ロックマンゼロ 逆襲のシグマ   作:万歳!

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第7話 因縁

 白い光に満たされた医療区画は、いつもより静かだった。機械音だけが、規則正しく響いている。その中心に――ゼロはいた。

 

 銃弾に貫かれた内部構造も、応急処置ではなく、ほぼ完全な修復が施されていた。シエルは、最後の確認を終えて小さく息を吐く。

 

「ゼロ……あなたの治療は終わったわ」

 

 静かに告げる。

 

 ゼロはゆっくりと目を開いた。

 

「……助かった」

 

 短い言葉。

 

 それだけで、彼が無事であることが分かる。

 

(よかった……)

 

 胸の奥にあった緊張が、少しだけ解ける。

 

 だが――

 

(……いいえ)

 

 シエルは表情を引き締めた。まだ終わっていない。どうしても、聞かなければならないことがある。視線を上げる。周囲には、四天王と数名の関係者たちが控えていた。

 

 誰もが、同じことを思っている。同じ疑問を抱えている。その沈黙を破るように、シエルは口を開いた。

 

「……お礼はいいの」

 

 一歩、ゼロに近づく。

 

「でも、聞かせてほしいことがあるわ」

 

 ゼロの視線が、わずかにこちらへ向く。

 

「どうして……あなたは、自分がイレギュラーだということを否定しなかったの?」

 

 空気が張り詰める。それは、この場にいる全員の疑問だった。ゼロは一瞬だけ、わずかに眉をひそめた。その視線が、周囲を一瞥する。

 

 集まる視線。

 

 期待と、不安と、恐れ。

 

 それらを受けて――

 

 小さく、ため息をついた。

 

「……イレギュラーとは何だと思う?」

 

 逆に問われる。シエルは少しだけ戸惑う。だが、答えないわけにはいかない。

 

「……それは」

 

 言葉を選びながら口にする。

 

「人間に手を上げるレプリロイド……じゃないの?」

 

 それは、一般的な定義。少なくとも、この時代では。

 

 だが――

 

「違う」

 

 即座に否定された。迷いのない声。ゼロはカプセルから静かに立ち上がる。その動きには、すでに戦闘時の鋭さが戻っていた。

 

「イレギュラーとは……」

 

 わずかに視線を落とす。

 

 そして――

 

「創造主の願いを踏みにじる存在のことだ」

 

 吐き捨てるように。

 

 重い言葉だった。

 

 シエルは息を呑む。

 

「エックスの創造主は……何を考えていたかは知らん」

 

 ゼロは続ける。

 

「だが、おそらく――人類と世界を守ってほしいと願っていたはずだ」

 

「……ええ」

 

 シエルは頷く。それは疑いようのないこと。エックスの行動が、それを証明している。

 

 だが――

 

 ゼロは一度、言葉を切った。そして。

 

「俺の創造主は違う」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

「人間を憎み……エックスを憎み……そして、エックスの創造主すら憎んでいた」

 

「……えっ?」

 

 思わず声が漏れる。

 

 理解が追いつかない。

 

 だが、ゼロは止まらない。

 

「そして俺は――」

 

 静かに、しかし確実に告げる。

 

「エックスと、それを認めたすべての存在を……破壊するために作られた」

 

 沈黙。完全な沈黙が、その場を支配した。

 

「……なっ……」

 

 誰かが言葉を失う。シエルも、同じだった。頭が真っ白になる。

 

(そんな……)

 

 もしそれが事実なら。

 

 その時点で――

 

(確かに……イレギュラー……)

 

 創造主の意図から外れた存在。あるいは、その意図そのものが異常。どちらにしても、常識の外にある。ゼロは静かに続ける。

 

「だが……俺にとってエックスは友だ」

 

 その声は、先ほどまでとは違っていた。わずかに、柔らかい。

 

「人間は……エックスが守ろうとした存在だ」

 

 一歩、踏み出す。

 

「たとえ創造主の願いでも……従うつもりはない」

 

 その言葉に、揺らぎはない。

 

 だが――

 

「だからこそ」

 

 ゼロの視線がわずかに曇る。

 

「俺は眠りについた」

 

 シエルは息を呑む。

 

「……え?」

 

「いつ、正気に戻るか分からなかったからだ」

 

 静かな告白。

 

 だが、その意味は重い。

 

(正気に戻る……)

 

 それはつまり。

 

(本来の目的に従う存在に戻る……)

 

 イレギュラーになることを恐れて。自らを封じた。その事実に、胸が締め付けられる。

 

「だから俺は……」

 

 ゼロは遠くを見るように言う。

 

「過去の因縁に決着をつけたら、再び眠るつもりだった」

 

 その言葉に、シエルの心が強く揺れる。

 

「そんな……」

 

 思わず声が漏れる。だが、その時。ゼロの視線が、ハルピュイアへと向けられた。

 

「それでもなお……」

 

 問いかける。

 

「俺に君臨しろと言うのか?」

 

 静かな対峙。ハルピュイアは、わずかに目を閉じ――そして答えた。

 

「……ええ」

 

 迷いはなかった。

 

「エックス様がいない今……そのことに人間たちは耐えられないでしょう」

 

 視線を上げる。

 

「代わりの英雄が必要です」

 

 その言葉に、シエルの胸が痛む。だが、否定できない現実でもあった。

 

「……俺は英雄じゃない」

 

 ゼロは静かに言う。

 

 それでも。

 

「……分かった」

 

 受け入れる。

 

 その代わりに。

 

「一つだけ、条件がある」

 

 空気が再び張り詰める。

 

「何でしょう?」

 

 ハルピュイアが問う。ゼロは一切の迷いなく言った。

 

「俺が正気に戻ったら――」

 

 その瞳は、どこまでも冷静だった。

 

「その時点で破壊できるように、爆弾を仕掛けてほしい」

 

 凍りつく。誰も、すぐには言葉を返せなかった。シエルの手が、わずかに震える。

 

(そんなこと……)

 

 だが――

 

 それが、彼の覚悟。

 

 彼の選択。

 

 ハルピュイアが静かに頷く。

 

「……承知した」

 

 重い決断。

 

「シグマたちとの戦いが終わった後に、仕掛けさせていただく」

 

 そして、視線がシエルへと向けられる。

 

「任せていいですか、ドクターシエル?」

 

 その問いに――逃げ場はなかった。シエルはゆっくりと息を吸う。震えを押さえ込む。

 

 そして。

 

「……分かったわ」

 

 はっきりと答えた。

 

「ここにいる者だけで……内密に行う」

 

 その言葉を口にした瞬間、胸が強く痛んだ。それでも。視線を逸らさない。ゼロもまた、何も言わずにそれを受け止めていた。

 

 静かな決意が、そこにあった。

 

☆ ☆ ☆

 

「ゼロ!」

 

 幼い声が、無機質な基地の空気を震わせた。

 

 シエルはその声の主――アルエットへと視線を向ける。

 

 小さな体で一生懸命に駆け寄り、ゼロの前で足を止める。

 

「怪我は大丈夫?」

 

 心配そうに見上げるその姿に、ゼロはほんのわずかに表情を緩めた。

 

「……ああ」

 

 短い返答。

 

 それでも、その声音には柔らかなものが混じっている。ゼロは手を伸ばし、アルエットの頭をそっと撫でた。ぎこちないようでいて、どこか慣れている仕草。

 

 アルエットは嬉しそうに目を細める。

 

「でも、ゼロ強いんだね!!」

 

 無邪気な声が弾む。

 

「私なら、あのイレギュラーに何もできなかったと思うの!」

 

 その言葉に、ゼロは少しだけ目を伏せた。

 

「……お前は戦闘用レプリロイドじゃない」

 

 静かな声。

 

「俺は戦闘用だ。その違いだ」

 

 それだけ。

 

 それ以上は語らない。

 

 だが――

 

(本当に、それだけなの……?)

 

 シエルは胸の奥で問いかける。違う。それだけではない。

 

 ゼロの強さは、単なる設計の違いでは説明できない。

 

(信念……)

 

 彼には、それがある。

 

 揺るがない軸。

 

 何度壊れても、何度倒れても立ち上がる理由。

 

(エックス……)

 

 思い浮かぶのは、もう一人の英雄。

 

 そしてゼロが語った友。

 

 彼は今も、その存在を信じている。

 

 だから戦う。

 

 だから守る。

 

 だから――自分を犠牲にすることすら厭わない。

 

(……私たちは)

 

 シエルは視線を落とす。

 

 胸の奥が、じくじくと痛む。

 

(その期待を……裏切った)

 

 思い出す。

 

 自分が生み出してしまったもの。

 

 影。

 

 歪んだ理想。

 

 エックスの名を借りた、偽りの存在。

 

(私が……あんなものを……)

 

 拳を握る。

 

 爪が食い込むほどに。

 

 本来なら。

 

 エックスがいなくても、人間は、自分たちの力で立つべきだった。導き手に頼らず。象徴に縋らず。それでも進むべきだった。

 

 だが現実は違った。

 

(私たちは……耐えられなかった)

 

 エックスを失った世界に。その不在に。空白に。

 

 そして今――

 

(今度は……ゼロに頼っている)

 

 もう一人の英雄。

 

 紅き破壊神。

 

 その存在に、希望を見出している。

 

 けれど。

 

(それは……同じことじゃないの……?)

 

 また、誰か一人に背負わせている。

 

 また、誰かに救いを求めている。

 

 それは――

 

(……間違いなのかもしれない)

 

 だが。

 

 それでも。

 

 シエルは顔を上げる。

 

 ゼロを見つめる。

 

 アルエットと話す、その姿を。

 

(それでも……)

 

 完全に否定することもできなかった。

 

 なぜなら。

 

(あの人がいるだけで……)

 

 人は前を向けるから。希望を持てるから。それは事実だった。そしてその希望を――今度こそ、無駄にしてはいけない。

 

(私たちが……変わらなきゃいけない)

 

 与えられる側ではなく。支える側へ。共に進む存在へ。そのために。

 

(私は……)

 

 決意が、胸の中で静かに形になる。

 

 その時だった。

 

「ねぇ、ゼロ?」

 

 軽やかな声が空気を切り替える。振り向けば、レヴィアタンがゼロの前に立っていた。

 

 どこか挑発的な笑み。

 

「私と模擬戦しない?」

 

 腕を組みながら言う。

 

「あなた、まだ本調子じゃなさそうだし?」

 

 ちらりと視線を送る。

 

「ファーブニルだけに任せるのは、ちょっと癪なのよね」

 

 その言葉に、周囲の空気が少しだけ和らぐ。

 

 ゼロは一瞬だけ間を置き――

 

「……分かった」

 

 短く応じた。

 

 アルエットの頭から手を離す。名残惜しそうに見上げる彼女に、ほんのわずかだけ視線を向けてから。ゼロは歩き出した。レヴィアタンと並び、模擬戦用の区画へ向かう。

 

 その背中を、シエルは見つめる。

 

(まだ……完全じゃない)

 

 分かっている。

 

 あの戦いのダメージ。

 

 そして――内側に抱えているもの。

 

 それでも彼は、戦うことを選ぶ。

 

(……だからこそ)

 

 シエルははっと我に返る。

 

「パッシィ!」

 

 声を張る。

 

「この模擬戦、基地全体に映せる?」

 

 少し間があって、返事が返ってくる。

 

「え、ええ! すぐ準備するわ!」

 

「お願い!」

 

 胸の鼓動が少し速くなる。

 

(みんなに見せなきゃ)

 

 ゼロの戦いを。

 

 その姿を。

 

 強さだけじゃない。

 

 覚悟も。

 

 そして――

 

(私たちが、どう向き合うべきかも)

 

 モニターに映し出される準備が整う。シエルは静かに画面を見つめた。そこに映るのは、紅い戦士。希望であり。同時に、危うさを抱えた存在。

 

(ゼロ……)

 

 心の中で名前を呼ぶ。

 

(もう、あなた一人に背負わせたりしない)

 

 それが後悔から生まれた決意。

 

 そして――

 

(今度こそ……一緒に進む)

 

 それが、彼女の希望だった。

 

☆ ☆ ☆

 

 水面が揺れる。静かな施設の中に作られた人工水域。だがその内側で、私の鼓動だけがやけにうるさく響いていた。

 

(……何、この感じ)

 

 胸の奥が熱い。落ち着かない。それなのに――嫌じゃない。

 

 むしろ。

 

(……高揚してる?)

 

 レヴィアタンは、自分でも信じられない感覚に戸惑っていた。戦いの前の緊張とは違う。勝利への渇望とも違う。もっと、個人的で。もっと、内側から湧き上がる衝動。

 

(ゼロ……)

 

 視線の先。水面の向こうに立つ、紅い戦士。彼を見ていると――この感情が強くなる。だから確かめたかった。この感情の正体を。

 

 戦えば分かると、そう思った。

 

「悪いわね、ゼロ」

 

 わざと軽い口調で言う。

 

「私に有利な場所で戦うことになって」

 

 ここは水中。

 

 私の領域。

 

 私のために作られた戦場。

 

 それでも。

 

「……構わん。それも必要だ」

 

 ゼロは、何の迷いもなく受け入れた。その態度が――少しだけ癪に障る。

 

(……何それ)

 

 私に有利? そんなの関係ない?

 

 まるで。

 

(ハンデを背負っても勝てるって言ってるみたいじゃない)

 

 胸の奥で、何かが弾ける。

 

 怒り。

 

 でも、それだけじゃない。

 

 期待。

 

(……後悔させてあげる)

 

 心の中で呟く。ファーブニルとの戦いを見た時から。ずっと、この感覚は消えなかった。体の中心が、ざわつく。

 

(私は……何がしたいの?)

 

 勝ちたい? それとも――答えは出ないまま。水中へと身を投じた。冷たい水が、全身を包み込む。それと同時に、思考が研ぎ澄まされる。

 

 戦闘が始まった。私は水を蹴る。流れを操り、加速し、旋回する。この空間では、私が支配者。

 

 だが――

 

(……速い)

 

 ゼロは、水中でも動きが鈍らない。まるで陸上と変わらない動き。いや、それ以上に無駄がない。最低限の動きで、最大の距離を詰めてくる。

 

(でも……)

 

 距離を取ればいい。私の武器は間合い。ジャベリンを構え、上空――いや、水上に近い位置から攻撃する。近づかせない。

 

 それが最善。

 

 そう、思っていた。

 

 なのに。

 

「っ……!?」

 

 気づいた時には――

 

 ゼロが、目の前にいた。しかも。

 

(無傷……!?)

 

 あり得ない。あの弾幕を抜けて。この水中で。私の間合いを突破して。

 

(VAVAとの戦い……あれで適応したの……?)

 

 ぞくり、とした。恐怖ではない。歓喜に近い何か。赤い刃が振るわれる。一撃目――回避。二撃目――ジャベリンで受ける。

 

 だが。

 

「くっ……!」

 

 体勢が崩れる。

 

 流れが乱れる。

 

 そして。

 

 冷たい感触が、首元に触れた。セイバー。あと一歩で――終わり。負け。それなのに。ゼロは、斬らなかった。

 

 静かに刃を引き、水中の足場へと着地する。その背中を見て。

 

 私は――

 

「……ははっ」

 

 思わず、笑っていた。負けた。完全に。

 

 何もさせてもらえなかった。なのに。

 

(……嬉しい)

 

 胸が高鳴る。

 

 さっきまでよりも、ずっと強く。

 

「ふふ……」

 

 言葉が、勝手に零れる。

 

「でも嬉しいわ……」

 

 ゼロを見る。

 

「私をここまで……何もさせずに打ち負かす人が現れるなんて……」

 

 呼吸が、少し乱れている。でも、それすら心地いい。

 

「私……」

 

 言いかけて。

 

 止まる。

 

(何を言おうとしたの?)

 

 頭の中に浮かびかけた言葉。

 

 それは――

 

(……違う)

 

 否定しようとする。

 

 だが、消えない。

 

 エックス様から託された使命。

 

 そのはずなのに。

 

(これじゃ……まるで)

 

 自嘲が漏れる。

 

(恋する乙女じゃない)

 

 あり得ない。そんなもの。私は戦うために存在している。エックスの遺志を継ぐ者。そのための存在。それなのに。目の前の男に――心が揺れている。

 

(……でも)

 

 否定しようとして。

 

 やめた。

 

 意味がない。

 

 これは、事実だ。

 

 私は。

 

(ゼロに……惹かれている)

 

 その結論は、あまりにもあっさりと胸に落ちた。理由も、理解できる。劣った体。それでも戦い続け。エックスの隣に立ち。世界を救った存在。

 

 その強さ。

 

 その在り方。

 

(……ふふ)

 

 口元が緩む。

 

(私に相応しいのは……)

 

 そんな存在は、一人しかいない。

 

「……あなたの存在が、私をおかしくするわ」

 

 正直に言う。

 

 もう隠す必要もない。

 

「私は……あなたを倒す」

 

 それは矛盾しているようで。でも、確かな本音だった。戦いたい。もっと。この衝動の正体を、知るために。体が変形を始める。

 

 第二形態。

 

 本気の戦闘形態へ。

 

 だが――

 

『レヴィアタン! 何を考えている!!』

 

 通信が割り込む。

 

 苛立ちが走る。

 

(……邪魔)

 

『これは模擬戦だぞ! 何故第二形態になろうとしている!』

 

 キザったらしい声。ハルピュイア。

 

「別にいいでしょ?」

 

 わざと軽く返す。

 

「オメガと戦うなら、同じくらい大きい相手とも戦っておくべきでしょ?」

 

『それは……そうだが!!』

 

 歯切れが悪い。その様子に、少しだけ笑みが深まる。そして。

 

「構わん」

 

 静かな声。ゼロ。

 

「オメガと戦うなら……巨大な相手との模擬戦も必要だ」

 

 その一言で、すべてが決まる。

 

 胸が高鳴る。

 

(……やっぱり)

 

 この人は。

 

 私の期待を、裏切らない。

 

「ふふっ……嬉しいわ、ゼロ」

 

 完全に変形を終える。水が渦を巻く。力が満ちる。

 

 それでも――

 

 心は、さっきよりもずっと軽かった。

 

「さぁ……始めましょう?」

 

 この戦いの先に。

 

 この感情の答えがあると信じて。

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