橋の上で踊る天使   作:西風 そら

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Ep3・サウスシャデーダ冒険者ギルド職員

 

 

 

 夜明け前から街全体が異様で、それはギルドにも及んで、開錠から対応に追われまくった。

 ほとんどが『あの子供を助けて』という依頼だ。厄介だな()()()な街人って奴は。

 まっとうなギルド職員として、勿論そんなのは受けられない。相手は国王の承認した刑罰なんだぞ。

 常日頃から大衆に門戸を広げて依頼を出して貰い易くしているのだが、こういう時は考え物だ。

 

 

「一人の子供の事で、何でこんなに街全体が沸くの?」

 

 久し振りにこの国を訪れたAランクパーティの連中が、窓辺のテーブルでぼやいている。

 ギルド内に他の冒険者はまばらだ。

 この街を本拠にしていて『あの子を知っている冒険者』の何人かは、門前の抗議に参加しているのかもしれない。

 

 それほど、二年前に数ヵ月だけ居た少年冒険者はこの街に深い印象を与えていて、当時を知っている者からしたら、今のこの騒ぎだって納得が出来てしまうのだ。

 

 

 ***

 

 

『名前はロゼ。身寄りのない超初心者なんだ。気に掛けてやってくれ』

 

 ぎこちない笑いを浮かべて子供を押し出して来る顔見知りのパーティに向かい合い、その後ろの双剣使いの斥候(せっこう)に、職員は眉をしかめて頷いた。

 彼とは『顔見知り』以上の間柄だ。

 昨晩、寮の私室に一人で訪ねて来て、グラスを重ねながら事の群細を語ってくれた。

 

『要するに、その子供が可愛い過ぎてサークルクラッシャーになるから、捨てて行きたいと』

『人聞きの悪い事を言うな』

『何やってんだお前ら、いい大人の冒険者パーティが。学生サークルじゃねぇんだぞ』

『頼むよ、利口な子だからそんなに手は掛からないと思う』

『まぁ良いけどよ』

『それと』

 

 斥候はグラスを置いて、周囲の気配を確かめてから、旧知の職員の耳に口を近付ける。

 

『あの子、『裏』に使えるかもしれん』

『ホントか』

『資質はある。目と耳が良いし、何より体幹が凄い』

『ほぉ』

『動きの基本は仕込んどいたから』

『本人的にはどうなんだ』

『そこは何とも。最初は『表』の依頼やらせて、様子見次第でお前が判断して』

『結局丸投げかよ』

 

 

 他所のギルドは知らないが、サウスシャディーダには『裏』の依頼ってのがある。

 存在を知る者は少ないし、専門の冒険者にしか振らない、口外も禁止。

 

 文字通り、表の掲示板に貼り出せない、秘密の仕事。

 通常は『何かを調べて』という依頼が多く、まぁいわゆる情報屋。

 それが浮気調査程度ならまだしも、危ない御仁や組織からの依頼もあって、多少強引な聴取、荒事、バレたら自己責任な危険箇所への潜入なんかも混じるから、やっぱり表には貼れない。

 

 ギルド長が調子に乗って方々に営業を掛けまくった副産物だが、まぁそのお陰で小国にもかかわらず、『あそこに行けば仕事にあぶれない』と、各地から種々冒険者が集う繁盛ギルドになれたんだから、結果オーライ。

 

 双剣使いの斥候は『裏』の常連だ。

 この街を拠点にしている時は、たまにパーティを抜けて単独で小遣い稼ぎをしに来る。

 リーダーも薄っすら知っているが、彼のもたらす情報に助けられる事もあるので、わざわざ触れようとはしない。良いバランスを保っている。

 

 誰でも加入出来る訳でなく、求められるのは人間離れした目と耳、どこにでも入り込める身のこなし、勘、先読み、危険回避。これらが、遠い祖先が違うのではないかと思える位、彼らはズバ抜けている。

 

 斥候の話だと、サウスシャディーダ以外の国にもそういう組織はあって、『同種(コンジェネリック)』という仲間意識で繋がっているが、ギルドで仲介するなんて(たわ)けた真似をしているのはここだけだと、苦虫を噛み潰した顔で言っていた。そうなのか、少数派だったのか。

 

 

 さて、パーティを見送った後、職員は預かった子供に冒険者登録をさせ、最初は様子見で、無難な『表』の依頼を割り振った。

 草むしりだの鶏の世話だの、街中でこなせる安全な仕事だ。

 子供は素直に言われた場所へ赴き、挨拶をして、粛々と働いた。

 

 気遣ってやるまでもなく、彼は周囲の冒険者や街人から大切にされた。

 やれ食べ物やら日用品やらと、手厚く世話を焼かれていたようだ。

 

 川で拾われた記憶のない子。一人で生きて行く為に冒険者になって、日々頑張っている子。

 別に同じ年頃でそんな子供はゴロゴロいるんだろうが、やっぱり容姿だ、容姿が物を言った。

 誰をも釘付けにする宝石の瞳、天使像みたいな巻き毛、庇護欲をそそる細い身体。

 極めつけは、身を守るためにしているという女装。何だか色々大変なのねと、勝手に解釈され同情された。

 

 商店街の安下宿に暮らさせていたのだが、案の定、ギルドを通さずこっそり仕事を頼む者が出始めた。

 依頼料をケチる為ではなく、その分子供を潤したいという憎めない動機なのだが、彼にとっては規約違反になってしまう。

 

 幸い子供は賢く、丁寧に一つ一つ断って、ギルドを通して下さいとお願いしていた。

 何の問題もない筈なのに、

『ギルドが子供を搾取している』

『規則に縛り付けている』

 と言い出す(やから)が現れた。

 頭の偏った極々少数なのだが、そういう奴に限って声が大きい。

 

『あたしの方があの子の為を思ってる』

『いやいや俺が』

『わしが、わしが』

 

 なるほどこれがサークルクラッシャーという奴か。職員は、感心半分の呆れた目で()()()な街人たちを眺めた。

 

 子供はまったく何もしていない。ただ生真面目に生活を送っていただけで。

 

 冒険者内にも子供を構い過ぎる空気が流れ始めたので、職員は速やかに彼の居住を移させた。

『裏』メンバーが出入りする、隠れ家的住処(すみか)へ。

 

『お前、大勢の人目に触れないこっちの仕事の方が合うと思うんだが、どうだ?』

『どんなお仕事?』

『そうだな、最初は、路地裏でこそっと特定の人に近付いて、目的の事を聞き出すお仕事』

『僕に出来るかな』

『慣れるまで俺がレクチャーしてやる』

 

『……人を騙したりする?』

『それはケースバイケースだな』

『僕、嘘は吐けない』

『ポリシーか?』

『嘘を吐くと天国に行けなくなるもの』

 

 職員は目を丸くして子供を見た。神妙な面持ちでじっと見上げて来る。

 

『分かった。嘘を吐かなきゃいけない場面になったら、とりあえず黙っておけ。相手が優しい奴なら大体察してくれる。それで済まない場合は』

『はい』

『誰かを守る為の嘘なら、神サマは許してくれる』

『本当に?』

『ああ。俺の死んだ祖母(ばあ)ちゃんが言ってた』

『お祖母さん?』

『そうそう、神サマはそんなに心狭くないって』

『そうなんだ』

 

 ちょっと不安要素もあったが、子供はマニュアルをすぐ覚え、ほどなく単独で動けるようになった。

 

『貴女は店長さんの事をどう思っているの?』なんてターゲットに対してストレート過ぎる言葉から始まった時は、頭を抱えたが、

 

『え、店長さん……いい人よ。奥さんと子供がいる事は知っているけれど、私にはただのいい上司』

『そう』

『わ、私は何も悪くないわよ』

『うん』

『な、何よ、あんた』

『どうしようか』

『……だから……』

『神さまは、いい人には幸せでいて欲しいんだって』

『…………』

 

 

『あたしがドアの前にゴミを捨てたなんて証拠があるのかい!』

 ≫ ≫ ≫ 

『……何であたしばっかりこんなに不幸なんだい、みんな幸せそうにしやがって』

『みんなと同じになりたい?』

『そうさね』

『みんなが幸せでなくなればいい?』

『そ、そんな訳じゃ……』

 

 

『みんな政治が悪いんだァ』

 ≫ ≫ ≫ 

『……そうなんだ、家内が死んでから家族がバラバラで……』

 

 

『弱い奴が悪いに決まってンじゃん』

 ≫ ≫ ≫ 

『……俺だって他所の家みたいな普通の親が欲しかったよ……』

 

 

 等々、ロゼは別に説教臭い事など喋っていないのだが何故か懺悔室のようになり、いつの間にか情報を得る以上の結果が付いて来たりする。

 

 初対面でも相手が足を止めてくれる容姿と、子供らしい透明な声、おまけに耳が良く相手の呟きも隅々まで拾う。市井範囲では依頼者満足度トップとなった。

(このカウンセリングまがいの副産物が、のちの『路地裏の天使に救われた同盟』の横断幕に繋がるのだが)

 

 しかし、ここでも周囲の冒険者に不和をもたらした。

 入れ替わりが激しい上に『裏』専門のストイックな連中ばかりだからと安心していたが、気が付いたら根城に入り浸っての子供の取り合いが始まっていた。

 

『ここまで来るとお前に同情するよ』

『すみません』

『お前は悪くねぇんだがよ』

『僕、ここに居ない方がいいのかな』

『いや引き受けた手前、放り出す訳には……』

 

 あ、と職員は、依頼用紙の束を繰る。

 

『これ行くか? ノースフレイク商業ギルドの裏潜入』

『隣国の?』

『そそ、あっちの商業ギルドの偉い奴と仲良くなって、長期的に情報を流し続けるお仕事』

『エライヤツ……』

『偉ければ偉いほどいいけど…… まぁ、お前がハニトラ仕掛けたら逆らえる奴なんかいないだろ』

 

『はにとらって何ですか?』

『ハニートラップって、甘ぁい囁きで気持ちよくしてあげる事』

『気持ちよく……』

『そ、甘ぁく、甘ぁ~~く。ロゼだったらギルド長でもイケるんじゃないか? ははは』

 

 

 という感じで軽く送り出したのだが、『国その物に影響を及ぼす暗黒街の魔王』を()とせと迄は言っていない。

 

 

 ***

 

 

 ギルドの外は相変わらず賑やかだ。

 

 商店街の偏屈オヤジも悪女も悪童もゴミ婆さんも、新聞を読んだ尻から走り出しているのだろう。

 窓を閉めていても彼らの勇ましい声が入って来る。

 

「サウスシャディーダの良心を取り戻せ!」

「エンジェル・ロゼを救い出すのよ!」

「あの子の足を切り落とすなんてとんでもない!」

 

 ノースフレイクを訪れた経験のある者も混じっている。あちらでも大人気だったらしいからな。

 

 そもそもあそこの魔王(じいさん)を怒らせたら、ここの王族やイストメーアの木っ端役人だってマズイんじゃねぇの?

 

 

 

 

 





職員さん:
『表』でも働きながら『裏』はワンオペのスーパー職員。趣味はサボテン飼育。
ギルド長に「お前に倒れられたら詰む」と懇願されて、ぼちぼち後輩の育成も。


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