橋の上で踊る天使   作:西風 そら

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Ep4-2・ノースフレイク商業ギルドの魔王

 

 

 開店と同時に手に手にチラシを持った観光客がなだれ込む。

 新商品のレセプションで訪れていた老翁は、店内の有り様に、驚きと同時に、期待していたかもしれない快感に陶酔した。

 

 ――あの子供は何をやった?

 

 監視していた黒服を呼び寄せる。

 

『観光客の大型馬車が来る時間帯に、メイン大橋でパフォーマンスをやった』

 

 ピンと来ない内容だ。

 口上を述べてチラシを配るだけではないのか?

 

 観光客を乗せた大型馬車がまとめて来る時間帯は、日に三回ある。

『ご覧になった方が早い』と言われて、橋へ赴いた。丁度二回目の時間帯だ。

 

 近寄ると橋のたもとに既に人垣があり、欄干に、赤いフードマント姿のあの子供が立っていた。

 馬車もすれ違える大きな橋なので、欄干も大人の胸ほどの高さがある。よくあんな所に立てる物だと感心した。

 

 唄声が聞こえる。

 この土地に伝わる湖の妖精(セイレーン)の唄だ。

 地元の者と仲良くなっていたと聞いたから、彼らから教わったのだろう。

 それにしても…………

 

(なんだあの声は)

 

 天の鈴を振るうかのような声。まさか本当にセイレーン? いやいや…………

 聴衆は、水の妖魔にざわめきすら吸い取られたように、物音一つ立てず聞き入っている。

 

 唄が終わってしぃんとなって、このタイミングでチラシを配るのか? と思いきや、次に硬質なリズムが響いた。

 

 ――タップダンスを踊っている? 欄干で!?

 

 嘘だろう!

 確かにここは観光名所にもなっているメイン大橋、欄干もそれなりに太く立派に作ってある。

 それでも常人では立ち上がる事も出来ない恐ろしい場所だ。

 

 老翁の驚愕を他所に、子供はピョンピョン飛びながら頭上で手を打って手拍子を促し始めた。

 ギャラリーを乗せると、赤いマントを脱ぎ捨てる。

 

 ワッと歓声が上がる。

 下は、白いチュチュドレス。

 先日子供が着ていた物だが、一度湖に浸かって薄汚れたのが功を奏して、安物(ペラペラ)感が失せ、アンティーク味がちょっと出ている。

 

 子供はドレスから突き出した細い脚を繰り出し、軽快に、実に軽快にステップを踏み始めた。

 酒場の踊り子が踏む、この土地独特のステップだ。

 

 

 

 踊る 踊る 橋の上

 

 踊るよ踊る 輪になって 輪になって

 

 王子様と乞食

 

 お姫様とカエル

 

 橋の上では みんな同じ みんな平等

 

 躍り過ぎて 落っこちて

 

 残ったのはカエル

 

 

『何か不安になる歌詞ですよね』

『子供の遊び唄だ。得てして意味不明な物だよ』

 

 他所の地方出身の黒服に、翁は、唄に合わせて遊んでいる地元の子たちを指差した。

 二人が両手を繋いでアーチを作り、残りの子が手を繋いでくぐって行く。

『落っこちて』でアーチを下ろして、捕まった子が『残ったのは○○』と叫び、他の子はそれに沿ったジェスチャーをする。

 幼い頃は夢中で延々とやっていた。何がそんなに楽しいのかとか、考えもせず。

 

 

 踊るよ踊る 輪になって 輪になって

 

 賢い猫と男の子

 

 愚かな羊と女の子

 

 聖者と怠け者

 

 悪魔と天使

 

 橋の上では みんな同じ みんな平等

 

 躍り過ぎて 落っこちて

 

 残ったのは天使

 

 

 白いチュチュの天使は欄干の上でクルクルとステップを踏む。

 見ているこちらは背筋を冷やして目眩を起こしそうなのに、次に子供は屈んで力をためている。

 まさか?

 

 蜻蛉(トンボ)をきった!

 高い、

 嘘だろ?

 二回、三回、

 四回目はひねりが入った、

 頼むから勘弁してくれ。

 

 曲が終わって安心したのも束の間、子供は身を低くして構えている。

 その先は、橋桁から繋がった補助柱がA字型に付き出している。

 やめろ――っ!

 

 駆け上った、

 タップ金具の足音響かせ、

 天高く、

 脚力が重力に負ける前に

 

 跳んだ

 

 両手を広げて背面

 大空に

 一瞬羽根が生えるかと

 勿論生えない

 

 後ろへ縦回転、早い、

 突風に舞う木の葉のように、

 何回転するんだ

 え? え?

 あれは着地出来るのか?

 どうするんだ?

 

 翁には延々の時間に感じた。

 老年に入ってから、時間がゆっくり流れる瞬間など無かった筈なのに。

 

 ズザ!!

 

 子供はさすがに、二本足だけとは行かず、両手も使って四肢で猫のように着地した。

 橋の外の柔らかい芝生の上だ。

 狙っていたとしても……

(外したらどうするんだ!)

 

 ギャラリーは大歓声だ。

 手練れのパフォーマーが余裕でやっていると信じているのだろう。

『猫に気を取られて湖に落っこちるようなドジ』だと知っているこちらからしたら、心臓が幾つあっても足りない。

 

 歓声が収まってギャラリーが動き出しても、翁はまだ呆然と立ち尽くしていた。

 こんな、こんな急流を転がされるような目まぐるしい感情は、……若く野心に長け、怖いもの知らずだった遥か昔以来だ……

 

 

『チラシ配ってるって!』

『チラシ?』

『何も口上が無いんだもの』

『結局どこのお店の宣伝なのよ』

 

『天使がチラシにキスしてたって』

『ええっ?』

『チラシちょうだい、そのチラシ!』

『どこ? どこで配ってるの?』

 

『あいつ誰だ、何処の芸人?』

『店に行ったら居るのか?』

 

『新商品だって、早く行かないと売り切れるわよ』

『だから何処の店?』

『チラシ見たら分かるって』

 

『わしにもチラシをくれ、孫たちへの土産話にする』

『ついでに孫たちへのお土産もこのお店で買っちゃいましょう』

 

『ああ、やっと手に入れた!』

『天使のキッスのチラシ!』

 

 

 老翁が気が付くと、赤いマントの子供が側に立っていた。

 

『チラシきれたので、追加ください』

 

 

 三回目もやると言って聞かないので、着地地点に馬車馬用の牧草を大量に積み上げさせた。

 あと、服飾部門に命じて、最高級の子供用ダンス衣装を特急で持って来させた。

 

 件の店の売り上げは過去最高で、去年の型落ち品まで完売し、倉庫が空になった。

『あの子は誰だ』の問い合わせに、『商会会長の小飼いだ』と、煙に巻くような答えを用意した。

 

 大至急契約したかったが、子供は頑なに冒険者で居たがったので、冒険者ギルドの方へ手を回した。

 あの子供は専属にする、老翁以外からの依頼は受けさせるな、と。

 まぁ元々はギルドの雑な対応が発端なのだ、文句は言わせない。

 

 

『名をまだ聞いていなかったな』

『ロゼ、です』

『本名か?』

『赤ワインと白ワインの間にいたので』

『何だそれは』

 

 依頼達成の『ご褒美』として、自分の傍らにいる権利と共に、向かい合ってのディナーの席を用意した。

 畏まったレストランなのに、子供は臆する事なく背筋を伸ばし、無難にカトラリーを操る。

 聞けば十二歳以前の記憶を失くしているという。身に付ける機会のある階層に居たのかもしれない。

 

軽業(かるわざ)は誰に教わった?』

『拾ってくれた冒険者さんの一人に。その人も身が軽くて目と耳もいいので、祖先が同じかもしれないって言われました』

 

『ああ、そういう種族がいたらしいな、魔力がゼロの。大概が特性を生かして裏稼業に入るみたいだが』

『僕もそう。この国へは、商業ギルドの情報を流す為に来ました』

『自分で言う奴があるか』

 

『貴方を欺くのは無理だと思ったので、先に言っちゃおうかと』

『さらけ過ぎだ』

『これからも情報は流すので、大切な事は教えないようにして下さい』

『どこに流すんだ』

『シュヒギムです』

『お前なぁ……』

 

『貴方の事は何とお呼びすれば?』

『ボス……いや、オーナーでいい』

 天使に、ボスともマスターとも呼ばれたくなかった。

 

 勿論老翁には『シュヒギム』の正体を調べる事など朝飯前だ。

 隣国サウスシャディーダの、冒険者ギルドのぬるい裏組織か……

 更に調べると、どうやら黒服の言った事がビンゴで、本当に『優しく厄介払い』されたようだ。

 なので翁は、定期的に適当な情報を与えて、子供の自己肯定感は保ってやるようにした。

(この子の価値はそんな所に無いのにな……)

 

 歌唱は誰に教わった物でもないと言う。

 一瞬専門家を付けようとも思ったが、翁はすぐに思い直した。あの天にも昇る唄声が、型にハマってしまったら、嫌だ。

 

 その『嫌だ』が、後々の大きな後悔に繋がるのだが……

 

 

 それから、『ノースフレイクの魔王』の傍らには、巻き髪の白い天使が侍るようになった。

 男の子だと周知はされているが、通常は女の子の服装、または妖精衣装。

 子供が倒錯している訳でも爺の悪趣味でも無い。子供がたまに男の子の服装をしていると、十中八九理不尽な言葉の暴力を浴びるのだ。

 それはひとえに子供の妖艶過ぎる容姿のせいで、本人に何の罪も無い。

 周囲も早々に納得した。

 

 あぁ勿論、ロゼを言葉ででも傷付けた輩は、魔王が後できちんと成敗した。

 

 天使のパフォーマンスは観光の目玉となり、回数は絞られたが、かえってプレミア感に沸き、街の観光業を大いに潤した。

 翁は、ロゼの体調管理に各種専門家を付け、少しでも不安があると躊躇なく中止を決めた。その際は身銭を切って、観光客に代替サービスを提供した。

 

 子供への配慮がノブレスな方々に好感を持たれ、上流の催しにも招かれるようになった。

 老翁の表社会での立場も一段上がったが、そんな事より翁は、この子供と行動するのが楽しかった。

 

 彼がのびのびとダンスをするのが好きだった。

 唄声が喝采を受けると誇らしかった。

『エンジェル・ロゼ』と皆に愛されるのが嬉しかった。

 そんな中、一番に自分に駆け寄って、『見てた!?』と笑顔で聞いてくれるのが、至上の喜びだった。

 

 あとは燃え尽きるだけと達観していた人生が、ここへ来てこんなに彩を放つなんて。

 このままこの子と共に生きて、最期は看取って貰えるとばかり思っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 






代替サービス:
天使のキスキャンディ(非売品)又はお土産割引券。
選択制にしたが、キャンディが大人気であっという間に無くなり転売問題に発展。


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