ロックマンゼロ 逆襲のシグマ   作:万歳!

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第3話 伝説の遺跡へ

 エックス様が亡くなる。その言葉は、会議室にいたすべての者の心を深く揺さぶっていた。人間も、レプリロイドも、等しく動揺している。誰もが口々に不安を漏らし、これから先の未来を案じていた。今後どうすればいいのか。

 

 誰がこの世界を導くのか。その問いに、明確に答えられる者はいない。いや、本来ならば、その答えは一つしかなかった。

 

 エックス様。

 

 ただその存在だけが、この世界の指針だったのだから。だがその支柱が失われる。それがどれほどの意味を持つのか、ここにいる誰もが理解していた。

 

 しかし。

 

 その混乱は、一つの言葉によって、かろうじて押し留められていた。ゼロを目覚めさせる。エックス様がそう言った瞬間、場に広がっていた絶望は、わずかに形を変えた。

 

 紅き破壊神ゼロ。

 

 もう一人の英雄。その名は伝説であり、同時に最後の希望でもあった。確かに、彼であれば。エックス様の代わりとなりうる存在かもしれない。人々はその可能性に縋った。それによって、辛うじて崩壊は防がれている。

 

 だが――。

 

(それで、本当にいいのか……)

 

 無意識のうちに拳を強く握り締めていた。機械の拳が軋む。自分でも気づかぬほど、力が入っている。

 

(私は……何のために存在している)

 

 私はエックス様のDNAを基に作られた存在。四天王筆頭。エックス様を補佐し、その理想を実現するための存在。そのはずだ。そのはずなのに。

 

 今の私は何をしている。

 

 主が死に向かうのを、ただ見ているだけではないか。守るべき存在を、守ることすらできずに。歯噛みする。悔しさが、胸の奥から込み上げてくる。

 

(なぜだ……!)

 

 力がある。戦う力も、指揮する力も。それでも。最も守るべき存在を守れない。それが――これほどまでに無力だとは。

 

 だが。

 

 私はゆっくりと息を吐いた。感情を押し殺す。ここで揺らぐわけにはいかない。エックス様はゼロに未来を託した。それはすなわち、我々四天王に対する信頼でもある。

 

 ならば。我々が揺れるわけにはいかない。我々が動揺すれば、他のレプリロイドたちも揺れる。そしてレプリロイドが揺れれば――人間も揺れる。

 

 それは、この状況において最も避けなければならない事態だ。だから私は、感情を押し込める。どれほど苦しくとも。どれほど納得できなくとも。

 

「ハルピュイア、ファーブニル、レヴィアタン……少し来てほしい」

 

 エックス様の声が響いた。私は顔を上げる。呼ばれた理由は分かっている。おそらく――最後の確認。あるいは、遺言に近いもの。

 

 我々は無言で前に進み出た。そして私は、もう一度だけ言葉を絞り出した。

 

「エックス様……もう一度だけ言わせてください」

 

 視線をまっすぐに向ける。

 

「我々の体を使って回復する選択肢は、本当にないのですか」

 

 声は冷静に保った。だがその奥には、どうしようもない願いが滲んでいる。

 

「そうだぜ、エックス様」

 

 ファーブニルが続く。

 

「今の状況じゃ、戦うことしか能のない俺より、あんたの存在の方がよっぽど重要だ」

 

 荒々しい言葉だが、その本質は同じだった。

 

「ファーブニルの言う通りです」

 

 レヴィアタンも静かに言う。

 

「我々の体を使えば、生き延びることはできないのでしょうか」

 

 三者三様の言葉。だがその意味は一つ。どうか、生きてほしい。それだけだった。さらに私は言葉を重ねる。

 

「それに……ファントムは命がけで時間を稼いでくれました」

 

 あの男の最期が脳裏をよぎる。

 

「それなのに……我々だけ生き延びるなど、できません!」

 

 その瞬間、静寂が落ちた。エックス様はしばらく何も言わなかった。そして――ゆっくりと口を開く。

 

「……僕やゼロは、過去の存在なんだ」

 

 その言葉は、あまりにも静かだった。

 

「ダークエルフを封じるために存在し、それを果たした時点で……役目は終わっていた」

 

 否定したかった。だが、できなかった。

 

「本来なら、シグマが蘇らなければ……僕は表に出るつもりはなかった」

 

「そんな……」

 

 思わず声が漏れる。

 

「多分、ゼロも同じだと思う」

 

 エックス様は続けた。

 

「僕やゼロは、過去の遺物なんだ」

 

 その言葉には、どこか寂しさがあった。

 

「だから……シグマやオメガのような過去が現れない限り、前に出るべきじゃない」

 

 その理屈は理解できる。だが、納得はできない。

 

 エックス様は続ける。

 

「君たちに頼みたい」

 

 その声は、少しだけ柔らかくなった。

 

「ゼロは強い。でも……孤独だ」

 

 私は息を呑んだ。

 

「僕の代わりに、ゼロを支えてほしい」

 

 その言葉で、すべてが決まった。それは命令であり――願いだった。私は目を閉じる。一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、感情が溢れそうになる。

 

 だが。それを押し殺し、私は頭を下げた。

 

「……承知、しました」

 

 それが私の答えだった。四天王として。そして――エックス様の部下としての答え。顔を上げる。視界がわずかに揺れている気がした。

 

 だが、気にしない。気にしてはならない。私は守る。エックス様の遺志を。人間たちを。そして――これから目覚めるであろうゼロを。

 

 だが。それでも。

 

 胸の奥に残る感情だけは、消えることはなかった。

 

(守るはずだった……)

 

 拳を握る。

 

(この命に代えてでも、守るはずだった存在を……)

 

 私は今、見送ろうとしている。

 

 それが――

 

 何よりも、悲しかった。

 

☆ ☆ ☆

 

 私は今、準備をしている。伝説の紅き破壊神、ゼロが眠る遺跡へ向かうための準備を。それは単なる調査ではない。この世界の命運を左右する任務だった。

 

 同時に、もう一つの準備もしなければならなかった。皆に知らせること。ゼロが目覚めるという希望を。そして、蒼き救世主が、まもなくこの世界から消えるという現実を。

 

 胸が締め付けられる。だが、今の私にはそれが最善だと分かっていた。人々の士気を保つためには、希望と現実の両方を示さなければならない。どちらか一方だけでは、いずれ崩壊する。

 

 私はその判断を下した。ハルピュイアたちにも相談した。彼らはすぐには答えなかった。しばらく沈黙し、そして――苦しそうに頷いた。

 

 あの三人が、あんな表情を見せるのを初めて見た気がする。……きっと。彼らも認めたくないのだ。オリジナルエックスが、死ぬという事実を。

 

 その時だった。

 

「ドクターシエル。エックス様がお呼びよ。ついてきてくれる?」

 

 振り向くと、レヴィアタンが立っていた。いつも通りの冷静な表情。けれど、その奥にある揺らぎを私は感じ取ってしまう。

 

「エックスが?」

 

 胸がわずかに高鳴る。

 

「分かったわ、レヴィアタン」

 

 私は頷いた。そして彼女の後について歩き出す。基地の通路は静まり返っていた。普段ならどこかで作業音や会話が聞こえるはずなのに、今日は妙に静かだった。

 

 皆、何かを感じ取っているのかもしれない。重たい空気の中を進み、やがて一つの部屋の前で足が止まる。レヴィアタンが扉を開いた。

 

 中にいたのは――オリジナルエックス、ただ一人。青白い光をまとったその姿は、どこか現実離れしている。それでも、その存在感は圧倒的だった。

 

 レヴィアタンは静かに頭を下げると、何も言わずに部屋を後にした。扉が閉まる。残されたのは、私とエックスだけ。

 

 二人きり。その状況に、胸の奥がざわつく。逃げることはできない。いや――逃げてはいけない。私は一歩前に出た。

 

「エックス……私は、あなたに謝らなければならないことがあるわ」

 

 声が少しだけ震えた。だが、言わなければならない。これは私の責任だから。

 

「……僕の影のことだね?」

 

 即座に返ってきた言葉に、私は息を呑んだ。やはり、すべて分かっている。

 

「ええ……」

 

 短く答えることしかできなかった。沈黙が落ちる。エックスは少しだけ視線を落とし、静かに口を開いた。

 

「僕は、ハルピュイアたちにも言ったけど……過去の遺物なんだ」

 

 その言葉は、どこか遠くを見ているようだった。

 

「僕やゼロがいなくても、大丈夫。そう信じていた」

 

 その信頼。

 

 その希望。

 

 それを――

 

 裏切ったのは、私たち人間だ。胸が痛む。

 

「ごめんなさい……」

 

 自然と頭が下がる。

 

「私たちは……あなたの信頼を裏切ってしまった」

 

 その言葉を口にするのは、想像以上に苦しかった。しばらくの沈黙。その静けさが、余計に重く感じられる。やがてエックスが言った。

 

「……彼は、生まれてまだ何も知らなかった」

 

 穏やかな声だった。

 

「もしシグマたちが蘇っていなければ……」

 

 一瞬、言葉が途切れる。

 

「罪のないレプリロイドを、エネルギー不足から弾圧していたかもしれない」

 

 その言葉に、背筋が冷たくなる。可能性の話。だが、決して否定できない未来。

 

「……ごめんなさい。私が――」

 

 言いかけたその瞬間。

 

「――君は悪くない」

 

 はっきりと、エックスは言った。

 

「悪いのは、何も言わずに消えた僕のせいだ」

 

 その言葉に、顔を上げる。エックスはどこか寂しそうに微笑んでいるように見えた。

 

「せめて眠りにつく前に、すべての人間たちに伝えるべきだった」

 

 その声音には、後悔が滲んでいた。

 

「言い訳に聞こえるかもしれないけど……僕は疲れてたんだ」

 

 その言葉に、私は何も言えなくなる。

 

「ゼロが眠りについてから……僕は数えきれないほどのイレギュラーと戦った」

 

 静かな告白。

 

「それは苦じゃなかった」

 

 だが――

 

「だけど……次第に、何も感じなくなっていく自分の心が嫌だった」

 

 その言葉は、痛いほど伝わってきた。英雄ではなく、一人の存在としての苦しみ。

 

「古い知り合いに言われたよ。お前はあまちゃんだって」

 

 少しだけ、自嘲するように笑う。

 

「その通りだ。僕は甘い」

 

 否定しない。ただ受け入れている。

 

「イレギュラーでも、破壊したくなかった」

 

 その言葉に、胸が締め付けられる。

 

「ワクチンさえできれば……誰も壊さずに済むんじゃないかって、ずっと願ってた」

 

 その願いは、私の願いでもあった。だからこそ、痛いほど分かる。

 

「だけど……イレギュラーになるのは、ウイルスに侵された者だけじゃない」

 

 現実。

 

「普通の存在でも、なりうる」

 

 その事実が、重くのしかかる。私は言葉を失った。エックスは、まるで懺悔するかのように話している。なぜ、私に?

 

「ごめんね」

 

 ふいに、エックスが言った。

 

「こんな話を聞かせちゃって」

 

 優しい声だった。

 

「でも……ゼロ以外に、僕の内心を知っていてもらいたかったんだ」

 

 その言葉に、胸が熱くなる。信頼されている。それが、痛いほど分かる。

 

「……あなたは、優しすぎる」

 

 ようやく言葉を絞り出す。それ以外に、言いようがなかった。エックスは少しだけ微笑んだ。

 

「そうだね」

 

 穏やかな肯定。

 

「統治者には向いていない」

 

 自分で、そう言い切る。

 

「それも……僕が眠りにつく決断をした理由なんだ」

 

 静かに。確かに。その言葉は、終わりを告げていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 準備には、二日を費やした。

 

 たった二日。けれど、その二日はこれまでのどんな時間よりも重かった。私たちは、最後の希望を目覚めさせるために動いていた。

 

 失敗は許されない。判断の一つひとつが、未来を左右する。それを理解していたからこそ、誰も焦りを表には出さなかった。

 

 けれど、その沈黙の裏で、皆が同じものを抱えていた。

 

 不安と――祈り。

 

 エックスは、その間何も言わなかった。急かすことも、指示を出すこともない。ただ静かに、私たちを見守っていた。

 

 まるで――。

 

「ここから先は、君たちの役目だ」とでも言うように。その態度に、私は少しだけ胸が痛んだ。けれど同時に、それが正しいとも思っていた。

 

 本来なら。オリジナルエックスが眠りについた後の世界は、私たちが支えるべきものだった。今を生きる者たちが、未来を選び取るべきだった。

 

 それなのに――私たちは、その責任から目を逸らした。そして生まれたのが、コピーエックス。エックスの影。理想を歪めた存在。

 

 あの時、エックスは何を思っていたのだろう。

 

 私たちを――愚かだと思っていたのか。それとも。それでも私たちを信じようとしていたのか。答えは、もう聞けないのかもしれない。

 

「シエル。この扉は……爆弾で吹き飛ばす。離れて」

 

 現実に引き戻される。声をかけてきたのは、先頭に立つエックスだった。淡い光の体が、暗い遺跡の中で静かに揺れている。

 

 最後尾にはレヴィアタン。その間を、護衛のレプリロイドと私たち研究者が進んでいた。遺跡の空気は冷たく、重い。長い時間、誰にも触れられていなかったことを物語っている。

 

「そうね……」

 

 私は頷いた。そして、少しだけ迷った後に口を開く。

 

「ねぇ、エックス。この先に……ゼロがいるの?」

 

 自分でも分かる。意味のない確認だと。それでも、聞かずにはいられなかった。

 

「そうだよ」

 

 エックスは迷いなく答えた。

 

「彼が眠っている場所だ」

 

 その声には、確信があった。そして――わずかな懐かしさが滲んでいた。爆弾が設置される。短いカウントの後、轟音が遺跡に響いた。

 

 壁が崩れ、粉塵が舞い上がる。視界が白く霞む中、私たちは前へと進んだ。パッシィが、後方で映像を中継している。

 

 ここに来られない仲間たちにも、この瞬間を見せるために。英雄の帰還を――。皆で見届けるために。やがて、粉塵が晴れる。

 

 その先に――それはあった。

 

 紅。深い、血のような紅。

 

 まるで罪人のように、拘束されるかのようにして眠る存在。ゼロ。伝説の破壊神。その姿は、想像していたものとは違っていた。

 

 もっと荒々しいものを想像していた。だが、そこにあったのは――静寂だった。

 

「これが……ゼロ?」

 

 隣でミランが呟く。

 

 その声には、畏怖と好奇心が入り混じっていた。彼は、引き寄せられるように一歩、また一歩と近づいていく。まるで何かに呼ばれているかのように。

 

「危ない!!」

 

 鋭い声が響いた。エックスだった。ミランははっとして足を止める。

 

「プロテクトがかけられている」

 

 エックスが静かに言う。

 

「今から正規の手順を踏んで、ゼロを目覚めさせるんだ」

 

 その言葉に、私たちは一斉に動き出した。ゼロの周囲を慎重に調査する。不用意に触れれば、何が起こるか分からない。やがて見つかった。

 

 制御装置。生きているコンピューター。そこにアクセスを試みる。だが――

 

「……なに、これ……」

 

 思わず声が漏れた。プロテクトが、異常なほど強固だった。何重にも、何十重にも張り巡らされている。まるで――。

 

 二度と目覚めさせることを拒絶するかのように。ゼロ自身を封じるための意志すら感じる。私は息を整えた。怖い。だが、それ以上に――。

 

 やらなければならない。

 

「大丈夫……時間があれば、解除できる」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。そして作業に没頭した。コードを解析し、保護層を一つずつ剥がしていく。神経を削る作業だった。

 

 一つのミスで、すべてが失われる可能性もある。だが、手は止めない。止めるわけにはいかない。時間の感覚が消える。

 

 周囲の音も、気配も遠ざかる。ただ、目の前のシステムだけが世界になる。そして――数時間後。

 

「……できた」

 

 思わず声に出た。最後のプロテクトが、静かに解除される。張り詰めていた空気が、わずかに緩む。私は顔を上げた。

 

 目の前には――

 

 ゼロ。まだ眠っている。だが、その存在は確かに変わり始めていた。封印は解かれた。後は――目覚めるだけ。胸が高鳴る。

 

 恐怖と、期待と、責任が混ざり合う。ついに。

 

 本当に――

 

 ゼロが目覚める時が、来たのだ。




次回、復活のゼロ
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