、弱くて儚い天使なんだから……と。
『手記』の当初の目的は、自分を含め第九王子やこの国を守る為だったが……
王子が毒薬の意味に全く気付かず突っ走り、自分の守護者たり得なくなった時点で、ロゼは使い方を変えた。
『この場で一番強い人に、自分の身柄を保護させる』方向へ、躊躇なく。
(すげぇな)
控えめに言ってえげつない。
それでもこの子供にとっては、ただ『頑張って、一生懸命に生きているだけ』なのだ。
「お前がわしの元へ来るのと引き換えに、サウスシャディーダの国と王と、そこの第九王子と不敬な民と、全部まとめて許した上に、条約も結んでやるわい」
使者は言わされた。
子供は顔を上げてニッコリ微笑んだ。
職員は内心で手を叩いて大笑いしていた。
***
「待て、彼は『ウェストパレスの英雄』だ!」
軍人らしい無粋な声が響いた。
「それならば、我が国の侯爵家の令息だ。国の人的財産である。返還を要求する!」
そう言えばまだこんな厄介な連中が残っていたな。
ギルド職員が振り向くと、ウェストパレスの士官学校の一団が、歩調を揃えて正門方向から歩いて来る。
実は職員は、裏門へ行く有志を選ぶ時、彼らを除外していた。
士官学校の制服がロゼの心的外傷を呼び起こしたら可哀想じゃないか。奴ら、集団でないと動かないし。
その十数人を誘導して来たのは、警護していたAランクパーティの一人、双剣使いの
斥候は職員と目が合うと駆け寄って来た。
「あいつら、一般庶民の一部が刑場に入れたのを知って、猛烈に抗議を始めたんだ。士官学生の中にそれなりの身分の奴が多かったから……まぁプライドだな」
「めんど」
「衛兵に詰め寄って騎士団長呼ばせて、無理矢理入城許可を出させてた」
「めんど、そしてザル」
「俺、一応、警護兼案内」
「ご苦労さん」
ニヤリと顔を見合わせてから、斥候は背伸びして、刑場の壇の上に居るロゼを見付けた。
「おお、足ある足ある、良かった、ハハ。背、伸びた? 相変わらず犯罪的な麗しさだなおい」
「スクスク健全に成長しとるよ」
「そいつぁ
侯爵家と聞いて、街人たちはザワめいている。「ほらね、あの子は気品があると思ったさ」と胸を張るのはゴミ婆さん。
「他人の空似です」
ピシリと断言。
「しかし、私は学内で君を何度も見掛けた。学年が違うが君は遠目でも目立つし…… そう、一度見たら忘れようがない、そのような容姿の男子、他にいる訳がなかろう?」
熱っぽく語る学生に、子供は「そう?」と小首を傾げるだけだった。
別の学生が声を張る。
「侯爵家は、そなたが居なくなって以来、皆覇気を無くし、侯爵夫人は体調を崩して外出もままならぬと聞いている。
記憶を失くしているとはいえ、そなたには貴族として家に戻り国に仕える義務がある」
子供は首を傾げる角度が増し、街人の間には、「ちょっと一方的じゃない?」という言葉が湧く。
「そ、それ以前に、家族に会いたいとは思わぬのか? 母君がおいたわしいと思わないのか?」
子供は首だけじゃなく身体全体を傾かせ、職員と斥候は噴き出す寸前の苦笑いの顔を見合わせた。
「では、その侯爵家の人に聞いて来て下さい」
子供が口を開いた。
学生たちに背中を向け、上半身の衣服をスルリと落とす。
「……!!」
一同息を飲む。
細くて白くて痛々しい背中。
どう見ても故意に付けられた、残忍な火傷痕。
「僕は記憶が無いし自分で見られないから分からないけれど、
それから、衣服を戻しながら学生たちに向き直る。
「だから多分、『他人の空似って事になる』んじゃないかな……」
ちょっとセレクトを間違えた職員さん:
推しに対するエネルギーはいつの世も最強。
あとゴミ婆さんは誘われないのに勝手に着いて来た。
手記を流した人物の特定:
聞かれたロゼが口を結んで黙ったので(正直に話したら、城警備のがザルが公になって大変だろうなぁというロゼの忖度)、第九王子も否定するのをやめ、罪を被った。
内容がただの穏やかな日記で特に扇動要素も無いとされ、不問になった。
民衆の人気は上がり、第一王子はまた苦い顔をした。
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