橋の上で踊る天使   作:西風 そら

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Ep5-2・双剣使いの斥候

 

 

 求め望む子供の瞳が胸の奥に引っ掛かったまま、気持ちが晴れない日が続いた。

 天気も例年にない長雨。

 ウェストパレスの街全体がしとしとと湿っぽい夕方、双剣使いの斥候(せっこう)は、大通りの軒先で雨宿りをしていた。

 ふと行き交う人混みに、白っぽい子供を見た。

 

『鳥のヒナの坊っちゃん?』

 

 雑踏の中、子供は斥候の声を聞き分けて、顔を向けて来た。

 頬を幾筋の滴が伝っている。

 多分雨垂れなのだろうが、ドキリとしてしまった。

 緩く巻いた髪も雨を含んでしゅんとなっている。

 手招きすると素直に寄って来た。

 

『びっしょ濡れじゃねぇか、風邪ひくぞ』

 斥候は、丁度着ていたハーフマントを掛けてやった。先日迷宮で拾ったジャンク品だが、無いよりマシだ。

 学校は休みの時期ではない筈だ。

 サボりか? 抜け出して来たのか?

 近くで見ると心なし目の下が赤らんでいる気がする。

 

 さてどうしよう?

 学校や家から逃げたいのなら手引きをしてやる……?

(いや、そんなに簡単ではないか)

 貴族の子供、しかも侯爵家、国が管理する範疇だ。本人の意思に関係なく誘拐案件になっちまうし、国が威信に掛けて捜索するだろう。

 

 そもそも人伝てな話でしか俺はこの子を知らない。

 本人の意思はどうなんだ?

『何でこんな所にいるの。学校の外に出るのは厳しいんじゃなかったっけ?』

 

『あ』

 子供はワンテンポ遅れて反応し、今初めて気付いたように掛けてもらったマントに手を当てた。

『ありがとう、ございます』

『ああ、うん』

『座学の試験で年間首席を取ったので、家に報告に行く許可を貰えて』

『あ、そうなんだ。首席なんて凄いね』

 

 何だ、貴族社会で上手く生きているみたいじゃないか、こちらの取り越し苦労のようだな。

 後でジャグラーにも教えてやろう。

 

(ん? でも、侯爵家なら馬車で移動が普通じゃないか? 護衛だって付くだろうに)

 そんな疑問が湧いた時、子供が顔を上げて呟いた。

 

『……呼んでる……』

 

 瞳が、またあの深い底の無いような色になって行く。

 

『は、何だって?』

 

『おかあさんが、子供を・・』

 

 次の瞬間子供は駆け出した。

 

『おい俺のマント!』、と追いかけようとした斥候は、突然激しくなった雨足に、気を遅らせて軒に引っ込んだ。

 まぁマントくらいくれてやるけれど…………

 

 

 ***

 

 

 その夕方の瞬間豪雨は記録的で、街のあちこちで浸水などの被害をもたらした。

 取り分けて大きな被害は大通り向こうの川の法面(のりめん)が崩れた事故で、荷物満載の荷車が滑り落ちた。

 御者はすぐに馬を外して共に這い上がったので、事なきを得たと思われた。

 が、直後、通行人の女性が『我が子が見えなくなった』と騒ぎ始めた。

 

 通り掛かった士官学校の生徒が川から幼児を救助したが、彼は鉄砲水に流された。

 

 

 

 

 ・・

  ・・・・

 

 

 

 

 目撃者Aの証言

『女が、我が子が居ないって騒いでたけど、増水した川に落ちた荷車は半分沈んで今にも流されそうで、まさか巻き添えで落っこちたのか、だとしてもこれじゃどうしてやりようもねぇ、って俺らだって手をこまねいてたんだ。

 

 そしたら、一人の子供が……凄い勢いで走って来た子供が、マント脱ぎ捨てて躊躇なく橋から飛び降りてさ。

 そんで横倒しになった荷車の上に立って、ちょっと下を覗いたと思ったら、すぐに頭から水に潜って。

 

 姿が見えなくなって、俺らハラハラしたんだけど、泥だらけのちっちゃい子を押し上げながら浮かんで来てさ。すげえよ。

 きっと法面(のりめん)が崩れた時に荷車と一緒に巻き込まれたんだろけど。誰も見てなかったのに、躊躇なく探しに行けるのもすげぇと思った。

 

 雨が凄かったけど見守ってた奴けっこう居たから、わぁ――っと歓声上がって。でも喜んだのも束の間、泥だらけのチビ、ダランとしてピクとも動かねぇの。

 荷車に這い上がった子供、チビの足首掴んで逆さ釣りにして、背中ドンと蹴飛ばした。母親は金切り声上げるし、乱暴な事しやがると思ったけど、次の瞬間チビがゴバッと泥水吐いて、手足動かし始めたんだ。

 今度こそ大歓声よ

 母親が半狂乱で橋から身を乗り出して、危ないから周囲の男衆が母親押さえて、代わりにその辺の皆で協力して手ぇ伸ばしたんさ』

 

 目撃者Bの証言

『あれは士官学校の騎士クラスの制服だった。さすがの咄嗟の処置と勇気だと感服したよ。

 僕も負けずに手を伸ばしたら、彼は幼児の足を両手で掴んだまま、ブンと振って投げて来たんだ。母親がまた悲鳴を上げたけど、十分な飛距離があったので、沢山の手で受け止める事が出来た。

 なんでそんな危ない渡し方? と、その時は思った。

 さあ君も上がって来るんだと手を伸ばして……僕たちはそこで気付いた。

 彼の足が壊れた側板に挟まれて動けなくなっている事に』

 

 目撃者Cの証言

『泥だらけの小さい子供が母親の手に渡って、ホッとしたのに、助けた側の坊やがまだ上がって来てないって聞いてさ。もう、早く終わって、早く助かって、って祈ってるしかなかった。

 なのに次に聞こえて来たのが、鉄砲水だ、逃げろ! って声だよ。橋の上の人たちも手を伸ばすのを諦めて避難するしかなかったし……ああ、もう神様なんていないと思った』

 

『鉄砲水の声がして、みんな避難して、差し伸べる手が無くなっても』

 

『あの子、笑っていたんだよ』

 

『最期の一瞬まで』

 

『穏やかに』

 

『天使みたいに』

 

『そう、天使みたいに笑ってた』

 

 

 

 

 

 






ジャンク品のマント:
斥候さんは、拾ったものを平気で着る派。




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